軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49 誘い

遺跡の奥で、転生者の手記を見つけてから2週間が経った。

その間どうしていたかというと、いくつかのスキルの習熟をしつつ、夜はガナシュ爺の元に通って指導を受けていた。

ガナシュ爺の庵のある地下スペースに続くトロッコ洞窟はそれなりに警戒が厳しいところなので、爺に許可を取って、ガナシュ爺の庵の真下までダクトを掘らせてもらった。

日によっては、庵ではなく、地下に作った専用空間まで爺に出てきてもらって指導をつけてもらうこともある。

が、今夜は爺の都合が悪いということで、指導はお休みだ。

夜中、MP上げをしながらみんなが寝付くのを待っていると、エレミアがベッドを抜け出し、部屋を出て行くのに気がついた。

火竜の一件があってから、少年班4人は、それぞれ様子がおかしい。

ミゲルは時々険しい顔で考え込んでいるし、ベックやドンナもぼうっとしていることがある。

とくに、俺との会話の機会の多いエレミアは、教典の文句をぶつぶつとつぶやきながらお祈りしている姿をよく見かける。

火竜との対話の内容は、4人に頼んで、秘密にしておいてもらっている。

4人とも、アグニアとの会話には思うところがあるらしく、理由を聞くこともなくうなずいてくれた。

そのせいもあって、火竜とは、俺が「話をつけた」ことにされてしまっている。

そんな無茶なと思ったが、塒のほとんどの人が「オロチならやりかねん」と思ったらしく、大きな問題にはならなかった。

信仰に厚い少年班の4人が口をそろえてそう証言した、というのも大きかったんだろうな。

ガゼインは、少年班が無事に戻ってきたことで機嫌がいいらしく、火竜とのやりとりについても、あまり突っ込んでは聞かれなかった。

何やら忙しいようで、それどころではないという様子でもある。

その他の幹部も、塒の中をせわしなく動き回っている姿を、ここのところよく見かけている。

ガナシュ爺も、レプチパ草を初めとする毒物の大量備蓄を命じられたと言っていた。

近いうちに、何か大きな動きがあるのだろう。

いや、今は部屋を出て行ったエレミアのことだ。

俺はいつも通り、吹き抜けの畑へと向かう。

エレミアは、月光の差し込む花畑の前にしゃがみこんで、薄紫色の小さな花が鈴生りになった、ラベンダーに似た花をぼんやりと眺めている。

花は、3分の2ほどが摘み取られていて、花畑というにはちょっとさみしい光景になってしまっている。

ガナシュ爺に聞いたところによれば、あの花も、べつに見る者の心を安らかにするために植えられているわけではなく、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉で使用されているある幻覚剤の材料とするために、栽培されているのだという。

そんな花でも、すこしでも生活の彩りとなるように、という花畑の管理者の意図までは、疑いたくないところだが……。

気配察知に優れたエレミアは、俺がやって来たことにとっくに気づいていたのだろう、背を向けたまま話しかけてきた。

「オロチ同志。

ボクは時々、君さえいなかったらと思うことがあるんだ」

「……たしかに、俺がいなければ、エレミアたちは何も疑わずに御使いでいられたよな」

「まったく……謝りもしないんだから、憎らしいよ。

でも、たしかにオロチ同志は謝るようなことはやってない。

こんな時こそ信じるものにすがりたいのに、ことが悪神さまに関わることだから、それすらできないんだ。

ああ、ここにお父さまやお母さまがいてくれたら、何でも相談できるのにって思うけど、アウベッソ教典には、親が悪魔だった子どもたちの話が出てくる……。

もう、何がなんだかわからないよ」

弱り切ったエレミアの姿を見るのは俺も辛い。

「エレミアのご両親か。

きっと、いい人たちなんだろうな」

「……わかってて言ってるでしょ。

未熟な御使いは、家族のことを考えてはならない。

今隣にいる、同志たちのことを大切にしなさい。

それが、牧師さまの教えだ」

「お父さんやお母さんに、会いたくないのか?」

酷だとは思ったが、聞いてみる。

「……会いたいよ。会いたいに、決まってるじゃないかぁっ!」

エレミアが俺に掴みかかってきた。

「でも、お仕事しなきゃ、お父さんとお母さんが地獄に落ちちゃうから……!」

「その教えが、教団にとって都合のいいものだってことは、もうわかるだろ?」

エレミアの手から、力が抜けた。

「……オロチ同志の言うこともわかるよ。

だんだん、わかるようになってきた。

でも、ボクは悪神さまを信じないではいられないんだよ……。

そうしないと、いろんなことが耐えられなくなるから」

いろんなこと――たとえば、親から引き離されて地下生活を送っていることだとか、聖務と称して人を殺させられていることだとか、だな。

それらは、そもそも〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉がエレミアを誘拐しなければ起こりようがなかった問題なのだ。

しかし、その問題を乗り越えるために、エレミアは悪神が必要だという。

エレミアがこういうことを言うようになったのは嬉しいが、すぐに飛びついては引かれてしまうだろう。

だから、俺はそっと深呼吸をしてから切り出した。

「心の平穏がほしいなら、他にもいろんな教えがあるはずだろ?

何も好きこのんで、子どもをさらって人殺しをさせるような教団を選ぶことはない」

「他の……教え?」

「俺の故郷には、こんな教えがあった。

世界にはアミダ様というえらい仏様がいて、俺たちを見守ってくれてるんだと。

だから俺たちは、救われるために特別なことをする必要はない。

ただ、すべてを仏様に委ねますという気持ちになって、『ナムアミダブツ』と唱えればそれでいいのだと」

これも現代知識というのだろうか。

「と、唱えるだけでいいの……?」

「さあ、俺は詳しくないが、それがウリの宗教だったよ。

自分たちの教えは、誰にでも行いやすい方法だと。

特別な修行をやらなきゃ救われないんだとしたら、世の中のほとんどの人は救われないことになってしまう。

そんな心の狭いことをアミダ様がおっしゃるはずがないってな」

「も、もう殺さなくてもいいの……?」

「アミダ様を信じるならな」

「アミダ様か……不思議な響きの名前だね。

それから、ナムアミダブツ、だったっけ。

まるでおとぎばなしの呪文みたい」

エレミアはクスリと笑った。

「それから、その人はこんなことも言っていた。

悔い改めれば、悪人こそアミダ様の救いにあずかることができる、と。

生きていれば悪いことだってする。

本当に問題なのは、悪いことをしていることに気づかないことだ。

大事なのは、悪いことをしてしまう自分に気づき、悔い改めることなんだと」

本当はもっと深いことを言っていたような気がするが、俺にわかるのはその程度だ。

それだって、小さい頃、田舎のばあちゃんから聞かされたことの受け売りにすぎない。

悪だとか罪だとかとは縁遠い世界で生きてたからな。

「オロチ同志は、そのアミダ様のことを信じているの?」

「いや、俺は仏教徒じゃないな」

「じゃあ、どうやって心を支えてるの?」

「心を、か。

俺は、恵まれていたんだよ。

惜しみなく愛してくれる両親がいるからね。

いつか2人の下に必ず帰る。

そう心に決めて、今を堪え忍んでるんだ」

心に決めているのはそれだけではない。

――この教団は、何が何でもぶっつぶす。

悪神が関係してるかどうかなんて、ここに至っては些細なことだ。

俺たち家族に一服盛ったことについても、もちろん怒ってはいる。

だが、それ以上に、小さな子どもを親から引き離して、その不安や孤独につけ込んで人を殺させる。

こんなことをする連中を、野放しにはしておけない。

拘禁症状というのだろうか、精神年齢でいえばもう30を超えているというのに、夜になるとジュリア母さんやアルフレッド父さん、ステフのことを思い出して泣きそうになるのだ。

メルヴィがいてくれなかったら――あるいは、エレミアをはじめとする少年班の子どもたちがいなかったら、まともではいられなかったかもしれない。

【不易不労】のある俺ですらこれなのだ。

他の子どもたちの不安や緊張はどれほどのものか。

「……オロチ同志は強いんだね」

エレミアが言う。

「強がってるだけさ」

「それができるのが、強いってことだよ」

羨ましそうに、エレミアが言う。

まるで、自分は強くなんてなれっこないと言ってるみたいだ。

「……エレミア」

「なに?」

あどけなく小首を傾げて聞いてくるエレミアに、俺は意を決して言った。

「――俺と一緒に行かないか?」

「……えっ?」

「今まで黙ってたけど、俺はこの教団を潰すつもりだ。

その後、俺と一緒に行かないか。

行くと言っても、家に帰るだけだけどな。

ジュリア母さんやアルフレッド父さんなら、きっとエレミアのことも受け入れてくれる」

なんたって、俺みたいなのを受け入れてくれたくらいだからな。

「つ、潰すって……!」

「本当はエレミアにも手伝ってほしいけど、それは酷だろうから、そこまでは言わない」

エレミアは、長く沈黙してから、こう言った。

「……メルヴィさんはいる?」

「いるわよ?」

メルヴィが姿を現しながら言った。

メルヴィのことも、少年班のみんなには黙っていてもらうよう頼んである。

「妖精には、嘘がわかるって、お母さんが言ってました。

だから聞きます。

オロチ同志は、本当のことを言ってますか?」

「言ってるわ」

「じゃあ、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の幹部の人たちは、嘘を言ってますか?」

「言ってるわ」

「……そっか」

ふぅ、とエレミアがため息をついた。

「ありがとう、メルヴィさん。

オロチ同志、返事はもう少し考えてからでいいかな?」

「ああ、もちろん」