作品タイトル不明
第978話 彼女は『ギブリ』と対峙する
第978話 彼女は『ギブリ』と対峙する
船首を破壊された船は、沈むことはないが前進しようとすると水の大きな抵抗を受ける上に、破壊された部分を塞がなければ海水が流入して喫水が深くなり、場合によっては沈没や転覆しかねない。少なくとも、この海戦において戦闘力を回復させることは出来ないだろう。
「サラセン海賊、弱い」
「魔力持ちはとても少ないようね」
水と森とは縁遠いサラセン人は、精霊の加護・祝福の影響を受けにくい。故に、魔力も持ちにくいのだと推測される。これは、連合王国・帝国・王国には魔力持ちが多く、神国や法国の中南部に魔力持ちが少ないことと背景が一致している。神国は北部山岳地帯以外は沿岸沿いを除いて荒野や砂漠がほとんどで、北部の山岳から流れる川沿いに生活圏が存在する形だ。法国南部も樹木の少ない乾燥した地域。同様なのだと思われる。
その昔、聖王国を建国した聖征の騎士たちの多くは王国とネデル南部の出身者たちであり、水と森に恵まれた地域の出身者であった。連合王国と長らく戦った湖西国の戦士たちは、国名通り湖と森に囲まれた場所で生まれ育っていた。自然の豊かな場所で生まれ育った者に魔力を多く持つ。そういう意味では、領土全体が森と水に恵まれている王国には相対的に魔力持ちが多く生まれることもおかしなことではない。人口も神国と帝国を加えたのと同程度住んでいる大国なのである。
どうやら『聖ヨハネス』号は、彼女の真似をしたカトリナが『魔力壁』でサラセン軍船を「両断」。ちょっと違う!! 移乗戦闘は、ジジマッチョ団が担っているようだ。
その後方、三段目、四段目には『聖エゼル海軍』『聖ブレリア』が衝角攻撃で船首を破壊している。
縦列後方の海賊船は散開し、三々五々に魔導船をすり抜けようとしている。
「リリ、伝令をお願い」
『うー あと五分ー』
寝てていいと言われて、すっかり二度寝していたピクシー。急に呼ばれて寝ぼけている模様。
「急ぎの伝令よ。移乗戦闘を中止して、散開した海賊船の足止めに専念するようにと」
『あしどめー わかったー!!』
「三隻前部を回るのよ」
『うん!!』
魔力を大きく纏ったリリは、輝くような魔力の尾を引きながら最も近い『聖ヨハネス号』に向かって飛んで行った。できれば、そこは最後にしてもらいたいと彼女は内心思っていた。
わずか四隻の魔導船で、八十余隻のサラセン軍船を阻止することはでできそうにもない。抜かれた右翼艦隊が方向転換し、後方からサラセン軍船を追っているが、その反応は良いとは言えない。後備艦隊と中央艦隊の隙間をついて、中央艦隊の斜め後方から攻撃を行うことが可能だろう。
「面倒ね」
『後備の禿爺がうまくカバーすんだろ。義勇軍にそこまで求めてねぇよ。てか、何とかする為にあそこにいるんだろう』
『魔剣』の言う通り、王弟が戦場でサラセン軍に捕らえられるような不始末が生じれば、神国国王の面子が丸つぶれになる。戦死してくれるならまだしも、虜囚となってサラセンの帝都にでも連行され、サラセン皇帝の前で情けない姿をさらすような真似でもされればシャレにならない。身代金も莫大な額を用意せざるを得ない。国家予算並みの額が要求されるであろうし、その金はサラセン海賊・海軍のみならず親衛軍の増強にも大きく貢献することになり、ただでさえ借金で首の回らない神国王宮は、さらなる財政難・借金地獄に陥るだろう。なので、絶対禿爺はジロラモを守りサラセン軍船を撃退する。
『中央艦隊が持ちこたえられれば、後備と右翼で包囲殲滅できらぁ』
「持ちこたえられれば……ね」
ジロラモの座乗する純白の大型船は目立つ。そこに、正面からだけでなく側面、後方からも多数のサラセン軍船が殺到すれば、短時間で包囲されイナゴのようなサラセン兵に数に劣る神国騎士が磨り潰されかねない。
時間との勝負。ジロラモの身柄さえ押さえられるなら、サラセン海賊もその対価に見合うリスクを冒すだろう。正に海賊のらしくだ。
彼女の頭の中では、優先順位の見直しが行われる。先頭の軍船数隻は航行不能に陥れたが、その後に続く軍船には左右に回避され、追撃すれば雑兵に等しい海賊の討伐を数隻行うのが関の山だろう。
ならば……
「『ギブリ』の座乗船を狙いましょう」
『デカい船だな。それなりに兵士も乗ってるぞ』
まずは、『聖フローチェ号』で大型船の舳先を断ち、その上で、随伴するサラセン軍船ともども、衝角攻撃と移乗攻撃で殲滅する。崩れた縦列の奥から北に向かう大型船が見て取れる。『ギブリ』の座乗船である。案の定、それを守るようにフスタ船が数隻円陣を組むように配置されている。
それは、多数の騎士・従士を従えた王侯貴族が戦場を突き進むように見て取れた。
戻ってきた『リリ』に彼女は再び伝令を頼む。あの赤い帆の大型船を沈める。追撃せよ……と。
『えー またー リリつかれたー』
「これが終わったら、寝てもいいから。ね、お願い」
『もー しょうがないなー』
ピクシーは再び、猛スピードで彼女の元を離れていくのであった。
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サラセン軍船からリリアル勢を回収し、彼女は取り巻きを引き連れた『ギブリ』の軍船を追う。
「このパターン、何度目かしらね」
「ええ、『クルナ=アリ』と同じようにしてあげましょう。サラセンの神の前でも人は平等なのでしょうからね」
サラセン軍船の行動を阻止しようと、進路を塞ぐように移動した右翼艦隊の横隊から離れた神国軍船が多数のサラセン小型軍船に集られ兵士や漕ぎ手が『鏖殺』されていく。時間を稼ぐための行動なのだろうが、あまりにも悲惨な状況である。
北に向かうサラセン軍船の円陣の西側から『聖フローチェ』と『聖ヨハネス』が、右翼艦隊をぶち抜き、『聖ブレリア』と『聖エゼル海軍』の魔導船二隻が東側から接近している。
『うー つかれたー もうむりぃ!!』
ピクシー『リリ』はヘロヘロになって戻ってきたようだ。彼女の頭巾の中に潜り込むと、早々に眠ってしまった。
「操船、替わるわ」
歩人から操舵輪を受け取り、彼女は魔力を込める。その上で、水を切る舳先の抵抗を軽減しさらに加速する為に魔力壁を形成、若干、船首が上を向くような姿勢となる。
「無茶すんなよぉ……でございます。お嬢様ぁ!!」
「明らかに早い」
船首が浮いて、抵抗が減っている分と、魔導外輪がかく水の量が増え船の勢いが増している。何やらカトリナがこちらを指さし大声を出しているが、それはムリ!! 真似るな危険……である。
ぐんぐんと進み、ときおり邪魔になるサラセン軍船に乗り上げ、押し沈め最短距離を移動し、『ギムリ』の座乗する軍船の斜め後方までつける。その向こう側には、追いついてきた魔導船二隻。彼女の後方には追いすがるように進んでくる『聖ヨハネス』号がみてとれる。
「まずは、あの船の舳先を叩き折りましょう」
『おう』
仮称・旗艦『ギブリ』を取り囲むように随伴する一隻のフスタ船に向け『魔力壁』を一旦解除し舳先を向ける『聖フローチェ号』。船首が着水した勢いで一旦減速が生じる。
とはいえ、速度差は倍近い。目標とするフスタ船の甲板は、『聖フローチェ号』の接近に気が付いたサラセン兵の一部がこちらを指さし、周囲に大声で知らせている。マスケット銃を構え、あるいは弓銃でこちらを狙う者がいる。
「狙ってるわね」
「当たらなければどうということもないわ」
『聖フローチェ』の船体は、一般の木造船・ホイス船に魔導外輪(小)を後からポン付けしただけの簡易型魔導船。魔導外輪周り以外は、魔装による防御帯を持たない。故に、矢玉が当たれば破損するのだが。
「魔力壁張るぜ!!」
「しっかりしなさいよ」
「お前も張るんだよ!!」
魔力量に余裕のある蒼髪ペアがサラセン軍船と相対する側の船体側面の前後に分かれ、10m×2mの魔力壁を二枚中央が重なるように展開している。運悪く帆柱に大砲の弾でも当たらねば問題ない。
「この船、本来は輸送船なのよね」
「万能船」
「そうそう、万能使い……使われ船ね」
魔力持ちが十人単位で乗っているのだから、なんでもできらぁ!!
「正面に魔力壁を出すわ」
「まったく……衝角要らずじゃない」
中古で鹵獲した商船で無理やり衝角攻撃を行う彼女に、やれやれ気味な伯姪が呆れたように呟く。
『また、なんかやっちまったな』
『魔剣』も同じ気持ちのようだ。
DOBONN!!
当たる角度が悪かったのか、舳先を切断し損ねて船主を跳ね上げられそのまま転覆するフスタ船。後ろを気にするまでもなく、さらに前進。海に投げ出されたサラセン兵の何人かが魔導外輪に踏みつぶされたのは多分気のせいだろう。巻き込んで外輪が破損するまでもなく、ミンチになっていたのでよくわからなかった模様。
「少し船首を上げ、加速しましょう」
「……承知しましたお嬢様……操舵輪は……」
彼女が魔力壁の三重展開をするため船首へと移動する、入れ替わりに歩人が操舵を握る。
「死んでも離さない」
「おいいいいぃぃぃぃ!!!」
赤目銀髪が背後から現れ、左右の手首と操舵輪を魔装縄で縛り付けられる歩人。船と運命を伴にする気概やよし!!死ぬときはいっしょだあぁぁ!!
(強制)
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カトリナの座乗する『聖ヨハネス号』が『聖フローチェ号』のさら外側から『ギムリ』船団の前方へと向かっていく。回り込んで正面から抑えるつもりなのろうか。既に、櫂走するサラセン軍船の漕ぎ手の体力は底をつきつつある。前衛を務めるフスタ船や『ギムリ』の座乗船は速度を維持できているが、後方に位置する軍船は失速しつつあり、円陣が崩れ逆U字のようになりつつある。
脱落していく後方右翼のサラセン軍船は、行きがけの駄賃とばかりに、正規魔導船=衝角有・魔装防護帯有の『聖ブレリア』ら二隻が突き飛ばし、転覆あるいは破壊し蹂躙していくさまが遠目に見て取れる。
しかしながら、『ギムリ』の座乗船だけは船格が異なる。鹵獲したのであろうか、全長50mを超え、二段の漕ぎ手甲板を備えた大型船であり、海都国や教皇庁艦隊、あるいは神国の主力ガレアス船に匹敵する大きさ。排水量では『聖フローチェ号』の十倍ほどあるのではないだろうか。
つまり、彼女がフスタ船に仕掛けたような魔力壁衝角攻撃では、船首を破壊することは出来ず、重量差で弾き飛ばされる可能性が高いのだ。
「おい!! このままいくと、あの馬鹿デカい船にぶつけても、こっちが転覆しちまいそうだろ!! いいのかよ!! でございますお嬢様!!」
船と運命を共にすることを決めている(強制)歩人が、その不安からか語調も荒く彼女に問いかける。
「少し待ちなさい、今考えているのよ」
「……いま考えてんのかよぉ」
こんな時でも、蒼髪ペアは舳先に立って『女神』のポーズを決めている。もしかすると、あのポーズをすることでよいインスピレーションが生まれるのかもしれない。
『魔力壁』頼りの突撃ではなく、あの軍船を押しとどめる。時間は残されてはいない。
「考えないで感じる」
赤目銀髪がそう呟く。衝角が駄目なら、他の方法で船首を破壊する。ついでに、舵も破壊してしまいたいところ。当然、帆もへし折る。
「「『女神』!!」」
三期生たちも代わる代わるに女神のポーズに加わる。なにやってんの!!
「それで、腹は決まったの?」
歩人以外の全員を呼び寄せ、この後の流れを説明する。
「まず、船首を叩き切るわ」
「「「……」」」
全員何も言えない。船首を何で叩き切るというのか。
「その後、前進するサラセン軍船の前方から『生石灰』をまき散らすわ。広がった生石灰の膜の中にサラセン軍船が飛び込んでくる。良い目潰しになるでしょう」
文字通り、『目を潰す』ことになるだろう。
「あとは」
「接舷するまでもない」
リリアル勢が『魔力壁』の足場を蹴って混乱する『ギムリ』の軍船の甲板に飛び込んで、サラセン兵を掃討する。
「儂らも参加したいのだが」
「接舷しなくてもよろしのであれば」
「ふむ」
ジジマッチョは腕を組んで思案し……
「帆柱から飛び移ろうかの」
「「「応!!」」」
どうやら、勢いをつけて帆柱を足場に飛び移ることにするらしい。一度に全員帆柱に乗るのは危険です。絶対やめてください。