作品タイトル不明
ハンカチの贈り物
「お嬢様、お渡ししなくてよろしいのですか?」
そっと傍に寄ったキティに耳打ちされてクラウディアは思い出した。
そしてそっと包みを渡される。
それが終わるとキティはすすっと壁際に下がっていった。
「そうだったわ。ヴィヴィアン、忘れないうちにこれを渡しておくわね」
きちんと包装した包みをヴィヴィアンに差し出す。
「何かしら?」
包みを受け取ったヴィヴィアンが首を傾げる。
「この間お父様のハンカチを褒めてくれたでしょう? だから作ってみたのよ」
ヴィヴィアンの目が期待に輝く。
「開けてみていいかしら?」
「ええ、もちろんよ」
アーネストと侯爵夫人の視線も集めながらヴィヴィアンが丁寧に包みを開いた。
中から出てきたのは刺繍を施したハンカチだ。
手に取ったヴィヴィアンがふわりと広げた。
今回は普段使いを想定はしていなかった。
どちらかというと眺めて楽しんでもらいたいと思っていた。
だから中央に大きく刺繍してある。
モチーフは鳥が四羽だ。
当然モーガン家の皆様を 模(も) してある。
瞳の色だけ本人の色にしてある。髪色まではさすがに鳥モチーフでは難しかった。今回はイメージを優先させてもらった。
「まあ!」
嬉しそうにヴィヴィアンが声を上げる。
「モーガン家の皆様を模しているつもりよ」
「ええ、わかるわ。さすがクラウディアね」
珍しくはしゃいだ声をヴィヴィアンが上げる。
「気に入ってもらえたようでよかったわ」
「ええ、もちろん気に入ったわ。ありがとう、クラウディア」
「どういたしまして」
楽しそうにヴィヴィアンが一人ずつ挙げていく。
「お父様は鷲で、お母様は金糸雀、お兄様は梟ね。わたくしは、何という鳥かしら?」
「オオルリという鳥よ。東方のほうにいる鳥なんですって。図鑑で見つけたのよ。可愛いでしょう?」
「ええ、可愛いわ。後でわたくしも図鑑で見てみようかしら?」
「それもいいと思うわ。本当に綺麗な鳥なのよ」
「それなら見てみるわね」
「ええ」
二人で 微笑(わら) いあっていると侯爵夫人がどこか拗ねたように言う。
「ヴィヴィアン、ずるいわ」
「そんなことをおっしゃられても……」
「あの、こちらを」
クラウディアが差し出した包装した包みを侍女の手を介さず直接侯爵夫人は受け取る。
丁寧な手つきで包みを解いた侯爵夫人の目が輝く。
包みの中から出てきたのは刺繍を施したハンカチだ。
「わたくしにも刺してくれたのね。ありがとう」
「いえ。お気に召すとよろしいのですが」
ハンカチを手に取った侯爵夫人がそのままふわりと広げれば四辺をつるばらで覆い、中央に仲睦まじい二匹の狼の刺繍が現れる。
「まあ、素敵!」
「狼なんだね」
「狼は生涯伴侶を変えることなく添い遂げるそうですから」
「まあ。ふふ、ありがとう、クラウディアさん。大切にするわ」
気に入ってもらえたようだ。よかった。
「気に入っていただけたのでしたらよかったです」
「ええ、とても気に入ったわ」
侯爵夫人がハンカチを撫でる。
「後で主人にも自慢しておくわ」
「きっとお父様は悔しがるでしょうね」
「ええ、そうね。ふふ、でもこれはわたくしのものだもの」
「ええ。わたくしのもわたくしのものですわ」
クラウディアは余計な口を挟まずに曖昧に 微笑(わら) っておいた。
母の助言を受けて侯爵夫人の分も作っておいてよかった。
密かに胸を撫で下ろす。
ヴィヴィアンの分だけだったらクラウディアが帰った後でヴィヴィアンが大変だったかもしれない。
もちろん侯爵夫人が理不尽なことをなさる方ではないとわかってはいるが。
この様子だと、ヴィヴィアンの分だけだった場合また額装して取り上げられてしまうことくらいは有り得そうだった。
それではヴィヴィアンが可哀想だ。
そうならずに済んでよかった。
「母上もヴィヴィアンもずるいです」
アーネストが拗ねたように言う。
かなり珍しいことだ。
「お兄様の分がないのは仕方ありませんわ」
「そうね。今回は諦めなさい」
さすがに何もないのに婚約者でもないアーネストに刺繍入りのハンカチを贈るわけにはいかない。
「……わかっています」
さすがにアーネストもそれはわかっているようだ。
すっとアーネストの視線がオルトに向く。
「もしかして、リノ殿も持っているのかな?」
クラウディアはきょとんとした。
何故ここでオルトのことが出てくるのだろう?
オルトは澄ました顔で口を開く。
「はい。有り難いことに」
アーネストの顔にうっすらとした笑みが浮かぶ。
クラウディアは初めて見る。
だからどういう意図なのかはまるでわからない。
わかっているのだろうヴィヴィアンと侯爵夫人はただ苦笑している。
「それはまたどうしてかな?」
その問いにはクラウディアが答えた。
「報奨として私が刺繍したハンカチを使用人に贈ることがあるのです」
「何とも贅沢な話だね」
「贅沢、ですか?」
「このような素晴らしい刺繍のハンカチを主人からもらえるわけだろう? 贅沢なことだよ」
主人一家から私物を下げ渡されることは使用人にとっても名誉だと言われている。
だから母も時折クラウディアに使用人へ配る小物を依頼してくる。
だがそれを贅沢だと言われるのはよくわからない。
オルトがにっこりと 微笑(わら) う。
「ええ。素晴らしい職場だと思っております」
そう思ってもらえるなら嬉しい。
働いてくれている使用人たちには是非とも気持ちよく働いてもらいたい。
オルトがクラウディアに視線を向ける。
「使用人一同そう思っておりますよ」
「まあ、それならよかったわ」
実際のところまったく不満がないと言うことはないだろう。
それでも少しでも働きたいと思える場所であるとしたらよかったと思う。
クラウディアの表情が緩んだ。
見守るヴィヴィアンたちの視線は優しい。
「ところで、」
一転してアーネストが鋭い視線でオルトを見る。
「そのハンカチは今日は持っていないのかな?」
「大事にしまってあります」
澄ました顔でオルトが告げる。
「まあ。気軽に使ってくれていいのに」
「以前申し上げたようにここぞという時に使うために大切にしまってあるのですよ」
「あら残念ね。持っているようならわたくしも見てみたかったわ」
侯爵夫人が本当に残念そうに言う。
オルトが無言で頭を下げる。
機会があれば、と言うこともない。
オルトにあげたものはオルトの好きにすればいい。
クラウディアはだから何も言わない。
「もらっているのは彼だけではないわね」
ぽつりと呟いた侯爵夫人の視線がキティに向く。
ぱらぱらとヴィヴィアンとアーネストの視線もキティに向いた。
「貴女ももらっているのではなくて?」
「はい。有り難くもいただいております」
「今日は持っていないのかしら?」
まさかキティにまで向くとは思っていなかった。
キティは安心させるようにクラウディアに微笑む。
それから侯爵夫人のほうに視線を戻して告げる。
「持ってきております」
「見せてもらっても?」
「はい。構いませんわ」
キティには何枚もハンカチを贈っていた。
クラウディアの専属なのだ。必然的に多くなる。
キティが近寄ってきてそっとハンカチをテーブルの上に置いた。
あのハンカチは最近キティに贈ったものだ。
一ヶ所に数輪の小花が刺してある。
あまり仰々しくすると使いにくいから使用人に贈るものはささやかな刺繍にしなさい、と母には言われている。
あまり立派なものを持っていると妬まれたり、場合によっては他家で盗みを疑われることもあるから、と。
そういうことには疎いクラウディアは家族の助言には素直に従うことにしている。
先日のオルトへのハンカチは興が乗りすぎてしまった。
今更ながらあれはまずかったのでは、という気がしてきた。
だが母には軽く注意されただけだった。
そういうこともあるからオルトはあのハンカチを外に出さないことにしたのかもしれない。
オルトはクラウディアより余程視野が広い。
クラウディアは全然まだまだだ。
いや、もうできる気がしない。
周りに恵まれているから今まで問題になるようなことはなかった。
だからといってそれに甘えっぱなしでいいわけではないと思う。
思うのだがどうすれば身につけられるかわからない。
それを考えるといつも途方に暮れてしまう。
誰かに教わってできることではないのだ。
侯爵夫人が手を伸ばして、ふわりとハンカチをテーブルの上に広げた。
「あらシンプルなものなのね」
「使用人ですので」
言葉少なくキティが答える。
「そう。でも可愛らしいわね」
「はい」
キティは少しだけ口許を綻ばせた。
アーネストがほっとしたように息をつく。
「まあこれくらいなら」
アーネストが口の中で何事か呟いたようだったがクラウディアには聞き取れなかった。
訊いてもいいのだろうか?
しかし聞かせるつもりはなかったのだろうと思われる。
それならやはり訊かないほうがいいかもしれない。
ヴィヴィアンと侯爵夫人には聞こえたのか揃って苦笑している。
だけど何も言わない。
だからクラウディアも訊かないことにした。