作品タイトル不明
第717話 彼女は今風賢者について考える
第717話 彼女は今風賢者について考える
考えてみれば当然のことなのかもしれない。
例えば『騎士』。古の帝国、それ以前において騎乗するというのは、かなり特殊な能力であった。裸馬を頭に浮かべ、それにそのまま乗ることは相当困難だと言える。
そもそも、馬に直接乗る以前において、戦場の主役は『戦車』であった。二輪の馬車に馭者と戦士が乗り、戦場を疾走する。長柄や馬車の車軸に刃物をつけて歩兵の戦列に突入し暴れる。馬車故に小回りは聞かないのだが、戦列を崩すという事にかけては相当の威力を持つ。
歩兵主体であった時代において、これは相応の威力があり、馬車を多数持つ国が「軍事大国」となった。とはいえ、平原以外での運用は難しいという欠点がある。
馬具が整備され、手綱、鞍が整うと戦車よりも騎馬による戦いが効率を上回るようになる。しかし、馬上で戦うには鞍だけでは安定しないこともあり、遊撃や偵察が主な役割りであった。
そして、『鐙』が発明される。鞍にまたがるだけでなく、足で踏ん張り立上がることもできるようになった。鐙は東方から伝わり、その効果を目の当たりにさせたのは、『サラセン騎兵』であった。今の王国中央部、ポワトゥの辺りまで、サラセンの軍は西の内海を渡り攻め寄せた。
ポワトゥにおいて、当時の国王率いる戦士団は、森に布陣しサラセンの突撃を迎え撃ち破ることができた。こののち王国においても騎乗兵を主戦力とすることが王命で定められ、戦士の多くは『騎乗』が義務付けられた。すなわちこれが「騎士」の始まりと言えるだろう。
騎士はその装備、とりわけ『馬』を必要とする為、徒歩の戦士よりも維持費がかかることになる。また、その力を十全に発揮する為に常に鍛錬する必要があった。
成人男性が戦時には戦士に変わるという軍備の在り方が成り立たなくなった結果、『騎士』を維持するに必要な税をとる「領地」を分け与え、これをもって戦力を維持することとなる。
これが、『騎士』の成り立ちであり、在地の領主としてもっとも低い身分の支配層となる。騎士を束ねる者が『男爵』であり、それを束ねたものが『王』あるいは『君主』と呼ばれる。
そんな形で始まった騎士も、時代の流と共に変化していくことになる。騎士が身分であるか、それとも「兵科」であるかということもある。
在地領主としての『騎士』は徐々に数を減らし、今日では限られた存在となっている。一つは、戦争の形態が変わり何年も領地を離れて戦争することに対応できなくなったからという面がある。戦争には、専業兵士である『傭兵』あるいは『常備兵』が充てられるようになる。
これは、金銭で雇われた『騎乗兵』が含まれる。土地を与え、そこから収穫される作物を対価に領主として騎士を維持するのではなく、金銭で騎士を維持するように変わってきた。
また、騎士だけでなく、槍と後にはマスケット銃を装備した歩兵、長弓や弓銃、あるいは大砲を用いた戦いへと変化するようになる。歩兵にとって騎士の突撃は絶大な効果があったと言えるが、長い間にその対策は施され、騎士・騎兵が戦場で決定的な勝敗を決める存在ではなくなりつつあった。
それでも、身分としての「騎士」は存在し、騎士は支配階級の末端として存在し続けている。また、庶民が成れる可能性として高い身分は「騎士」であるといえる。
その実、様々な国において、国に貢献するあるいは、一定以上の税を納める者を「騎士」として認めるような制度がある。その資金で、傭兵を雇う事で国防に貢献しているということなのだろう。
これは「賢者」あるいは「ドルイド」においても同じことがいえる。
その昔、古帝国時代において、様々な記録に残される先住民の指導者層を担う「賢者」は、元老であり学者であり、聖職者でもあった。
その中で、帝国化が進むとともに、賢者の中の少なくない層は帝国市民となり、各地の指導者層として帝国の制度の中で活動するようになったと考えられる。それでも、精霊を信仰することは残されており、「聖職者」としての役割りを保っていたのだろう。
これも、帝国に御神子教が浸透し、やがて「国教」となることで変化していく。教会は御神子教を浸透させる為に、在地の精霊信仰を御神子教の中の登場人物と重ね合わせることで、摩擦を少なく教義を広めることにした。つまり、いままで信仰していた精霊も、実は聖典に出てくる人物と同一なんですよという「方便」である。
特に、御神子の母は「聖母」であり、その地に住まう精霊と同一であると考えられた。豊穣神、あるいは大地の女神とされる存在と聖母は同一であるとみなし、教会には「聖母礼拝所」が設置され、あるいは、そのものである「聖母教会」も各地に建設された理由はその辺りにある。
これが、海を渡った白亜島、さらに西にある『 西ノ島(エリン) 』になるとさらに話が替わっていく。王国の「賢者」はすっかり御神子教と帝国の統治の中に組み込まれ姿を消しつつ、潜在的には存在することとなったが、このエリン島には帝国は進出することはなかった。白亜島の半ばほどまでで帝国は進出を止め、結果、今の北王国とエリン島には帝国の統治が及ばなかった半面、御神子教の宣教師あるいは布教のために活動する修道士は帝国の衰退後も、沢山教皇庁から派遣されたのである。
修道士はこの地の精霊魔術師であり、聖職者である「賢者」を取り込むことにした。修道院は帝国衰退後も帝国の文物を維持する存在であり、建築や社会的装置、あるいは生活に用いる衣料・食品の製造、農耕牧畜など様々な技術を単独で維持できるだけの能力を有していた。
帝国は滅んだものの、その文化文明は修道士により維持されていた。ここに支配層が取り込みたいと願い、あるいは取り込まれ、エリン島の修道士は賢者・精霊魔術師・修道士という側面を兼ね備えた存在となる。
これが、様々な勢力が入り乱れる白亜島へと進出することで、その影響力は拡大することになったと言える。帝国が放棄した白亜島には、様々なアルマン部族が進出し、数十年ごとに新たな国が興り、また滅ぼされていった。
賢者はその滅ぼされた勢力の民を守り、あるいは慈しむ存在として荒野に畑を開き、修道院を建て、人々の生活を成立させ、修道院同士のネットワークで地域を安定させてきた。また、御神子教の教えを広めているという実績から、教皇庁も庇護せざるを得ない。御神子教を信仰する勢力からは同胞と見做されることにもなった。
とはいえ、修道院は教区教会と異なり独立した存在として活動していた。そこに所属する修道士も、教会所属の聖職者とは少々異なる活動をしていたとしても「修道士だから」で問題ではなくなる。
入江の民の襲撃が、富貴の象徴である「修道院」に狙いが定められるようになると、この系譜も変わって来る。修道士の中でも、信仰ではなく、民衆の庇護者として活動を試みる者が現れた。これが現在の「賢者学院」の構成員であるといえる。
貴族出身者は少なく、「精霊の加護」あるいは「精霊の祝福」を得ている者が、各地を巡る賢者により見いだされ、本人と家族の同意の元、賢者学院への入学を試みることになる。入学年齢は十歳から十四歳の間が目安であり、本人と家庭の事情が考慮され、時期は選定される。
加護持ち、祝福持ちは本人はともかく、周囲から異端視されることが少なくない。村全体、一族全体が加護を受けていた大昔のと異なり、今では精霊の加護や祝福を得ているものが少数となると、その恩恵を得られないものからすれば「悪魔憑き」であるとか「魔女」であるなどと貶められることもある。
親兄弟もそれを強く窘めることができない。結果として、魔力持ちである精霊術師の卵は割られ、あるいは腐らせることになる。その前に、賢者は巡回し、その子たちを保護し学院で育てているというわけだ。
「だから、親兄弟や生まれ故郷の事なんて、ほとんど覚えていないんだ」
彼女に向かいクノクリは説明すると、一瞬寂しそうな表情となった。
「リリアル生は孤児院出身者ばかりだから、同じようなものね」
「ですよねぇ」
「ですわぁ」
伯姪はそう言い切るものの、リリアル生にもルミリの様に数年前までそれなりの家格であった商人の娘であった者もいれば、明らかに捨てられた灰目藍髪のような騎士の庶子、あるいは親が誰なのかわからない者も多数いる。なので、故郷が有って親兄弟も判っている分、クノクリは幸せであり、また不幸であるのかもしれない。
「故郷を守るために働くというのであれば力もでるのでしょうが、『賢者』の役割りとして庇護者として振舞うのはなかなか大変な事ではないでしょうか」
「それが、俺たちの『賢者道』だ。祝福や加護の力を、自分以外の人にも恩恵をもたらせることで、精霊の存在に少しでも配慮してもらえれば、それが巡り巡って私たちの力になる」
賢者であり、「精霊魔術師」であるこの学院の者たちにとって、木々を伐採しあるいは水を汚す行為は避けてもらいたいことなのだろう。放牧地を広げ、あるいは伐採した木々で巨大な船を作る、製鉄を行うといった行いで各地の森や川が痛めつけられている事も気にならないはずがない。
精霊も徐々に数を減らしているのであろう。また、その影響が、先日見た精霊の祝福持ちの『狂化』に至っている可能性もある。精霊が痛めつけられるのであれば、その祝福や加護を受けているものにも影響があるのだろう。
『お前、雷の精霊の加護でよかったよな』
「……そういうものではないでしょう。自分だけ良ければという事ではないのだから」
『雷』の精霊は特殊で、水や土の精霊と比べれば数も少なく、また、その拠り所となるものも特殊である。水や土を汚すこととは一線を画する。
水派が王宮や東部の貴族達に対して敵対する北部貴族を支持しているというのは、水を汚している産業を振興している存在に対して敵対しているからかもしれない。水の精霊を毀損していると考えているのだろうか。
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リリアルの騎士五名と、「木組」の賢者見習である学院生で臨時のチームを
組む事になる。とはいえ、完全に同じチームとして馴染むには時間が不足
している。
「だからよぉ」
「いくらなんでも無謀です寮長!!」
「けどよぉ」
「俺達の最弱を持って、最強を打ち砕くんです!!」
『無茶言ってるんじゃねぇよ』
『魔剣』のボヤキももっともである。領主館に招いて、リリアルと木組の合同チーム結成の顔合わせを行っているのだが、ここにきて木組の学院生たちが「そんなの無理だ」とばかりに監督のクリノリに食って掛かっているのだ。これは、あえて彼女たちの前でそれを告げることで、強い拒絶を示しているつもりなのだろう。
「懐かしいわね」
「ええ。王女殿下の護衛の人を受けた時にも、こんなことが有ったわ」
父である子爵が代官を務める村がゴブリンの群れに襲われ、居合わせた彼女は十三歳という年齢にも拘らず、数人の冒険者と共に村人を率いて防衛を達成したことで『騎士』となった。その後、王女殿下の婚約者であるレンヌ大公の元迄殿下を護衛する人を受けた時に、騎士団や近衛騎士から腕試しを強要されたことが有る。
勿論、一蹴したのは言うまでもないのだが、王国内において『リリアル副元帥』の能力に疑問を投げかける者は、今日皆無である。故に、懐かしさを感じるのもおかしくはない。
「最弱を何度重ねても『最弱』のままなのではないかしら」
「なんだとぉ!!」
「おい!! 口に気を付けろ。お客様だぞ!!」
「学生だからって大目に見る気はないんですよぉ……先生方は」
「ですわぁ」
碧目金髪、お前はそうじゃないのか!! と言いたい気もするのだが、確かに失礼ではある。とはいえ、全く言葉も文化も異なる存在と俄仕立てのチームを組んで戦うというのは無理がある。
「それなんだけど、一つ提案するわ」
伯姪がおもむろに話を始めた。曰く、最初から攻撃と防御でそれぞれが役割分担をし、それにリリアルと木組メンバーをそれぞれ当て嵌めるようにするという方法で、連携の拙さを最低限に抑え込むという手法を提案した。
「確かに、そうすれば連携することも難しくないかもしれない」
「攻撃側と防御側に別れて試合形式での練習も容易か」
「繋ぎの遊撃手は双方から一人は出すようにすれば、遊撃同士の連携だけで済むかもしれないね」
攻撃と守備では役割がことなることもあり、また、布陣する範囲も異なる。実質、二つのチームが一つのチームとして活動するという考え方は、短い時間で試合に臨むには良い考えかもしれないと皆が理解した。
「採用」
「承知した」
「それで進めてみましょう」
クリノリも一息ついた顔になる。
「俺が学生時代から、ラ・クロスで一度も勝ったことが無いからな。勝てば大快挙だ!!」
「まじですかぁ」
「まじですのぉ」
勢いよく告げるクリノリだが、その内容は衝撃である。弱い、あまりに最弱の名にふさわしい戦績である。
「私が参加するからには、生半可な覚悟では困るのだけれど」
「おうぅ!! 寮の予算改善のためにもぉ!! 全身全霊全力だぜぇ!!」
「「「「おお!!」」」」
一際、煤けたオンボロ寮である『クラン寮』を思い出し、彼らも必死なのだと理解する。本来なら、領主館での顔合わせより寮での方が良いはずなのだが、六人も追加で席を用意することができないということで、寮ではなく領主館に招いたのである。
とはいえ、領主館も当初は寮と同じような状態だったのだが。
出された茶菓子をバクバクと食べているクラン寮生。昼食は中央食堂で共通の食事が出されるのだが、朝晩は寮で提供されることになる。修道士は二食、時代と季節によっては一日一食のこともあったので贅沢は言えないのだが、空腹では魔力の回復もままならない。
「可哀そうね」
「同情するなら飯をくれ」
「働かざる者食うべからずですぅ」
食事を集るとは図々しい。とはいえ、土の精霊魔術師である彼らは本土にいれば、食事に事欠くことが最も少ない『賢者』なのである。森の恵みを容易に手に入れることができるのだから。それが、海上の島に住む分、そうした能力が乏しい。
巡回賢者となれば、持ち前の精霊の加護や祝福に加え、鳥獣が目となり鼻となり素材採取などで活躍することから、その報酬も安定的に手にすることができるのだ。
故に、学院では冷や飯食いであったとしても、外に出れば最も良い巡回賢者として活躍できるとされる。それを楽しみに、寮生は学院生活に耐えているというわけなのだ。
「では、皆さんの実力を見せていただきましょう」
彼女と伯姪、そして灰目藍髪の実力は先日の模擬戦と決闘にて見せたことになる。が、木組の学院生たちの魔術師としての能力は全くわからない。お互いの力が分からねば打合せのしようがない。
「的当てでもするのかよ」
「いいえ。もっと良い方法があるわ」
彼女はいい笑顔で答える。が、リリアル生は皆その理由を知っており、恐らく、強い強度の鍛錬を課されるのだろうと内心同情していた。