作品タイトル不明
乙亥の章 添うて苦労は覚悟だけれど 添わぬ先からこの苦労
ベアトリスが教室に入ると、コーネリアが駆け寄ってきた。
「ベアトリス!窓から貴女が先生に注意されているのが見えたわ。
気をつけなきゃダメじゃない。
貴女がまた問題を起こしたら、レオ殿下やティヤンディ公爵閣下になんて言われるか……それにお二人にも迷惑がかかるわ。
いつも慎重な貴女らしくないわよ」
「ご、ごめんなさい………」
「……きっと復学したばかりでまだ混乱してるのね。でも、また登校できるようになって嬉しいわ。
後で生徒会で会いましょう」
コーネリアはベアトリスの手に軽く触れると、王太子や他の生徒会メンバーが固まって座っている席に戻っていった。
その間もレオポルドはこちらを一顧だにせず、友人たちと談笑している。
ベアトリスは、彼らから離れた席に腰を下ろした。
(姫さんは、許婚の近くに座らなくていいのかい?)
源太が気にして声をかけてくる。
「いいの。あの人たちと一緒だと私も気詰まりだし、レオポルド殿下には、『陰気臭いから近くに座るな』って言われてるから………」
(……………………そこら辺に火かき棒ねェかな)
「お願いだから、隙あらば殿下を引きずり回そうとするのやめてゲンチャン。
ホントに私はいいのよ。それに、私の側……というか中にはゲンチャンがいてくれるじゃない」
(へへへ……そりゃまァ、そうだなァ)
源太が盛大に照れたところで教師が入ってきて授業が始まった。
※※※※※※※
放課後、ベアトリスは大量の書類を抱えて廊下を歩いていた。
生徒会室に行ったところ、問答無用で溜まりに溜まった書類仕事を渡された上、レオポルドに「これから生徒会メンバーで会議だから、隅で書類仕事などされては目障りだ」と言われ、「どこかの空き教室でやってこい」と生徒会室を追い出されてしまったのだ。
他の生徒会メンバーがクスクス笑う中、頭の中で源太が火かき棒火かき棒と騒ぐのを抑え、ベアトリスは素直に頷いて書類を受け取った。
そのケロリとした様子に、生徒会メンバーたちは「あれ?思ったより平気そうだな?」と首を傾げる。
ベアトリスも生徒会室を出ながら「あれ?思ったより平気だな?」と首を傾げていた。
※※※※※※※
「……ゲンチャン、ありがとう」
廊下を歩きながらベアトリスは呟いた。
(?………何がだィ?あの明太子野郎に手出ししなかったことかい?)
「それだけじゃなくて、沢山、色々」
(お、おう………?どういたしまして?)
ズリ落ちそうになった書類を、ベアトリスはヨイショとゆすり上げる。
(それにしてもまァ、随分な仕打ちじゃねェか。こんな重てェもん姫さん一人に運ばせてよ。
こいつァ一日二日の仕事の量じゃねェ。
あの連中、姫さんが休んでいる間、書類仕事を溜まるにまかせて放ったらかしにしてたに違ェねえや。まったくふてえ野郎共だ)
「……たしかに書類は重いけど、不思議とあんまり気は重くないみたい。
これまで一人でモヤモヤしていたことを、ゲンチャンが言葉にして怒ってくれるからね、きっと。
それに、私もあの人たちのいる部屋で仕事するの好きじゃないわ」
(おっ、言うねェ姫さんも)
源太が嬉しそうな声を出したところへ、数人の女生徒がベアトリスの前に立ち塞がった。
※※※※※※※
(!!)
驚くベアトリスと臨戦態勢になる源太を前に、真ん中の女生徒が勢いよく頭を下げる。
「私のような平民が公爵令嬢にお声がけするのは畏れ多いことですが、どうしてもお礼を申し上げたくて、失礼を承知で参りました。
……今朝方は助けてくださって本当にありがとうございました!」
それは、例のイジメられていた平民の奨学生だった。
「私たちからもお礼申し上げます。ハナを助けてくださってありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
奨学生の友人たちなのだろう、両側の女生徒も口々に感謝の言葉を口にする。
「……あっ!私ったら、ご令嬢の手が塞がっていることにも気づかないで!
お手伝いします!どこに運んだらいいですか?」
ハナという名らしい奨学生は、呆気にとられているベアトリスの手から書類の山を取り上げると、あっという間に友人たちとそれを三等分した。
「えっ、そんな、いいのよ慣れてるから……それにお礼なんて、私は、なにも……」
慣れない状況に大慌てするベアトリスを余所に、源太はカラカラと笑っている。
(見ねェ、姫さんのことをちゃんと見てる人間もいるってこった。よかったな姫さん)
固辞するベアトリスにハナたちも譲らず、結局一行は手分けして書類を空き教室に運ぶことになった。