軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

試しのダンス

ぞろぞろとみんなで舞踏室に向かっていると兄と行き合った。

「あら、お兄様。帰っていらしたのですか?」

まだ夕方にもなっていない。帰ってくるにしては随分と早い。

「ああ。今日は早朝に出勤したからな。それより、」

兄がクラウディアの格好を上から下まで眺める。

「夜会用のドレスだな。どこの夜会に行くんだ? 誰と参加するんだ?」

兄に厳しい目で問われる。

「違いますわ。このドレスの試着ですの。踊りやすくなっているかを確かめるために今から少し踊ってみるのですわ」

「そうか。相手は誰が務めるんだ?」

「マルセルに頼みました」

兄が不機嫌そうな顔になる。

「何故俺に声をかけないんだ?」

「お兄様がいらっしゃるとは知りませんでしたし、マルセルがいれば十分ですから」

兄の顔が不機嫌そのものになる。

「お兄様?」

何が気に入らないというのだろう?

「俺が付き合ってやる」

「あ、いえ、お兄様の手を煩わせる必要はありませんので」

「俺と踊るのは嫌なのか?」

何故そういう話になるのか。

「いえ、嫌ではありませんが」

「なら俺でも構わないだろう」

「ですが、今日は早くからお仕事でしたのでしょう? お疲れなのでは?」

「お前と踊るくらいは何てことない」

「ですが……」

「クラウディア様、若様に頼まれてはいかがでしょう?」

埒が明かないと思ったのだろう。マルセルも兄とのダンスを勧めてくる。

確かに埒が明かない。

ここでいつまでも押し問答していては踊る時間がなくなってしまう。

「……そうですね。お兄様、お願いできますか?」

「ああ」

兄が満足そうに 微笑(わら) う。

「ほら行くぞ。時間がなくなる」

「……はい」

改めて舞踏室に向かった。

*

執事の奏でるバイオリンの音に合わせて兄と踊る。

幾度となく一緒に踊っているので息はぴたりと合う。

このドレスはとても踊りやすい。

どんなに速くステップを踏んでも、くるくると回っても、裾は絡みつくことなく動きを阻害しない。

翻る裾の動きも美しい。

ここにどんな刺繍を足そうかわくわくしてくる。

一曲踊りきり、動きを止めると、ドレスの裾がゆったりと落ちた。その様も美しい。

ぱちぱちぱちと盛大に拍手が起きる。

お針子たちが駆け寄ってくる。

「クラウディアお嬢様、是非マルセルさんともお願いします!」

彼女たちの目は仕事意欲の塊だ。

兄だけでなく他の者とのダンスでの様子も見たいのだろう。

兄も気づいたのだろう、苦笑してクラウディアの手を離した。

「あとでどんな刺繍が映えるか聞かせてくれる?」

「もちろんです!」

「お任せくださいませ!」

「頼りにしているわ」

「「はい!」」

お針子たちが壁際まで下がる。

指名を受けてマルセルがクラウディアの傍に寄ってきた。

胸に手を当てもう片方の手を差し出してくる。

「クラウディア様、貴女と踊れる栄誉を俺にいただけますか?」

「ええ、もちろん」

クラウディアは差し出された手に手を重ねる。

もう片方の手は背中に回った。

クラウディアの左手はマルセルの右上腕部に置く。

バイオリンの音が流れ出す。

先程とは違ってテンポの速い曲だ。

いろいろな音楽で踊る様を確認したいというお針子たちの希望を 汲(く) んだのだろう。

マルセルのリードは確かで、危なげなく踊る。

右に左に揺れてもドレスの裾は綺麗にはためき、動きを阻害しない。

……うちのお針子たちは天才じゃないかしら。

本当に踊りやすく裾が揺れる様が美しい。

マルセルはクラウディアが揺れる裾に夢中になっていても笑顔できちんとリードしてくれる。

くるりくるりと回っても裾は上品に広がるだけだ。

決して下品に捲り上がるということはない。

すごい、すごいわ。

心の中で大絶賛する。

うちのお針子たちはやっぱり天才だわ。

もうそれしかない。

夢中でダンスを踊る。

ひらひらとドレスの裾は揺れ、花開くようにふわりと広がる。

踊るのも楽しい。

裾の動きを見ているのも楽しい。

自然とクラウディアの顔に浮かぶのは満面の笑みだ。

やがて音楽が余韻をつけて終わる。

音楽の終わりにぴたりと合わせてダンスを終える。

裾が優雅な様子で落ちた。

キティとお針子たちから拍手が沸き起こる。

お互いに片手を相手に預けたまま、クラウディアはドレスの裾を摘まみ、マルセルは胸に手を当てて礼をして離れた。

兄が寄ってくる。

「お前は本当にダンスは得意だな。下を向いていても優雅に踊って見えるというのはどういうことだ」

兄の呆れた声にはっとする。

マルセルに失礼なことをしてしまった。

「ごめんなさい、マルセル。ダンス中に相手を見ないなんて失礼だったわ」

「いいえ、大丈夫ですよ、お嬢様。むしろ初々しい感じがしてありだと思います」

たぶん、マルセルなりのクラウディアを助けるための冗談なのだろう。

「なるほど。それも一理あるな」

兄まで顎に手を当ててその話に乗る。

冗談にしては顔が真剣だ。

「えっと、お兄様?」

「何だ?」

「マルセルの冗談ですよ?」

「いえ、お嬢様、冗談で言ったつもりはありません」

マルセルは真剣な顔だ。

え? とクラウディアは戸惑う。

「俺相手だとまあけんかしたとか思われそうだが、初対面の相手なら恥ずかしがって見えるかもしれない」

「ええ、見えます。お嬢様は踊るのがとてもお上手ですからステップを踏み間違えないか心配しているようには見えませんもの」

キティも加わる。

「パートナーからしても恥ずかしがって下を向いているように見えます。あまり横を向かれてしまうと嫌がって見えますので、そこは注意が必要ですね」

「なるほどな」

兄たちは一体何を真剣に話しているのだろう?

思わず胡乱気な視線を向けてしまっても仕方ないと思う。

「何だ、クラウディア?」

「一体何のお話をしているのかと」

「今後の戦略を練っているところだな」

「必要ありません」

「いや、必要だ」

「いいえ、必要ありません」

「お嬢様、もっと気軽に考えればいいのですよ。うっかりドレスを見ながら踊ってしまった時の言い訳の一つとでも思っておけばいいと思います」

そっとマルセルが口を挟む。

「あ、確かにそうね」

これほど優美に揺れる裾だと同じことを仕出かさない保証はない。

それなら言い訳の一つとして、と気楽に考えておけばいいというのはいい考えだ。

「……まあ、今はそれでいい」

兄がいいと言ったのならそれでいいだろう。

つつくと藪蛇になりかねない。

クラウディアは余計なことは言わずに微笑んでおいた。