軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 雨の日に

――今日は雨だ。

「あーめ、あーめっ」

思い出したように7ヶ月児(見た目は3歳児)らしい言葉を口ずさみながら、俺は書斎で本をめくる。

「もう、お洗濯ものが乾かなくて大変ですぅ」

イスに座って俺を膝の上に乗せているステフがぼやく。

……俺付きだからステフは洗濯してないだろ。

「それにしてもエド坊ちゃまはすごいですねー。わたし、ご本は見てるだけで頭が痛くなっちゃいます」

そう言ってステフが俺の手元をのぞきこんでくる。

ステフのたわわに実ったアレが俺の後頭部に当たっている。

本当に16歳とは思えない大きさだ。けしからん!

今机の上に広げているのは、『アバドン魔法全書』と辞書、それから書き取り用のノートだ。

ノートは元の世界より値が張るらしいが、ジュリア母さんは必要なだけ使っていいと言ってくれた。

『アバドン魔法全書』は長ったるいのが難だが、実にいい勉強になる。

転生後意識が目覚めてからずっとの付き合いだ。

言葉のことなら文字の書き方・読み方から単語のスペルや語尾変化まで。

魔法のことなら発動の流れから知られている魔法の種類まで。

さらにはこの世界の成り立ちや住んでいる種族、アバドンの生きていた時代の文化や風俗なども、断片的なものながら知ることができた。

もっとも、【鑑定】によればアバドンは10世紀の魔法学者らしいから、13世紀の今では通用しない知識も多いのだが。

そんな『アバドン魔法全書』の記述で、ひとつ気になっていることがある。

呪文についてだ。

まず、母さんの《 火炎嵐(ファイヤーストーム) 》の呪文を思い出してみる。

『―― 卜(炎ヨ) ・ ∨・∨(全テヲ) ・ 卜・卜(灼キ払ウ) ・ λ・λ(旋風ト化セ) ――《 火炎嵐(ファイヤーストーム) 》っ!』

母さんはここで、7つもの魔法文字を組み合わせて呪文を詠唱している。

その組み合わせ方は、『アバドン魔法全書』の記述によると直結法と呼ばれるものらしい。

ところで、『アバドン魔法全書』によれば、もうひとつ連結法と呼ばれる詠唱方法があるらしい。

思い出してほしいのは、この世界における魔法文字は同時に普通の文字としても使われているということだ。

たとえば、

・ π(アクア) = a

・ Ω(ガイア) = o

・ λ(ウィンド) = u

・ 卜(フレイム) = i(e)(エに近いイ)

基本四属性の魔法文字はこの世界における母音と対応している。

説明が前後して申し訳ないが、この世界マルクェクトには「マルクェクト共通語」と呼ばれる公用語が存在する。

アバドンの説によれば、魔法文字=常用文字であることが、マルクェクトに共通語が成立するきっかけとなったのだという。

魔法が使われる範囲ではほぼ必然的に同じ常用文字が使われることになるため、少なくとも書き言葉に関しては地域差が生まれにくいとのことだ。

それはともかく、この世界における魔法文字は常用文字として文章を構成するのに使われている。

勘のいい人ならもうお気づきかもしれない。

要するに、連結法による詠唱とは、魔法文字を文章と見なし、それを魔法発動の詠唱とすることだ。

具体的に行こう。

母さんの《 火炎嵐(ファイヤーストーム) 》に使用されている魔法文字は、

卜(フレイム) ∨(スプレド) ∨(スプレド) 卜(フレイム) 卜(フレイム) λ(ウィンド) λ(ウィンド)

文字の効果は、火・拡散・拡散・火・火・風・風。

ここで、 卜(フレイム) は母音「i(e)」、 λ(ウィンド) は母音「u」であるが、 ∨(スプレド) は子音「s」に対応している。

つまり、母さんの呪文は、

i(e)、s、s、i(e)、i(e)、u、u

と読むこともできる。

縮めれば、イッシイウウという感じだな。

そして魔法文字の順番は多少の融通が利くので、アナグラムのように並べ替えることができる。

これをたとえば、

i, siu, siu

と並べれば、イシュシュと発音するだけで、母さんの

『炎ヨ全テヲ灼キ払ウ旋風ト化セ』

とほぼ同じ内容の詠唱を行ったことになるのだ。

こうすることによるメリットは2つ。

詠唱に用いる文章構成を工夫することで、詠唱を短くできること。

日常会話と異なる「文章」を用いることで、詠唱の内容を敵に悟られずに済むこと。

デメリットは1つ。

詠唱が短くなり、かつ自然な言語から遠くなるため、魔法の発動に必要なイメージをまとめるのが難しいこと。

メリットは大きく、デメリットは【不易不労】のある俺にはあまり意味のないことだ。

さらに、『アバドン魔法全書』には書かれていないが、この連結法によって圧縮された詠唱をさらに構成し直して、イメージと関連するような意味内容の文章に仕立て上げることはできないか。

たとえば《 火炎嵐(ファイヤーストーム) 》なら、i×4、s×2、u×2を並べ替えてできる言葉で、火に関係のある言葉があれば、その言葉を詠唱文にすることでイメージが補強されるのでは、ということだ。

あるいは、詠唱の短さを利用して、7文字どころか10文字20文字30文字……の超多重連結魔法を組み立てることはできないか。

さらにあるいは。

上記の2つを組み合わせて、一見すると自然な文章であるにもかかわらず、それが同時に詠唱にもなっているような文章――名付けるならば「魔文」のようなものを編み出すことはできないか。

たとえば、「こんにちわ」という言葉が同時に防御魔法の詠唱ともなっているような「魔文」があったら。

相手が友好的な反応を返してきたら詠唱を破棄し、相手が敵対的な行動を取ってきたら発動の鍵語を口にするだけで魔法を発動して身を守ることができる。

ただ、魔法文字の組み合わせはかなり複雑な規則に従っているようで、ある組み合わせがきちんと機能するかどうかは実験してみないことにはわからないようだ。

しかし【不易不労】のある俺ならば、単調になりがちなそのような実験を短期間で繰り返し行い検証することができる。

ま、二文字発動の《フレイムランス》がようやく安定してきた程度の今の実力では夢のまた夢なんだけどな。

と、書斎のドアの向こうからノックが聞こえる。

ドアの向こうから給仕担当のメイドの声が聞こえる。

「エド坊ちゃま。お昼の準備が整いましたよ」

「あいー」

俺は返事をして、ステフのももの上から下ろしてもらう。

つい魔法やスキルにかまけてしまうが、この3歳児の身体の使い方だって覚えていかなくちゃならない。

ステフはすぐにだっこしたがるが、俺はなるべく自分の足で歩くことにしている。

が、「魔文」のことで頭がいっぱいだったせいで、その日は足下がお留守になっていたらしい。

「ふぎゃああっ!?」

俺は階段のそばでつまづき、変な悲鳴を上げながら階段を転げ落ちてしまった。

そのあげく、1階の柱に頭を思いきりぶつけてしまう。

「いたいーっ!」

「きゃああっ、エド坊ちゃま!」

痛いでは済まない勢いだった気がする。

慌てて階段を駆け下りてくるステフだが、なぜか何もないところで足をもつれさせて、俺同様宙に投げ出されてしまう。

とっさに【物理魔法】を使ってステフを受け止めてあげた。

「ありがとうございます……って、大丈夫なんですかっ!?」

心配するステフだが……あれ、思ったよりも痛くない……?

しいていえば膝をすりむいてるくらいの怪我しかない。

「――エドガーくん!? どうしたの!?」

食堂からジュリア母さんが飛び出してきた。

「も、申し訳ありません! エド坊ちゃまが足を滑らせて階段から落ちてしまいました!」

ステフが立ち上がって頭が床に付きそうなほど深く頭を下げる。

ステフは俺付きのメイドだから、こういう怪我がないよう注意するのが仕事だ。

俺が勝手に転んだとはいえ、俺が7ヶ月児である以上、責任は見守る側にあるということになる。

「おれが、あわてたから」

そう言って母さんを説得する。

「……まあ、エドガーくんがそう言うなら。でも、今度からは気をつけてね?」

「はい……申し訳ありませんでした……」

ステフがしゅんとなる。

「エドガーくん、怪我はないの?」

「ない……みたい」

不思議に思って身体を見ていると、

「ああ、エドガーくんは砦のことでレベルが上がってたからね。調べないとわからないけど、HPも高いんじゃないかな」

HPが高いと怪我が軽くなるのか?

HPだけ【鑑定】。

《エドガー・キュレベル。HP:59/63》

HPが減ってる!?

減少幅は4――レベル1の時の俺の最大HPである。

つまり――レベルが上がってなかったら俺、死んでたの?

俺は内心の動揺を押し隠しつつ、

「そうなんだー。お腹すいたー」

そう言って誤魔化し、ジュリア母さんに食堂へと連れて行ってもらう。

正直に言ったらステフがクビになるまであるからな。

歩いて行ってもよかったんだが、事故の後だからか母さんが連れて行きたがった。

俺は足をぶらんぶらんさせながら食堂まで運搬されていく。

しかし、HPか。

以前、初めてジュリア母さんを【鑑定】した時、HPの高さに驚いた。

その時のジュリア母さんのHPは79。これはレベル1成人男性の実に8倍近い値である。

通り魔に刺されたくらいなら母さんは死なないということになるのかと疑問に思ったのだ。

それから、ランズラック砦で〈黒狼の牙〉の団長にして悪神モヌゴェヌェスの使徒だったゴレスと戦った時のことだ。

奴は【物理魔法】による投石攻撃でHPを削られていたのに、はっきりとわかる怪我はしていなかった。

その時はゴレスのスキル【タフネス】のせいだと思っていたが、実は悪神のアッドによって水増しされた高いHPのおかげだったのかもしれない。

女神様の説明では、HPとはレベルアップに伴い神から与えられた力――ギフトと呼んでいたものと、その人本来の体力が、成長眠によって結びつけられたものだということだった。

なら、こういうことも起こるのかもしれない。

――最大HPが上がると、同じダメージを受けても、怪我の程度が軽くて済む。

正確には、最大HPに対してダメージが割合的に小さいと、その割合に見合った程度に怪我が軽くなる、という感じか。

食事の間そんな感じでひとり黙々とHPのことを考えていたので、ジュリア母さんはつまらなそうにしていた。

ちょっと後ろ髪を引かれながら書斎へと戻り、雨音を聞きながら読書の続きに取りかかる。

夕食の時はもっと楽しくおしゃべりをするようにしよう。

ジュリア母さんとの会話は俺だって楽しいしな。

と、思っていたのだが――

「――エドガーくん! アルくんから伝書鳩が来たよ!」

バーンと書斎の扉を開け放ち、手紙を片手に満面の笑みを浮かべて、ジュリア母さんが飛び込んできた。