軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38 新米御使いオロチ君の一日(夜)

――そして夜。

「……かくして、欲をかいたいじわる婆さんは、妖怪たちに食べられてしまいましたとさ。おしまい」

俺は少年班の部屋で、同室の少年同志(幼少組のことで女の子も含む)たちに日本昔ばなしを聞かせていた。

今日のお題は舌切雀だ。

大きなつづみ(アイテムボックスと言い換えた)を持ち帰ったよくばり婆さんがひどい目に遭って、やんちゃなミゲルは「ざっまああああ!」と叫びながら部屋の中を駆けまわった。

「……食べられちゃうのはちょっとかわいそうだよ」

とは、ドンナの弁。

ドンナは、色白で黒髪の獣人族の女の子で、肩までの髪を細く編んでいくつかのおさげにしている。

この編み方は、ドンナのぺたんとした犬耳に合わせた部族伝統のものなんだそうで、たしかによく似合っている。

少年部屋には、ミゲルとドンナの他にも、たくさんの子どもたちがいる。

年齢は5歳から11歳まで。

中心となっているのは、年長組のミゲルとドンナ、ベックとエレミアだ。

この4人は、フォノ市のキュレベル子爵邸襲撃の時にも現れていたな。

食いしん坊のベックは、話の途中で眠ってしまったらしく、ベッドから起き上がってこない。

エレミアは部屋の隅の壁にもたれて、俺の話を聞くともなしに聞いていた。

エレミアは、ショートカットにした銀髪と褐色の肌を持つ、いわゆるダークエルフの女の子だ。

一見すると男の子のような格好をしていて、本人も男のように振る舞うが、容姿が整っているせいで見間違えることはない。

4人の中では最年少だが、実力の上では飛び抜けている。

幼少組の中で唯一、首領直属の特務班に所属しているのもエレミアだ。

「……あれ、腰を抜かすんだったかな?

俺の聞いてたバージョンだと、妖怪に食べられてたはずだけど」

「雀の舌を切るようなババアだぜ!?

お告げがあったら、俺がぶっ殺してやるのに!」

ミゲルの言葉は、子どもだけに容赦がなかった。

いや、それだけじゃないな。

ここにいる子どもたちは、人を殺すための訓練を受けてるんだ。

そのせいで、知らず知らずのうちに、人を殺すということを、とりうる選択肢のひとつとして意識している。

もちろん、俺だってランズラック砦以来、結構な数の「敵」の命を奪ってきた。

今さら綺麗事を言うつもりはないが、それでもやはり、子どもたちが無邪気に「殺す」と言っているのはいい気分じゃない。

「――なあ、ミゲル」

「ミゲル同志って言えよ、オロチ同志。

おまえと違って、俺はもう一人前の御使いなんだぞ?」

ふふん、とミゲルが胸を張る。

ミゲルとエレミアは、既に教団の「聖務」に就いている。

つまり、教団が仕事として請け負ってきた殺しを、自らの手で実行してしまっているということだ。

ミゲルもエレミアも、教団の教えを信じているから、自分たちのやっていることが聖務であると信じて疑っていない。

ベックとドンナも、訓練過程を終えて名前を返してもらい、聖務に向けての最終調整を行っているところだ。

ミゲルとエレミアに比べればおっとりとした性格の2人だが、信仰心の面では勝るとも劣らない。

「じゃあ、ミゲル同志。

なんだって俺たちには、こんな首輪が必要なんだ?」

と言って俺は、自分の首に巻かれたものを指さした。

そこには、黒光りする無機質なリングがある。

教団の連中が「忠誠の首輪」と呼ぶものだ。

効果は単純、向こうが罰を与えたいと思ったら、好きな時に首輪を起動して、首を締め付けることができる。

忠誠? とんでもない、これは奴隷の首輪だ。

「それは……俺たちはまだ幼いから、悪魔どもの誘惑に負けることがある。

そういうときに言うことを聞かせるための道具だって……」

「もう一人前の御使いなのに?」

「それは、教主さまがお決めになることだ。

俺たちは言われたとおりに、言われた相手を殺せばいいんだよ」

ミゲルは、考えることをそこで放棄してしまっているようだ。

「教主さまに会ったことはあるか?

俺はここに来てから、まだ一度も見てないんだが」

「会うって……教主さまは、何ていうか、気軽に会うとかそういうお方じゃないよ。

存在の位相? が違うとかなんとか、聞いたけど……」

ミゲルは知恵熱でも出しそうな顔で、首をひねる。

ドンナが会話に入ってくる。

「教主さまは、ミサの時に降臨されるのを、会衆席から見るだけなんだよ。

いつもこの 塒(ねぐら) にいらっしゃるわけじゃないみたい」

「ふぅん……?」

ひょっとして、超自然的な存在だったりするのだろうか。

教団運営の方は、首領であるガゼインが采配を振るっていて、事実上、ガゼインの独裁に近い形になっている。

といっても、特に強権を振りかざしている様子はない。

教義を信じ込んでいる御使いたちが、首領の命令に背くなんてありえないからだ。

不満分子でもいれば、渡りをつけて蜂起を煽るようなことができたのだが、教団内では、ガゼインに対する愚痴すら、聞く機会がない。

教主グルトメッツァの代行者としてのガゼインの地位は、盤石だと言わざるをえないようだ。

全体として、この教団は非常に効率的に運営されている。

その効率が何に由来するのかといえば、悪神モヌゴェヌェスを奉じる教義の明快さと、人を殺せば殺しただけ報われる賞罰のシステムと、修道院のような禁欲的な組織のデザイン、ということになるだろう。

おそろしく頭のいい奴が、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の組織やこの塒の体制を設計したのだ、としか思えない。

「でも、一年前までは、教主さまを見ることもできなかったんだから、今は幸せだよね」

ドンナが言った。

「そうそう。教主さまがお姿をお見せになって以来、教団も変わったよな。

組織も大きくなったし、塒っていう、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉にはぴったりの拠点も見つかった」

ミゲルが話に乗る。

……待て、今聞き捨てならないことを言ったぞ。

「え?

前から塒をアジトにしてたわけじゃなかったのか?」

俺の言葉に、ミゲルが呆れたような顔をした。

「オロチ同志、アジトだなんて、盗賊みたいな言い方はやめろよ。

聖居と言ってくれ」

「い、いや、それはいいけど、この『聖居』に移ってきたのは、つい最近のことなのか?」

「そうだよ。教主さまが、戦場から戦場をさすらっていた御使いたちをおもんぱかって、このすばらしい拠点を啓示してくださったんだ」

「……それまでは、御使いの前には姿を表さなかった教主さまが、か?」

今度はドンナが答える。

「うん。この拠点に落ち着いてからは、新しい子もたくさん入ってくるし、楽しくなったよね。

オロチ同志みたいな有望な新人も入ってきて、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉はこれから大きくなるって、大人の御使いたちが言ってたよ」

「ふぅ……ん?」

俺は、ちょっと考えてから聞いた。

「まさかとは思うが……ガゼインが首領になったのも、その頃だったりしないよな?」

俺の問いに、ミゲルがこともなげに答える。

「そうだぜ?

ガゼイン様は、一年ちょっと前にふらりとやってきて、当時の教団幹部にその実力を認められ、あっという間に幹部の一員になったんだ。

当時の幹部会はかなり荒れていて、主導権をめぐる争いの末に、ガゼイン様が首領の地位に就いたんだ」

「ガゼインの前の首領は?」

「……オロチ同志。

いくら親しいからって、首領さまを呼び捨てにするのはどうかと思うよ?」

とドンナ。

「……わかったよ。

で、ガゼイン様の前の首領さまは、どうなったんだ?」

「ええっと……どうだったかな?」

ミゲルとドンナが首をひねる。

そこに、

「――それまでは、幹部会はあっても、首領という立場はなかったよ」

エレミアが言ってくる。

「幹部たちが合議して、教団を運営してたんだ」

「その幹部たちは?」

「みんな殺されたよ」

「……は!?」

俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

エレミアは、当然のように言う。

「驚くことはないだろう?

この教団で主導権を争うってことは、そういうことだよ。

いちばん暗殺の上手い人が、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉のトップとなるべきだ」

「それを言ってるのは、ガゼインなんじゃないか?」

「うーん……そう、だね。

今の首領になってから、言われ出した……かも」

ドンナの言葉はなんとも歯切れが悪い。

「おいおい……」

要するに、ガゼインは教団を乗っ取ったのだ。

「前は、教団内での殺しは厳禁で、その掟を破ったら、厳しい拷問の末に殺されるってことになってた。

……あれ? 全然違うね?」

エレミアが首を傾げる。

『――メルヴィ』

俺は、隠れているメルヴィに【念話】で呼びかける。

『うん、あんたの言いたいことはわかるわよ。

たしかに、この子たちには軽い催眠魔法の残滓があるわ』

『リベレット村の木こりと同じ?』

『同じよ。

あれよりは、薄~く、長い時間をかけて刷り込まれたみたいだけど、同じ術者の仕業ね』

メルヴィはそう断言した。

『そういえば、一ヶ月前、フォノ市の屋敷が襲われた夜に、メルヴィは何かを気にしてたよね。

ひょっとして――』

『ああ、あの時のこと?

あれは、使用人の……マルスラさん、だっけ。

彼女に、少し違和感を覚えたのよ。

今にして思えば、怪しまれない程度に薄く、同じ魔法がかけられていたのね。

あの時わたしがもっとしっかりしてたら……』

メルヴィが悔しそうにそう言った。

やっぱりか。

ということは、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉側では、俺たちがリベレット村の木こりの魔法を解いたことを把握してた可能性が高いな。

だからマルスラさんには、木こりのように露骨には魔法をかけず、人質を取っての脅迫と弱い魔法との組み合わせで何らかの手引きを行わせた。

レプチパ草の花粉を撒いたのは〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の構成員だったようなので、マルスラさんの役割は、警備の情報をしゃべらせ、内側から鍵を外させた程度のことだったのだろう。

メルヴィの存在が露見していないということは、俺たちが立ち去った後に、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の構成員がリベレット村で情報収集をして、俺たちの誰かが魔法を解いたことまでは把握したってことか。

たぶん、優れた魔法使いであるジュリア母さんが解いたとでも思ったんだろうな。

妖精については、村の外の者には口外しないよう、村人たちに頼んでいたのだが、リベレット村の人たちはその約束を律儀に守ってくれたようだ。

メルヴィのことがバレずに済んだのは、不幸中の幸いだった。

メルヴィがいなかったら、ここでの生活は何倍も困難なものになっていたからな。

『――ありがとな、メルヴィ』

『な、何よ突然。

わたしはマルスラさんにかけられた魔法を見落としてたのよ?』

『それはしょうがないよ。

連中の方が一枚上手だったんだ。

俺も、いろんなスキルを覚えて、ちょっと慢心してた。

でも、今メルヴィがそばにいてくれて、すごく助かってる。

【念話】とか次元収納とかのことじゃなくて、今隣にメルヴィがいてくれなかったら、正直俺はまともじゃいられなかったと思うよ』

『そ、そう……。

どういたしまして……で、いいのかしら』

メルヴィと話している間に、少年同志たちは、部屋を片付けてベッドに潜り込もうとしていた。

「――オロチ同志、明かりを消してくれ」

ミゲルがそう言ってくるので、俺は部屋に浮かべていた ∩(ライト) の魔法を ∃(イレイズ) で消す。

「わざわざ ∃(イレイズ) を使わなくても、 ∩(ライト) を解除すればいいんじゃ?」

と、エレミアが聞いてくる。

「何事も訓練だよ。

特に消去の魔法は、とっさに使えないと意味がないし」

「そういう地道な練習が、オロチ同志の強さの秘密かぁ」

小さい子どもたちを寝かしつけながら、ドンナが言う。

「俺なんてまだまだだ。

ガゼインから一本も取れてないしな」

「首領から一本取れる奴なんて、この塒にいねぇよ!」

ミゲルのツッコミを最後に会話が途切れ、しばらくすると子どもたちの寝息が聞こえ出した。

全員が寝静まったのを、【気配察知】で確認して、俺はベッドから起き出した。

――さあ、夜はこれからだ。