作品タイトル不明
第980話 彼女は『ギブリ』を無力化する
第980話 彼女は『ギブリ』を無力化する
彼女の頭巾から顔をひょっこりと出したピクシーの『リリ』。その提案は、水魔馬の力を使って、『船尾楼』を封鎖してしまえばよいというものであった。
「できるのかしら」
『かいそう、この辺の海いーっぱいだから、できるよー』
水魔馬の魔術の中に、水草を用いて水中に人や動物を引きずり込むというものがある。幸い、この浅い湾には沢山の海の水草=海藻が海底に生えている。それで船なり、船尾楼を封鎖あるいは固定してしまえばよいということなのだ。
幸い、『聖ブレリア号』に水魔馬の主である灰目藍髪が乗っており、目と鼻の先で、サラセンの小型ガレー船を攻撃しているのが見て取れる。
「……あれは、多分、動けなくしているんじゃない?」
「海藻が、櫂に巻き付いている」
「「「怖ぁ」」」
船首や漕ぎ手が動かそうとする『櫂』に数多の海藻が巻き付いており、さながら海面に縛り付けられているように見て取れる。海藻縛りプレイである。
魔装銃手が魔導外輪を盾に射撃を行い、『導線』を用いた一発必中の攻撃で主だった甲板上の海賊を打倒し無力化しているのが見て取れる。小型ガレー船は遮蔽物も少なく、操舵手の周辺が小屋のように囲われている程度で、
身を隠す場所も限られている。
船を寄せて白兵戦を仕掛けたくても、海藻に縛られ身動きがとれず、遠くからバシバシと魔装銃で打倒されていくだけの『的』になり果てているのが随伴船の今のありさまである。
『じゃあ、よんでくるねー』
『聖ブレリア号』に向かい飛び立つピクシー。すぐそばだから声も軽やか。
「お待たせしました」
「いいえ。それで、相談があるのだけれど」
彼女は灰目藍髪に水魔馬の魔術でこの大型ガレー船を固定し、尚且つ、船尾楼を中から開けられないように海藻で固定できるかどうかを問うた。灰目藍髪は水魔馬に話しかけると、同意するように水魔馬は嘶いた。
「問題ないようです」
「そう。それなら、早速お願いするわ」
水魔馬が海面へと降り立ち、やがて海の底からわさわさと海藻が伸びてきてガレー船の船縁へと絡みついていく。
『おい』
「ええ、解っているわ」
彼女はリリアル生に声をかけ、鎖で固定されている漕ぎ手奴隷たちを自由にするように命じた。このままでは、漕ぎ手の台座ごと海藻で縛り上げられかねないと思ったからである。ついでに言えば、解放した後のことは海戦終了後にでも正規の海軍が対応すればよい。なので、解放した後は他人に丸投げする所存。
「うわぁ」
「蔦が巻き付いているみたいだぜ」
船尾楼に巻き付いた海藻はギリとばかりに締め上げる。バキバキと不穏な音が聞こえ、中から喚き声が聞こえてくるが知ったことではない。
「これって、斬られたりすると無力化されないのかしら」
魔力を纏った剣の刃で伯姪が締め上げる海藻に斬り付けると、それなりにスパっと切れてしまった。
「魔銀の剣で斬れば斬れて当然」
赤目銀髪が「やれやれ」とばかりに首を振る。自身も剣を振るうが、赤目銀髪の斬り付けた部分は傷すらつかなかった。
「魔力を纏える剣で斬らなければ問題ない」
「そもそも、この扉、開きませんので問題ないと思われます」
そこに灰目藍髪が言葉を加える。船尾楼の扉は外に向かって開ける仕様になっており、外側から固定されてしまえば開けることはできない。これは、外からの風雨を防ぐために内側に向けて開かない木戸にしたことで不可能にしているのだ。本来外に向けて開ける窓はそのまま開くことができない。
これは、出入り口の扉も同様。
これで一先ず問題ないだろうと彼女は判断した。
解放した漕ぎ手奴隷に手持ちのポーションや傷薬あるいは水と保存食を渡し、戦闘終了まで大人しく待機するように言い含める。中には勇ましいことをいい、自身も戦いたいという者もいるので、ここでサラセン兵が外に出てこないように警戒してもらいたいと、船尾楼の『ギブリ』達の監視を頼むことにする。幸い、武器はサラセン兵・海賊の取り落とした片刃曲剣がそれなりに揃っているので、それを与えることにする。
既に水魔馬と灰目藍髪のペアは、いまだ周囲にいて自由に行動しているフスタ船の動きを止める為に『聖ブレリア号』へと戻っている。
「これで私たちの戦いは……」
「まだ始まったばかりだ」
「そこは、道半ばくらいじゃない?」
赤目銀髪の決め顔の横で、赤目蒼髪がさらなる決め顔でダメ出しをする。
「このまま、中央艦隊の応援に向かいますか」
茶目栗毛の確認に彼女は首を横に振る。
「いいえ。空いた南側を迂回して左翼艦隊に敵対する北岸のサラセン艦隊を後方から攻撃しようと思うの」
「逃げ出す軍船もいるかもしれねぇし、雑魚狩りは得意だもんな俺たち」
「雑魚キラー船団」
魔導船の衝角攻撃で大打撃を与えられるのは同格以下の小型ガレー船。雑魚狩りは得意なのは否定できない。
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ジロラモ他、聖征艦隊の旗艦が集約されている中央に正面と南側からサラセン艦隊が襲い掛かり、そこに後備艦隊と右翼艦隊の一部が救援に駆けつけ……接舷からの白兵戦があちらこちらの船上で行われている。
「あそこに横槍を入れるのは無理よね」
「ええ。私たちは義勇軍ですもの。主役同士の戦いには関われないわ」
伯姪と彼女はそういいつつ、四隻の魔導船団を右翼艦隊の空いた正面に侵入させ、左翼・海都艦隊に襲い掛かる統率の取れていないサラセン艦隊の側面後方から回り込んで攻撃しようと考えている。
『ま、海都国の奴ら、死ぬ気だしな』
「ええ。死んで花実がというやつね。生き残ってもらっつて、王国とサボアの為に働いてもらいたいもの」
商人の国である海都国には、支援とそれに対する対価を要求するのは当然のこと。その方が相手も納得も安心もする。
自国の権益を守る為、老いた海都人を中心にサラセン海賊を道ずれに死に花を咲かせようと息巻いていたことをジジマッチョ経由で彼女も聞いている。老いて陸の上で死ぬより、海の上の戦いで死ぬことを選んだということもある。それに、キュプロスの首都で虐殺された同胞の敵を討ちたいという熱意もそこに加わって、計算高い海都国人としては珍しいほど狂乱していると言ってよいだろう。
『似合わねぇんだよ』
戦いに生きる騎士が命を惜しまず名を惜しんで命を懸けるのは当然だが、海都にそれは似合わない。いや、そこまで追い詰められている『国難』と思い、身を賭して戦っていると思うほかない。
「セバス、大回りで目立たないように接近します」
「……承知しました、お嬢様……かぁー 俺今日死ぬのか……でございます」
死ぬ死ぬ言っている奴は大抵死なない。
再びY字の隊形を取り、東進のち北上する。
既に戦闘が始まり二時間ほど。大型の海都船に複数のサラセン軍船が群がり数を頼みに押しているが、そこにさらに別の海都船がサラセン軍船を圧し挟むように接舷し、サラセン軍船が大破する。挟んだ海都船も無事では済まないが、弓銃や大砲、マスケット銃での援護よりも、体当たりの方がよほど効果がある。
「バス爺ピンチ」
赤く塗られた左翼艦隊の司令官の乗る海都軍船。最も大きく、最も目立つ位置にいる船に、多数のサラセン軍船が群がるのは当然のこと。随伴する僚船がいるものの、その船にもサラセン軍船が群がっており、船の操作や軍船の質では劣るサラセンが「戦いは数だよ」とばかりに接舷して乗り込んでいるのである。
『吶喊!!』
「「「おおぉぉぉ!!」」」
赤毛娘の絶叫と、それに同調するような喊声が上がる。
「あの赤い船に群がる船にぶつかる気ね」
「壊れませんように」
『聖ブレリア号』の突進に呼応するように、聖エゼル海軍魔導船も同時に突き進んでいく。赤目銀髪が平坦な声で願いを口にする。
「やらねぇぞ、ぜったいやらねぇからな!!」
振りじゃないからな!! 後付けの魔導外輪じゃ船体壊れるから!!
カトリナ、絶対やるなよ!!
「アリーよ、儂らも続くぞ」
「やらねぇぞ、ぜったいやらねぇからな!!」
ジジマッチョの言葉に、歩人が絶叫で返す。お前に入っていないが、気持ちは理解できる。
「ですが」
「何、お前が魔力壁で衝角を作ればよいではないか」
「「「よいではないか、よいではないか」」」
反論する彼女に「衝角がないなら、魔力壁を作ればいいじゃない」と返され、それに周りが同調する。よくなくなくない?
「やるなら、端から転覆させていきましょう。セバス、あの一番後方で隙を伺っているサラセン軍船に船首を向けなさい」
「かぁー、まじかぁー、でございます。承知しました、お嬢様」
何もかも諦めた目となった歩人。おじさんの戦いはまだ始まったばかりだ!!
ガレー船の接舷攻撃。船体から突き出した『櫂』同士が噛み合い、絡み合い身動きができなくなる状況。足を止めて正面からの『殺し合い』。甲板上は凄絶なものとなる。
が、帆船のように櫂がなく、ガレー船のように、否、ガレー船以上に機敏に、疲れることなく移動する魔導船は、この混戦状態においても異質な存在であった。
「もう、疲れたよ……ガルギエムゥ」
「疲れたは嘘吐きの言葉」
「「「それは無理!!」」」
疲れまで全否定される歩人おじさん。おじさんは直ぐ疲れるんだよ、ほんとだよ!!夜だって八時間しか寝られないし、トイレにも起きちゃんだぞ!!
『魔導外輪』が唸りを上げる。歩人の魂を燃やした魔力が魔導具に流れ込んでいく。外輪には薄っすらと魔力が煙のように立ち上がる。
「ウヲォォォォ!!」
「セバス煩い」
「くっそおぉぉぉぉ!!」
「「「煩い!!」」」
既に、サラセン軍船への衝角突撃を開始して、一隻、また一隻とその敵船体に大打撃を与えている二隻の魔導船を見て、『我らも吶喊するのだ!!』と船首で大声をあげているカトリナの姿を横目に、最後尾から最前列へと突き進む『聖フローチェ号』。
目標の敵船まで100m、80m、60m……いま魔力壁を展開すれば水の抵抗を受けてしまう。ぎりぎりまで展開を我慢する。
「先生!!」
「まだよね」
「ええ。ギリギリでないと、こちらが転覆しなねないわ」
40m、30m、20m、10m……5m、一瞬の着水、そして、船底へと入り込む魔力壁。
DOONN!!
BAKIBAKIBAKI !!!
『あの船の奴隷、不味いんじゃねぇの?』
「あ」
幸い、船は一回転して横倒しとなり留まる。乗り上げた『聖フローチェ号』により、相手の船底は破損し、櫂もへし折れているためガレー船としての戦闘力は喪失している。
「セバス、一旦離脱して、次の目標、最後尾のサラセン軍船を狙います」
「もう、無理だよ……ガルギエムゥ」
「「「それは嘘吐きの言葉!!」」」
「くそぉぉぉ!! 絶対辞めてやる!!」
深夜のオフィスで響き渡るような魂の叫びを吐き出す歩人。辞められるもんなら辞めてみろ!!
替わりなんていくらでもいるわけではないが、必要かと言われればそうでもない。雇われ土魔術師として再雇用すればどうということはない!!
むしろ、限界まで酷使するまである。王国に、労基はない!!
「セバス、あんた御神子教徒じゃないんでしょ」
「たりめぇだ!!」
「なら、異教徒なら奴隷にされて終わるわよ」
「……一生着いていきますでございます、お嬢様」
彼女は即座に「お願いだからやめて頂戴」と言い返し、歩人は盛大に嘆き始める。おじさんは悲しい生き物なのだ。おじアタック呼ばわりされかねない。
高速で離脱し、さらに、最小旋回半径で180度ターンを済ませた『聖フローチェ号』は次なる獲物めがけて突進する。
「なんか、俺たち暇だな」
「さっき迄大変だったからいいのよ」
「そうか」
などと、呑気に会話をする蒼髪ペア、そして、魔装弓でサラセン兵を狙い撃つ赤目銀髪。腕を組んで、前方を見据える伯姪。次の突撃で、サラセン兵が移乗してくる可能性を考え、待機する茶目栗毛。
「セバス、逝きなさい」
「おい!! 意味違うだろぉ!!でございますお嬢様ぁ!!」
何度でも吶喊させよう、それが歩人の仕事だからと彼女は心の中でそう思うのである。