作品タイトル不明
165・なぜ殿下が私を?
殿下の前まで行くと、彼はまるで感動の再会といった感じでいきなり私に抱き着いてきた。
私は思わず目をパチクリさせる。
ソファーに座って心配そうにこちらを見ているお母様からは、「まあ!」というやや非難めいた声が聞こえた。
ハッキリ言って、殿下のこの行動の意味がサッパリわからない。幼い頃ならともかく、今の私達は抱き合って再会を喜ぶような間柄ではないのだから。
困惑して彼の腕から逃れようと抵抗するが、更にきつく抱きしめられるだけだった。
「――!! あ、あの?」
「無事でよかった!」
なるほど。殿下は私が誘拐事件に巻き込まれていないか心配してくれていたのだろう。
いきなり抱き着かれて驚いてしまったけれど、きっとターゲットにされている私が表に出てきた事で、事件が収束に向かう兆しが見えてテンションが上がってしまったのだ。
私はそう解釈する事にした。
「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。この通り無事を確認出来た事ですし、どうぞ事件解決の為に……」
「今までどこに居たんだ!? お前が家を出されたと聞いてすぐに国中を探し回ったのに、手がかりすら見つからなかったぞ!」
「え……?」
話をまとめて今日のところはお引き取り願おうと思ったのに、言葉を遮られてしまった。
誘拐事件とは関係なかったの? ならばなぜ殿下が私を?
何だか話が見えなくなってしまった。
エヴァンとフレドリック殿下に続き、とっくの昔に交流を絶ったはずのウィルフレッド殿下までもが私を探しているとは考えもしなかったのだ。
今までどこに居たかなんて聞かれても、当然答えられる訳がない。
正直こんな至近距離での対面は避けたかった。
殿下が気づいていないだけで、フレッドと名乗るあなたとは宿屋の女将として何度も顔を合わせているし、昨夜も会ったばかり。
いつ同一人物だと気づかれてしまうか冷や冷やしているのだ。
それにしても、殿下は親しくもない私を探し出してどうしようというのか。
過去に一度婚約したと言っても、その事実は私の記憶と共に消されている。
最近になって幼い頃の記憶を取り戻せたけれど、唯一それを知るおじい様が教えるとは思えないし……。
だからウィルフレッド殿下とはあのパーティーの日に話したのが最初で最後であり、存在自体を無視され続けてきた私は殿下の友人ですらないはずだ。
それがどうしてこのような熱烈なハグを? 私の記憶を操作した事を忘れている訳ではないわよね?
「ずっと前から私を探していたのですか? 一体何の為に?」
抵抗するのをやめて落ち着いた声で質問を返すと、殿下はパッと私から離れた。
そしてご自分の衝動的な行動を恥じたのか、複雑な表情を浮かべて気まずそうに目を逸らす。
ここは嘘でも再会を喜ぶべきだっただろうか。背後に居るチヨ達が心配でそこまで気が回らなかった。
「……お前を助けたいと思っていたんだ。学園からも家からも追い出されて、今までどうしていたんだ? 王都に居る事だけは教えてもらったが、貴族の娘が一人で生きていける訳がない」
それが生きていけるのです、殿下。
貴族の娘だけど逞しく人気の宿屋を経営しているし、信頼のおける仲間も居る。だけど大切なあの場所を護る為に、絶対にそれを教える気はない。
私が王都に留まっている事を誰に聞いたのだろうか?
それを知っているのは私の家族とマリアとアーロンだけど、アーロンはフレドリック殿下の側近だから接点はないだろうし、マリアには口止めしてある。なら家族の誰かが?
私が殿下の質問に答えずにいると、険しい顔をしたおじい様が私達の所へ来て間に入ってくれた。
「殿下、あなたとは違い、この子は何も知らないのですよ。いきなり抱き着かれて戸惑っているのがわかりませんか」
「それは……すまん。ずっと探していた彼女を目の前にして、思わず抱きしめていた。ラ……いや、エレイン。驚かせて悪かった」
「いいえ、お気になさらず。私を心配してくださって感謝致します。しかし殿下。先ほどの殿下の発言にはひとつ訂正したいところがございます」
「訂正……?」
「はい。誤解なさっているようですが、私は家を追い出されたのではありません」
ウィルフレッド殿下は眉間にシワを寄せ首を傾げた。
「まさかどこへも行かず、ずっとこの屋敷に篭っていたのか?」
「いいえ、そうではありませんわ。おじい様に家を出ていくよう言われたのは確かですが、フレドリック殿下に婚約破棄され、訳もわからず断罪されたあの日、私はすべてが嫌になりました。だから誰にも行き先を告げず、自分の意思で家を出たのです」
「本当に……自分の意思で?」
「はい。私を哀れに思って助けてくださるおつもりだったようですが、その必要はありませんわ。今は頼りになる方達と一緒に幸せに暮らしておりますもの」
ウィルフレッド殿下はおじい様に視線を向けた。おじい様とこの件で話をした事があるのだろう。おじい様は呆れたように息を吐き、私の肩にポンと手を載せた。
「殿下、前にこの子は王都内で幸せに暮らしていると話したでしょう。これで信じていただけましたな?」
「あ……ああ。本人に確認が取れて安心した。エレイン、家に帰ったばかりで疲れているのに、家族団らんの場に突然押しかけて悪かったな。色々話したい事はあるが今日のところは帰る。すまないが玄関まで送ってくれるか?」
「……? はい」
何だか不安そうな目で私を見るおじい様と両親に微笑みかけ、私は殿下と居間を出ていった。