軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第78話 片田舎のおっさん、庁舎に立ち寄る

「それでは先生、私はこれで。ミュイもまたな」

「ああ、またね」

「……ん」

シャルキュトリの腸詰を堪能した後、店の前でスレナと別れる。

最初こそ多少の悶着はあったものの、最終的にスレナとミュイは悪くない関係は築けた様子で何よりだ。

ミュイは当たり前だが、表の知り合いが極端に少ない。ほぼ居ないといっても過言じゃないだろう。

学院に入れば友人の一人や二人は出来るだろうが、それでも彼女の世界を今後拡張していくには、コネクションとコミュニケーションは必須事項だ。

そういう意味でも、今この段階でスレナとミュイが知り合えたのは大きい。何かあれば冒険者を頼るという選択肢も出来たことだし。まあ、そんな出来事が起こらないことを俺は祈るばかりではあるけれど。

「さて、と。ミュイはもう帰る?」

「……ん。特にやることもねえし……」

いい具合に腹が膨れたところで、さてこれからどうするかなと少し考える。

別に、家に帰ってのんびりしてもいい。そのための休みでもある。

しかし、剣士として数十年生きてきた身体が、たとえ一日とはいえ剣も振らずに寝っ転がるという選択肢をどうにも拒否している。

「俺はちょっと騎士団庁舎の方に顔を出してくるよ。一人で帰れるかい?」

「馬鹿にすんな。道くらい覚えてる」

というわけで、ちょいと騎士団庁舎に挨拶がてら顔を出して、ついでに素振りでもやってくることにした。

この歳になると、ちょっと運動しないだけですーぐ無駄な肉がついちゃうからな。

「晩御飯はどうしようか」

「……何か適当に買って作っとく」

「そうか。それは楽しみだね」

「……ふん」

外に食べに行くのでもよかったが、どうやらミュイが何か作ってくれる模様。

ルーシーの家に居た時もそういう修行はちょこちょこやっていたみたいだし、俺もミュイの作る料理の毒見役なら喜んでやってやろうという心持である。

花嫁修業、と呼ぶにはちょっと大袈裟だが、それでも家事のレベルを上げていくというのは生活していく上で必要だ。

俺も手慰みに男料理を作ったりしたことはあったが、道場という実家でずっと育っていたから、率先して台所に立っていた記憶があまりない。バルトレーンに来てからも宿暮らしだったから、基本は提供される飯を食っていたわけで。

これは俺も練習した方がいいかもしれない。俺一人が食べるならどうとでもなるが、ミュイにも食べさせるとなると、あまり下手なものはお出し出来ないからね。

「それじゃ、またあとで」

「ん」

一旦飯から思考を引っこ抜き、ミュイと挨拶を交わして騎士団庁舎へ向かう。

日は丁度真上に昇ったところで、さんさんと降り注ぐ日光を浴びながらのお散歩だ。うーん、今日もいい天気。

ちなみに、バルトレーンでも俺の故郷のビデン村でもそうだが、レベリス王国は基本的に年間を通して気候が温暖かつ穏やかである。

乾季雨季の区切りもあまり明確にはなく、勿論夏は暑いし冬は寒いが、平均して考えると過ごしやすいと言えるだろう。だから農業や畜産業が発展したとも言えるな。収穫が多いということは、それだけ食卓が豊かになるということだ。

一方で、人間にとって過ごしやすい環境ということは、ほぼイコールで人間以外の生物にとっても過ごしやすいということ。

なので、レベリス王国はモンスターの生息数や種類も結構多い。俺のような木っ端の剣術師範であってもくいっぱぐれがない程度には、戦う術というものに需要がある。

まあ、痛し痒しといったところだな。人生は出来ることなら平穏に過ごしたいところだが、曲がりなりにも剣術で飯を食っている以上、飯の種が潰えるのは困る。

「やあ、いつもご苦労様」

「あ、どうもお疲れ様です」

なんてことをつらつらと考えながら歩みを進めていれば、もう目の前はレベリオ騎士団の庁舎であった。

門前の守衛に一声をかけ、するりと門を潜る。

流石に短くない期間、特別指南役としてほぼ毎日庁舎に通っていれば、門前のやり取りくらいは慣れてくるものだ。

守衛の人たちもこれだけの時間があれば、俺の顔くらいは覚えてくれるらしい。特に何か聞かれることもなく、すんなりと通してくれた。

ちなみにだが、バルトレーン内で戦う力を持つ組織というのは、主に三つある。

まずはレベリオ騎士団。首都バルトレーンを本拠地とした、王国が誇る最大戦力の一つ。

次に魔法師団。ルーシーがトップを務めている、騎士団と双翼を成す王国主戦力。

で、最後の一つが王国守備隊。庁舎前を見張っている守衛もそうだし、街の警邏全般を主な業務としている。

帯剣はしているが、見た感じ騎士よりもいくらか年配の方々が多い。俺と同年代くらいの人なんかもちょくちょく見かける。

騎士を退任した人が就く職業でもあるという。まあ第一線でずっと剣を振り続けるのは難しいしな。年齢的な衰えもあることだし。

王国守備隊はレベリオ騎士団に比べ、どちらかと言えば国内に目を向けた組織だ。

軽犯罪を取り締まったり、街と街を繋ぐ街道の保安なんかも担っているらしい。逆に騎士団とは違って外に向けて動くことはなく、モンスターの退治や外交的な働きなんかはほとんどしない。

守備隊も騎士団に比べれば数は多いが、人数に限りがある。王国全土に居るわけじゃないけどね。事実、ビデン村には居なかった。確かにあそこは、わざわざ専業の警備を付けなくても問題ないくらいの片田舎ではあるけどさ。

ただ、俺みたいな小市民にとっては騎士団や魔法師団よりも、守備隊の方が何かと世話になることが多い。騎士団は確かに民からの認知度も支持率も高い組織だが、市井に近しいのはどちらかと言えば守備隊の面々である。

まあ、今となっては騎士団との関わりの方が大分強くなってしまったわけだが。

冒険者とかはノーカン。あれは国に拠る組織じゃないし。

スフェンドヤードバニアの使節団が来るということは、スレナも言っていたが騎士団も警備やらなんやらで駆り出されることは想像に難くない。

しかし要人の警護だけならまだしも、街全体となると騎士の数が足りない。となると、王国守備隊との連携も視野に入るだろう。使節団の来訪がお祭り騒ぎになるのか、厳かなものになるのかは俺には分からないけれど。

「お、やってるね」

庁舎に入って修練場に足を運べば、相も変わらず木剣を振っている騎士たちの面々が目に入る。初めて来た時にも思ったが、皆本当に熱心だなあ。まあ、武に実直な姿は見ていて気持ちの良いものだ。

「おや、ベリル殿! 本日はお休みでは?」

そんな彼らの中から、俺の登場に気が付いた一人の騎士が声をかけてきていた。

「ああいや、指導のつもりはないんだけど、ちょっと剣を振りにね」

爽やかな笑顔を湛えながら近付いてきたのは、ヘンブリッツ・ドラウト。レベリオ騎士団の副団長を務める辣腕だ。褐色の肌に切れ長の目が特徴的な、一言で言えばイケメンである。

この歳で副団長という座に就き、顔もよく、また性格もよい。異性からはきっと引く手あまたなのだろうが、そういえば彼のそういった話はとんと聞かないな。いやまあ、わざわざ聞き質す程の内容でもないんだが。

「なるほど。剣に対するその真摯な姿勢、学ぶに値しますな」

「ははは、大袈裟だよ」

そんな彼は、俺の零した言葉に過剰とも言える反応を返してくれる。なんだかここまで無条件に慕われるとちょっとむず痒い。言った通り、ちょっと剣を振りに来ただけなんだけどな。

「……あ、そうだ。ヘンブリッツ君」

「はい。なんでしょう?」

「いや、ちょっと小耳に挟んだことだけど、スフェンドヤードバニアの使節団が来るらしいね?」

折角だ、気になっていたことを聞いておこう。新人若手の騎士でもなし、副団長である彼ならそこら辺の話も耳にしているはず。

「言われてみればもうそんな季節ですね。仰る通り、この時期にはスフェンドヤードバニアの使節団が毎年やってくるんですよ」

「ふむ」

どうやらスレナの情報は正しかったらしい。

「国王への謁見と、例年では街を遊覧されております。我々も警護に就いていますね」

「なるほど」

騎士団が警護に就くのは確定か。まあ、他国の要人が国を訪ねようという場面で、抱えている最大戦力を遊ばせておく理由がない。外面的にもここは騎士団が出張るところだろう。

さて、そうなってくると気になるのは俺の扱いだが。

「もしかして、俺も警護に参加する感じだったりするかな?」

出来れば勘弁してほしいんだけどなあ。

「どうでしょうな。ベリル殿は特別指南役ということで、叙任は受けておりません故……」

「ああ、そういえばそうか」

確かに、特別指南役とかいうポジションに就いてしまってはいるものの、実態はただの雇われ人である。叙任を受けたわけじゃないから、俺は騎士じゃない。

そうなると、面子的にも俺を前面に出すのは、国としてちょっと都合が悪いかもしれないな。そうであれば、俺も堅苦しい場に出ずに済むんだが。

「その辺りは、団長が判断されると思います」

「アリューシア次第、ってことか……」

なんかあの子、そういう外面とか面子とかフル無視して俺の存在を押し出しそうで怖い。ただでさえ、俺なんぞを特別指南役に推薦してしまった前科があるのだ。油断出来ないぞこれは。

「そう言えば、アリューシアは居ないのかな」

話題に出て初めて、彼女が修練場に居ないことに気付く。

俺が特別指南役とかいう立ち位置にたってしまい、更には普通に指導をしているもんだから忘れがちになるが、彼女はもともと騎士団長と剣術指南役を兼任している。

なので、俺が休みを申告した日には彼女が居るものだと思っていたが。

「少し所用で離れるとのことでした。すぐに戻ってくるとは思いますが……」

「ヘンブリッツ、只今戻りました。……おや、先生もいらっしゃったのですか」

「おっと。噂をすれば、だね」

声に釣られて振り返ると、そこにはレベリオ騎士団の麗しき騎士団長、アリューシア・シトラスの姿。

彼女はヘンブリッツへまず挨拶を投げ、その後少し驚いたような顔と声色でもって、俺への反応を示した。

まあ今日は来る予定なかったからね。彼女の驚きも然もありなんといったところである。

「先生、今日はお休みの申請を頂いていたと思いますが」

「なに、運動がてら少し剣を振ろうと思っただけさ」

彼女の問いかけに、笑いながら答える。

そう、おじさんは今日ちょっと剣を振りにきただけなのである。いつものルーチンをこなしに来ただけ。頃合いを見て適当に抜けようかなと思っていたので、悪いけど今日は指導するテンションじゃないのだ。休みの申請してるしそれくらいいいよね。

「そうですか、丁度よかったです。先生にお伝えしなければならないこともありましたので」

「うん? 何かあったかな?」

アリューシアがその表情と声色を整えて言葉を発する。どうやら俺に何か用件があるらしいが、はて何のことだろう。

まさか使節団の警備絡みの案件じゃないよな。先ほどヘンブリッツとそういう話をしていたがために、ついそっちに思考が寄せられてしまう。

「先生はご存知ですか。間もなくスフェンドヤードバニア使節団の来訪があるのですが」

「……ああ、知っているよ。今日耳にしたところだけど」

うげえ。嫌な予感しかしねえ。

「騎士団の特別指南役に就かれたということで、ご紹介の場を設けようかと」

やっぱりそういう話かよぉ。勘弁してくれよぉ。