軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第982話 彼女は真紅の旗艦を救う

第982話 彼女は真紅の旗艦を救う

『七割方、サラセンに押し込まれてんなぁ』

船尾楼周辺に海都兵は纏まっており、船首楼から中央の甲板付近は既にサラセン兵で埋め尽くされている。カトリナ主従に赤毛娘が加わり、包囲を若干押し返しているようだが、蟻のように群がるサラセン兵に対して焼け石に水。

彼女は船首楼上部とその周辺にいるサラセン兵に向け、雷を纏った魔力の刃を放つ。

「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『雷燕』乱舞……『 雷刃(Tonitrus) 剣(gladius) 』」

いつもよりも一層多くの魔力を込めた雷の刃が、船首楼上部でこちらを発見し、弓や銃で狙おうとしているサラセン兵へと降り注ぐ。バルディッシュは『魔剣』が姿を変えたそれであり、総魔銀故に、魔力を多く籠めることが可能となっているためだ。

『ぐぎゃあ!!』

『ぐはっ!』

巨大な力で打ちのめされたかのように、体を硬直させたのち、糸の斬れた操り人形のように崩れ落ちる十数のサラセン兵。

「もう少し削ってほしいわね」

「了解よ」

中空に立つ彼女の横に並んだ伯姪から追加の注文。確かに、リリアル勢が降り立つには少々手狭な範囲でしかサラセン兵を打倒せていないかもしれない。

「いや、十分でしょ?」

「中央甲板のサラセン兵を片付けてください!!」

二人の横を青髪ペアが駆け抜けていき、崩れ落ちたサラセン兵に止めを与えながら海へと放り込んでいく。ベク・ド・コルバンやザグナルの鎌刃に引掛けては海へと投げ込んでいるのである。ひでぇ。

「なら、それでいきましょう」

「ええ」

視線をを中央甲板に移すと、既に、乗り込んでいる魔力持ち三期生の二人がサラセン兵の背後からトストスと短剣を突いてはすり抜けていくのが見てとれる。

『ちびっ子避けてどうにかできるか?』

「視線をこちらに向けさせる方がいいわね」

彼女は『囮』になることを選択した。

「風の精霊シルフよ我が働きかけの応え、我の剣となり敵を斬り裂け……『 風(ventus) 刃(lamina) !!!』」

帝国の灰色乙女に教わったことのある風の魔術。加護も祝福もない彼女が放つのは、魔力ごり押しの一撃。

頭一つ低い三期生たちに当たらないように、首から上を狙った風の刃が甲板上のサラセン兵に幾度となく襲い掛かる。もっててよかった無駄魔力。

『ぎゃ!!』

『いってえぇぇぇ!!』

血しぶきを上げながら絶叫するサラセン兵。だが、それだけでは終わらない。甲板にずるずると何かが乗り込んでくる。

『な、足に!!』

『ひゅ』

DOBONN!!

DOBONN!!

手足、あるいは首に巻きついた海藻が、傷ついたサラセン兵を海へと引き摺り込んでいく。これで甲板上も少しはすっきりする。

「よっ!」

「さぁ!!」

甲板に乗り込んできた小柄な影がさらに二つ。魔力なし三期生年長組が水魔馬から海藻で釣り上げられて甲板へと降り立ったのである。パニックに陥っているサラセン兵にそっと近づき、一撃を入れ離脱していく。

「先生。このままサラセン兵を掃討すればよろしいでしょうか」

灰目藍髪が彼女にそう声をかけるが、彼女は別の任務を与えた。

「接舷しているサラセン軍船をマリーヌに引きはがしてもらえるかしら」

三期生四人と、茶目栗毛、伯姪が甲板上で船尾楼を包囲しようとしているサラセン兵を背後から襲撃し、接舷しているサラセン軍船から移乗しようとするサラセン兵を藍髪ペアが押しとどめている。

五隻ものサラセン軍船に接舷され、身動きが取れていないのだからどうしようもないのだ。

「先生はどうされるのでしょうか」

「サラセン軍船に乗り込んで、船首ごと斬りおとします」

「……承知しました」

船首を斬りおとせば、小型のガレー船などどうということはない……はず!!

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

「それ」

ZUDANN!!

BOMUNN……

『『『な、なんだ、なんあんだよぉ』』』

魔力マシマシの魔刃でサラセン軍船の船首を斬りおとしていく。船首からの浸水。やがて喫水が下がり甲板が海水に浸されていく。

『いいのかよ、漕ぎ手も溺れんだろ……』

「少しの我慢よ。このままなら遅かれ早かれ使いつぶされて死ぬのだから」

サラセン人が御神子教徒の漕ぎ手に配慮などするわけがない。牢獄替わりに船に鎖でつながれ、寝るのも食事も排泄もその場でしなければならない。つまり、人間として生かされているとは思えない扱い。その上で、早ければ数日、長くとも二年ほどで力尽きて死を迎える。

海賊はまた襲撃し、捕らえ、奴隷を補充するだけなのだから。生かしておく重要性がない。直ちに死ぬわけではないのだから、海にしばらく浸かっておいて問題はない。

カトリナ主従と蒼髪ペア、水魔馬&三期生の支援で、サラセン兵は海都旗艦の甲板からは相当減らせているようだ。

「アリーずるいぞ!!」

「何を言っているのですかカトリナ様。今は目の前の敵に集中してください」

「いや、だが、しかし……私にも出来るのだ!!」

カミラに諫められる大公妃殿下。どうやら、魔刃で船首を切断する彼女の姿に『自分もできる。やりたい!!』と「わたしも族」が発症したようだ。魔導船の衝角も欲しがっていたし、どうやら王国を離れて王家や実家の公爵家の制約がなくなりかなりはっちゃけているようだと思われる。

「あれは、報告した方が良さそうね」

「ええ。ニース辺境伯家からも知らせてもらえると助かるわ」

どうやら彼女は今回の義勇軍活動報告を王太子にする際に、カトリナのはっちゃけ具合を報告するとともに、ニース辺境伯家からギュイエ公爵家に「お宅の娘さん、サボアではっちゃけてますよ」と申し送りするよう手配を伯姪にお願いするようだ。

今回は『聖王同盟』の元、サボアも戦力を供出する必要があり、カトリナも名目上サボア大公の名代として参陣しているので大目に見られているが、『我、聖騎士団総長ぞ』とばかりに、あちこちで歩かれても困る。

なので、王家と実家から太い釘を刺してもらおうと思うのだ。

「さっさと帰って、リリアル領の開発を進めたいのよね」

「カトリナ案件で呼び出されるのは落ち着かないものね」

彼女が船首を斬り飛ばす溜めを作る際に周囲からの攻撃を警戒するべく背後を固める伯姪と二人でそんな確認を行う。

王都近郊の『辺境』で羅馬を育て、兎牧場やリンゴのシードルづくりでスローライフするのだ!! 遠征はこれで最後にする所存。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

甲板まで海水が浸水したサラセン軍船を水魔馬の海藻縄で牽引させ海都旗艦の周囲から引きはがしていく。既にサラセン軍船上の兵士たちは無力化されるか討伐されており、水に浸かった漕ぎ手以外は残っていない。

「助かったぞ」

「助けてあげたよバス爺!!」

「おお、飴ちゃんあげようかの」

バス爺の無事を確認しに来た赤毛娘に答えるが、しれっと赤目銀髪に否定される。

「お礼は金貨」

「……む、それはそうか」

飴ちゃんですまされるレベルではない。

旗艦こそ敵に囲まれ押し込まれていたものの、他の海都軍船は動きの鈍いサラセン軍船を北岸へと追い込むことに成功しつつある。北岸は暗礁や岩場が多く、あるいは水深の浅い場所があちらこちらにあり、喫水の浅いガレー船とはいえ自由に動くことは出来ない海域となっている。

大海賊の司令官が本来指揮を務めるはずであったのだが、『クルナ=アリ』が直前で捕縛され、その下の船団が数を纏めて配置されていただけなため、統一した指揮が欠落していた。

わかりやすく旗艦を制圧し乾坤一擲とばかりに殺到したのだが、成功目前で魔導船団に邪魔をされてしまった。

旗艦を襲撃した戦力が切り札であったようであり、その後は散発的な抵抗を進めているものの、海都国艦隊正面のサラセン海軍は徐々に抵抗を弱め、一部は降伏の態度を示し始めていた。

「終わりましたか」

「……いや、中央の艦隊が南と東から挟撃されておるじゃろ」

みれば、大型船同士がガッチリ絡み合い、船上では陸戦のような押し合いが行われているようだ。総旗艦であるジロラモの座乗する巨大ガレー船には中隊規模の神国兵が完全武装で乗り込んでいる。海にさえ落ちなければ如何様にも戦えることだろう。火力も充実しているし、彼女たちが手を出すまでもない。

「南側側面からの船団はこちらに向かう前にいくらか削ってきたわ」

「そうか。なら、あ奴らだけでなんとかするか」

海都軍船の一部と神国・ゼノビア海軍の主だった戦力がジロラモを取り囲むサラセン軍船をさらに包囲し背後から攻撃しているのだ。ここから魔導船が助けに入る余地もないし、助ける義理もない。

バス爺を助けた理由は……海都国と王国の関係が先々強くなることを前提として恩義を貸し付けたまでである。情もないではないが打算でもある。

神国と王国は敵対関係であり、海都国と神国も利害対立がある。敵の敵は味方になりえる。今まで以上に強い関係を持つ利がある。そうすれば、彼女に何か王家や王国が余計なことを押し付けてくることとも減るだろう。目的はスローライフ。その為に、貸しを作っておくに越したことはない。

「魔導船は便利なものだな」

「魔力持ちが相応に必要になりますから。船だけあっても魔術師がいなければ宝の持ち腐れになるだけですが」

「そうさな……海都は魔力持ちも魔術師も少ない……いや、大切にしてこなかったからな。これから探し出し育てる必要があるか」

海都国では魔力持ちは少なく、持っていても生かす場所が魔導具工房のような場所に限られている。能力のある者は、帝国や外地に活動の場を求めて出ていくのだとか。

「そういえば、アリーは学院長でもあるのだな」

「……王都の孤児院の一部です。教会と王家の庇護下です」

「むぅ。どこかに魔術師を養成するようなよい施設があればよいのだがな」

『賢者学院』!!はちょっと違う。国内勢力の代理派閥が争っているところに海都国の人間が入り込むのも難しいだろう。

サボアやニースの聖エゼルなら、魔導船の扱いも学べるだろうが、サボアは女子修道騎士団であるから難しい。ニースならあるいはとは思う。

バス爺も思い至ったようで、独り言のように「ギデオンに捻じ込むか」

などと不穏なことを口ずさんでいた。頑張れジジマッチョ!!

左翼・海都国艦隊の受け持つ正面では凡そ趨勢が定まっていた。サラセン兵を掃討し、漕ぎ手奴隷の解放までには至らないが、手傷を追った海都兵の手当や死体の片づけも始まっている。

リリアルから予備のポーションをバス爺に提供し、追加で『貸し』を増やしておくことも忘れていない。

「中央はいまだ戦闘中のようだが、一旦はここまでだな」

「逃げ出すサラセン軍船の追撃は……」

「無用じゃろ。負け戦を泥酔帝に伝える者も必要だからな」

総旗艦に群がるサラセン軍船を、後備と右翼艦隊が半包囲しつつ背後から削っている状況なのだ。つまり、袋の鼠同然。一部が逃れられたとはいえ大半は船首を切断され放置されている以外の、小型軍船が運よく脱出できたに過ぎない。大型ガレー船は主戦力として先頭の中核を担い、破壊されるか制圧され乗船している兵士や指揮官ともども捕らわれるか打倒されている。あるいはそうなりつつある。

「明日は後片付けになるか」

「義勇軍はこのまま戻ろうかと思います」

「そうだな。海都軍船は我らの港に戻るであろうし、神国やゼノビアも同様だ。ニースに戻るのか」

バス爺と彼女の会話に横から入り込む赤毛の妃殿下参上。

「ふむ、ニースか。初めて訪れるな。今後は、魔導船のことで何かと世話になるであろうし、総長として挨拶せねばなるまい」

「そういっておられますが、まだ帰りたくないだけですわね妃殿下」

「……率直に言えばそうともいう」

「「「……」」」

魔導船の整備も考えれば、ニースに立ち寄ってからトレノに戻ることも吝かではない。とはいえ、帰りはニースからトレノまで馬車で送り届けることになるだろう。船の整備は数日で終わるとも思えない。何日も滞在されては堪らない。

「そういえば、あなたの甥か姪も生まれている頃ね」

「そうか。目出たいな。私も兄の子はとてもかわいく思っていた。本当に小さいうちだがな」

王都で近衛騎士をしている間、甥っ子姪っ子には「おばさまはいつごけっこんされるのですか」「お爺様やお父様がしんぱされてます」と顔を合わせる都度口にされていたらしい。どうやら、父兄が口にするをの耳にして、大人の真似よろしく聞いていたようだ。

姉の子がお話しできるようになる前に、なるはやで婚約なり結婚なりしなければならないと彼女は心に刻むのであった。