軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第53話 ミュイ・フレイア

アタシは、物心ついた時から姉さんと一緒だった。

今思えば、随分とボロ屋に住んでいたものだと思う。

両親の記憶はない。アタシを生んでどこかに行ったのか、それとも死んだのか。そんなことを考える余裕もなかったから、深く気にしたこともなかった。

そんなことより、今日明日をどうやって生き延びていくかの方が重要だったから。

姉さんは小さいアタシをよく気にしてくれて、優先的に食べ物を融通してくれていた。その時のアタシは、その食べ物がどこから手に入ったものなのかなんて考えることもなく、ただ目の前に出された食料を口に入れる日々が続いていた。

それでもいくらか年月が経てば、毎日ボロボロになって帰ってくる姉さんを見て、このままじゃだめだな、くらいの感覚は芽生えてくる。

アタシも手伝う。

何歳の頃だったか。そんな言葉を口にした記憶が残っている。

アタシの言葉を聞いた姉さんは一瞬意外そうに口を開くも、次には優しい口調で、無理をすることはないと諭してくれた。

無理じゃないと珍しく姉さんに反抗し、口論とまではいかなかったが、アタシの手伝いを一言で許さなかった姉さんに少し、不貞腐れていたように思う。

結局アタシは、姉さんに引っ付いて裏町の色んな雑用を引き受ける仕事をするようになった。

それからはお決まりの日々。毎日毎日ヘトヘトになるまでこき使われて、手に入るのは幾ばくかのお金か、一日持つかどうかという食料の現物支給くらい。

仕事だって、どぶ浚いから草むしり、ペットの世話まで何だってやった。中には本当に珍しく、子供だからという理由で少し色を付けてくれた人も居たが、そんなのは極少数だった。

それでもまあ、満足はしていなかったけれど、絶望するほどでもなかった。その日暮らしは出来ていたし、帰ったら姉さんが居るし、姉さんが居れば何とかなったから。

最初の頃、アタシと姉さんはよく一緒に仕事をしていたが、しばらくするとそれぞれ別の仕事を請け負うことになった。

姉さんの顔色とは裏腹に、日々得る食料の質が少しずつ上がっていったのはこの頃からだったように思う。

「ミュイは何も心配しなくていいからね」

小さい頃から聞いていたある種の常套句だが、その時は更に頻度が増えていた。

今にして思えば、アタシへの慰めと償いの言葉だったのかなと思うが、結局その真意は掴めないまま、掴むことは叶わなくなった。

「ここか。随分とボロっちいところに住んでやがる」

ある日。

先に仕事を終えたアタシが姉さんの帰りを待っていたら、やって来たのは姉さんではなく男だった。

「おう、いたいた。お前がミュイ、か?」

そうだ、と声に出すのは簡単だった。相手は図体が些か大きかったが、それくらい大きくてガラの悪い男なんて、今まで何度も相手にしてきた。

「お前の姉さんなんだが……気の毒なことにな、亡くなっちまった」

全然気の毒にも感じていないような口調で、男は言った。

どうして。なんで。どこで。いつ。様々な疑問が脳内を駆け巡ったが、それらの言葉は終ぞ口を突いて出ることはなかった。

「これ、見覚えあるか?」

呆然と押し黙る私を他所に、男はそう言って何かを投げてきた。開けられた扉から差し込む光にあてられて煌めくそれを、反射的に受け取る。

姉さんがいつも身に着けていたペンダントだった。

それを見て漠然と「もう姉さんには会えないんだな」と感じた。諦めではなかったが、それでも絶望にも似た感情は渦巻いていた。

「お前のことを頼まれていてな。こうしてやってきたってわけだ」

男は若干の面倒臭さを醸し出しながら、続きを紡いだ。

信用は、出来なかった。出来なかったが、それでも姉さんが居なくなったという事実を突きつけられた今、どうすればいいのか分からないというのが正直なところだった。ぐるぐると、出口のない思考が脳内を廻る。

「身内を生き返らせたけりゃ付いてきな。なに、取って食いやしねえよ」

提示された望外の選択肢。

選ばない理由も、建前も。幼いアタシに用意することは出来なかった。

それから、どぶ浚いとか草むしりとか、汚くて割が悪い仕事から足を洗うことは出来た。代わりに、別の意味で汚い仕事をするようになったけれど。

最初は勿論嫌だった。だけど、一度慣れてしまえば後は惰性で何とかなってしまった。当たりはずれはあったものの、下手に下働きをするより遥かに楽に、沢山のお金が手に入ることも大きかった。

「ほれ、持っとけ」

ある日、あの時のペンダントのように投げ渡されたアクセサリー。

聞くところによると、魔装具、というものらしい。一時的に魔法の効果を出せるものだそうだ。どうやら私は、最低限以上には気を遣われているらしかった。

こう言っては何だが、これには度々お世話になった。主に捕まりそうになった時に。

アタシだって日々を生きるのに必死だったんだ。今捕まってしまえば、今後更に仄暗い人生を歩むことになるってことくらい、想像は付いていた。

ただ、アタシは別に自分のためにこんなことをやっているわけじゃない。

すべては姉さんを生き返らせるため。

そのためには何だってやる覚悟だった。

男は最初、膨大な金がかかる、とだけ言っていた。

どれくらいだ、と何度も聞けば、渋るように五百万ダルクは下らないと零した。

五百万ダルク。大金だ。

でも、姉さんのためなら集められる。集めて見せる。何ならもう少し危ない橋を渡ってもいいかもしれないと考えていた。仕事には慣れてきたし、魔装具があれば早々捕まるようなことはないはずだと思っていた。

だけど、その魔装具もいつしか使わなくなった。

相手を追っ払うための炎を、いつの間にか自前で出せるようになったから。

最初は魔装具が勝手に暴走したのだと思った。けれど何というか、コツとでも言うべきものだろうか。二度三度と繰り返すうち、何となく、炎の出し方というものが分かった。

別に喜びはしなかった。元々魔装具を使えば出ていたものだし、それが具体的に何かの糧になるとも思えなかったから。

「へえ、すげえな」

一応、私を拾った男に報告はしてみた。まあ、その反応はお世辞にも大きいとは言えなかったけれど。

炎が出せたからと言って何だというのだ。まさにアタシの考えはそれだった。

別に炎で姉さんを生き返らせられるわけじゃない。そりゃ多少は便利だったけど、それ以上のものではなかった。

とにかく、五百万ダルクを貯める。そのための手段の一つ。

アタシの目的は何もぶれちゃいなかった。

だから、今日もやることは変わらない。

「――そういうのは感心しないねえ」

びっくりした。とにかくびっくりした。

今まで、スった後に追いかけられたことはあれど、スる前に勘付かれて止められるなど一度もなかった。

「……チッ!」

掴まれた腕に意識を集中して、炎を生み出す。パニックにならなかったアタシを自分で褒めちぎってやりたかった。

何とか逃げられはしたけど、根城に帰った後、大切な物が無くなっていることに気付いた。

「もしかして、探し物はペンダントだったりするかい?」

翌日。アタリを付けた場所で落とし物を探していると、昨日のオッサンとまた出くわした。しらばっくれようと思ったけど、向こうはアタシのことを覚えていたみたいで無駄だった。ちくしょうめ。

その後はオッサンに仕方なくついて行って、何故か騎士団の庁舎に連れていかれるわ、根掘り葉掘り聞かれるわ、訳の分からないガキがいきなり飛び出してくるわで散々だった。今までの短い人生の中でも一、二を争うくらい慌ただしい一日だった。

その中で、目的が果たせないことも知った。

嘘だと思いたかった。じゃあアタシは今まで何のために頑張って来たんだと。

疲れた。

何もやる気が起きなかったし、大人たちの言葉に逆らう元気も理由もなかった。

でも。

疲れたけれど、何かが暖かかった。

それが何なのか、アタシには分かんねえけど。

「貴方のような少女が憂き目に遭っていること自体、我々としては看過できません。我々が味方になれるかは分かりませんが、少なくとも敵ではないですよ」

気高いと噂の、アタシなんかとは対極に位置するであろう騎士団長も。

「お主の尊厳も、姉の尊厳も守らねばならんものじゃ。そして、それを守れるのはお主しかおらん」

アタシよりも幼そうな魔法師団の長も。

「もう少しだけ、付き合ってもらうよ。何とかしてあげたいって気持ちはあるんだ」

一見頼りなさそうだけどめちゃくちゃ強かったオッサンも。

アタシが今まで見てきた大人とは違うものだった。

姉さんのことは気になる。当たり前だ。アタシは姉さんが死んだところも見ていないし、亡骸も見ていない。ただ男の口からその事実を聞いただけだ。

でも、どうしようもないじゃないか。アタシは弱いんだ。大人の言葉を信じて愚直にやる以外の選択肢があったのなら、誰かアタシに教えてほしい。

「アタシは、これからどうすりゃいいんだろうな……」

すべてが終わった後に呟いた言葉。

「まあ、何とかなるし何とかするさ。それが大人の責任だ」

そんなアタシの言葉に応えてくれたのは、やっぱりオッサンだった。

信用、は、どうだろう。出来なくはないと思う。少なくとも、今まで出会って来た意地の悪い大人とは違う気がする。

思えば随分とお人好しなオッサンだ。元々アタシが財布をスろうとしたことが切っ掛けなのに、そんなアタシに気を遣おうとしている。

嬉しくないことは、ない。でも、どう対応すればいいかなんて、アタシの少ない知識と経験じゃ些か難問過ぎた。

……まあ、今は大人の言葉に従う以外の選択が取れないというのも事実。

それなら一度、この連中を信じてみてもいいんじゃないかな。

「ミュイもまたね」

あの場所から戻ってきた後。

背にかけられた声は、酷く優しくて。

とても柔らかくて、でも少し、頼りなさそうで。

「……ふん」

兄、というには少し、年が離れすぎている。

もしアタシに父親が居たら、こんな感じだったのかもしれない、なんて。

「ほれ、ミュイはこっちじゃ」

ふと思いついた戯れに耽りそうになったところ、ぐいぐいと腕を引っ張られ、合わせて意識も浮かび上がる。

さしずめコイツはクソ生意気な妹だな!

血が繋がってるなんて想像もしたくないけど!

……でも。

姉さんのことは一旦置いておくとしても。

少しだけ、前に向くことが出来たような気がした、そんな一日だった。