軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第82話 片田舎のおっさん、連れていく

アリューシアと服を見に行き、黒地のジャケットの購入を決定した三日後。

今日はミュイが魔術師学院に入学する日である。こんな時こそフォーマルな服装が望ましいのだろうが、あいにくあの服はまだ仕立てが間に合っていない。

俺のサイズに合わせて諸々を調整中だからだ。二週間もすれば出来上がるとのことで、スフェンドヤードバニア使節団との顔合わせにはなんとか間に合いそうで何よりである。

「よし、行こうか」

「なんでオッサンが張り切ってんだよ……」

いつも通り朝食を済ませ、ちょっとおめかししたミュイとともに我が家を発つ。

朝から少しウキウキ気分だったところをミュイに窘められるが、だって我が子……我が子でいいのか? まあいいや。我が子の晴れ舞台の始まりである。テンションが上がらないわけがなかった。

「ははは。まあこれも親心というやつさ」

「……ふん」

ちなみにミュイの格好はいつものローブ姿ではなく、イブロイからの届け物の中にあった服からそれっぽいものをチョイスしている。せっかく貰ったものだから、最大限有効活用してやろうという腹だ。

柄のない白のカットソーに、タイトめに仕上がった黒のパンツスタイル。普段の格好が少し露出度の高いものだから、これくらいが俺の目にも丁度良い。

ミュイから見ても、そこまで派手だったり可愛げのあるものでもなかったから、大きな反発がなかったのも決め手になった。

「……足がぴちぴちする」

「そういう格好にも慣れておかないと駄目だよ」

色や柄に対する反発はなかったものの、腰回りから足先まで包まれるパンツには少々抵抗があったらしい。

ちょっぴりの不服を彼女は漏らすが、まあここら辺は慣れてもらうしかないな。普段から余裕のある服装をしている俺が言えたもんじゃないが。

キネラさん曰く、魔術師学院には現在六百名ほどの学生が通っているらしい。年齢は様々で、ミュイより年下の子も居れば、アリューシアやスレナくらいの子も在籍しているそうだ。

男女比はおおよそ半々。年齢や性別、出自を問わずいつ発現するか分からない魔術師の素養を考えれば、まあ納得できる分布ではある。

願わくは、同年代の女の子と仲良くなってもらいたい、というのは俺の我が儘だろうか。

友達として男の子なんか連れてこられた日には、俺はちょっと斜に構えてしまう自信がある。うちの子は渡しませんよ。ミュイにそういう感情が芽生えるのかどうかはまた別問題として。

「しかし噂には聞いてたけど、本当に良心的な金額だったなあ」

「……どっちにしろ安くはねえだろ」

「ミュイのことを思えば安いもんさ」

「……ふん」

で、気になる入学費用だが、これがまた随分と良心的なお値段であった。

特別指南役としての給料を勘定せずとも、現状の蓄えでなんとか払えるくらいの金額。ミュイがもっと優秀ならこれもロハになっていたそうだが、まあそれを望むのは酷である。

ミュイが今扱えるのは、炎の魔法だけだ。

これが本当の天才クラスであれば、魔法の才能が発現した直後から色々なことが出来るらしい。ルーシーなんかがその筆頭だそうで、やっぱり彼女は口と肩書だけの人間じゃなかったんだなあと、失礼ながら認識を改めるばかりである。

「よっと」

活気のある朝のバルトレーンの街並みと人波を眺めながら、乗合馬車へ乗り込む。相変わらず朝は混雑しているな。

しかしいい街だなバルトレーンは。

レベリス王国の首都なんだから栄えていて当たり前といえば当たり前なんだが、それでもビデン村に比べると規模も利便性も大違いである。

乗合馬車なんてあんな片田舎では存在すらしなかったからね。

「どうせ来たってすぐ帰るんだろ」

「いやまあ、そうだけどさ。やっぱり節目ではあるじゃないか」

「……あ、そう」

今日が入学と言っても、何もしっかりした入学式みたいなのがあるわけじゃない。

これもキネラさんから聞いた話だが、魔術師学院は常に魔術師の卵を欲しているから、中途入学は都度受け入れているらしい。

流石に毎日の受け入れは厳しいが、それでも月ごとに新入編入を受け入れているらしく、ミュイもそれに乗っかった形だ。

だから、保護者が同伴するような何かは特になく、俺の用事としては魔術師学院までミュイを送り届ければそれで終わりとなる。

ただまあ、それでも一緒に行ってあげたいと思うのは親の性だろう。過保護過ぎるかもしれないが、ミュイはそれくらい危うさも孕んでいるのである。判断は俺基準だが。

「ベリルさん、ミュイさん。お待ちしていました」

「あれ、キネラさん。おはようございます」

乗合馬車から降り、しばらく歩き、広大な敷地を誇る魔術師学院の大きな入口に差し掛かったところ。

声を掛けられて視線を預ければ、そこには以前色々と説明をしてくれた魔術師学院の教師、キネラ・ファインが笑顔を湛えてこちらを見ていた。

「はい、おはようございます。本日入学ということで、そちらの案内も私が行うことになりまして」

「なるほど、それは助かります」

俺としてもミュイとしても、まあ知らない人よりは顔見知りの方が安心する。その点で言えばキネラさんは、魔術師学院の中でルーシーを除けば唯一の知り合いなわけで、この采配には助かるというものだ。

「ほら、ミュイも挨拶しなきゃ」

「ん……おはよう、ございます……」

「はい、おはようございます」

まだ俺やルーシーなど、親しい人以外へのかかわり方がよく分かってないんだろう。促してみれば、ばつが悪そうに挨拶を紡ぐ。キネラさんはそんなミュイのことも分かっているようで、朗らかに返してくれた。

「では、ミュイさんを預からせて頂きますね」

「ええ、よろしくお願いします」

さっきまでは俺が付いてくることに文句を垂らしていたが、いざ入学となると緊張しちゃうんだからなーミュイは。ははは、愛いやつめ。

さて、これで俺の仕事は仕舞いだ。

今日は別に指南役のお休みを頂いているわけでもないから、このまま馬車停留所まで戻って庁舎の方に顔を出しておこう。

入学してからのあれやこれやは、ミュイが帰ってきてから色々と聞けばいい。まあ彼女が素直に学生生活のことを口に出すとも思えないが、そういうコミュニケーションも今後少しずつ取って行かなければならん。

俺は彼女を保護するだけではなく、自立させていくのが目標だしね。

「さて、と」

相棒が居なくなり、一人となった身で北区をうろつく。

この天気、この時間だとレベリス王宮の尖塔がよく見える。もう少し足を伸ばせば王宮にも行けそうだが、別に用事はないしなあ。それに、スフェンドヤードバニア使節団の護衛で多分、王宮に寄ることにはなるだろうし。観光はその時に楽しめばいいや。

それに、バルトレーン北区にはあまり良い思い出のないスフェン教の教会もある。

今は清掃も終わって元の姿になっているようだが、かといって改めて足を運ぼうとは思わなかった。

結局、斬り伏せたうちの何人が生き延び、何人が死んだのか、俺は知らない。

罪に問われていないということは、つまりそういうことだろう。ここでもアリューシアやルーシーが裏で頑張ってくれたのかなとは思う。

そういうわけで、北区は今、俺にとってあまり気乗りのしない場所でもある。さっさと庁舎に向かうとするか。

「おはよう……おお、やってるね」

胸の隅っこに、どこかすっきりしない気持ちを抱えながらやってきた騎士団庁舎では、相も変わらず大勢の騎士が鍛錬に励んでいた。

「先生。おはようございます」

「ああ、おはよう」

入って間もなく、アリューシアに声を掛けられる。

普段のアーマーではない、動きやすい服装だ。彼女も騎士団の指南役ではあるから、ここで辣腕を振るっているのは何も不思議なことじゃない。

だが、今日の彼女は何というか……ただ単純に指導をする、というには些か気が乗り過ぎているようにも見えた。

「先生、今日は一つお願い事がありまして」

「ん? 何かな?」

なんだろう。

彼女のお願いごと、というのは割と珍しい。道場に居た頃から我が儘を言うタイプじゃなかったし、バルトレーンに来てからも特に何かを要望されることはなかったようにも思う。いや、俺を特別指南役に推したのが特大の我が儘と言えばそうなんだけども。

「私と一手、お手合わせ願えませんか」

「うん……うん?」

その透き通るような瞳をまっすぐに据えて。

アリューシアが、木剣を構えていた。