作品タイトル不明
第318話 彼女はゲイン修道会に向かう
第318話 彼女はゲイン修道会に向かう
鍛錬場の中央には、ギルマスと赤目銀髪が並ぶ。装備も外見も大人と子供の差がある。
「流石に、ギルマスは勝つだろうな」
「そりゃそうだろ。オリヴィさんには敵わないけど、最強の一角だぞ」
ギルマスの能力に、見学する冒険者も不安を感じていないようだ。
「始め!!」
身体強化を行い、一気に赤目銀髪に迫るギルマス。だがしかし……
「はぁ?」
「……消えた……」
観客から呻き声が聞こえる。赤目銀髪の弓の腕は勿論優秀だが、気配隠蔽の能力もリリアルで一二を争う。茶目栗毛と双璧なのだ。
「あいつ、見つけらんねぇんだよなぁー」
「良く、お菓子を強奪されます」
「お、意外と食いしん坊きゃら?」
リリアル生がわちゃわちゃといいたいことを言い放っているが、鍛錬場の空気はずしっと重くなっている。まさか、星四の冒険者が捉えられないほどの魔力操作を行えるとは身内以外誰も思っていなかった。
「それ」
「があぁっ!!」
防具で覆われていない二の腕を、赤目銀髪が気のない掛け声をかけBannと叩く。叩かれるまで、ギルマスはその存在に気が付けていなかった。
「人間って、見えているつもりでも死角って存在するのよね。それに、目の前にあってもそれが認識できていないと、見えていないのと変わらないこともある」
『魅了系の術を使うコツに似ているな。相手の心理的な空白を狙う』
自分を強く意識させるのも、全く意識させないのも向きが異なるだけで、同じ工夫の表と裏である。
「私、モテ期来た!!」
意味の解らない掛け声とともに、太ももに木剣が叩き込まれる。覚悟して身体強化を掛けているのか、先ほどのように痛みに叫び声をあげないギルマス。だが、相変わらず捉えられていない。
「普通は攻撃の瞬間、殺気みたいなものを出すので、感じるんですけどね」
「それがないのは、やはり狩人仲間だけの事はあるね」
オリヴィは狩人話が通じる赤目銀髪が中でも特にお気に入り。狩人の話の時は、いつもより若干饒舌になるのが面白いのだともいう。
ツヴァイハンダーの長所は、敵の動きを捉えて遠間から先制攻撃を行ったり、ハルバードのように持ち替えを行い、間合いを変えて柄や鍔を用いた近接攻撃まで多様な遣い方ができることにある。
「あれでは、疲弊するだけですね」
「見えない、攻撃の瞬間が掴めないって人間相手には相当有利ね」
日頃から魔物相手の討伐を繰り返すリリアル生にとって、上位の冒険者であっても、その厳しさはかなり緩く感じてしまう。魔物なら気が付く、防ぐ、通じない攻撃も人間相手には通じてしまうからだ。
『あんま良くねぇな』
「大丈夫でしょう? 動きの基準が魔物ですもの。人間から魔物に変えるのは相当難しいけれど、魔物の基準を人間に当てはめるのはさほど難しくないじゃない」
但し、殺し技になるので、手加減は必要だが。
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「それまで!! 引分けとする」
魔銀の剣か弓でもあれば『殺せる』が、模擬戦において木剣で赤目銀髪が押し切るのは正直無理がある。魔力量の差もそれほど有利に使うのは難しい。
「斬っていいなら勝てた」
「……そうか……力を確認するのが模擬戦だからな。命を賭けるほどじゃない。
星三で文句なしだ」
「そう……良かった」
口角が少し上がる赤目銀髪。実質的な勝利宣言をだろうか。
ギルマスと引き分けた十六歳の少女(本当は十二歳)に驚愕する観客。前日の髭面も、星三でメインツで知らない者がいないほどのベテラン冒険者なのだという。
「お、オヤジ殺し……」
「オヤジ殺しだな」
赤目銀髪、折角の『マルグリット』という冒険者名よりも『銀髪のオヤジ殺し』という二つ名が定着する事になり、やはりモテ期は来ていなかったようである。残念。
衆目の集まる中、リ・アトリエ団はギルドの応接室へと移動していく。彼女とオリヴィ達は再び食堂へと移動する。
今日のこの後の予定は、オリヴィの昔馴染みを訪問し、彼女に紹介する事にある。
「今はゲイン修道会の修道院で生活しているの」
「ブリジッタ=メイヤー様です。メインツでも老舗の穀物関係の商会の御当主の一族です」
オリヴィが駆け出し冒険者であった頃に、ギルドで知り合った街娘であったという。冒険商人を目指すオリヴィと行商の旅に出る夢を持つブリジッタとは様々な場所へ赴いたという。
結婚を機に行商をやめたものの、メイヤー商会の娘として、当主の姉、伯母として広くメインツでは名の知れた存在だともいう。
「ゲイン会はそれぞれが独立したサークルのようなものなのだけど、貴族の女性も参加しているのよ。ビータに協力してもらえば、そこから顔が繋がる可能性があるわ」
「……ビータとは?」
「ごめんなさいね、ブリジッタの愛称。私はビータって呼ぶし、あの子はヴィーと呼ぶのよ」
「二人の時は私も『ヴィー』と呼びます」
「対抗しなくていいわよビル」
冒険者が仕事を受けている最中は当然、短い名で呼ぶだろう。もっとも、リリアルは声に出したり名前を呼んで指示をしなければならないことはほぼない。役割が明確で、手順も決まっているからである。
「今はお一人なのでしょうか?」
「現役じゃないから商会にはたまにしか顔を出さないみたいね。それに、代が変わったのに伯母が頻繁に顔を出すというのも甥に悪いからってね」
今は、昔から続けている薬草畑の世話や、後進の指導に当たっているのだという。勿論、それ以外の奉仕活動にも積極的なのだという。
「たまに、また一緒に行きましょうって言うのね。そうね、機会があればねって答えるわ」
見た目通りの年齢ではないオリヴィと、駆け出しの頃に出会ったであろうブリジッタでは共に旅する事も難しいだろう。でも、気分は未だに共に旅したいという事なのだと彼女は解釈した。
「あなた達に会うのを心待ちにしているでしょうね」
「年若い冒険者と商人ですからね。ブリジッタ嬢も喜ばれるでしょう」
ビルの言葉に「もう、嬢って歳ではないけどね」とオリヴィが呟いた。
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星三の昇格の確認に行った四人が戻ってきたのは一時間ほど後の事であった。
「随分と時間がかかったわね」
「先生の用意は賢明」
赤目銀髪こと『銀髪のオヤジ殺し』の意味するところは、ギルドマスターを初め、数人の関係者から根掘り葉掘り聞かれたのだという。
「私のマントとか、かなり興味津々でした」
「それは、魔導具だが貰い物だからわからないって答えて正解だよね」
「ああ。何らかの魔導具で真贋判定してたっぽいからな」
細かな精度ではないが、発言内容が嘘か否かを判断する魔導具がある。但し、完全な嘘以外は反応しないのだ。
「マントが貰いものなのは本当」
「工房からの支給品だからね」
例えばこんな感じだ。例えば、四人に対して「本当に王国の冒険者か」といった工作員を疑うような質問をしたのだが、彼らは王都で冒険者登録をしたうえで、リリアルの活動として討伐依頼を受けているのであるから、真贋では『真』と判定される。
「装備も色々聞かれたけど、今回新調した普通の装備だから問題なかったです」
「いつもの装備だと、身元バレしたかもしれねぇな」
魔銀製でなおかつカスタマイズされている装備は、作る事の出来る工房が決まっている。その中には、リリアルも含まれるが、武具系統のギルドでの作成状況を確認すれば消去法で「リリアル工房」とわかるだろう。魔銀製の装備で揃えている王国の冒険者など、リリアルしか存在しないからだ。
「帝国の冒険者ギルドは商人同盟ギルドの傘下だからしょうがないよね」
オリヴィの言っている事は帝国では常識だが、王国でのそれとは異なる。王国の冒険者ギルドは王都を中心とする王家に関わる領主が主導して作られた公的機関の一つである。
実際、薄黄以上の冒険者の中で一定の人間は、領主の騎士団や王都の騎士団の従騎士として採用され、王国の戦力となっていく。また、商会と護衛契約を取り交わし専属となるケースもある。
冒険者を育成し、総合的な国力強化につなげるための組織が、王国における冒険者ギルドなのだ。
帝国のそれは異なる。傭兵達の平時の仕事を供給するための組織であり、営利団体だ。それぞれの街で独立して存在する『冒険者を紹介する商会』を商人同盟ギルドに所属している街で連携させることで、相互乗り入れしていると考えれば良いだろう。
メインツの冒険者ギルドで受けた依頼を他の街で達成報告をすることはできないし、そこで報酬が支払われることもない。主な依頼は、街の周辺の雑用、街に所属する商会の護衛、街の周辺に現れる魔物の討伐依頼ということになる。
「困らないとは言え、似て非なる存在だと理解しておいて損はないわ」
「……承知しました」
オリヴィの話が終わり、四人は『リ・アトリエ』として登録したパーティーの登録証を彼女に見せ用事が済んだことを確認した後、ゲイン修道会に向かう事になるのである。
途中のお店で、差し入れの品を調達し、一行はゲイン修道会に足を向けた。街壁に近い住宅などが少ない地域、街の中にある別の空間とも言えるゲイン修道会はどことなくリリアルに似ている存在であった。
『やっぱ、リリアルって修道院ポイよな』
『魔剣』の呟きに、「おかしいわね、王妃様の離宮なのに何故」と思わないでもないのだが、生活しているサイクルが修道院そのものであるので仕方がない。
門衛に訪問の要件を伝え、入り口横にある待合に入る。リリアル生までは入りきれないので、入るのは彼女とオリヴィ達だけである。暫くすると、オリヴィと同年代と思われる修道女が現れる。
「こんにちは。ビータに会いに来たのよ」
「ご無沙汰しておりますラウス様。ブリジッタ様もお待ちでございます。ご案内いたしますわね」
彼女にも笑顔で会釈し、ついて来るようにと進んでいく。敷地内には礼拝堂以外にも様々な作業用の建物が並び、薬草畑も見て取れる。
「薬草畑だ! 流石修道院だな」
「リリアルと同じ」
「はっ、孤児院から修道院に引っ越ししていた?」
「教会の敷地から一歩も出れてませんよね私たち」
まだ王都を離れて数日だが、里心でも出ているのかもしれない。
宿坊と思わしき同じような扉の並ぶ一角。これも、リリアルの「寮」に似ている。
ある扉の前で案内の修道女が立ち止まり、扉をノックすると、中から声が聞こえる。
「失礼します」
中はさほど広くはない。簡素な机とベッドに収納の棚が一つ。修道服ではないが、濃い色のドレスを身に着けた白髪交じりの髪をした老女が座っている。
「久しぶりねヴィー」
「ええ、あなたも変わりないわねビータ」
「あらあら、私はすっかりおばあちゃんだわ。変わっていないのは貴方のほうでしょう。それで、お客様を紹介してもらえるかしら?」
大きな目尻の下がった優しそうな顔の女性が自己紹介をする。
「聞いているかもしれないけれど、ブリジッタ=メイヤーと申します。リリアル卿」
「ふふ、ブリジッタ様。初めてお目に掛かります。ルリリア商会の会頭の娘でアリサと申します」
「あら、失礼。アリサさん、私のことはビータとお呼びください。そこのヴィーとはもう長い事友達ですのよ」
ここではお持て成しもできないのでと言われ、彼女たちは談話室に移動することになった。
リ・アトリエメンバーが自己紹介をし、王国から来た冒険者であることに驚かれ、更に星三の冒険者として先ほどギルドで承認されたことを伝えると、目が零れ落ちそうになるほど驚かれた。
「若いのに皆さん優秀なのね」
「そうでもない」
「私だけ星二ですけどね」
「でも、精霊魔術使えるじゃない? 私はまだまだ無理そうだわ」
若い女性の快活な言葉に相槌を打ちながら、ビータも楽しげである。
「それで、私に何を頼みたいのかしら」
「帝国や神国軍に取引のある商会か軍に影響力のある貴族の方とお取引きしたいと考えております。このような商材です」
彼女は蒸留酒と香水のサンプルをビータへと渡す。先ずは、彼女への手土産として。その中身を確認し、これはいい商品ねと言いつつ、右手の人差し指をピンと上げておもむろに答えた。
「メイヤー商会の会頭に合わせましょう。アポを取るので、同じものをもう一組預からせてもらえるかしら?」
メイヤー商会は、古くは酒保商人を務めた軍との関係の深い商会。当然、軍の糧秣関係に顔が繋がるというのであった。