軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話 スレナ・リサンデラ

私の人生は、絶望から始まった。

私は、各地を転々とする貿易商の娘として生まれた。

大都市に着いてはいつも忙しなく動く両親の背を見ながら、慌ただしい幼少期を過ごしていたように思う。

一か所に留まることがないから、友人といった類のものも出来なかった。

そもそも、私はどうやら人と話すのがあまり得意ではなかったらしく。仮宿に身を落ち着ける度、部屋の中でのんびりと日々の移ろいを感じていた。

「スレナは大人しくていい子だね」

両親からは、そんな言葉も掛けられた。

愛情を感じなかったわけではないが、それでも日々の糧食を得るために多忙を極めていた両親だ。私に割いていられる時間は、普通の親子関係よりも遥かに少なかったのかもしれない。

私としてもぼんやりと、両親の邪魔をしてはいけないな、くらいには考えていた。それが彼らの目に好く映っていたのなら幸いだ。

いつもの様に、都市から都市へ、国から国へ。

沢山の荷物を持ち、最低限の護衛を就けて。

そんな日々は、唐突に終わりを迎えた。

「敵襲!! デカいぞ!!」

その時何が起こったのか、私はよく覚えていない。

突然馬車が物凄い振動に揺られ、周囲の人間がバタバタと動き始め、それからしばらくして怒号と悲鳴が響き渡った。

「スレナ! 逃げて!!」

最後に耳にした母親の声は、悲痛と悲愴に塗れたもの。

半壊した馬車から、放出されるように母親に突き飛ばされた。

とても大きくて、とても怖いもの。

長く直視することは叶わなかった。けれど、その姿は脳裏に強く焼き付いている。ただ本能的な恐怖を植え込まれ、ひたすらに当て所なく逃げ惑った。

「――君! 大丈夫かい!?」

どれだけ歩いたのか、さっぱり分からない。

今思えば、よく小さな身にそれだけの体力があったものだと思う。

交易路からは随分と外れた片田舎――ビデン村の外縁に辿り着いたところで、私は一人の村人に発見され、保護された。

それから私は意識を失っていたようで、どのようなやり取りがあったのかは知らない。

気が付くとどうやらどこかの家に拾われたみたいで、見知らぬ天井と治療を施された自身の身体が目に付いた。

「やあ、気が付いたかい?」

「……」

見知らぬ人について行ってはいけませんよ。

母親から口酸っぱく言われていた言葉を思い出す。

成り行きとは言え、まさに見知らぬ人の厄介になっている現状に、子供心ながら拙いぞ、という認識はあった。ただし、年端もいかぬ子供に出来たのは精々が黙秘することくらいだったが。

「君、名前は?」

「……スレナ」

私を拾ってくれた人は、辛抱強く私に付き合ってくれた。

散々無視した挙句に絞り出せた一声が自身の名前のみ。命の恩人に対してあまりにも不躾ではあったものの、何があったかとか、どうしてあそこに居たのかとか、そういうことは終ぞ喋る気にならなかった。思い出したくもなかった。

今思えば何と恥知らずなのだろうと汗顔の至りだが、当時は幼かった故致し方ない。

それから、その家で厄介になりながらしばらく無為な時間を過ごした。

いつまで経っても迎えに来ない両親について、幼い身ながら何となくその末路は予感していた。両親を襲った脅威は、私なんかでもすぐに分かるくらい恐ろしいものだったから。

「……これは?」

「木剣。どうだい、気分転換にでも」

どれくらいの時をそうやって過ごしていただろうか。

ある日、保護してくれた人が一本の木剣を持って私を誘いに来た。

その時初めて、ここが剣術道場を開いているのだと知った。

「そうそう。ははは、スレナは筋がいいなあ」

「……」

特にやることもなく、ある程度落ち着いた私は、彼が勧めるがまま道場で木剣を振るっていた。

剣を振ることは別段好きではなかったが、嫌いでもなかった。何より、こうやって身体を動かしていると、特に何もせずぼうっとしている時よりは幾らか気が紛れる。

当時は随分と気にかけてもらっていた。

その気遣いに、少しは報いたいと思った。

だから私は、幼い身ながら考えて、剣を振った。

見知らぬお兄さんは、私の中でいつの間にか優しいお兄さんになっていた。

「スレナは随分と身軽なんだね。双剣なんかも似合ったりして」

「……」

道場に居た約三年間、私が双剣を振るう機会は終ぞ訪れなかったが、彼のその言葉は妙に頭に残った。

思えば、能動的に何かをやる、というのは生まれて初めての経験だった。

両親と一緒に居た頃はそんな余裕がなかったし、私の我が儘で迷惑を掛けたくもなかった。

でも、何となく。

本当に何となくだけど、剣の道もいいな、と思い始めていた。

それは復讐であったかもしれないし、逃避であったかもしれないし、憧憬であったかもしれない。

当時の心持は既に朧気となって久しいが、それでも私の中で一つの道が切り拓かれたのは事実だった。

「スレナ、元気でね」

月日は流れ、私は義理の両親の下へと預けられることとなった。

今日はその引き合いの日。

人の好さそうな顔をした、少し老いの見える二人の男女が私の方へ視線を寄越していた。

今日から私はただのスレナではなく、スレナ・リサンデラになる。

らしい。

「先生」

「うん?」

曲がりなりにも剣を教えてもらっていたのだから、お兄さんは違うよな、と思い立ち、私は彼のことを先生と呼ぶことにしていた。

皆からもそう呼ばれていたし、それで違和感はなかったように思う。お兄さんは何故か、ちょっと複雑そうな顔をしていたけれど。

「ありがとう、ございました」

「どういたしまして」

きっとこの時が、初めてお兄さんにお礼を言えた日。

三年もお世話になっておいて今更、なんて思う気持ちもあったが、万感を含んだ一言のつもりだった。

新しい両親は、良い人だった。

甘やかすでもなく、厳しく躾けるでもなく。伸び伸びと過ごさせてもらったように思う。

冒険者になりたいといった時にも、驚きこそあったが反対はされなかった。ただただ身体の無事を願われ、何ともくすぐったい気持ちにはなったが。

冒険者になりたかった理由は幾つかある。

一つは、元々両親が世界を回る仕事をしていたから、私も自分の足と目で世界を見てみたいと思ったこと。

一つは、三年という短い期間ながらお兄さんから学んだ剣を活かしたいと思ったこと。

一つは、漠然と強くなりたいと思ったこと。

一つは、過去の私と同じような目に遭っている人たちを、可能であれば救ってみたいと思ったこと。

どれもこれも、子供の夢と一笑に付されてもおかしくはないもの。

けれど、両親は反対しなかった。

だから私は、自分のエゴのために、冒険者になった。

冒険者となって訓練を行ったり依頼をこなしていくうちに、お兄さんの凄さというものが何となく分かってきた。

同時に、そんな人に稽古をつけてもらっていたという自信が、私を更なる高みへと押し上げていった。

「え……あ…………ベリル……先生……?」

衝撃だった。ただひたすらに衝撃を受けた。

冒険者となった私は、苦節と挫折を味わいながら地道に活動を続け、何時しか最高位と呼ばれるブラックランクにまで上り詰めていた。

ここまで来れたのは偏に自身の努力と、そういう身体に産んでくれた両親のおかげだと思う。けれど、全ての切っ掛けと言ってもいいお兄さんのことを忘れることはなかった。

凡そ二十年ぶりに再会したお兄さんは、随分としわが増えていて。

けれど、一目見て分かるくらい、その人の好さは健在だった。

「報せに行きたかったのですが、冒険者として動き始めてから中々その機会に恵まれず……思いがけぬ再会でした」

何とか私を思い出してもらった先生に告げた言葉は半分本当で、半分は嘘だった。

会いに行こうと思えば会いに行けた。

依頼は確かに忙しかったが、プラチナムランクになった辺りからは金銭的な余裕も出てきたし、ビデン村に馬車を飛ばすくらいは訳なかった。

何と言うか、ほら、気恥ずかしいとかあるじゃないか。

それだ、きっとそれ。

こともあろうに、シトラスと一緒に居るのは想定外中の想定外だったけれど。何だ特別指南役って。ずるいぞ。私だってまた教えてもらいたい。

しかし私は既に最高位の冒険者。人に教えを乞う立場ではなくなっていた。どちらかと言えば人に教えることの方が圧倒的に増えた。

最近は 特別討伐指定個体(ネームド) の動きも不穏だし、言っている間にも新人研修が――

そうだ。新人研修だ。

となれば自然、監督者が必要になる。

それも飛び切り腕の立つ。

――これだ。

「実は先生を少し、冒険者ギルドの方で借り受けたくてな。一応その許可を取りに来た。ギルドマスターからの書状もある」

ギルドマスターのニダスに大売り込みをかけて、ねじ込んだ。

これが通れば私と先生はともに赴くことが出来、先生のお力も目にすることが出来るという寸法だ。どうだシトラス、参ったか。

……別にシトラス個人を嫌っているわけではない。よく出来た人間だとも思う。

ただ、交易路で魔物に襲われたという過去の事実が、騎士団という団体そのものへの不信感になっていた。

「くたばれこの野郎!」

「ゴォオオオオアアアッ!!」

先生の剣が、ゼノ・グレイブルの口腔を貫く。

――流石だ。あの速度について行ける冒険者が果たして何人居るのか。その巨体からは考えられないスピードで動くゼノ・グレイブルを、先生は確実に捉えていた。

まさかここで特別討伐指定個体に出会うとは思わなかったが、奴も運が悪い。私と、よりにもよって先生が居る時に姿を現したのだから。

「――随分と暴れてくれたじゃないか、クソ野郎が」

だが、感謝はしよう。

こうやって先生と共闘出来たのだからな。

お礼に、一思いに殺してやる。安らかに眠れ。

「冒険者に、興味はありませんかな?」

「いえ結構です」

すべてを終えて戻ってきた冒険者ギルド。

そこで行われたニダスと先生のやり取りに、私は吹き出すのを必死で堪えた。

先生が、一介の冒険者などという小さな器に収まるわけがない。

何なら先生が騎士団の特別指南役とかいう訳の分からない役職に就いているのもおかしいくらいだ。もっといい席を用意出来なかったのかシトラスは。

断りを入れた先生の横顔を、それとなく眺める。

普段通り、人の好い、柔らかい顔だ。

このまま先生が順当に活躍していけば、いずれ国中の、いや、世界中の剣を志す者たちが知る顔になるだろう。

剣聖という、称号とともに。