軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37 新米御使いオロチ君の一日(昼~夕)

午後からは訓練だ。

「さあ、かかってこい。全力でだ」

塒(ねぐら) の中にある、サッカーコートくらいの空間で、俺は〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉首領ガゼインと対峙していた。

俺はなぜかガゼインに気に入られているらしく、訓練の時間には首領直々に稽古をつけてもらっている。

俺は【物理魔法】で浮かせた訓練用のダガーを、ガゼインめがけて投げつける。

――同時に、20本だ。

「ふっ――!」

ガゼインはそれらすべてを易々と回避、あっという間に俺の背後に回りこんで、俺の喉元にナイフをつきつける。

くそ……全っ然見えねえ。

「ま、参った……」

「……ふん。魔法だけはいっちょまえだが、武技は全然だな」

周りで俺たちの稽古を見守っていた連中が、「あれでいっちょまえだと……?」などと囁き合っているのが、俺の【聞き耳】に届く。

【聞き耳】もとっくにカンストしているのに、ガゼインの動く気配はまったくといっていいほどつかめなかった。

【聞き耳】カンストのボーナススキル【気配察知】ですら、かろうじて動いたことが分かる程度だ。

「まだ1歳にもなってないんだ。しかたないだろ」

「そうだったな。おまえと戦ってると調子が狂うぜ。

まるで30くらいの中堅どこの魔法使いを相手にしてるみてーだ。

ま、実力的には中堅どころじゃねーんだが、とっさの判断力とか思考の癖とかがそんくらいなんだよな」

ぎくっ。

「だが、見た目に反して、身体の作りはしっかりしてるみてーだな。

レベルが上って大きくなったとか言ってやがったな。

そのせいか知らんが、おまえの身体は、ただの幼児のもんじゃねーぜ?」

へえ。

身体運用のプロがそういうからにはそうなのだろう。

「しっかし、それにしたっておかしいがな。

おまえは、俺が本気の殺意を向けても、怯みはしてもくたびれるってことがねえように思える。

戦(や) りあってても妙に粘り強ぇ。

【タフネス】とかいうスキルがあるらしいが、おまえ、何かその手のスキルでも持ってるんじゃねーの?」

「……そうかな。レベルのおかげだよ」

なんとか誤魔化したが、今のは心臓に悪かったな。

――そう。これまで、どちらかといえば精神面での活躍が目立ってきた【不易不労】だが、ここに来て、肉体面でもその力を発揮しつつある。

本当に今更ではあるのだが……疲れないのである。

早朝から発掘現場に駆り出され、昼は厨房係をさせられ、休む間もなく稽古をしても、疲れてコンディションが落ちるということがない。

最初のうちに一度、身体を酷使してしばらく経ってから、すさまじい筋肉痛に襲われたことがある。

が、それも数時間のうちに収まってしまった。

それ以来、激しい運動をした後、ごくまれに筋肉にうっすらとした違和感を覚えることがあるくらいで、筋肉痛にはなっていない。

命令されて走りこみやナイフの投げ込みをやっているが、幼すぎて身体が壊れそうという感覚もない。

「ふん。これじゃ稽古にもならねえ。

よし、俺は何もしねーから、おまえから好きに攻めてこい。

一発でも当てられたらおまえの勝ちだ。

ママのおっぱいのかわりに、牛乳券をひと束やるぜ」

その言葉に、俄然やる気が湧いてきた。

牛乳券のひと束とは、16枚セットのことなのだ。

育ち盛りの男児として、これを見逃すわけにはいかない。

「言ったな? 絶対当ててやる……!」

俺は、これまで同様、大量のナイフを【物理魔法】で投げつけつつ、左手を後ろに回して用意していた秘密兵器をこっそり取り出す。

ガゼインがナイフを避けきったその瞬間を狙って、俺は左手を素早く空中に走らせた。

それは――

「うぉっ!? 鋼糸だと!?」

ガゼインが、空間に閃いた鈍い輝きをかわしながら叫んだ。

「ちっ……いけると思ったのに」

俺は、革製のグローブを嵌めた左手を揺らしながら、舌打ちする。

グローブの手の内には糸巻きが握られ、人差し指と中指の先から空中に極細のワイヤーが繰り出されている。

【鑑定】によると、

《〔炭素鋼製の〕金属線。》

とのことなので、おそらく遺跡からの発掘品だろう。

訓練場には、種々様々な武器が取り揃えられている。

これらは教団の共有物なので、各人が自由に使っていい。

もちろん、勝手にパクったら厳しく処罰されるが、係の者に言って貸出帳に名前を書くだけで持ち出すことができる。

以前見たガゼインのステータスに【鋼糸技】というスキルがあった。

俺にも習得できないかと思い、密かに練習していたのだ。

……別に「密かに」練習する必要はなかったのだが、秘密特訓は男のロマンだろ?

「惜しかったな、オロチ。

いつの間に覚えやがった?

俺は教えてねーぞ」

「乙女の秘密だ」

「こんなかわいくねえ乙女がいてたまるかっ!」

吠えるガゼインへの返事は、鋼糸による斬撃だ。

俺は素早く指を動かして、さらに何度か鋼糸を走らせるが、ガゼインは難なく鋼糸の軌道を見切り、かわしてしまう。

ガゼインは、ニヤリと笑って言ってくる。

「どうした、これだけか? 今日はえらくワンパターンだな」

「ぬかせ。まだまだ、これからだ!」

俺は【物理魔法】で浮かせているナイフを全て、緩急つけてガゼインに向けて投げつける。

ガゼインはやった俺にすら予想できない軌道のナイフを易々とかわしてしまうが、その間に俺は訓練場の武器置き場から、3振りの長剣を、【物理魔法】でピックアップする。

「喰らえ!」

俺は糸巻きを繰って鋼糸を伸ばし、ガゼインの周囲360度を囲み、一息に鋼糸を絞り取る。

ガゼインはこの避けづらい攻撃をその場で大きく跳躍することでかわすが、それは大きな隙だ。

俺は浮遊させた長剣を空中のガゼインに真っ正面から突っ込ませる。

「――ヒュゥッ!」

鋭い呼気とともに、ガゼインの両手が閃いた。

早すぎてはっきりとは見えなかったが、俺の投げつけた剣の軌道を、剣の腹を撫でることで絶妙に逸らしたようだ。

つくづく人間技じゃない。

ソロー司祭が、俺の近距離戦を「少々どんくさい」とけなしてくれたが、こういう人外と比べられたら確かにどんくさくも見えるだろう。

が、ガゼインは、これでこちらの攻撃をしのいだと思ったはずだ。

ガゼインが詰めていた息をわずかにゆるめたその瞬間を狙って、俺は剣の軌道を変化させる。

いや、正確には、これは軌道の変化ではない。

俺は、空中を舞う剣を、ガゼインに向かって一斉に 振り下ろした(・・・・・・) 。

「――うおおっ!?」

さすがのガゼインもこれは予想外だったらしく、剣の一本が革の胴衣をかすめていた。

俺は着地したガゼインに向かって言う。

「おい、今の一本だよな?」

「ふざけんな。かすっただけだ。有効打じゃねーだろ」

「当てりゃよかったんじゃないのか?」

「当てるってのはダメージを与えるってことだろ」

「おいおい、後からそれはないんじゃないか、首領さん?」

「ちゃんと条件を詰めねーのが 悪(わり) ぃんだよ」

「……へっ。まあいい。

認めないなら、認めるまでやってやる」

俺は改めて、【飛剣技】と【鋼糸技】を組み合わせて、縦横無尽に攻め立てる。

が、当たらない。

思わず笑いたくなるほどに当たらない。

こりゃ、最初で最後のチャンスを逃してしまったな。

――それから1時間くらい、俺は【飛剣技】と【鋼糸技】でガゼインを攻めたが、ガゼインは額に汗を浮かべながらもこれをかわしきった。

「おいおい、いい加減にしてくれ!

当たらねーってことはわかったろ!」

さすがに息を切らせて、ガゼインが言う。

「時間に制限があるなんて聞いてないぞ。

ちゃんと条件を詰めないのが悪いんだろ?」

「ところがどっこい、俺はこの教団の首領だ。

ここにおけるルールは俺が決める。

こんだけやって当たらなかったんだから、この勝負はこれまでだ。

……ああ、疲れた」

ガゼインは、訓練場の武器置き場そばにあるヤカンから木のコップに水を注ぎ、それを一息に飲み干した。

「くっそ、てめえどんな体力してやがる」

「俺は動いてないんだから、こんなもんだろ」

「んなわけがあるかっ!

俺をこんなくたびれさせんのは、おまえとエレミアくらいだ。

エレミアは正真正銘の天才だが……おまえは何なんだ?

そこまでセンスがあるわけでもねえのに、気がついたらとんでもなく強くなってやがる。

薄気味 悪(わり) ぃったらねえぜ」

毒づくガゼインに、俺は思わず笑ってしまう。

「てめえ、何笑ってやがる」

「いや、楽しいなと思ってな」

ガゼインとの稽古は、いまだにちっとも勝てないのだが、正直なところかなり楽しい。

前世の格ゲーでも、俺は全然勝てないような相手に挑んでいる時がいちばん楽しかった。

地力が違う以上、普通にやったって勝てるはずがない。

だから、あれこれ工夫する。

定石通りに攻めてから、定石を外しためちゃくちゃな攻めをしたり。

素人丸出しの唐突なぶっ放しをやってみたり。

だが、本当に強い奴は、その程度じゃビクともしない。

こちらの思惑をすべて読み切り、最適行動で返してくる。

圧倒的な実力差の前に、悔しさすら感じない。

ただ、目の前にある超えるべき壁の高さに、武者震いがする。

ガゼインには、俺たち家族を嵌めてくれた恨みがあるが、戦っている間はそのことを忘れてしまう。

今も心配してるはずのアルフレッド父さんやジュリア母さんには悪いけど――俺はこの訓練を楽しんでしまっていた。

ガゼインも、首領としてやっていることはともかくとして、戦いに関しては妙にストイックで、あまり搦め手を好まない。

本人によれば、

「――搦め手は、一回だけなら有効だ。

だが、それに頼るようになったら、大本の実力が伸びていかねーだろうが」

とのこと。

出張先で立ち寄ったゲーセンで、世界大会でも優勝経験のあるプロのプレイヤーと話をしたことがあるのだが、ガゼインと全く同じことを言っていた。

「ふん、俺のしごきを受けて、そんなことが言えるのはおまえくらいだよ。

っていうか、この場合むしろ俺のほうがしごかれてるみてーじゃねーか……。

やってらんねーな」

「またまた。そう言って今度も相手してくれるんでしょ?」

「……しかたねえだろ。おまえの相手できる奴が、他にいねーんだから」

ちっ、と舌打ちして、ガゼインが俺に背を向ける。

そのまま立ち去りかけて、動きを止めた。

そして俺の方を首だけで振り返って言う。

「――俺のやり方が気に入らんなら、俺を殺してみろ」

「……え?」

「おまえは見込みがある。

ひょっとすると俺を殺せるかもしれねえ」

「……殺されたいのか?」

「殺されるつもりはねーが……その程度の緊張感でもなけりゃ、実際退屈でな。

だから俺は誰かを殺す。

殺された誰かを大切に思う奴は俺を恨む。

そうして山ほど恨みを買ってるうちは、俺は緊張感を維持できる。

生きてるって感じられんだよ」

「……狂ってる」

「知ってるよ。

その狂人のおもちゃにされたくなければ、おまえが俺を殺せばいい。

俺を殺せもしない奴に、俺の生き方をうんぬんする資格はねえ」

「勝手な理屈だな」

「好きに言え。

ただし、殺される覚悟を持って言えよ?

あまりうるさいようだと殺したくなるからな」

言いたいことを言い終えたガゼインは、手を振りながら去っていった。