軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

丁丑の章 ドレスはギュウギュウ 仕上げを御覧じろ

「もっと強く締めるのよ!サァお嬢様、息を吐いてくださいまし!」

公爵家に久しぶりにヴェラボーメ夫人のキンキン声が響いていた。

今日は学院は休みである。

ベアトリスは午後から王国の有力貴族であるストコ・ド・コイ侯爵家の令嬢、オリヴィアの主催する茶会に出席することになっていた。

ティヤンディ家にとって、これは驚天動地の出来事である。

ストコ・ド・コイ侯爵家は、政敵とまでは言わないまでも、ティヤンディ公爵家とはある程度距離を置いている、王国の中立派だったからだ。

オリヴィアは貴族学院の同級生だが、これまでベアトリスとは会えば挨拶する程度の付き合いしかなかった。

それが、突然彼女から茶会の招待状が届いたのである。

恐らく、転落事故後かなり様子が変わったと評判の公爵令嬢を間近で観察し、侯爵家にとってその変貌が脅威にならないか確認しておきたいのだろう、とベアトリスは推し量った。

それでも、単純に茶会の誘いは嬉しい。

穏健で思慮深い家風のストコ・ド・コイ侯爵家に相応しく、オリヴィアも聡明で落ち着いた雰囲気の令嬢である。

ベアトリスにとっては、政治や貴族のパワーバランスに関係なく、いつか話してみたい相手だった。

これまでは同じ侯爵家のコーネリアに対する遠慮もあり、自分から声をかける勇気もなかったので完全な没交渉だったのだが。

一方、ティヤンディ家の大人たちは中立派からの社交の誘いに色めき立っていた。

この機会にストコ・ド・コイ侯爵家をティヤンディの勢力に取り込められれば、その益は計り知れない。

ヴェラボーメ夫人が張り切るのも無理のないことだった。

かくして茶会当日、ヴェラボーメ夫人が「栄光あるティヤンディ公爵家の威厳を余すところなく示すため」腕によりをかけて選んだ、それはもう古めかしく重厚なドレスにベアトリスの身をねじ込むべく、メイド数人が夫人の音頭でコルセットを締め上げにかかっていたのだった。

(おおっとっとっと、なんでェこりゃ!?伝馬町の拷問かい!?)

ベアトリスと感覚を共有する源太が苦しさに悲鳴を上げる。

ベアトリスは小声で源太をなだめにかかった。

「これはコルセットよ、ゲンチャン………腰周りを締めて細く見せるための下着なの………ヴェラボーメ夫人の若い頃は、細い腰こそが美しさの象徴だったから………」

(冗談言っちゃいけねえ。こんなことしなくたって姫さんは充分別嬪でェ。

腰周りの寸法が一寸二寸違ったところで何が変わるもんかィ。

むしろ、飯は食えねェ息はできねェで、出かけて早々ぶっ倒れちまわァ)

我慢できなくなった源太は表に出てストップをかける。

「おいっ、バアさん!」

「!?」

聞き覚えのある口調に、その場の全員の手が止まった。

「こんなに締め上げられたんじゃ、こちとら 注連縄(しめなわ) になっちまわァ。

なにも神棚にぶら下がろうってんじゃねェんだ、後生だからもちっとコイツを緩めておくんなよ、バアさん…………バアさん?」

「…………気絶してるわよ、ゲンチャン」

「なんでェ、またかい!?しょうがねェ年寄りだなホントに………こんなにしょっちゅうコロコロ倒れてたんじゃ危なっかしくていけねえ。お父つぁんに頼んで、バアさんにはそろそろ楽隠居してもらったらどうだい」

火消し令嬢は慣れた手つきでヴェラボーメ夫人を自分のベッドに引き上げると、メイドたちに向き直る。

「バアさんがこんな有様だから、おめえさんたちで着物を選び直しちゃくれねェかい?

あんまり腰を締めねェやつで、軽くって動きやすいのがいいや。

後はおめえさんたちの目を信じるから、いっちょとびきり別嬪に仕上げておくんな!」

「「「はい、喜んで!!!」」」

いつも時代遅れのヴェラボーメ夫人のセンスに従うばかりで、相当フラストレーションが溜まっていた若いメイドたちは一斉に歓喜の声を上げ、ベアトリスのドレスを選びに飛び出していった。

そして、彼女たちがキャッキャしながら運んできたのは、外国にいるベアトリスの叔父が以前贈ってくれたものの、明るく軽やかなデザインがヴェラボーメ夫人に嫌われ、一度も袖を通すことなくしまい込まれていた春らしいティードレスだった。

※※※※※※※

「ティヤンディ公爵家のベアトリス様がおいでになりました」

侯爵邸のコンサバトリーで数人の親しい令嬢と挨拶を交わしていたオリヴィア・ストコ・ド・コイ侯爵令嬢は、執事の言葉に急いでエントランスに彼女を迎えに向かった。

相手は筆頭公爵家の令嬢で、当家へは初めての来訪である。

「気弱令嬢」の評判はどうあれ、侯爵家としては礼を尽くすべきだろう。

ベアトリスは聞かされていないようだが、彼女とオリヴィアは、一時期王太子の婚約者候補としてライバル関係にあったこともある。

結局、王太子の後ろ盾に筆頭公爵家を抱き込みたいという国王の政治的思惑から、ベアトリスやオリヴィアの資質とは関係ないところで婚約が決まったわけだが、婚約後あんな扱いを受けるなら、自分が選ばれなくてよかったとオリヴィアは思っていた。

少なくともオリヴィアが見る限りでは、レオポルドはベアトリスを邪険にし続けているし、他の令嬢との距離もあまり良からぬレベルで近い。

たとえ身分が高くても、あれではとても良い婚約相手とは思えなかった。

確かにベアトリスはいつもオドオドしていて引っ込み思案だ。

レオポルドが彼女にイライラする気持ちもわからなくもない。

でも、だからといって婚約者を蔑ろにしたりコキ使ったりしていいということにはならないだろう、とオリヴィアは考えていた。

それに、あんな風に振る舞っていては、レオポルドと親しくしている令嬢たちの中から、自分がベアトリスに取って代われるのではと勘違いする者も出てくるかもしれない。

オリヴィアはその状況を憂慮しながらも、家門が騒動に巻き込まれることを恐れて遠巻きに見守ってきた。

そこへ突然振って湧いたのが、ベアトリスの王宮転落事故からの学院前庭事件という椿事だったのだ。

転落事故はともかく、前庭事件の方はオリヴィアも離れたところからその一部始終を目撃していた。

それは、遠目から見ても今までの「気弱令嬢」からはとても考えられない姿だった。

一体ベアトリスに何が起きたのか、中立派のストコ・ド・コイとしては確かめておかなくてはならない。

今日の茶会の裏にはオリヴィアのそのような思惑があった。

オリヴィアがエントランスに入っていくと、彼女の記憶とは随分違った姿の公爵令嬢が、はにかんだ笑みを浮かべて立っていた。