軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42 狩り

「――俺はもともと、冒険者をやってたんだ」

俺の隣を歩きながら、ネビル同志がそう言った。

今俺は、 塒(ねぐら) の外にいる。

といっても、脱走したわけじゃない。

塒では時々、魔物狩りに出かけることがある。

レベルを上げるには魔物を狩るのがいちばん手っ取り早いからだ。

また、スキルも実戦で使った方が上がりが早い。

これらのことは戦闘職の集団である〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉では経験的によく知られている。

もっとも、俺の立場からすると、疑問の余地もある。

魔物とは、悪神が地上の生物にカースによって力を与えたものだということだから、悪神のしもべたる〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いが魔物に手をかけるのはおかしいのではないか?

さすがにこれを誰かに聞いてみるわけにもいかず、ちょっともやもやしている。

そういえば、明らかに悪神に与している〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いたちも、経験によってレベルやスキルレベルが上がるのだが、これは女神様の輪廻システムによるものなのだろうか。

それとも、悪神側にも同じようなシステムがあるということなのだろうか。

しかし、俺が女神様側、ガゼインのような首まで教団に漬かってる連中が悪神側であるのはいいとしても、少年班のエレミアやミゲルのような、洗脳されて悪意なく御使いをやっている連中の扱いはどうなるのだろうか。

この辺は俺の頭でいくら考えても埒のあかない問題だから、今度女神様に会った時にでも聞いてみるしかない。

前回は唐突だったせいで、あまり質問も用意できなかったが、今度は事前に質問を用意して頭に入れておき、時間をいっぱいいっぱいまで使って聞くべきことをすべて聞いておきたい。

結局フォノ市では輪廻神殿に立ち寄ることができなかったから、女神様の言っていた【祈祷】スキルも手に入れることができなかった。

実は塒でも折を見て女神様に祈ってみたりはしているのだが、何か特殊な条件でもあるのか、【祈祷】の習得には至っていない。

やはり神殿でなければいけないのか、それとも何か特別な捧げ物でも用意しなければならないのか、あるいは神社における二礼二拍手一礼のような作法的な何かが必要なのか。

俺で考えつく可能性はそのくらいだな。

メルヴィも、そっちの知識は持ってないと言っていたし。

いや、今は魔物狩りの話だった。

数日前、ガゼインの下に、塒のそばにワイバーンが出たという情報が入ってきた。

一応解説しておくと、ワイバーンというのは亜竜に分類される飛竜の一種で、ブレスこそ吐かないものの、高い機動性と鋭利な爪牙のために魔物としては上位――Bランクに位置づけられている。

Bランクとは、Bランクの冒険者なら1人で互角という意味だ。

互角ということは、Bランク冒険者でも運が悪いと負けてしまうということだ。

だから、ワイバーンを安全に倒すためには、Bランク以上の冒険者でパーティを組む必要がある。

さて、単体でも厄介なワイバーンだが、ワイバーンには仲間を呼び寄せて群棲する習性がある。

しかも、ワイバーンに限らず竜種は、地下に穴を掘るか、既にある穴を利用して巣作りをする。

ワイバーンが塒のそばで巣作りを始めると、地下を掘り抜いて、塒の内部へと巣を繋げてしまうおそれがある。

もちろん、われらが〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の精鋭たちが、ワイバーンの群れごときに遅れを取るはずもないのだが、ワイバーンの巣作りによって塒の一部が崩落するような危険はある。

また、ワイバーンが塒のそばに巣を作り、その上空をワイバーンが飛び交うようなことになったら、目立ってしかたがない。

近隣の都市――たとえばフォノ市の冒険者ギルドが問題視して、ワイバーンの巣の攻略に乗り出してくる可能性まである。

そんなことになったら、塒の存在が発覚するのは避けられないだろう。

――事実、アドバルーンよろしく飛んでくれるワイバーンのことについては、メルヴィ経由でアルフレッド父さんに至急報を入れてある。

Aランク冒険者で、ワイバーンなどものともしない我が母上が、早速探索に出てくれているんじゃないだろうか。

っていうか、改めて考えてみると、ジュリア母さんは単独でも危なげなくワイバーンを仕留められるということになるんだな。

我が母親ながら恐ろしい人だ。

おっと、それより今はネビル同志の話だった。

俺のお好み焼き屋の常連であるネビル同志は、最近すっかり俺に気を許してくれてきていて、こうして過去話などもしてくれるようになった。

「これでも、Cランクまでは上り詰めたんだぜ。

まあ、パーティで、だけどな」

「へえ……じゃあどうして〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉に?」

「受注したクエストの途中で、怪我をしてな。

何の事はない、ゴブリンの群れだったんだが、数が多かった。

射かけられた矢の中に、えらく鋭いのがあったんだ。

ゴブリンだから、ただのまぐれだったんだろうが、それが俺の足に刺さっちまった。

その前日までそこそこ仲良くやれてたはずのパーティメンバーは我先に逃げ出しちまって、俺だけが取り残された。

そこを助けてくれたのが、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いだったんだ。

ほれ、特務班のガズローさん……いや、ガズロー同志だよ」

「ガズロー……」

陰険そうな目をしたあいつのことか。

とうてい人助けなんてガラには見えないが。

「その後、俺は秘密のはずの〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の聖居で治療してもらえた。

当時だから、『カラスの塒』じゃなくて、前の聖居だけどよ。

おかげさまで矢の後遺症はほとんど残らなかった。

だから、決めたんだ。

拾った命は、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉のために使わせてもらおうってな」

そう言って笑うネビルの顔は実に晴れ晴れとしていた。

「でも、冒険者をやってたなら、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の噂くらいは聞いたことがあったんじゃないの?」

「ああ、たしかに、外ではいい噂は聞かなかったな。

だが所詮、噂は噂だ。

実際に会ってみなくちゃわからないもんだ。

ガズローさんの話を聞いてみたら、悪神さまは実はいい神様で、悪魔たちと戦ってるって言うじゃないか。

俺が命を拾ったのも悪神さまのお導きの結果だと、ガズローさんは言った。

そういうことならってんで、俺は御使いになることを志願したのさ」

「聖務については、どう思ってるの?

その……人を殺すことについて」

俺がそう聞くと、ネビルは周囲に目を走らせてから、ささやくように言った。

「おまえだから正直に打ち明けるけどな。

俺には、よくわからないんだよ」

「何がだ?」

「悪神さまがどうとか、そういうことはさ。

俺は単に、受けた恩義を返そうと思っただけだ。

教団の礼拝には欠かさず出席してるけどよ、正直、俺の頭じゃ、教えのことはよく理解できねえんだわ。

ガゼインさんの言うことも、教主さんの言うことも、それなりに理にかなってるとは思うけどよ」

ネビルの口ぶりには、迷いがあるように思えた。

「ネビル同志が御使いになったのは、ガゼイン……さまが首領になる前だったんだな」

「そう、そうなんだよ!

ガゼインの旦那が首領になってから、いろんなことが変わっちまった。

ガズローさんはガゼインの旦那に気に入られて特務班に入って、その引き立てで俺も特務班所属になったけどよ。

最近のガズローさんは……何ていうか……」

ネビルはそこで言葉を切った。

「――なあ、オロチ同志。

おまえは悪神さまを信じるか?」

いきなり、難しい質問が飛んできた。

ネビルの真剣な顔を見て、俺は本能的に悟った。

ここで嘘をついたら、ネビルからの信用を失うことになると。

俺は一瞬だけ躊躇したが、あえて危険を犯すことにした。

「……いや、俺には信じられない」

「そうか……」

ネビルがつぶやく。

「そうか」

ネビルはそう言ったきり黙りこむ。

こういう時は、待つに限る。

さいわい、俺たちは2、3名ずつに別れての移動中だ。

ワイバーン討伐に駆り出されたのは、総勢20名。

特務班所属のネビルをリーダーに、各班から数名ずつ若手を集めている。

少年班からも、ミゲル、エレミア、ドンナ、ベック、そして俺の5名が参加している。

若手が中心となっているのは、このワイバーン狩りが、ただの駆除ではなく、若手のレベルアップを兼ねたものだからだ。

特に少年班のドンナとベックは、御使いとしての初聖務を翌月に控えているから、不測の事態を避けるためにも可能な限りレベルを上げておきたいということらしい。

俺がこの場に呼ばれたのは、少年班のついで――ではなく、おそらくは、俺が逃げ出さないかのテストだろう。

最近身につけた【気配察知】を使うと、俺たちのかなり後ろにいくつかのよく抑えられた人の気配を感じる。

ガゼインの命を受けた、特務班の御使いだろうな。

いちばん若い俺はリーダー預かりということでネビルと行動を共にしていた。

他にも特務班所属のエレミアも一緒だが、エレミアは今、先行偵察に出ていてここにはいない。

エレミアは弱冠7歳にして、【気配察知】と【隠密術】の両方を習得しているからな。

ワイバーンは、塒の北西数キロのところにある入り組んだ窪地に巣を構えようとしているという情報だ。

周囲は遮るもののない荒野だから、上空から見咎められずに近づくのは、隠密行動を得意とする〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いたちにも骨だった。

少人数に別れ、物陰を伝うようにして接近することになっている。

ネビルが、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉特有の舌打ちのような合図を出したら、巣へと突入するという手筈だ。

ちなみに今回、御使いたちはいつもの真っ黒なカラス装束ではなく、基本装備の上から砂色のマントをはおって、ワイバーンに上空から発見されづらいようにしている。

ネビルは、次の岩陰に滑りこむと、俺に向かって手招きする。

俺は【忍び足】を使ってネビルに続いた。

「……正直に答えてもらったから、俺も言うぜ。

俺は率直に言って、この教団から足を洗いたいと思ってる」

かなり驚いた。

ネビルはむしろ、敬虔な方だと思っていたのだ。

「これも、おまえだから打ち明けるが……そう思ってるのは俺だけじゃない。

……これだけ言えば、後はわかるな?」

「ああ……」

仲間がいるということだ。

「だが、俺たちの実力では、教団幹部や特務班の連中には敵わない。

俺も特務班だが、どちらかというと斥候や情報収集の力量を買われて入ったんだ。

エレミアのような戦いの天才とはわけが違う。

それでも、エレミアはまだ7歳だ。抑える方法はいくらでも考えつく。

他の幹部連中にも、ヤバいのがわんさといるが、不意さえ打てれば何とかできるだろう。

だけど……ガゼイン。

あいつについては、勝てる方法はおろか、無事に逃げ切る方法すら思いつかねえ」

俺は再び驚いていた。

ネビルが、ここまで具体的に、対教団戦について考えていたとは。

「で、どうだ、オロチ同志。

いや、エドガー、だったな」

「……何がだ?」

「とぼけるなよ。

おまえさんなら、あいつに勝てるか?

対策は考えてるんだろう?」

問われ、俺はしばし考える。

――ガゼイン対策。

もちろん、数えきれないほどシミュレーションを重ねているのだが、いまだに確実に勝てる方法は思いつかない。

以前、ガゼインとの訓練について、格闘ゲームにたとえたことがあったな。

本当に強いプレイヤーってのは、素人が思いつく奇策なんてのはすべて見破り、その上で手痛い反撃を加えてくるものなのだ。

ただ――

「……もう少しだ、と思う」

俺の言葉に、ネビルが眉を跳ね上げた。

「へえ! そうかい。そいつは朗報だ」

「……疑わないのか?」

「特務班は、俺を除いてバケモノ揃いだがな。

ガゼインだけは飛び抜けて異質だ。

そして、俺が思うに、エドガー、おまえも、別の意味で異質だ。

だいたい、ガゼイン自身が認めている。

自分を殺せる可能性があるのは《底無し》だけだと」

《底無し》。

《底無しのオロチ》という二つ名のことか。

「買い被られてるようでムズ痒いが……努力はしてみるよ」

「へっ。

おまえさんがそう言うなら心強い。

俺は――俺たちは、辛抱強くその時を待つことにするさ」

言ってネビルは、岩陰から奥を覗く。

ネビルの視線の先、数百メートルのところに、ここからでは親指の爪くらいの大きさに見える塊がある。

灰褐色のそれは、距離を考えると3メートルほどの高さで、ところどころがごつごつしている。

翼をたたんでいるのでわかりにくいが、あれが目的のワイバーンだ。

ワイバーンは、ここら辺にはよくある大地の裂け目の縁にうずくまり、首から先をだらりと裂け目の中に垂らしている。

時々グギャアと啼くが……何してるんだ、ありゃ?

「……一体、か?」

拍子抜けしたようにネビルがつぶやく。

たしかに情報では数体のワイバーンが巣を作ろうとしているとのことだった。

俺たちがワイバーンを確認してから間を置かず、ワイバーンの周囲の岩陰から、ちかちかと光が瞬いた。

配置についた御使いが、手鏡に太陽光を反射させて合図を送ってきたのだ。

ちかちかが合計5箇所となったところで、ネビルが言った。

「オロチ同志、エレミアが戻ってき次第、仕掛けるぞ。

他にも仲間がいるんだろうが、一体でいる機会をむざむざ逃すことはねえからな」

「了解だ。……だが」

「ん? 何だ?」

「エレミアはどこに行ったんだ?

ワイバーンのいる場所はもうすぐそこだってのに」

先行しているエレミアが、ワイバーンとの間に見当たらないのはおかしい。

「……っ!」

ネビルがあわててワイバーンと、御使いの隠れている岩陰とを見比べる。

それから、正面に目を戻して、ワイバーンの奥、裂け目の向こうに目をやると――

グギャアアアアッ!

複数の鳴き声とともに、裂け目の向こう、少し窪んで見えなくなっている辺りから、数体のワイバーンが飛び出した。

飛び出してきたワイバーンは、最初のワイバーンの背後に回りこんでいた御使いの、さらに後ろから襲いかかった。

混乱しながらも応戦を始める辺りは、さすが〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の暗殺者だが、ワイバーンの肌は硬く、ナイフくらいではダメージを与えられない。

襲われてる御使いは、【投槍技】と【投斧技】の使い手なのだが、どちらも乱戦では使いにくいスキルだ。

ワイバーン戦の定石通り、拘束用の網も持ってきているが、これはワイバーンが地上にいる時を狙うものであって、一度飛ばれてしまってはまずは地上に引きずり降ろしてからでなくては使えない。

そこへさらに、最初のうずくまっていたワイバーンが襲いかかる。

うずくまっていたワイバーンは、その巨大な脚で、真下にあった大岩を持ち上げ、混乱する御使いたちの頭上から落とそうとしている。

「お、おい、ネビル同志!」

「――くっ! 総員、攻撃開始!

ゴンザックとラザレを救出次第、撤退だ!」

もはや隠れる意味がなくなったと見たネビルが号令をかける。

あちこちの岩陰から、俺同様砂色のマントを纏った御使いたちが立ち上がり、ワイバーンに魔法やナイフを飛ばし、注意を引こうとする。

俺は、近場に転がっていた岩を【物理魔法】で浮かせる。

【サイコキネシス】ならもっと楽に浮かせられるのだが、あれは俺の切り札のひとつだから見せたくない。

とにかく、魔法で浮かせた岩を、例のごとく、大岩をぶら下げて飛ぶワイバーンめがけて投げつけた。

こんなものにも【投擲術】は効くらしく、俺の岩は狙い通りの軌道を描き、ワイバーンの下肢を直撃。

ワイバーンはたまらず持っていた大岩を取り落とす。

大岩はワイバーンが最初にうずくまっていた裂け目へと落ちた。

ここからは下の様子は見えないが、轟音が響いていることからすると、思った以上に深い裂け目だったようだ。

「よくやった!」

ネビルがそう言ってくれる間にも、御使いたちが動いている。

最初に襲われた御使い――ゴンザックとラザレの元へとたどり着き、魔法や投げナイフなどそれぞれの得物で空中のワイバーンを牽制している。

魔法は単なる《フレイムビット》だし、ナイフも傷をつけるには力不足だが、ワイバーンたちを遠ざけることくらいはできているようだ。

御使いたちは円陣を組み、空中のワイバーンを牽制しながらゆっくりとこちらに向かってくる。

俺とネビルのいる背後にはちょっとした灌木の雑木林があり、そのさらに背後にはサボテンのような棘の生えた木があちこちに生えた岩山がある。

ワイバーンはあの木を嫌うらしいから、そこまで逃げれば体勢を立て直せる。

あと百メートルも下がれば合流できる、そう思ったところで、エレミアが戻ってきた。

どこに行っていたのかと思えば、最初にワイバーンのいた割れ目の下から飛び上がってきた。

割れ目からここまでの距離を、音もなく全速力で駆け抜ける。

一体何があったのか、かぶっていたはずの砂色のフードがなくなっている。

銀のショートカットをなびかせ荒野を駆けたエレミアが、ネビルの前で停止した。

エレミアは息を荒げもしていないが、その代わりにネビルが苦しそうに心臓を抑えた。

そうか、【疲労転移】か。

【不易不労】のある俺には影響がないが、こういうことになるんだな。

ネビルもエレミアのスキルのことは知っているのか、息を荒げながら聞いたのは別のことだ。

「ぐっ……エレミア同志! どこへ行っていた!?」

状況からすれば無理もないが、ネビルの言葉には少し刺があった。

しかしエレミアはそれに怯む様子もなく、むしろ噛み付くように叫んだ。

「――ここは、ワイバーンの巣なんかじゃないよ!」

「はぁっ!? 何を言っている! 現にワイバーンが何体も現れて――」

「だから、ワイバーンなんか問題じゃなくて……いたんだよ!」

「何がだ!」

ネビルの言葉に、エレミアが答えようとした瞬間、地面が揺れた。

いや――

「傾いてる!?」

割れ目の端が左右に広がっている。

同時に、俺たちのいる一帯の地面が大きく陥没し、周囲との間に亀裂が走る。

そしてその亀裂から、いきなり炎が噴き出した!

「な、なん――」

俺が絶句している間に、エレミアが叫ぶ。

「火竜だ! ここは火竜の巣なんだ! ここら一帯の地下に、火竜が棲み着いてる!」

「か、火竜だと!」

ネビルの顔から血の気が引いた。

「総員、下がれ!

離脱しろ!」

ネビルの言葉に、御使いたちがこちらに向かって駆け出した。

さいわい、今の炎のせいでワイバーンたちは上空へと逃げている。

が、問題はそんなことではない。

さっきの炎のせいで、俺たちの立っている地面が根こそぎ陥没し、しかも、割れ目の方へ向かって徐々に傾いていくのだ。

まさか――さっきの炎で、俺たちの乗っている地面を、地下からまるごと刳り抜いて――?

だとしたら、火竜とやらはかなりとんでもない存在だということになる。

だが、さいわいなことに地滑りの進行はそんなに早くはない。

鍛えられた御使いの足ならかろうじて避難が間に合うだろう。

と、思ったのだが、

「――きゃあ!」

「ドンナ同志っ! だ、大丈夫!?」

「ば、馬鹿! 立ち止まるんじゃねえよ!」

転んだドンナにベックが駆け寄り、ミゲルも迷った挙句に駆け戻る。

ドンナが足を引っ掛けたのは、さっき俺がワイバーンに投げつけた岩の破片だ。

そしてその瞬間、辺りの地面が急激に傾きを増し、地滑りが加速度的に速くなる。

「――くそっ!」

「オ、オロチ同志! 間に合わないよっ!」

「馬鹿、戻れ! オロチ同志、エレミア同志!」

飛び出した俺に、エレミアまでがついてくる。

ネビルがあわてて手を伸ばすが、エレミアを捕まえることはできなかった。

俺は、左手の手甲に仕込んだ鋼糸を伸ばし、ドンナとベックとミゲルをまとめて縛り上げる。

「きゃあ!」

「うわあっ!」

「うおっ!?」

「エレミアは俺に掴まって!」

「う、うん!」

地滑りはとうとう崩落へと変化し、俺たちは空中に投げ出される。

俺は鋼糸で3人を巻き取って近づき、【サイコキネシス】で、俺と3人と、俺にしがみついたエレミアの身体を支えようとする。

が、思った以上に慣性がかかっていたらしく、いかな伝説級スキルといえども、短時間では5人もの人間を浮かせることはできなかった。

「くっ――」

俺は地滑りに半ば呑み込まれそうになりながら、がむしゃらに指を動かして【地精魔法】を連打する。

『わたしも手伝うわ!』

姿を隠していたメルヴィも、【精霊魔法】で地の精霊に呼びかけて俺たちに襲いかかる土砂や岩塊を逸らしてくれる。

つかの間のはずなのに、恐ろしく長く感じる時間がすぎていく。

土砂との戦いは、時間にして十秒もなかったと思う。

俺とメルヴィは少年班5人のまわりに岩の球を作り出すことに成功していた。

その岩の球はおそろしい勢いで地滑りに流され、最後にゴガン!とすごい音を立てて真っ二つに割れた。

衝撃の大半は【サイコキネシス】で身体を浮かせてやりすごすことができたが、それでも鞭打ちになりそうな衝撃だった。

外が静まるのを待たず、俺たちは岩の球の残骸の中から這い出し、状況を確認した。

俺たちはどうやら割れ目の底に落ちたらしい。

深い谷間の底に俺たちはいて、そこには上からすさまじい勢いで土砂や岩塊が降り注いでいる最中だ。

「――あそこ! 早く!」

エレミアが、岩壁の一部を指さしながら叫んだ。

そこには洞窟の入口らしきものがある。

今はとにかく、上からの飛来物を避けられるところに行くべきだ。

俺たちはあわてて洞窟へと駆け込んだ。

地滑りはしばらく続いた。

一度、音が止んだのだが、その直後に、一瞬熱風が吹き抜けて、次の瞬間再び地滑りの轟音が響いてきた。

って、これ、下手をしたら、火竜のブレスの通り道に逃げ込んでしまったんじゃ……?

「あ、大丈夫だよ。

火竜がいるのは反対側だから、ここにブレスは来ないはず……たぶん」

エレミアが、俺の顔色を見てそう言った。

「たぶん?」

「う、うん……。

わたしが里で聞いた話では、火竜は自分の巣穴を、ブレスを使って作るんだって。

その時、まずは真ん中に深い縦穴をブレスで掘って、その中に中心となる巣穴を作るの。

そして、その中から四方八方にブレスを吐いて、巣穴の周りを造形していくんだって」

「……それ、崩れたりしないの?」

「ブレスは、岩なんかを簡単に溶かしてしまうくらい熱いんだけど、火竜はそれを利用して、地下の空間を溶かして形を変えて、冷えて固まるのを待つんだって。

年を取った火竜になると、ブレスの性質を利用して、巣穴の周りに複雑な迷宮を作ったりもするらしいよ。

世界中にある、いわゆる『ダンジョン』のいくつかは、火竜の巣穴に魔物が棲み着いたものなんだって」

へええ。

そこまでは『アバドン魔法全書』にも載ってなかったな。

「それで、巣穴からの位置関係を考えると、この場所はブレスの死角になると思うんだ。

ブレスは巣穴から斜め上に向かって吐くから、この深さでこの位置だと、頭の上をブレスが通って行くことはあっても、直撃はしない……はず」

少し自信なさそうにエレミアが言う。

口調が心もとないが、言ってることは筋が通っている気がするな。

そこに、ミゲルが割って入る。

「……でもよ、ここの上を斜めにブレスが通ってくってことは、ここの斜め上を覆いかぶさる感じで固められちまうってことなんじゃないか?」

「…………」

「…………」

俺とエレミアが絶句する。

ミゲルが理路整然と推理したことに驚いた……のもあるが、それよりもその内容が問題だ。

俺はあわてて入ってきた入り口に駆け寄るが、

ドガァン!

と、大きな音がして、入り口が巨岩に閉ざされてしまった。

くっ、まだだ!

「 Ω(ガイア) ∨(スプレド) ――《トンネル》!」

遺跡発掘とダクト堀りで鍛えた【地精魔法】を舐めるなよ!

俺の魔法によって巨岩の真ん中に大穴が空く。

「おおっ!」

ミゲルが歓声を上げた。

ふふん、どんなもんだ。

俺がドヤ顔で胸を張った次の瞬間――

ジュバッ――

一瞬の赫い閃光とともに、俺の開けた大穴が、大岩ごと消滅した。

いや、

「さ、下がれ!

奥に下がるんだ!」

俺が言うまでもなく、入り口から流れ込んでくる溶岩を見て、少年班4人も逃げ出している。

天然のものらしい洞窟を死ぬ気で走った。

何度か曲がり角を曲がったところで、背後からの音が聞こえなくなった。

一同、その場にへたり込み、大きくため息をついた。

……疲れないはずの俺まで、つい同じことをやっちまったよ。

俺は腰の水筒から水を一口飲むと起き上がり、こわごわと今来た道を戻ってみる。

ミゲルたちも黙ったまま俺についてきた。

溶岩は角を一つ曲がったところでつっかえていた。

まだ赤黒いが、しばらく経てば固まりそうだ。

とりあえず、溶岩に呑まれて死ぬことだけはなくなったが、

「――ええっと。閉じ込められちゃった?」

ドンナの言葉に、俺は重々しくうなずいた。