作品タイトル不明
第999話 彼女はオラン公をネデルに送り届ける
第999話 彼女はオラン公をネデルに送り届ける
学院預であった連合王国の孤児院生七人と、オラン公女マリア。そろそろ、故郷へと戻ることになる。あと、薬師のアンネ。
「ご無沙汰しておりますお父様」
「マリアも健勝でなによりだ。それに、随分と大人びたな」
王都の公爵邸には、オラン公主従が訪れていた。
王国内で雌伏の時を過ごしたオラン公だが、神国の英雄王子がネデル総督に新任されるとの情報を受け、ネデルに戻り対抗することを考えているという。ネデルの商船を雇い、自分たちの勢力であるネデル北部に帰参しようと考えているのだが、その情報を当然、神国のネデル総督府も察知している可能性が高い。
つまり、のこのこ帰ろうと船に乗り込んだところ、そのまま総督府へと運ばれかねない危険性があるのだ。誰が味方で、誰が敵かもはっきりしないのだから、危惧するのは当然のこと。
「リリアル卿には、随分と娘が世話になったようだな。感謝する」
「いいえ。公女殿下にご滞在いただき、私どもも、大変勉強になりました」
どこかの大公妃となったなんちゃって公女ではない。領地や血筋からすればなんちゃっての方が格上なのだが……中身は公女マリアの方が公女らしい教育を受け、本人も公女の自覚を持っている。オラン公が神国総督府とやり合う上で、公女マリアは政略の駒として重要な立場有することになるのだから当然だと言える。
連合王国の原神子信徒の大貴族、あるいは帝国の大貴族に嫁ぎ、ネデルの原神子信徒の後ろ盾になってもらわねばならない。吸血鬼にそそのかされている大貴族もいないではないので、その辺りの調査は、灰色乙女にでも依頼するのだろうが。
彼女は王太子から依頼を受けている。オラン公一行を、ネデルの原神子信徒勢力圏の都市まで、魔導船で送り届けること―――である。これは、「海軍総督代理」の役目ではなく、冒険者ギルド経由での指名依頼。
王国海軍がオラン公を運ぶのは問題だが、王国の冒険者ギルドを通し薄紫等級の冒険者「アリー」に護衛兼搬送依頼をするのは問題とはならない。ならないって決めた!!
というわけで、ないしょで王都迎賓館に滞在中のオラン公一行を、いつ、どこへ送るかの打ち合わせの最中なのである。
『聖ブレリア号』は、現在、オーバーホール中。サラセン遠征で酷使した為、ニースにそのまま修理を進めており、手元にはない。加えて、見た目が軍船然としている。喫水も深く、内水での運用も難しくもある。
「これが、魔導船か」
「簡易仕様ですが。魔導外輪を通常の商船に追加しただけですので」
『聖フローチェ』号なら、ネデル近海で運航していても目立たない。元はホイデ船―――ネデルやランドル、あるいは連合王国の近海で使用される多用途船であるからだ。その代わり、最大速度は10ノットと2/3しか出ない。元が試作魔導船の魔導外輪を転用しているので、力不足なことは否めない。反面、魔力の消費量は少なくて済む。
「本当に、わたくしが操船しても問題ありませんの?」
「公女殿下の魔力量でも、数時間なら問題なく稼働できると思います。リリアル滞在期間中、随分と魔力量を増やされておりますので」
公女マリアも、外洋に出たならば少し魔導船を操船させるつもりだ。一つの思い出作り。とはいえ、なれない川下りはリリアル川で操船する。中洲や浅瀬も少なくない。キホン、大きな流れに乗ればよいのだが、それでも岸に乗り上げるようなことは避けたい。
「ネデルにもこのような船があれば良いのだが」
オラン公が呟くと、背後の側近たちも同意するように頷く。しかしながら、海都国以上に神国と直接対立する「原神子信徒」の勢力に、王国が魔導船を売却するなど考えられない。
加えて、「御神子教徒」に多い魔力持ちが「原神子信徒」にはほとんど見られない。公女マリアは、そこまで厳格な原神子信徒ではなかったことに加え、古い貴族の家柄であることも相まって、素地がよかったこともありリリアルで魔力を高めることができた。
「聖典の文字を信仰する者には、魔力を高めることができません。魔力持ちをかなりの数揃える必要であり、加えて言うならば王国も魔導船を他国に売ることは許可しないでしょう」
「魔導騎士と同じ扱いか」
「その通りです」
魔導船も魔導騎士も、魔力持ちが運用することが前提。どうやら、教皇庁の教えに忠実である聖騎士たちよりも、見えないものを信仰する、異教寄りの考えを持つ者の方が魔力を高めやすいことが王国では知られている。
神国、法国のような教皇庁の影響力が強い国、山国・連合王国・ネデル沿岸部などの原神子信徒の多い国と地域に魔力持ちが少なく、王国・帝国・ネデル南部の御神子教徒ながら、その地の精霊や古くから存在する「神」の如き存在を御神子教の「守護聖人」「聖霊」「天使」の化身として受け入れている地域に魔力持ちは多いということからも裏付けられているとか。
『踊る草を魔物ではなく精霊として受け入れられねぇと無理なんだろうな』
『魔剣』の物差しはその辺りにあるようだ。竜と共生できるレベルでなければ魔力持ちは育まれないといったところだろうか。
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「アンネは、ネデルに戻らないことにしたのですわね」
「うん。おばあちゃんの師匠さんがド・レミ村ってところで錬金術師を続けているってリリアルで聞いたから。それに……」
オラン公が向かうネデル北部・沿岸部では薬師が素材を採取できるような森が存在しない。沼沢地や水路の中に街や村があるような環境では、森で採取できる薬草や鉱物は手に入らないからだ。
「レーヌ公国も王国の一部? 公女様が王太子妃になられて、王国がレーヌ公国の後ろ盾になったから、王国から向かう方がいいかなって。それに……」
彼女は得夫の錬金術師とは知り合いであり、『魔王』討伐を引き受けた依頼先でもある。孫弟子を預けることくらい可能ではないかと考え、先日、手紙を送っており、「いつでもおいで」と出発間際に返事を受け取っていた。
ネデルに向かうことが決まっていたアンネは、少し考えるといい同行していたが、ド・レミ村に向かうことを決めたのだ。
「寂しくなりますわ」
「はは、それは同じ気持ち。でも、リリアルにいた時みたいにはいかないよ。公女と薬師だもの」
「……」
公女マリアにとってアンネは掛け外のない友人であった。身分を気にせずすんだリリアル滞在中とこれからは異なる。公女には公女の立場と役割があり、その傍に、半人前の平民薬師が侍るわけにはいかない。
「でも、いつまでもマリアとは友達だよ」
「はい……わたくしもそう思っておりますわ」
薬師ギルド経由でなら、「依頼」としてアンネにマリアは連絡をすることができる。高名な錬金術師の孫弟子であるから、その程度のことはおかしくない。とはいえ、これまでのように顔を合わせ、気軽に友人として振舞うことは難しいだろう。それが二人には寂しいのだ。
『身分差ってのはどうもならねぇもんだな』
「それは仕方がないわ。それでも、出会った意味はあったわ」
貴族の世界しか知らない公女が、同世代の平民薬師と会い、ともに土いじりをし、薬草を育て笑いあった記憶。これから、貴族として、爵位持ちの夫人として領民や平民商人と触れ合うとき、マリアはアンネを想い、接することだろう。貴族らしくないと後ろ指をさされるかもしれないが、少なくとも神の前での平等を語る、原神子信徒にとっては魅力ある貴婦人と写ることだろう。本人の気持ちとは別にして……だ。
そんな会話をしつつ、公女と薬師は交代交代に操舵輪を握り、ネデルに向け海の上を進んでいく。
王都からルーンへ半日。そこで一泊し、翌日朝から一日かけて北ネデルの大都市『レイデ』に到着する。『レイデ』は先日、ネデル総督府に反旗を翻し、原神子信徒側の勢力に加わったばかりだという。
「神国本土はサラセン戦勝で湧き上がっているが、ネデルは戦費調達の増税でさらに反神国感情が高まっている」
サラセンに対する勝利が、必ずしも統治にプラスとならないのはサラセンの脅威を直接感じることのないネデルでは当然のことだろう。そこに、サラセン戦勝の立役者である王子・ジェロニモが新総督として赴任するのであれば、総督府側は武力鎮圧を強く志向することだろう。
「王国の支援は期待できないが……」
「王国内の原神子信徒からの支援が得られるのですね」
「その為の王国行脚だ。でないと、連合王国だけでは神国の攻勢を支えられんよ」
連合王国は借金の利払いの対価に、出兵をするだろうが、どこまで本気で神国と戦うかは不明でもある。その矛先が、自分たちの国に向けられる可能性もないではない。
加えて、貧乏な連合王国の軍は前時代的な装備でしかない。つまり、銃器を装備していない、槍と鎧を装備した昔ながらの遠征軍となり、ネデル総督府の指揮下にある神国軍・帝国傭兵と渡り合うのは相当苦戦するだろう。地の利があれば、機動戦も挑めるであろうが、そうもいかない。
「都市の防備を強化して、なるべく消耗させてやるだけだ。ネデルの海は我々の海だからな」
神国の海運の多くを連合王国やネデルの船が担っているのは周知の事実。沿岸沿いの都市の多くは原神子信徒側の同盟として加わっており、海上からの封鎖は事実上不可能であり、交易や補給も問題なく行える可能性が高い。陸側を包囲しても、海上輸送でどうとでもなるのだ。
ジェロニモ総督の登場で一時的に士気を高めることは出来るだろうが、海と水路を生かした交易都市の攻囲が容易になることはない。時間はオラン公にとって味方となることだろう。
とはいえ、オラン公にとってもが同胞の原神子都市同盟(仮)にとっても、神国領ネデル総督府とその軍は容易な相手ではない。戦争慣れした神国軍からすれば、諸都市の自衛組織あいての攻囲戦など容易なこと。サラセン相手に海軍に力を入れていた分の戦費に余裕ができることを考えれば、これからが正念場であり、その点からも急ぎ帰国するということなのだろう。
王国との関係は中立的であり、それは神国領ネデルに対しても同様なのだが、王太子とオラン公の間では話がついているのだとか。
「王国軍は援軍に送り込むことは出来ないが、ランドルでの軍事演習を増やし、王弟殿下と王太子殿下で継続的に実施すると約束してくれた。神国軍も完全に我々だけに戦力を咲くことができなくなる。それで十分だよ」
演習という名の常備軍と動員されたランドルの領軍の演習が為されれば、全く神国軍を国境線に配置していなければ、隣接するコルト辺りは王国軍に侵入され領有されかねないと総督府は考える。戦争を行わずとも、その前段階だと認識させれば、援軍を派遣したのと同じ効果が得られる。
王太子も王弟殿下もそれぞれが国内における威勢を高めることもでき、オラン公に対する面子も立つ。加えて、神国相手には「演習です。思い過ごしですよ」と抗議を交わすことができる。実際演習なのだ。文句を言われる筋合いはない。実に王太子殿下らしい一手であった。
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聖フローチェ号は『レイデ』にひっそりと、あくまで自己評価の上でひっそりと入港したのだが、サラセン海賊相手に王国の『魔導船』が活躍したという話は各地の港町で口の端に上っており、当然、『レイデ』の船乗りたちも耳にしている。故に、聖フローチェ号の周りには多くの船乗りたちが集まり、目立っていた。ホイス船に魔導外輪をポン付けした簡易魔導船なので、なおさら目立つのだろう。
オラン公には入港ののち、再度「魔導船」の提供を懇願されたのだが、
同じように断ったのだが……
「冒険者として依頼していただければ、魔導船を用いることも可能かもしれません」
と彼女は敢えて答えている。オラン公とは冒険者としての依頼を受けた関係でもあり、神国とネデル総督府には未だ貴種の吸血鬼が影響を与えていることも考えられる。王国を守る為に必要と判断すれば、冒険者としてオラン公に助成することも吝かではない。そういう判断だ。
オラン公一行は小船に乗り換え下船している。熱心に手を振るのは薬師のアンネ。小船からは公女マリアが応じる様に大きく手を振り返す。
「アンネ、また会いましょう」
「もちろんだよ!! ギルドに手紙を出してね!!」
ネデルにもレーヌにも薬師ギルドは存在する。アンネ宛に指名依頼を出せば、あるいは手紙を出すことで離れていても連絡を取ることはできる。何なら、ド・レミ村から川を下れば数日で『レイデ』に向かうこともアンネにはできなくはない。
今生の別れ……ではないのだが、公女と平民の薬師ではそうそう会うことは出来ない。マリアも何年かすれば貴族の子女としてオラン公が必要とする縁を持つ貴族の元へ嫁ぐことになる。
リリアルで共に過ごしていたような気やすい友人ではいられない。次に会うときには貴族の夫人と平民の薬師となっていることだろう。だから、今の関係を惜しんで、これまでの思い出をを慈しんで手を振る。
「もう、レイデがあんなちっちゃくなりました」
「そうね。あっという間ね」
船尾に立ち、小さくなる港町を見続けるアンネと、その言葉を背中越しに聞きながら操舵輪を握る彼女。なんだかんだ言っても、彼女は出会いと別れを経験する機会がそれほどない。特に近しい人とは。故に、アンネの気持ちを理解はできるが、共感することができない。
「アンネ、あなたも学院を出てド・レミ村で錬金術師になる勉強をするのでしょう?」
「……はい。リリアル学院の皆さんとも、もうすぐお別れ……です」
彼女や一期生との接点は少なかったものの、薬草園や兎の養殖でアンネと二期生・三期生は共に働き、仲良くなっていた。そういう意味で、祖母を無くし天涯孤独となったアンネにとってリリアルは居心地の良い場所と感じられていたのだろう。
錬金術師見習としてこれから学ぶ未来への期待と、新しい場所に一人赴く不安。ともに、アンネの心にある。
「いつでも遊びに来ればいい」
「そうです!! レーヌも王国みたいなものですし!!。近いですよ!!」
マリアと別れ、リリアルを出ることを想い黄昏ているアンネを元気づけるようにリリアル生から声がかかる。王太子妃の実家であるレーヌは、その子や孫の代には王家の姫や王子が配偶者として公家に入り、王家の一族としての『レーヌ大公家』となっていくのだろう。もう王国の一部と言っても良い。
「そうですね……腕を上げて、王都でお仕事できるように頑張ります!!」
ド・レミ村は良いところだが、あの得夫の師匠がいるのだから、腕を上げたら都会に出るべきなのは当然なのである。
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最終話は5/23土曜日の投稿となります。
翌日には完結記念の短編(番外編)を投稿予定です。