軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話 片田舎のおっさん、お邪魔する

「ほれ、何をぼさっとしとる」

屋敷の大きさと外観にしばし目を奪われていると、先に門を潜ったルーシーから声が飛ぶ。

「いやごめん、大きいなと思って」

客という言葉も気になるが、その疑問は間もなく解消されるだろう。今ここで問い質したって意味がない。

とりあえず屋敷の外観に驚いた、というのも嘘ではない。一先ずそれを立て付けの理由として、ルーシーへの返答とする。

「ふふ、そうじゃろそうじゃろ。ま、とは言っても使っとる部屋は一部なんじゃがの」

俺の答えを受け取った彼女は嬉しそうに、しかし少しの苦笑いとともに言葉を紡ぐ。

まあこんな大きい屋敷じゃなあ。ルーシーとミュイ、それに使用人が居るとしても、それだけではとてもじゃないが持て余してしまうだろう。

「俺も家は探しているんだけどね。手頃かつ利便性の高い場所ってなると中々」

「中央区は地価も高いからのぅ」

俺の事情を少し零せば、返ってくるのは当然の答え。

そのお高い中央区にこんなデカい土地を持っているルーシーが何を言っているんだ、という感じではあるが、彼女は魔法師団の長である。それなり以上の給金を貰っていて然るべき存在だ。俺みたいな木っ端とは訳が違う。

俺としてもバルトレーンに住むことになってしまったからにはきちんとした住まいは持ちたいところだが、今の懐事情だと如何ともし難い。かと言って、これ以上の待遇を望むのも違う気がする。

師範として道場に立っていた時とは何もかもが違うから一概に比較は出来ないが、それでも悪くない金額は頂いているはずだしな。

しかし騎士団庁舎に通うことを考えれば、出来れば中央区に居を構えたい。住宅区である東区も悪くはないんだろうが、利便性を考えるとどうにも二の足を踏んでしまう。

まあ、一番の原因は今の宿がなんだかんだで便利だというところだ。そこそこ安いし場所も近い。酒場等の店が近いのも高得点。

下手に居心地がいいもんだから、巣立ちを迷ってしまうんだよな。いつまでも宿暮らしではちょっと格好がつかないという理由もなくはないが、こんなおっさんが今更そこら辺の外聞を気にしても詮無いことでもある。

まあいいか。少なくとも今この場で考えるべき内容でもないし。

ルーシーに一体どんな用件で呼ばれたのか、それを明確にするのがどう考えても先だ。

「それじゃ、お邪魔しますっと」

「うむ、遠慮なくあがるといい」

お邪魔しますの言葉とともに玄関を跨いだ先、広々としたエントランスがまずは目に飛び込んでくる。

うわあ、外見通り広い家だ。やっぱり少し羨ましい。いくつかの調度品も見られるし、広さで言えばビデン村の実家も狭くはなかったが、都会の家は一味も二味も違うな。

「ルーシー様、お帰りで」

「ハルウィ。今帰った」

あちこちに視線を配っていると、奥の扉から一人の女性が顔を覗かせる。

外見を一言で評すのであれば、素朴で整った顔立ちの使用人。やや皺が目立つものの、長い年月で培われたであろう気品を感じさせる風貌だ。

シニヨンで纏められた艶のある黒髪。同じく黒縁の眼鏡から覗く、透き通った黒の瞳は年齢相応、あるいはそれ以上の落ち着きを感じさせる。

「ベリル、こやつはハルウィ・シャディ。うちの使用人じゃ」

「ええと……お邪魔します、ベリルです」

「初めまして、ハルウィと申します。ベリル様のお名前は聞き及んでおりますわ」

どうやらこの方はハルウィさんと言うらしい。

年齢で言うと俺と同じかちょっと上かな。着ている服が使用人服でなければ、上品な貴婦人と言っても差し支えない程である。

とりあえずの挨拶を紡げば、返って来たのは流麗な言葉と所作であった。

しかし、聞き及んでいるって多分ルーシーづてだよな。どんな内容で話が入っているのかちょっと興味は湧いたが、ここで詳しく掘り下げる話題でもないか。

そういえば、ミュイは居ないのかな。この家のどっかに居ると思うんだけど。

「イブロイ様がお待ちです」

「分かった。直ぐに行くでな」

ハルウィさんの言葉に知らない単語が交じる。

イブロイ様。一体何処のどなた様でしょうね。当然ながら俺にはまったく聞き覚えのない名前だ。それもルーシーについていけば分かることだろうか。

「ベリル、こっちじゃ。ハルウィ、茶は要らん」

「畏まりました」

口頭で指示を出し、ずんずんと我が家を行くルーシー。そのまま付いていけばいいのだろうか。いまいち人の家って勝手が分からないところがある。こっちじゃ、と言うからにはその通り付いていくのが正しいのだと思うけど。

その間、ルーシーからの言葉を受けたハルウィさんは淑やかな動作で違う扉へと引っ込んでいった。

玄関を通り過ぎ、一つの扉の前へ。

場所的に厠や厨房というわけでもないだろう。おそらくは応接室というか、そんな感じなのだと予測は付いた。素朴な木製のドアがこちらとあちらを隔てている。

「入るぞ」

コンコン、とノックの音を重ね、ルーシーが扉を開けた。

ルーシーに倣って中に入る。やはり中は応接室と呼ぶべきもので、狭くない空間の中央にはテーブルが、そのテーブルを挟むように計四つの椅子が並べられていた。

空席は、そのうち三つ。

左奥の椅子には、既に先客が腰を掛けていた。

「遅いじゃないかルーシー君。待ちくたびれたよ」

「すまんの、イブロイ」

通る声は、やや年齢を感じさせるが爽やかなものだ。

イブロイと呼ばれた男性は、膝下まで隠れるローブに身を包み、ゆったりと椅子に腰かけていた。

白髪交じりの黒髪。しかし綺麗に整えられた髪は長さの割に清潔感をしっかりと感じさせる。年齢、は俺よりも上だろう。額と頬に刻まれた皺は決して浅くない。しかし、そこに威圧感などは感じることはなく、物腰柔らかな男、というのが見目と第一声から来る第一印象だった。

見るからに、好印象。そしてその分、多少の警戒をせざるを得ない。

胡散臭い、と言ってしまえば失礼だが、柔和な笑顔からは一筋縄ではいかない雰囲気も感じさせる。

何より、ルーシーを君付けで呼ぶほどの人物だ。ただのおじさんではないことは分かり切っていた。

「彼がそうかい」

「うむ、ベリルという。腕の程は保証しよう」

「……えっと、初めまして。ベリル・ガーデナントです……」

腕って。面倒ごとの予感しかしないんだが。

とりあえずの挨拶を出し、ルーシーの隣の椅子へと腰を下ろす。

配置としては、俺の右隣にルーシー。テーブルを挟んでルーシーの前にイブロイ。イブロイの隣の椅子は空席のままとなっている。

「さて。突然のことで多少の混乱もあると思う。まずは僕の自己紹介からさせてもらおう」

俺とルーシーの二人が席に着いたと見るや、口火を切るイブロイ。

うーん、別に会話の主導権なんてどうでもいいし、そもそも事情の分からない俺ではそれを握りようもないんだが、頼むから面倒なことは押し付けないで欲しい。眼前の男性の正体は今から明かされるとしても、どうにもルーシーが絡むと碌なことがないような気がしている。

「ははは、そう警戒しないでくれると助かるんだけど」

そんな俺の思惑は表情に出ていたか。笑いながらイブロイに諫められた。

だって仕方ないでしょ。いきなり連れてこられて見知らぬおじさんと邂逅となれば、多少の不満や疑問は出て然るべきだと思う。俺だって、無条件に初対面の人を受け入れられるほど出来た人間でもないのだ。

ごほん、と一つ咳払いを入れたイブロイが、少しばかり姿勢を整えた。

まあここまで来てしまった以上、その愚痴を零しても仕方がない。今はとりあえず彼の話を聞くことにしよう。

「僕はイブロイ・ハウルマン。スフェン教の司祭だ」

うわー、宗教関係者かよぉー。

面倒くさい予感しかしねえ。俺帰っていいかな。