軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話 片田舎のおっさん、冷や汗をかく

「それは構わないが……どういった風の吹き回しだい?」

アリューシアは確かに騎士団の団長で指南役ではあるが、それ以前に騎士である。稽古を付けてほしいという気持ち自体は持っていて当然だ。

だが、どうしてそれが今なのか、という若干の疑問はやはり浮き出てしまった。

「いえ、スフェンドヤードバニア使節団の来訪も近いですし、私も剣を振るっておかねばと思いまして」

「なるほどねえ」

彼女の態度は良い意味で崩れないまま。彫像がそのまま動き出したかのような整った顔立ちに、柔らかな笑みを浮かべている。

こんな美人がレベリス王国きっての腕前を持つ騎士なんだから、天は人に二物も三物も与えたもんだな。なんて、少し場違いな感想すら抱いてしまう。

「じゃあ、早速やるかい?」

「ええ、先生さえよければ」

言いながら、彼女は俺に訓練用の木剣を渡してくる。

さて、アリューシアと立ち合うのは彼女が俺の道場に通っていた頃以来となるから、何年振りになるのか。

当時から優秀で強かったが、あれから結構な時間も経っている。一層その腕前に磨きをかけたに違いない。そもそもが弱ければ、レベリオ騎士団の団長など務まろうはずがないのだ。

「ヘンブリッツ。開始の合図を頼みますよ」

「は、はい!」

修練場の中央で互いに距離を取り、木剣を構える。

俺たちの周りには、いつの間にか訓練を一時中断した騎士たちの視線で溢れていた。そりゃまあ、指南役と指南役との打ち合いだ。その目で見てみたいという気持ちは分からんでもないけどね。

俺の心持ちとしては、楽しみ半分、緊張半分といったところ。

アリューシアの成長は確かに気になるが、彼女が相手では俺も不甲斐ない姿を見せてしまいそうで怖い。あれからどれだけの上積みがあるのか、彼女の戦いを見ていない今では判断が付きかねる。

これは、普段以上に集中せねば。

「両者、準備はよろしいでしょうか」

「構いません」

「ああ、構わないよ」

ヘンブリッツから齎される最終確認。互いに了承を返したのち、視線をまっすぐに据える。

奇しくも、構えは同じ中段。オーソドックスな、攻撃にも防御にも転じることが出来る基本の構えであった。

「では――」

先ほどまで訓練の喧騒に響いていた修練場が、ヘンブリッツの声を除いて静寂に包まれる。

いいね、この独特の緊張感。訓練とはいえ、ここまでヒリついた、されど冷淡な空気はそうそう出せるものではない。これだけでもアリューシアの実力が窺えるというものだ。

「はじめ!」

「――ッ!」

ヘンブリッツから、開始の合図が下される。

アリューシアは、すぐには動かない。中段に木剣を構えたまま、こちらの出方を窺っているような――

――気付いたら、顔の目の前に木剣が迫っていた。

「うおおっ!?」

慌てて木剣を弾く。

待て待て待て、ちょっと待て。

今、どうやって動いた?

背中に一筋、嫌な汗が流れる。

マジかよ。ほとんど何も見えんかった。構えていたと思ったら、次の瞬間には ア(・) リ(・) ュ(・) ー(・) シ(・) ア(・) の(・) 剣(・) が(・) 眼(・) 前(・) に(・) 在(・) っ(・) た(・) 。

「流石ですね。一本取りたかったのですが……」

「いやあ、そう簡単には渡せないと思ってね……!」

何とか言葉を返せたが、こちとら心臓バックバクである。

流石にマジックとかトリックとか、そういうレベルの話ではないだろう。しかし、それにしたってこれはちょっと予想外です。本当にどこから剣が飛んできたのか分からない。ただ目の前に木剣が突如出現したから、慌ててそれを払った。俺がやったのはそれだけである。

「……つぉっ!?」

――まただ。今度は中段。

また、ただ構えていたはずのアリューシアから、木剣が飛び出してきた。

横っ腹の木剣を弾き、二歩、三歩と慌てて距離を取る。

「……っふぅ……!」

おかしい。

攻撃の際、必ず発生するはずの『起こり』がほとんどない。無からいきなり剣が生えたと言われても納得しかねないレベルだ。いったいどうなっている。

「ふふ。二度防がれたのは、初めてです」

「お褒めに与り光栄だよ……!」

いやいや、ちょっとシャレにならんでしょこれは。

これ長引かせたらいかんやつだ。あの出鱈目な剣を、俺は躱し切る自信がない。二度防げたのだって、ほとんど奇跡に近いのだ。

「しっ!」

「はっ!」

となればもう、こっちから攻めるしかない。

中段に構えてからの切り上げ、そして切り落としの連撃。

カカンッ! と、木剣と木剣がかち合う乾いた音が修練場に響く。アリューシアは最低限の動きでもって、俺の剣を叩き落としていた。

「ふんっ!」

続けて一回転して横薙ぎ。次いで突きを繰り出すが、前者は防がれ、後者は一歩二歩と距離を取られて躱される。

くそう、なんだか最近俺が無理やり攻める光景が多い気がするな。

「ふふ……先生。私が巷で何と呼ばれているか、ご存知ですか?」

「……いや、寡聞にして知らないね」

少し交戦距離が開いたところで、アリューシアが言の葉を落とす。

そういえば、スレナは"竜双剣"なんて呼ばれ方をしていたな。それと同じような二つ名みたいなものが、アリューシアにもあるのだろうか。

「"神速"だそうです。過分な言葉だとは思いますが」

「……少なくとも、名前負けはしていないんじゃないかな……っとぉ!」

ここで攻守が入れ替わり、またもアリューシアの神速の名に違わぬ剣撃。

先ほどよりも多少距離があったからか、今回はなんとか弾けた。それでも、木剣の長さで相手を攻撃しようとすれば、二歩は踏み込まねばならぬ距離である。

それを、まるで息をするかのように自然に詰め、こちらには一息も付かせず剣を届かせるのだから大したものだ。

「ふっ!」

返す刀で袈裟斬りを放つが、アリューシアは既に間合いの外。

剣速も勿論とんでもなく速いが、それと同等以上に全体の身のこなしも軽い。

そして何より、目が良い。

なるほどね。

最初の立ち合いと違って、さっきのは少し間合いに余裕があったから、少しカラクリが分かったぞ。

一撃の重さだけで言えば、ヘンブリッツの方が遥かに上だ。

また、単純な速度という面で見れば、スレナの方が恐らく上だろう。

しかし、アリューシアの攻撃はそのどれとも違う。異質と言ってもいい。

極限を超える勢いで身体の動きを制御し、無動状態から一気に加速させる。スピードのピークへの持って行き方が、他の誰よりも上手だ。

それを可能としているのは、鍛え抜かれた足腰。特に膝だ。膝が抜群に柔らかい。

膝の入り抜きがめちゃくちゃに上手いから、俗に言う踏み込みの動作がほとんどない。だからいきなり動いたように感じたんだ。

しかもそれでいて、防御も上手いから手に負えない。目と体幹が良いから、あらゆる攻撃に対して最適の受けが選択出来る。

参ったな、ちょっと隙が見当たらないぞ。そして、俺のスタイルとの相性がめっぽう悪い。

剣士という視点で見るのならば、彼女はほぼ完成形とも言えた。

これが二人だけの打ち合いであれば、俺が負けてもよかったのだろう。しかしここには他の騎士たちの目もある。

何より俺は、外から見ればアリューシアが連れてきた特別指南役だ。その本人より弱いと映ってしまえば、俺だけでなく彼女の立場も危ういものにしてしまうかもしれない。それは俺にとっても、アリューシアにとっても望ましくない結果だ。

……よし、決めた。これでいこう。

「ほっ!」

一気に踏み込んで、上手からの斬り下ろし、そして突き。柄を片手で短く握り、近距離戦を狙う。

アリューシアは俺の剣にも見事に対応し、すべてを的確に捌いていた。何度目かも分からない、木剣同士がかち合う音が響く。

この辺りは流石だ。生半な攻撃では当てることはおろか、かすることすら許されないだろう。

「よいしょ」

「えっ――」

が、しかし。

教科書通りを極めれば、それは万能だ。だが、その先はどこまでも教科書であって、実戦ではない。

空いた俺の左手が、アリューシアの服の端を掴んだ。

一瞬強張ったアリューシアの隙を逃さず、掴んだ左手に力を入れて引き込む。想定外の力が横から加わったアリューシアの身体が数歩、たたらを踏んだ。

「一本」

「あうっ」

ぐいっと引き込んだ彼女の頭に、木剣の柄をコツンと当てて、一本。

これで、俺の勝ちである。

「……やられました」

「こういう戦い方もある。覚えておくといい」

アリューシアからは思わずといった感じの苦笑いが漏れ出ているが、そこに卑怯だとかずるいだとか、そういう感情は見えなかった。

戦場に身を置く者として、そういった心構えは出来ているのだろう。良いことだ。

徒手空拳を軽んじる者は、この場には居ない。試合だけならそれでもいいが、騎士は常在戦場の心得がモットー。騎士ではないが、戦いというものをよく知っているだろうスレナも、俺との立ち合いでは蹴りを多用していた。

「団長が……負けた……!?」

「マジかよ……やっぱすげえなベリルさんは……」

騎士たちのざわめきが耳に入る。

そりゃまあ確かに、騎士団長と言えばこの団体のトップである。模擬戦とはいえ、アリューシアが負けるというのはそれだけの衝撃なのだろう。

「……団長が一本取られているところを、私は初めて見ました」

「ははは。ヘンブリッツ君も剣だけじゃなく、こういう身体の使い方も覚えるといい。剣士からすれば、スマートじゃあないだろうけどね」

「肝に銘じておきます」

ヘンブリッツが漏らした感想に、ついでに指南を添えておく。

当然だが、自分の身体も武器として扱えた方が、人は強い。ヘンブリッツも筋は良いから、色んなことを吸収して今よりもさらに強くなってほしいものである。

「むう。先生は会わない間に手癖が悪くなりましたか」

「酷い言い草だなあ。アリューシア、君の剣はとても綺麗だ。だけど、少し綺麗過ぎる」

アリューシアの小言ともいえない小言を躱す。

戦う相手が常に正々堂々としている保証はない。

どんな汚い手を使ってくるかも分からない。並大抵の相手なら彼女の剣技で圧倒出来るのだろうが、世の中は広いのだ、そんな手合いばかりじゃないだろう。

逆に言えば、そういう搦め手を使わなければ俺の勝ち筋が極めて薄かったとも言う。正攻法であれを攻略するのは、そこらの剣士ではかなり難しい。誰だ彼女をここまで強くしたのは。俺の道場に居た時はここまでじゃなかったのでノーカウントです。

ただ、それはあくまで正攻法での話。

色々と策を講じれば、先ほどの服掴み以外でも二、三、勝てそうな手段はある。本当に汚い手も含むのなら、もう少し増えるが。

まあこれは、騎士団という組織に身を置いていたら仕方がないところでもあるのだろう。綺麗な対人に慣れ過ぎている気もするから、清濁併せ呑むように今後も成長して欲しい。

「剣以外でも、強さはいたるところに転がっていると俺は思うよ」

「はい。そうですね」

何となくそれっぽいことを言っておいて、今回の指南としよう。

とは言っても、剣だけじゃなくもっと視座を高く広く持ちましょうね、というのは俺の本音でもある。剣を振るだけで誰でも強くなれるのであれば、誰も苦労はしないのだ、残念ながら。

「では、引き続きご指導のほど、よろしくお願いいたします」

「ああ、俺に出来る限りはね」

さて、肝は冷えたが良い感じに身体も温まったことだし、皆の指南の続きでもやるか。

この面子の中から第二、第三のアリューシアが出てくることを俺は望むばかりである。いややっぱ一人でいいや。あんなのが何人も居たら手に負えなくなるしね。