軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.密会

「よお、またやらかしたらしいな」

「何のことでしょう?」

資料室で修繕が必要な本を持って窓辺へと向かおうとしたとき。

ジークがのんびりした調子で入ってきた。

足音が良く響く廊下なのだが、ジークだけはまったく気配を感じない。

人一倍耳がいいアリエスでも、扉が開き始めてようやく気付くのだ。

「昨日の発言だよ。俺は今朝、衛兵たちが話しているのを聞いて大笑いさせてもらったぞ」

「そう? 男性たちが女性のことをあれこれ噂しているのは知っているけれど、ご自分たちも噂の的だということを少しは自覚してくださればいいんだけど」

男性たちは声を落とすことなくあれこれと話しているが、女性たちはひそひそくすくす小声で噂する。

そのため、男性たちの会話は少々離れた場所でも、女性たちの会話は幽霊のようにひっそり混じることで、アリエスは色々と情報を集めていた。――実に楽しく。

「オレの噂はいいものだといいな」

「……噂なんてたいてい良いものじゃないわよ」

「それもそうだな。これ以上は藪蛇になりそうだからやめておくか。――そういや、今日は珍しく女官の服なんだな」

いつものようにジークは我が物顔で椅子に座った。

それからアリエスの姿に今気付いたというように問いかける。

「今日は来客予定があるから念のためにね」

「来客? こんなところに?」

「こんなところだからよ」

仕事場である資料室を〝こんなところ〟呼ばわりされても怒ることもなく、アリエスは小さく肩を竦めて答えた。

しかし、いきなりジークに近づくとその腕を掴んで立ち上がらせる。

「何だよ?」

「お客様よ」

「は?」

「ほら、ここに入って」

「はあ?」

「しっ! 静かに」

驚くジークの腕を引っ張って窓辺に連れて行くと、カーテンを開けて出窓に上るように促した。

ジークはわけがわからないといった様子ではあったが、それでも素直に従う。

続いてアリエスが窓台に上がると珍しく戸惑いを顔に表した。

アリエスは急ぎカーテンを閉めて黙るようにと人差し指を自分の唇に当てる。

その仕草が妙に色っぽいなと思い、ジークが居心地の悪さを感じた瞬間――。

「クローヤル女史? いないの? クローヤル女史?」

資料室へと入ってきたロイヤがアリエスを呼んだ。

ジークが「行かなくていいのか?」と視線で問いかけてきたが、アリエスは人差し指を立てたまま。

「まったくもう! やっぱり仕事をさぼっているのね。どこで何をしているのか知らないけれど、あとでヨハンナ夫人に報告しなきゃ」

書架の間を捜しているのか、ロイヤは足音を響かせながら一人呟いた。

そこでまた扉が開く。

「おや、ここの主は今日も留守かい?」

「ええ、そうなのよ。まったく、毎日何をしているんだか」

「誰だってこんな陰気臭い場所にはいたくないだろう? それに彼女が仕事を放棄してくれているおかげで、私たちは人目を気にせず会うことができる」

新たに入ってきた人物――男の言葉を聞いて、ジークは軽く目を見開いた。

だがアリエスに驚いた様子は見られない。

来客予定があると言っていたのは、あの二人のことだったのかとジークは気付き、どうにか笑いを堪えた。

女官の服を念のために着ているのは、万が一見つかったときのことを考えてなのだろう。

とはいえ、こんな狭いところにジークと一緒にいては、アリエスの立場は致命的になる。

ジークはそのことを心配したが、アリエスは大丈夫だというように軽く手を振った。

そのとき扉に鍵をかける音が聞こえ、静かな資料室内にロイヤのくすくす笑う声が響く。

「もしクローヤル女史が戻ってきたらどうするかしら?」

「彼女、鍵は持っていないんだろう?」

「ええ。ここは常に開放されているし、鍵はヨハンナ夫人が管理しているもの。鍵がかかっているってわかったら、彼女はヨハンナ夫人に借りなければならないわ。そして戻ってきたときには私たちは鍵を開けて消えているんですもの。どういうことか、ヨハンナ夫人に問い詰められるでしょうね」

「意地悪だな」

そう言いながらも男性の声は楽しげである。

アリエスはポケットからそっと鍵を取り出し、ジークの前で振ってみせた。

ジークはまた笑いを堪えるために、慌てて口を手で押さえる。

アリエスはメイド服を手に入れてから早い段階で、掃除をするふりをして大胆にも女官長が在室のときに執務室に入り、こっそり型をとって合鍵を作らせたのだ。

「意地悪どころか、私はあの人が大嫌いなの。使用人の味方だとか何だとかって、たかが使用人相手に人気を得て調子に乗ってるのよ。しかもフロリスを厄介払いする計画が台無しじゃない」

「だが、あのままだとあの娘は処刑されていたんだぞ?」

「あら、フロリスを王宮から追い出してくれって言ったのはあなたじゃない。それでドロタに色々吹き込んだんだけれど、なかなかクビにしないから。しかもヨハンナ夫人があの女の専属メイドになんてするから……。昨日だって足を引っかけてフロリスを転ばしたのに、あの女ってば叱りもしないのよ?」

「怖いお嬢さんだ」

「まあ、酷いわ。私、知っているのよ。あなたがヤコテにお給金を減らすって言ったこと」

「あの男はろくに働いていなかったんだから当然だろう? それで元妻の遺産を狙うなんて思いもよらなかったよ」

くすくす笑う声とキスをする音が聞こえてくる。

それが次第に熱を帯びたものに変わっていくが、アリエスは気にした様子もなく本の修繕を始めていた。

ジークは暇をもてあましてアリエスの作業を見ることにしたようだ。

そこでアリエスは修繕道具の中にあったまち針を持ち上げて見せた。

途端にジークは噴き出してしまったが、夢中になっている二人には聞こえなかったらしい。

「娘が欲しいんだ」

「んっ、娘……?」

ジークがアリエスを睨みつけて無言の非難をしていると、ずいぶん盛り上がっている二人は息を切らしながら会話を始めた。

アリエスは耳を傾けながらも作業に戻る。

「娘なら…いるじゃない」

「陛下にこっぴどく振られた役立たずのな。あいつのためにどれだけ金を配って根回しをしたか……」

「陛下には……心がない、のだから……仕方ないわ」

「だから新しい娘が欲しいんだ」

「ど…して……?」

「陛下が無理なら、王子殿下を相手にするさ!」

そう男が――カスペル侯爵が力強く宣言すると、ロイヤはひときわ大きく喘いだ。

アリエスは「あらあら」と声に出さず王子殿下への同情を表した。

ジークはといえば、笑いたいのか嘆きたいのかよくわからない表情を隠すように、片手で顔を覆っていた。