軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第57話 片田舎のおっさん、魔法を知る

ルーシーと二人、日が傾きかけたバルトレーンの街並みを歩く。

相変わらずアンバランスな組み合わせだ。アリューシアといいスレナといい、有名人と肩を並べて歩を進めるというのはどうにも慣れない。

「元気のある子じゃったな。騎士団の若手か?」

「ああ、クルニのことかい」

手持無沙汰になりかけたところ、ルーシーから雑談の花が咲く。

確かにクルニはレベリオ騎士団の元気印と評して差し支えない。道場に居る頃から彼女は根っから明るかったが、その持ち味は今も輝きを失っていないようで何よりである。

「いい子だよ。まだ若いけど筋も良い」

「そりゃ何よりじゃの」

くくく、と笑い声を漏らしながら答えるルーシー。

騎士団と魔法師団の関わりというのは俺も良く知らない。以前フィッセルが、ポーションの卸しのために騎士団庁舎へ来ているのを見たくらいだ。

ただまあ、彼女の反応を見る限りでは、互いにそう邪険にしているわけではないようで何よりである。俺としても両方に知り合いが居る以上、仲良くやってくれるに越したことはない。

俺自身、書類上は騎士団に所属しているから、険悪な空気になると巻き込まれそうで怖いからな。おじさんは平穏に生きていたいのである。

「……ところで、これ何処に向かってるの?」

とりあえずルーシーに付いて行くように歩いていた俺だが、またしても目的地を聞いていないことに気付いた。彼女からはちょっと話があると誘われただけで、どこで何の話をするのか何も聞いていないのである。

「ん? わしの家じゃ。北区寄りの方にあるでな、少し歩くが」

「うん、まあ、それは構わないけど」

ルーシーの家かあ。何かでかい屋敷とか構えてそう。いや完全に俺の勝手なイメージだけどさ。

女性の家に御呼ばれするという、独身男性からすれば中々ないシチュエーションだが、悲しいかなそういう類のときめきは一切発生しないのがルーシーという相手である。

そういえばミュイも今はルーシーの家に世話になっているんだっけ。彼女の様子も気になるところだし、いい機会かもしれない。

「外では出来ない話かな」

それに、話をするだけであれば立ち話でも、どこかの店に入ってでも出来るはずだ。わざわざ彼女の家にまで赴くことを考えれば、話の重要性と秘匿性も変わってくるというもの。

「まあ、ちょっとな」

そんな俺の言葉を聞いて、ルーシーは少しばつが悪そうに苦笑する。

うーん、彼女の性格から考えるとやや珍しい反応のようにも見える。いつもあっけらかんとしている彼女からすると、この煮え切らない反応は何か複雑な事情があるのでは、と要らぬ勘繰りをしてしまいそうになるな。

本当に厄介事じゃなければいいんだけどなあ。

「そういえばお主、面白い得物を持っておるの」

「ん? ああ、この剣のことかな」

ルーシーが俺の腰に差した得物を見て、零す。

まあ面白いと言えば面白い代物なのだろう。赤い皮で出来た鞘など早々見かけるものじゃないしな。

しかしてっきりルーシーは魔法専門なのかと思っていたが、近接武器にも心得があったりするのだろうか。

「ちょっとした伝手でね。ルーシーも剣に詳しかったり?」

「いや、からっきしじゃな」

いやダメなんかい。

「ただ、微かに魔力を感じるのぅ。魔装具が纏っとる魔力に近い」

「へえ……」

そんなの分かるものなんだね。

俺は魔力のまの字も分からないし適性がてんでないからさっぱりだが、彼女ほどの魔術師になれば、そういうのも感じ取れるようになるのだろうか。

「じゃあもしかしたら、俺も魔法が撃てたりするのかな」

「どうじゃろうな。本当に微かじゃから、多分無理だと思うが」

「そっか……」

まあ期待はしてなかったけど。期待はしてなかったけどちょっと残念だ。

「しかし、魔力の有無なんて分かるものなんだね」

「個人差はあるがの。分かるやつには分かると思うぞ」

そういうものかあ。なまじ自分が全く分からない領域のことだから全然ぴんと来ない。今度フィッセル辺りにも聞いてみようかな。

そういえば、アリューシアやスレナ、クルニたちも魔法に関しては何も言わなかったし聞いてもいないな。やはりそういう資質を持つ者は限られてくるのだろう。

「凄いね、魔術師は」

「何を言うか。お主ら剣士は殺気を感じることが出来るんじゃろ? 同じようなもんじゃろ。むしろわしから言わせればそっちの方が凄まじいわ」

「……なるほどね」

あー、うん。今の言葉でなんとなく分かった。

確かに常人に殺気を感じろ、というのはちょっと無理な話のように思う。俺だってどうやって殺気を感じているのか、具体的に説明しろと言われれば難しい。魔力を感知出来るのは、殺気の魔法版とでも言うべきものなのかな。

「あ、そういえばさ。少し気になっていたことがあって」

「ん? なんじゃ?」

せっかく魔法の話になったので、ついでと言っては何だが少し気になっていたことを聞いてみよう。

「君たちが使うのは魔法だろう? どうして『魔法使い』じゃなくて、『魔術師』って呼ぶんだ?」

そう。

魔法って単語はこの世界に溢れている。そして、その魔法を使う者も珍しくはあるが、世に認知されている。

ならば、普通に考えれば『魔法使い』と呼んでもいいものだが、何故か世間一般には『魔術師』と呼ばれている。

ちょっとした言葉の違い、と言われればそれまでかもしれないが、何となく気になっていた。ので、聞いてみた次第。

「なんじゃお主、本当に魔法については何も知らんのじゃな」

「悪いね、無知なもので」

返ってきたのは、小さい溜息と俺の知識に対する指摘であった。

しょうがないじゃん、魔法の世界ってのは本当に俺にとっちゃ無縁だったんだからさ。

「まあよい、歩きがてら教えてやるとするか。喜ぶがいいぞ、わしの講義なぞ本来なら金を取るところじゃからな」

「ははは、それじゃあありがたく拝聴いたしますってね」

ルーシーの家は北区寄りにあるということだから、まだもうしばらくは歩くだろう。ただ黙って歩くには些か長い道のりだ。雑談の延長でそういう知識を蓄えておくのも悪くない。

「そもそも、魔法という言葉が指す範囲は広大でな。定義としては、魔力を媒介して発生し得るすべての事象を指す。じゃから、意味合いとしてわしらは全員魔法使いではある」

「ふむ」

おっと、どうやらルーシー大先生の講義が早速始まる模様。ありがたく耳に入れるとしよう。

しかし、魔力を媒介する全ての事象か。指定される範囲がとんでもなく広い。実際に魔法でどういうことが出来るのか、なんて知識は俺にはないが、それでも魔装具なんて代物がある以上、その範囲はとてつもなく広いんだろう。

「魔法という概念自体は昔っから存在しとるが、それを人の手で操れるようになったのは割と最近らしくての。その中で、『人の手で再現出来る事象』を魔術と呼びはじめ、魔法と区別し始めたそうじゃ」

「……なるほどねえ」

「要は、魔法という広い括りの中に魔術があるという感じじゃな。本質はどっちも同じじゃよ」

ルーシーが「らしい」や「だそうだ」なんて表現を使うってことは、その起源はやはり俺たちが生きているこの時代よりも随分と昔にあるのだろう。

剣だって古代から人間が扱ってきた武器には違いないが、魔法にはそれと同等、あるいはそれ以上の歴史の重みが感じられる。俺が操る剣術だって連綿と継がれてきた技術であることは確かだ。間違ってもぽっと出で使えるようになった技ではない。

「じゃから、今の魔術師に魔法使いを名乗れる奴は一人も居らんよ。名乗れば、そいつはすべての魔法を扱えることになってしまうからのぅ」

ルーシーほどの魔術師ですら、魔法の深淵は覗くどころかその淵に立つことすら許されていない。まったく、気が遠くなるような学問だ。

「大変なんだね、魔術師ってのは」

「くくく、そりゃそうじゃ。日々研究と研鑽の毎日じゃよ」

日々研鑽を重ねるってのは剣術にも通ずるものがあるが、多分その密度と精度は剣の比じゃないんだろうなあ。いや、俺だって楽して剣を修めたわけじゃないけどさ。こういう話を聞くとどうしても比較してしまうのだ。

「今、人の手で再現出来る魔法は世に存在し得る魔法の一割にも満たんらしい。まったく、先の長い話じゃ」

最後に、半ば投げうったように言葉を吐き捨て、ルーシー大先生のありがたい話が締め括られた。

「俺にはまったくついていけない領域だってのはよく分かったよ。ありがとう」

「ははは、これくらいなら構わんでな」

多分、魔術師にとってはさっきの話は基礎中の基礎というか、当たり前のことなんだろう。

いい年こいてそんなことすら知らなかった自分に少しばかりがっかりする気持ちも湧くが、ビデン村のような片田舎では得られる情報にも限りがある。

いいんだよ、村暮らしに魔法の知識は不必要だったんだから。それに、この年になってもまだまだ知識として学ぶことが多くある、ってのは悪いことじゃない。物事は前向きに捉えていこう。

「……っと、ここじゃ」

色々なことを喋りながら結構な時間歩いていると、どうやらルーシーの家に到着したらしい。

時刻としてはちょうど夕刻、世界が闇に飲み込まれる少し手前。もういくらか時間が経てば、日が沈み暗闇が世界を照らすのだろう。

話の内容にもよるが、時間次第では帰りはすっかり夜になりそうだな。

「……大きいねえ」

着いた先で視線を上げれば、眼前には立派な門構えを見せる大きな屋敷。やっぱりいいところに住んでんじゃん。少しだけ羨ましい。俺の身分でこんなデカい家に住んでも持て余すだけだけども。

「さ、遠慮なく入ってくれ。今日は客も来とるでの」

立ち止まったのは数瞬。

勝手知ったるなんとやらで門を開けたルーシーに倣い、屋敷の前に広がる庭へと足を進める。

「……客?」

どうやら、ルーシーに招かれた招待客は俺だけじゃないらしい。

まったく、どこの誰が待ち受けているのやら。興味は湧くが期待は膨らまないね。