軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 新米御使いオロチ君の一日(深更)

メルヴィからの【念話】が届く。

『――エレミアが部屋を抜け出したわ』

『どこに行ったかわかる?』

『さあ、いつもの場所じゃないかしら』

『行ってみる。

じゃあ、メルヴィは予定通り……』

『うん。あんたも気をつけて』

メルヴィは、これから妖精郷へと飛んで、俺の渡した手紙をセセルたちに預けてくれる。

セセルとセセラは、その手紙を持ってリベレット村に飛び、顔役に頼んで、早馬か伝書鳩を仕立ててもらう。

手紙の宛て先は、もちろんフォノ市に滞在中のアルフレッド父さんである。

要するに、外との定期連絡である。

俺は罪調べが終わった後に、隙を見計らって手紙を書き、それをメルヴィに託して送ってもらった。

現在の状況を事細かに説明したその手紙は、無事、父さんの元へと届けられ、向こうからの返事ももらっている。

俺が最初に手紙で要請したのは、塒の位置の特定だ。

この「カラスの 塒(ねぐら) 」に連れて来られた時には、目隠しをされていた上、経路も巧妙に偽装されていた。

目隠しなんてなかったメルヴィも、外の地理に疎いせいもあって、塒がフォノ市から見て北から西の間にあるという程度のことしかわからない。

それなのに妖精郷とのゲートは作れるのか、と聞くと、あれには現在地のマーカーさえあればいいとのこと。

やっぱり便利すぎる。

むしろ、ゲートが便利すぎるせいで、メルヴィは地理とか方角とかに関心がないんじゃないかと疑いたくなる。

ともあれ、俺は塒の外の様子を思い出せる限り書き出して、父さんたちに塒の場所を割り出してくれるようお願いした。

手紙によれば、さっそく騎士たちや信用のおける冒険者を動員して探させているが、今のところ発見できていないとのこと。

捜索を難しくしているのは、具体的なヒントが少ないことだけではない。

探すべき場所が暗殺教団〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉のアジトであるため、生半可な腕の持ち主では、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の構成員に逆に発見され、殺されてしまう可能性がある。

だから、騎士にせよ冒険者にせよ、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の暗殺者に遅れを取ることのない実力者を選ぶ必要があり、その分動員できる人数が減ってしまうのだ。

また、時期も悪かった。

フォノ市でも話題になっていたように、今はフォノ市の西でハーピーが棲息地を変える渡りの時期だ。

特に今年はハーピーの数が多く、またフォノ市寄りに巣を構えようとする傾向があるという。

冒険者ギルドはハーピーへの対処ですでにてんてこ舞いであり、実力のある冒険者を塒捜索に当てる余裕がないというのだ。

あ、ちなみにハーピーというのは、分かる人も多いと思うが、羽の生えた半人半鳥の魔物だ。

大まかには人型だが、顔形は鳥に近く、手は翼で足はまんま鳥脚である。

脳の大きさはゴブリンと大差ないというから、意思疎通を図ることは全くできない。

人肉を好んで食べるため、熟練の魔物使いでも飼いならすことは難しいという。

要するに、駆除するしかない魔物だってことだな。

個体ではさして強くはないが、群れると手が付けられなくなるとのことで、中堅以上の実力のある冒険者でなければ群れの相手は難しいと聞いている。

そのせいで、もともと小さめのフォノ市冒険者ギルドは戦力が払底してしまっている。

そのあおりを受けて、塒の捜索には、モリアさんやハフマンさんに加え、なんとジュリア母さんまでが一時的に現役復帰して参加しているらしい。

まだ会ったことのないチェスター兄さんも、ハーピー退治の合間を見て手伝ってくれているという。

もちろん、母さんが捜索に参加してるのは、単に人手が不足しているからではなく、居ても立ってもいられないからだろう。

手紙の文面からも相当に心配していることが伝わってきて、ホントに申し訳なくなってしまう。

ただ、父さんには、もし塒を発見できたとしても、しばらくは攻撃を待ってもらうようお願いしている。

なんとか子どもたちの洗脳だけでも解き、可能ならば教主グルトメッツァの身柄を確保する目処を立てた上で、外と内から同時に攻撃をしかけたいのだ。

もし中途半端に攻撃してガゼインを初めとする幹部連中を取り逃がしてしまったら、俺たち家族は今後、常に暗殺の危険に怯えなければならなくなる。

いくらスキルがあったって、ありとあらゆる手段で襲ってくる暗殺者を退け続けるのは難しいからな。

特に、ガゼインみたいな実力者が、手段を選ばず襲ってきたらと思うとぞっとする。

だから、内と外からの同時攻撃で教団を組織ごと叩き潰す。

そこまでしなければ、俺たちは枕を高くして眠ることができないのだ。

俺が手紙でそう主張すると、父さんはこんな風に書いてきた。

『サンタマナ王国貴族キュレベル子爵としての僕は、君の作戦に賛同する。

だが、エドの父親としての僕は、その作戦には反対だ。

君の側の危険が大きすぎるからだ。

君の報告によると、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉は僕らが思っていた以上に巨大で、力を蓄えている。

もし彼らが〈黒狼の牙〉と呼応して王国を狙っていたらと思うとぞっとする。

そんな巨大な組織に、君1人で立ち向かうというのは、君のステータスを知らなければ無謀としか言いようがない。

本音を言えば、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉を潰そうなどと考えず、一刻も早く、塒を脱出し、僕らの元に帰ってきてもらいたい。

しかし、君の懸念ももっともだ。

僕ら家族の安全のために、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉はなんとしても壊滅させたい。

だから、僕とジュリアは散々に話し合って、掴み合いの喧嘩までして(もちろん僕が負けて)、その結果として、君の提案を受け入れることにした。

ただし、君からの連絡が途絶えるなどして君の身に危険が迫っていると判断せざるを得ない場合には、僕は動員できる戦力のすべてを投じて、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉を叩く。

それから、これだけは絶対に約束してくれ。

不要な危険は、絶対に犯さないこと。

暗殺教団の内部にいれば、凄惨な場面にも遭遇するだろう。

明らかな不正義も目の当たりにするだろう。

それを許せないと思うのは当然だ。

だが、正義を貫こうとすることで、君が極度の危険にさらされる場合には、 その不正義を(・・・・・・) 見過ごすこと(・・・・・・) 。

僕は最低のことを言ってるかもしれない。

それでも、僕は、もう二度と大切な人を失いたくはないのだ。

だから、正義より、君の身の安全を優先してくれ。

僕からのお願いだ。』

読んでいて、泣きそうになった。

――この人達の元に絶対に帰る。

俺は改めてそう誓ったよ。

さて、メルヴィはもう妖精郷に飛んだらしく、【念話】で話しかけても答えがない。

俺はちょっとした寂しさを持て余しながらダクトを戻り、少年班のフロアから階段を上る。

そこには、ちょっとした畑がある。

天井を見上げると、はるか上に大きな穴が開いていて、それが吹き抜けになっている。

吹き抜けには内側に向かって返しがついているため、いくら身が軽くても、ロッククライミングして外に出ることはできないだろう。

この大穴からは、地下空間では貴重な太陽光が射し込むため、それを利用して生鮮野菜の栽培を行っている。

野菜畑の真ん中には、誰が作ったのか、円形の花畑がある。

今は月光に照らされているその花畑のほとりに、エレミアがたたずんでいた。

ダークエルフだけあって、月の光が反則的なまでによく似合っている。

エレミアは、手にした金属製の巻き簾のようなものを口元に運ぶ。

鉄管、と呼ばれる暗殺道具がある。

形状は名前のままで、鉄の管の片方を斜めに削って尖らせたものだ。

これを標的の頸動脈なり心臓なりに刺し込むと、あら不思議、管を伝って鮮血が勢い良く迸るではありませんか、といった趣旨の道具だ。

即死しないため、拘束した相手に使うか、わざと大きな血管を外して拷問用として使う、と教導班の御使いが説明していた。

エレミアが手にしているのは、その鉄管を複数束ねたものだ。

鉄管の長さは端から順に短くなっている。

エレミアはその鉄管の端に唇を添えると――そっと息を吐き出した。

そこから流れだしたのは、もの悲しい旋律だった。

そうか、あの鉄管は笛だったのか。

そういえば和楽器の笛に、似たようなのがあったな。

笙、といったと思う。

月夜にふさわしい、寂しく、透明な旋律が辺りに広がっていく。

俺はその旋律に身を任せ――

「――誰っ?」

唐突に演奏が止み、エレミアが振り返って言った。

「……邪魔しちゃったかな」

「なんだ、オロチ同志か。

――よい月夜」

「よい月夜?」

「ああ、ごめん。

ボクが暮らしていた里では、こういう時はそう言うんだ」

「へえ……風情のある挨拶だな」

「なかなか使う機会はないんだけどね」

ダークエルフは、エルフと比べると夜のイメージが強いが、別に夜行性というわけではないらしい。

「また教理問答する?」

「エレミアが嫌じゃなければ」

「ボクはいいよ。

オロチ同志にも、悪神さまのことをわかってもらいたいし」

エレミアは、やわらかい笑みを浮かべてそう言った。

言ってる内容が違ったら、見惚れてしまいそうな笑みだった。

今でも相当な美少女だが、将来はきっととんでもない美人になるんだろうな。

エレミアもそうだが、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いたちは、思った以上に――普通だ。

とても、悪神の手先だなんて思えない。

俺は、リベレット村での子ども誘拐事件に始まり、フォノ市への道中でも、そしてフォノ市のキュレベル邸襲撃の時にも、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の構成員を殺している。

もちろん、そのことに後悔なんてない。

殺さなければ殺されていたかもしれない。

殺されたくないなら他人を殺そうとなんてするなという話だ。

でも、この塒内には、俺に仲間を殺された御使いがたくさんいるはずだ。

それなのに、俺は御使いたちに恨み言を言われたことが全くない。

聖務だから。

それだけで皆納得し、俺に対してわだかまりを抱いている様子もない。

塒にいて、彼らと付き合っていると、俺は自分の感覚を疑いそうになる。

彼らのような人たちを殺してきたことに、罪悪感を覚えてしまいそうになる。

そのたびに首を振って、俺は間違ったことなんてしてないと自分に言い聞かせるのだが……そんなことをする必要があるということは、やはり、俺は間違っていたのではないかと、心のどこかで思ってしまっているということだ。

そんな時俺は、女神様のことを思い出す。

悲運に遭って死んだ俺に同情し、条件付きではあるが、マルクェクトに転生させてくれた、慈悲深い女神様。

悪神モヌゴェヌェスは、彼女が敵とみなす存在だ。

悪神を崇める暗殺教団は、悪神が邪悪な目的を達するための道具であり、一見善人風に見える御使いたちは、狂った信仰のために罪のない人々を殺して回る暗殺者なのだ。

そこまで考えて、苦笑する。

困ったときに神様のことを思い出し、迷いを振り切る。

これでは、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いたちを笑えない。

まるで女神様を崇拝する宗教の信者になったようだ。

――信じるとは何か。

――何が洗脳で、何が事実なのか。

まったく、頭がおかしくなりそうだ……。

「……どうしたの?」

「なんでもない」

首を振ってから、俺は話題を探す。

エレミアは頭がよく、教義にも詳しいので、俺の側の勉強という名目で、真っ向から議論することにしている。

もちろん、裏の目的はエレミアに教団の教えに疑問を抱かせ、自力で洗脳から脱してもらうことだ。

前世で、カルト宗教が大きな事件を起こしたことがあった。

その時に山ほど放映されたドキュメンタリーで、脱会カウンセラーの仕事を紹介していたものがあった。

カルトの洗脳を解くには、外部の情報を与え、本人に考えさせることだと言っていた。

相手を頭ごなしに否定するのではなく、話し合いの場を維持しながら、根気強く対話を続けていく。

前世の俺にはとうていできそうにないことだったが、【不易不労】がある今なら、そういうことも可能だろう。

「――エレミアはどうして、教団の教えを信じるの?」

「……近くこの世の終わりが来る。選ばれた者だけが神の国に行ける」

「アウベッソ教典1:10、だったかな。

ハルマゲドンが起きた時に、悪神を信じる者だけは救われることができるんだったね。

でも、それとは別に、悪魔の使徒を殺し続けることで世の終わりを防ぐことができる」

俺が言うと、エレミアは満足気に頷いた。

その顔を見られただけで、にわか勉強が報われたような気がしてしまうのが恐ろしい。

将来エレミアが教団の勧誘員にでもなったら、さぞかしダメな大人たちが引っかかることだろう。

「だから、ボクは使徒を殺し続ける。

みんなを救いたいから。

世間では、悪神さまのいうことは信じられてないから、ボクは殺人者ということになってしまうけど……たとえそう呼ばれたとしても、ボクはみんなのために戦う」

「エレミアは、『選ばれた者』だ。

自分だけ救われることもできるけど、それでも殺すの?」

「自分だけ助かってもしょうがないよ。

みんなが助からなきゃ」

エレミアの目には、純粋な使命感が宿っている。

「俺は、どうも納得がいかないんだ」

「どうして?」

エレミアがちょっと悲しそうな顔をする。

7歳の女の子にそんな顔をされると心が痛むが、ここで白旗を上げる訳にはいかない。

「もしそうなら、なぜ隠れて行う必要があるんだ?

世間の人々にその事実を伝えて、みんなで対処した方が早いし確実じゃないか」

「俗人は悪魔に思考を誘導されてるから、ボクたちの言葉に耳を貸さないんだよ」

それは教団のことじゃないか、と言いたくなったがこらえる。

「じゃあどうして、教団の人たちは、悪魔からの思考誘導を受けないでいられるの?」

「それは……わからないけど、きっと悪神さまのおかげだよ」

「悪神さまにそんなことができるなら、どうして全ての人にやらないの?」

「……そんなの、わからないよ。

でも、そうなってるからには、何か事情があるんだよ。

神ならぬ身にはわからないこともある。

悪神さまのおはからいに任せておけば間違いない」

そういう言い方をされてしまうと、それ以上は何も言えなくなってしまう。

俺は矛先を変えることにした。

「……じゃあ、悪神さまの事情には立ち入らないことにして、俺たち自身の話をしよう。

俺たちは、聖務で人を殺しても許される。

でも、一般的には人を殺すのはいけないことだ。

たとえ相手が悪人だったとしても、何もされてないのに殺したら、悪いのはこっちだ。

聖務で殺す相手には、とても悪いことをしているようには見えない人たちもいる。

そういう人たちを、お告げを受けたからというだけの理由で、向こうの言い分も聞かずに殺してしまっていいのだろうか」

「ボクたちは人間ではなく、御使いなんだから、人間を殺しても罪にはならないんだよ」

エレミアは即座にそう答えた。

そう答えなさいと教えられたとおりに、そう答えたのだろう。

「だが、罪調べでは細かい罪まで徹底的に追求されたじゃないか。

それがどうして、殺人という特大の罪に限って許されるんだ?」

「それは、悪神さまから啓示を受けた聖務だし、相手は悪魔の手先だから……」

「それが本当に『悪神さま』の言葉だって言う証拠はないだろ」

「首領さまや牧師さまが嘘をついてるっていうの?」

そうだ、と言いたくなったが、我慢する。

「……それはわからない。

でも、俺たちが直接悪神さまのお言葉をいただいているわけじゃないことは事実だ」

悪神に敬語を使うと尻がむずむずしてくるな。

「それは……そうだけど」

エレミアは納得いかない様子だ。

「だいたい、本当に悪神さまが悪魔を倒しているんだったら、どうして悪神だなんて呼ばれてるんだよ?」

「……わ、われらが神を悪というのなら――」

「――われらも悪で構わぬ、だろ?

アウベッソ教典23:5に見える表現だ。

だが、俺が言ってるのはそういうことじゃない。

悪神が悪魔を倒してるんだったら、そもそも悪と呼ばれる余地がないじゃないか」

アウベッソ教典の他に、福音書が3つ、書簡が2つ。

ご丁寧なことに、ロッソの 黙示録(アポクリファ) と呼ばれる断片集まである。

〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉における教典の構成は、前世における聖書に似すぎている。

これは偶然なのか?

それとも――

俺が別のことを考えている間にも、エレミアは必死に考えている。

――必死で、自分の信じる神様を擁護しようとしている。

「そ、それは……」

結局、エレミアはいい反論を思いつかなかった。

論破するのが目的ではないから、俺はこれ以上は深追いせず、話を少しそらすことにする。

「ていうか、他の神々は一体何をしてるんだ?

アウベッソ教典は他の神々の存在を認めている。

なのになぜか、他の神々が悪魔と戦っている気配がない。

どころか、悪魔と戦ってるはずの悪神に戦いを挑んでくる始末だ」

「ほ、他の神々は、きっと悪魔に騙されてるんだよ」

「神々が、揃いも揃って悪魔に騙されてるって言うのか?

悪魔がそんなにすごい存在なんだとしたら、その悪魔の使徒を、俺たちなんかが簡単に殺せるのはおかしくないか?」

「……うう」

「それに、どうして悪神さまだけが、悪魔に騙されずに済んだんだろう?

他の神様の中には、輪廻の神アトラゼネク様を初めとして、賢明な神様が揃っているというのに」

「ぼ、牧師さまならきっとわかるよ。

オロチ同志も一緒にお話を聞きに行こう?」

「牧師さまは、俺のことを悪魔の手先だって言ってるんだろう?」

「牧師さま」は30くらいの外見の女性だ。

前世で言うなら、まさに女教師、というタイプのキツめの美人で、逆三角の赤縁メガネでもかけさせたらぴったりだと思う。

口癖は、「悔い改めなさい」。

正直苦手な相手だ。

俺のことを目の敵にしてくるし。

最初はガゼインの指示でもあるのかと疑ってしまったが、どうもこの牧師さま、ガゼインに気があるらしい。

それで、なぜかガゼインのお気に入りだということになっている俺のことを、やっかんでいるようなのだ。

お気に入り、というところを、どうもその、変な意味の「お気に入り」だと想像しているらしく……。

勘弁してくれ。

一度隙を見て【鑑定】してみたが、これといって特徴的なスキルや二つ名は持っていなかった。

「う、うん……だからボクが注意して見張るようにって」

「……それを俺に言っちゃダメだろ」

「ふふっ。そうだね」

エレミアがおかしそうに笑う。

普段は宝塚っぽい男装の美少女という印象なのに、こんな時は歳相応だ。

「もう寝た方がいいよ」

自分のことを差し置いて、俺が言う。

「ううん……ボクは大丈夫。

他の人より疲れにくいから」

エレミアは、弱々しく微笑みながらそう言った。

「――疲れにくい?」

聞き捨てならないキーワードだよな。

「うん……みんな、ボクと話してると疲れるって」

「そんなことないけど」

「そういえば、オロチ同志は平気だね。

なかなかこんなにおしゃべりできないから、楽しくって……ごめんね」

教義の議論ばかりしているのに、エレミアは「楽しい」と言った。

別にリップサービスなんかじゃなく、本当に楽しいと思っているようだ。

たしかに、エレミアが他の子どもや大人たちと話している姿は見かけない。

たまにガゼインが模擬戦の相手をしているのを見るが、エレミアと戦ってる時のガゼインには、俺とやっている時ほどの粘りがなく、訓練を早々に切り上げてしまう。

「何で謝るの?」

「だって……疲れたでしょ?」

「いや……」

「ホントに?」

「ああ」

エレミアはしつこいほど念を押してくる。

その理由は、実は既に知っている。

【鑑定】。

エレミア・ロッテルート(〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉特務班所属・《昏き森の巫女》)

年齢 7歳

ダークエルフ

レベル 21

HP 30/30

MP 67/67

スキル

・伝説級

【疲労転移】-(自らの疲労を周囲の者に転嫁する。常時効果を発揮する。)

・達人級

【隠密術】4

【気配察知】4

【暗殺術】2

【見切り】1

・汎用

【暗殺技】9(MAX)

【手裏剣技】5

【短剣技】4

【夜目】4

【闇魔法】4

【格闘技】3

【ナイフ投げ】3

【光魔法】3

【魔力感知】3

【跳躍】2

【遠目】2

【吹奏】2

《昏き森の祝福》(気配の察知・隠匿に関するスキル〔魔法を含む〕の習得に中補正。)

【疲労転移】。

このスキルこそ、エレミアがここに連れて来られた理由なのだろう。

周囲を疲れさせる能力――というと残念な感じがしてしまうが、戦いの場ではかなり厄介な能力だ。

なにせ、エレミアの方は戦っていても疲れないのに対し、相手の方は自分の疲労とエレミアから転嫁された疲労で普段の2倍疲れるということになるのだから。

そして、エレミアが勢いに乗って攻めれば攻めるほど、エレミアの相手に転嫁される疲労も増えることになる。

相手からすれば、自分の体力を勝手に使って攻められているようなもので、これほど理不尽なこともなかなかないだろう。

ガゼインがやっててくたびれるとボヤいていたのも、これのせいだ。

だが、ガゼインがエレミアのことを「天才」と評していたのは、【疲労転移】のことだけではない。

エレミアは年齢にしてはずば抜けてスキルの数が多く、レベルも高い。

俺の【不易不労】と同じく、疲れないことがスキルの習得に有利に働くからかもしれないし、《昏き森の祝福》のおかげかもしれないし、もって生まれた才能なのかもしれないが、他の子どもたちはおろか、大人の御使いでもエレミアには敵わない者が多いはずだ。

だから、どうしても、エレミアは孤立してしまう。

少年班にも今ひとつ馴染めていないし、所属する特務班でもそうだろう。

いや――ひょっとしたら、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉に誘拐される前から、エレミアは疎外されていたのかもしれない。

エレミアの他人との距離のとり方には、ちょっと痛ましいものを感じるからな。

しかし、だからこそ、エレミアは深く、教団の教えを信じている。

すがっている。

ここでは、聖務をこなしてさえいれば、認めてもらえる。

他人に認められることの少なかったエレミアにとって、それは何よりの報酬だろう。

だから〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉は、彼女にとって、ある意味ではとても「居心地のいい場所」なのだ。

もちろん、俺の勝手な推測だけど、そう外れてもいないと思う。

「俺でよければ、話し相手くらいにはなるよ」

「い、いいの?」

エレミアの目はすがるようだった。

「ああ、でも、俺と話したことは他の人には内緒にしてね」

「ふふっ。

こんな話してるなんて言ったら、怒られちゃうもんね」

怒られる、では済まないと思う。

「牧師さまも、どうしてオロチ同志のことを嫌うのかな。

すごく優しいのに。

牧師さまも優しいから、ちゃんと話しあえば仲良くなれると思うんだけどな」

「それは、無理だと思うぞ」

「そんなことないよ!

ボク、牧師さまの言葉で、気に入ってるのがあるんだ」

「へえ……どういうの?」

俺は、努めて普通に尋ねた。

そうしないと興味の無さが滲み出てしまいそうだったからな。

だが、エレミアの口から出た言葉に、俺の頭は一気に冷えてしまった。

「――お父さんお母さんと一緒に天国に行けるよう、がんばりましょう」

このセリフを聞いて――自分がどんな表情をしていたか、自分でもよくわからない。

顔が強張ったのか、歪んだのか。

赤くなったのか、青くなったのか。

ただひとつはっきりしているのは、俺の頭が真っ白になったってことだ。

俺ははじめ、俺の中に湧き上がった感情が何だったかわからなかった。

感情があまりに激しすぎて、頭が麻痺してしまったんだと思う。

遅れること数秒、俺はようやくにして、自分が怒り狂っていることに気がついた。

怒髪天をつくというが、まさしくそんな感じで、首の後ろから頭頂にかけてを、熱い炎のような何かが駆け抜けていく。

そのくせ、自分の怒りで背筋が寒く感じるくらいだ。

「……ど、どうしたの? オロチ同志」

エレミアが戸惑ったように聞いてくる。

ああ、エレミアは、自分の言われたことの意味が、わかっていないのだ。

「……何でも、ない」

俺はゆっくりと息を吐きながら、改めて思う。

――子どもたちを親から奪っておいて、よくそんなことが平然と言えるな。

マッチポンプ、という言葉があるが……ここまで酷い例にはそうそうお目にかかれるものじゃない。

――こいつらは、生かしておいちゃいけない。

俺の心に暗い炎が宿った瞬間だった。