軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

162 忘れられた兵器

「あ、ちょっと待って! こっちも大事な話があるんだった!」

説明を始めようとした俺を、エレミアが制す。

「悪いけど、こっちより 大事(おおごと) ってことはありえないと思う」

女神様が杵崎亨復元体に神としての力を乗っ取られた。

これ以上のバッドニュースはないだろう。

「で、でも、こっちも早く伝えておかないとマズい気がしてて……」

「まあまあ。まずはエレミアさんの話を聞きましょう」

と、女神様がとりなす。

「女神様がそう言うならいいか」

俺が言うと、エレミアが早速説明に入る。

「ことの発端は、エドガー君を追いかけてる時のことだよ。ボクたちは突然、ダークエルフの集団に襲われた」

「ダークエルフだって? しかも襲ってきた?」

ダークエルフはエルフ以上に数が少ない神秘の民だ。

エルフと同じく不老長寿で、目の前にいるエレミアも、見た目は十代後半だが実年齢はもう22である。

(言動は、出会った頃とあまり変わらないんだけどな)

むしろ、甘えるようになった分、幼くなったような気すらする。

犬か猫かといったら犬タイプだろう。カラスの 塒(ねぐら) にいた頃は人を寄せ付けない猫のような印象があったが、懐いてしまえばずぶずぶである。

ちょっとヤンデレが入ってるようなところも含めてとてもかわいい……というのは、彼氏(交際一日目)としての欲目なのかもしれないが。

エレミアの言葉に、美凪さんが聞く。

「だ、大丈夫だったんですか?」

美凪さん、それは愚問だよ。

「ダークエルフは特殊なスキルを持つ高レベルの集団だって噂もあるけど、今のエレミアなら向こうが百人で来ても余裕で切り抜けるさ」

「むーっ。事実だけど、心配されないのもそれはそれで腹が立つなぁ」

エレミアが頬を膨らませる。

「お、お強いんですね」

美凪さんが引き気味に言った。

その言葉にエレミアが胸を張る。

「って。問題はそこじゃなくって。そのダークエルフの正体なんだよ。ボクが生まれた 郷(さと) ――昏き森のダークエルフだったんだ」

「えっ……エレミアがカラスの塒に連れてこられる前にいたっていう?」

エレミアが頷く。

「ボクとしては、エドガー君を追いかけたかったんだけど、放ってもおけなくて。しぶしぶ、昏き森まで行ったんだ。場所は、ご丁寧にも刺客が地図を持っていたからね」

「……そうか」

エレミアにとっては勇気のいることだったろう。

昏き森でのエレミアは、幼くして巫女として祭り上げられ、厳しい修行をさせられていたというから。

「集落に入って、驚いたよ。 郷(さと) は、全滅してたんだ」

「なんだって!」

俺は思わず立ち上がる。

が……考えてみると、それがどういうことかわからない。

代わりに口を開いたのは女神様だ。

「ちょっと待って……エレミアさんの 郷(さと) ――昏き森は、代々あれを守っているはずよね?」

「さすがに、女神様はご存知でしたか」

「いえ、知ってたわけではないわ。薄々そうかもしれないと思っていた程度よ。あれの封印は、わたしと悪神の協定によって、どちらにも場所がわからないように行われたから」

「ち、ちょっと待ってくれ、女神様! エレミアの 郷(さと) について何か知ってるのか!?」

エレミアと女神様の会話についていけず、口を挟む。

女神様が言う。

「そうね……話すと長くなるのだけれど。その前に、エレミアさん」

「は、はい」

「やはり、あれは奪われてしまったのね?」

エレミアがこくりと頷く。

「はい……くらやみ様――魔城ダッスルヴァインの心臓はありませんでした」

エレミアが懐から古ぼけた冊子を取り出す。

俺はその冊子に目を落とす。

「古代文字か」

「師匠が読めました。『魔城は生ける城。それ自体が巨大な魔物。その力は星すらも打ち砕く。その心臓もまた生きている。虚無から力を生み出す。その力を糧として、魔城ダッスルヴァインは動き成長する。その力は最初こそ微々たるものだが、やがては悪神モヌゴェヌェスを超えるほどの力を獲得すると言われている』」

エレミアの師匠=シエルさんである。

勇者だけに古代文字の心得もあったらしい。性格はアレだが、基本的にはハイスペックな人なのだ。

俺も読んでみたが、シエルさんの解読に間違いはなかった。

「……どういうことだ、女神様。そんなものが本当に存在するのか?」

女神様や悪神モヌゴェヌェスを超える力。

神の用意したシステムによって戦う力を得ている人間には、絶対に手に入れることのできない巨大な力だ。

そんなものが実在したら、世界のパワーバランスが崩壊してしまう。

女神様がため息をつく。

「……結論から言うと、存在するわ」

「どうしてだ? いや、もしあるんだとしたら、どうしてそんなとんでもないものの存在が知られてないんだ?」

「順を追って説明するわね」

女神様はそう言って、テーブルに放置されていたティーカップに口をつけた。

「そもそも、わたしを初めとする善神たちはこの世界の存在ではなかった。そのことは前に話したことがあったわね」

「ああ。もう16年くらい前だけどな」

暗殺教団〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉を壊滅させた後の成長眠で、俺は女神様を質問攻めにした。その時に、この世界の成り立ちについても聞いている。

「女神様の元いた世界は滅びかけていた。その世界の住人は、この世界へとまとめて転生することにした」

「グランド・リインカーネイション。当時はそう呼んでいたわ」

「しかしこの世界に元からいた人類は、悪神モヌゴェヌェスに支配され、玩弄の対象とされていた。女神様たちは、スキルやステータス、魔法といったシステムを作り出し、人々に悪神やその使徒と戦う力を与えた。アルフェシアさんのような始祖エルフもこの時代に生まれている」

「よく覚えているわね。そのとおりよ」

「始祖エルフは悪神の使徒たちとの戦いでひとりまたひとりと斃れていったが、悪神の勢力を大きく削ぐことにも成功した。結果として、今のマルクェクトの状況がある。つまり、善神から力を与えられた人類と、悪神、悪神の使徒、魔物なんかの勢力が均衡した、比較的平和な状態だ」

俺の説明を、美凪さんとサンシローが興味深そうに聞いている。

……サンシローは律儀にも興味深そうな姿勢を作って頷いているが、電力の無駄ではないのか。

女神様が言う。

「正確には、始祖エルフを中心として戦っていたのはこの世界の古代に当たる時代ね。いえ、第一期と言ったほうがいいかしら。最終的には、今エドガーが言ったように、今ある状態に落ち着くわけだけど、第一期の後も悪神との戦いは何度となく起きているわ。ダッスルヴァインが登場するのは、第二期と言ったところね」

「第二期……アルフェシアさんはその時既に封印されてたはずだな」

「ええ。始祖エルフ亡き後の人類に、いかにして悪神勢力に対抗してもらうか。これは悩ましい問題だったわ。悪神の勢力は始祖エルフたちの献身によって大きく削られていたけれど、消えてなくなったわけじゃない。むしろ、始祖エルフがいなくなったことで、息を吹き返す可能性もあった」

「絶対暦で言うと、いつくらいのことなんだ?」

「そうね。絶対暦150年頃のことかしら」

「じゃあ、異世界から大量に転生してきた人たちも、世代が変わってるな」

「ええ。世代も変わるし、マルクェクトの原住民との同化も進んでいた。元の世界で達成されていた高度な魔導文明も、その多くは継承されないまま消えていこうとしていた」

「前も聞いたけど、もったいない話だな」

「モノカンヌスにある王立図書館迷宮に残されている知識も、断片的で理解の困難なものばかりになってしまったわ。でも、第二期の世代なら、かろうじて、一子相伝のような形で魔導文明の叡智を受け継いでいる人たちもいたの。第二期の悪神勢力との戦いの主役となったのは彼らよ」

「なるほど。転生者の知識チートで戦ったわけか」

俺がこの世界でいろんなものを作り出してきたように、グランド・リインカーネイションでこの世界にやってきた人たちも、元の世界の到達した高みを、多少なりとも再現しようとしたのだろう。

「彼らは、悪神モヌゴェヌェスを現実世界へと引きずり下ろし、根源から抹消すべく、途方もない兵器を作ろうとした。それが、魔導戦艦ダッスルヴァインよ」

「魔導戦艦!」

なんとも男の子心をくすぐるネーミングだ。

「善神も悪神も、人とは存在の位相が異なるから、直接攻撃を加えることはできないわ」

「シエルさんの〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉でも無理か?」

聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉は、次元を斬り裂くことができる。

この「次元」という概念も相当にとらえどころがなく、あらゆる魔法に手を出した俺も、【次元魔法】はいまだ苦手の部類だ。なお、メルヴィには天与の才があるらしく、【次元魔法】の使いこなしでは俺以上である。そもそも、妖精という存在が人間とは位相を異にしているせいもあるのだろう。

女神様は、エレミアの背負う聖剣をちらりと見て言った。

「その聖剣はよくできているけれど、神と斬り合うには圧倒的に力が足りないわ。渾身の力で斬りつけても、雨粒が顔に当たったかな、という程度のダメージでしょうね」

「第二期の人たちは、〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を束ねても不可能なようなことをやろうとしてたってのか」

「実際、不可能だったわ。だから、わたしたち善神が力を貸した。わたしは魔導戦艦製造に特化したスキルをいくつも提供したし、魔法神アッティエラは魔導戦艦の核となるエネルギー源を提供した」

「そんなエネルギー源があるのか」

「あなたも知ってるわ。精霊核よ。あれを多重多層に積み重ね、圧縮したものね」

「あれか……」

精霊核からは枯れることなく精霊たちが溢れ出していた。

「あれは無尽蔵なのか?」

「いえ、精霊核がちゃんと動いているのは、善神が龍脈を通してMPを補給しているからよ。だから、魔導戦艦の核――ダッスルヴァインの心臓も、そのままでは動かない。そこで、アッティエラは心臓に命を与えることを思いついた」

「い、命を?」

「アッティエラの定義によると、命とは『MPを生み出すもの』なのだそうよ。もし心臓が生きていれば、外からMPを補給しなくても勝手にMPを生成するのではないか。彼女はそう考えたのね」

「……暴論に聞こえるけどな」

「その暴論を、力技でどうにかしてしまうのが、アッティエラなのよね……」

女神様がため息をつく。

そのアッティエラはいまや異世界(地球)に渡り現地の神になって魔法による産業大革命を推し進めているらしい。地球が魔改造されてしまう。

「とにかく、魔導戦艦は完成した。ダッスルヴァインには相転移装置が実装されていて、悪神を異次元から引っ張り出して物質化することができる。そして、物質化したところをあらん限りの火力で叩く」

「す、すげえな」

「そう、すごいのよ」

女神様が暗い顔でうつむく。

サンシローが言う。

『では、なぜダッスルヴァインで悪神を滅ぼすことができなかったのです?』

そうだ。悪神モヌゴェヌェスは健在だ。

ダッスルヴァインは失敗したということか。

女神様が、ため息をついて言った。

「反乱よ」

「えっ……」

「反乱が起きたのよ。グランド・リインカーネイションがあったとはいえ、この世界には原住民がいた。彼らは悪神に虐げられてきた。わたしたち善神は、その救い主。……そう、思っていたのだけれど」

言葉を濁す女神様に、美凪さんが言う。

「……魔導戦艦ダッスルヴァインは悪神をも滅する力を持つ。ということは、ダッスルヴァインをもってすれば、善神たちを滅ぼすこともできる。異世界からやってきた、悪神に勝るとも劣らない力を持つ、 外様(とざま) の神たちを」

(なるほどな)

悪神が健在のうちは善良なふりをしていても、悪神がいなくなった途端、女神様たちが次の暴君にならない保証はない。

突然異世界からやってきた神だけに、信じきれない者もいただろう。

女神様がうなずく。

「端的に言えばそういうことね。そう考えたのはもちろん少数派ではあったのだけれど、彼らは実力行使で魔導戦艦ダッスルヴァインの奪取に成功した。そしてその相転移装置を悪神モヌゴェヌェスとわたしたち善神へと照準した」

「そんな……女神様たちがいなかったら完成しなかったんだろ?」

「でも、完成してしまえば、わたしたちは用済みだわ。悪神もろとも善神をも滅ぼせば、ダッスルヴァインを握る自分たちがこの世界の覇者である。そういうことでしょうね。過ぎたる力を持てば、よからぬことを考える輩が現れる……後から考えれば当たり前なのだけれど、当時は悪神対策で焦っていたから、気づくことができなかった」

女神様がやるせなさそうに言った。

「それで……どうなったんです?」

「異様な事態になったわ」

「異様な事態?」

「危機を察知した悪神モヌゴェヌェスは、わたしたち善神に休戦協定を呼びかけた」

「悪神が……休戦協定だって?」

「正確には、『同盟』と呼ぶべきでしょうね。なにせ、悪神は、わたしたちとともにダッスルヴァインを封じようと持ちかけてきたのだから」

善神の手に負えなくなったダッスルヴァインを、悪神と手を組むことで封印する、か。

「わたしたち――と悪神モヌゴェヌェスは、 協力して(・・・・) 、ダッスルヴァインをルラヌスの裏側に封印することに成功したわ」

ルラヌスというのは月――この惑星の衛星のことだ。

「さらに、簡単に再起動できないように、心臓だけは抜き取って、善神にも悪神にもわからないように完全にランダムな方法を使って封印場所を選定した。その封印場所は、善神にも悪神にも与せず、ダッスルヴァイン奪取派にもつかなかったダークエルフの一族に守ってもらうことになった。彼らがどこに住んでいるのかは、封印場所がわかってしまうため、善神にも悪神にもわからないよう、お互いの力でプロテクトをかけた。場所を特定するためには、わたしとモヌゴェヌェスが持つ『割符』の双方に記された多次元パスコードが必要よ」

「徹底してるな」

「怖かったのよ。わたしたちも――おそらくは、モヌゴェヌェスもね。万一相手がダッスルヴァインを手中に収めたら……」

「即座に滅ぼされるってわけか」

俺は思わずうーんと唸る。

他のメンツも、深刻な顔でため息をついていた。

『なぜ、ひと思いにダッスルヴァインを破壊しなかったのでしょう?』

サンシローが冷静に聞く。

「できなかったのよ。ダッスルヴァインは神と戦うために造られた決戦兵器。その

外装は相転移フィールドで常時守られているし、心臓はこの世界から隔離された別次元にある」

「神ですら壊せなかったってことか」

「アッティエラが調子に乗っていじりまわした結果ね……」

女神様がため息をつく。

「ダッスルヴァインがあまりに危険なため、善神であるわたしたちも、悪神モヌゴェヌェスも、手をつくしてダッスルヴァインに関する情報を隠滅した。関係者の記憶のすり替えも行ったわね……。今思い出しても、あれは愉快な仕事じゃなかったわ」

女神様が肩をすくめる。

「まあ、黒歴史よね」

「あんたが言うな」

女神様にそうつっこむ。

「杵崎の情報は、わたしのシステムのみならず、悪神側のシステムをも侵食していたのでしょう。ダッスルヴァインの心臓を守る『割符』を、杵崎は二つとも手に入れてしまった。同時にダッスルヴァインという歴史の闇に葬られた兵器の存在をも知ってしまった」

「ということは杵崎は……」

「ええ。おそらくは、月にあるダッスルヴァインの本体を狙っているはず」

女神様の言葉に、俺たちは息を呑んで黙り込んだ。