軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 アリューシア・シトラス

――やはり、先生は凄い。

ヘンブリッツの言いがかりから突然始まった模擬戦ではあるが、かえって幸いだった。こうして先生の強さを皆の前で披露することが出来たのだから。

「流石の御手前でした、先生」

「ああ、ありがとうアリューシア」

十分もの長時間、打ち合いを演じた先生を労わるべくタオル片手に近付く。

先生は大粒の汗をかいてはいたものの、その息遣いに荒さはなく。体力的にもまだまだ動けることを感じさせる。

対するヘンブリッツは肩で息をしているというのに。

打ち合いは、ほぼ一方的な展開だった。

先生に一つの被弾もないのに「ほぼ」と評したのは、先生が徹底して後の先を取りに行っていたからだ。先生の強みを考えれば、そのスタイルは不思議ではない。

最初の胴打ちから次の袈裟切り、その後の打ち合い。

それら全てを、先生は 見(・) て(・) か(・) ら(・) 確(・) 実(・) に(・) 捌(・) い(・) て(・) い(・) た(・) 。

この人は、反応速度と動体視力の域が常人のそれではない。

他の技術も十分に高いレベルだが、その二点は明らかに常軌を逸している。

私でもあそこまで完璧に後の先を取り続けるのは不可能だ。

それを涼しい顔してやり遂げる天才。

それがベリル・ガーデナントという傑物だった。

「けど、何とか俺が教えられることもありそうでよかったよ」

「またご謙遜を。先生から学ぶことは皆、数多くあります」

だがその本人はどうにも謙虚と言うか、自分の強さを自覚していない節がある。

このレベルに達している人物が自分を「まあまあ」程度の剣士と思い込んでいることはいっそ滑稽でもあるが、私はそれを敢えて突かない。

強さを鼻にかけるでもなく、慇懃無礼でもなく。

自身の強さに自分で折り合いをつけ、自然体を保てる姿もまた好感が持てると考えているからだ。

まだまだ、先生には教わることが多い。

それは、餞別の剣を賜った時から変わっていない気持ちだった。

「アリューシア。これを君に渡したいと思う」

「これは……?」

――それは、何年前の出来事だったか。

随分と昔のことのように思えるし、昨日のことのようにも思える。

先生の下で剣を学んで四年。

自分でも驚くほど、日に日に強くなっていることが分かった。

でも、それでも届かない。あの頂にはまだ届かない。

すべてを見通す剣。

極限まで無駄を削ぎ落とした動き。

究極ともいえる自然体を体現した構え。

私程度が先生の域に到達するにはまだまだ不足。

そう思っていたのに。

あの日私に手渡されたのは、免許皆伝を意味する餞別の剣だった。

「君は十分に強くなった。俺が教えられることはもうないよ」

「そんな、先生! 私はまだ……!」

認められたのは素直に嬉しい。

しかし現状の実力に自身が満足しているかと問われれば、間違いなく否だった。私はまだ先生の足元にすら及んでいない。こんな体たらくで何が免許皆伝か。

「勿論、道場を離れるかどうかは君が決めていい。ただ、本当に俺が教えられることがほとんど残っていないんだ。それは理解してほしいな」

「…………」

先生の声、そして表情からは若干の申し訳なさと、それでも真摯な姿勢が十分に伝わってきた。同時に、気付いてしまった。

ああ、きっとこの人は、自分自身の力を分かっていないのだ。

謙遜に謙遜を重ね、自分の底を決めつけてしまっている。

先生の実力は言い方こそ悪いが、こんな田舎の剣術道場師範で収まるような器ではない。けれど、この限定された場所ではそれに気付くことすら許されなかった。

「……分かりました。謹んで、拝受致します」

そうして、私はビデン村の道場を離れた。

彼に、もっと相応しい場所を用意するために。

その後、私の足は自然とレベリオ騎士団へと向かっていた。

この国で一番の剣の道を示せる場所。

私の思い付く限りでは、そこが最善だと思えたからだ。

「只今より、騎士団選抜試験、実技を開始する!」

教官役と思われる騎士の厳しい声が響く。

先ずは、候補生同士の模擬戦。そこから成績の良かったものが選抜され、更に教官との模擬戦。そうして実技の検定を終えていく。

騎士団への入団は、私からすれば呆気ないものだった。

誰も彼も、剣が遅すぎる。先生の方が三倍は速い。教官役と呼ばれている練達すらも、先生に比べれば倍以上、反応の速度が違った。

先生の速度に慣れ、それが頂であると認識していた私にとって、ここは正しく路傍の通過点。苦戦などしようがなかった。

結果。

実技、筆記ともに満点で通過した私はビデン村を離れてすぐ、レベリオ騎士団の一員となった。

そこから騎士団長の座に昇り詰めるまでは、まあそれなりに色々とあった。

やはり国の直轄機関ともなれば、単純な剣の力でのし上がれるほど甘くはない。親が商人の出だったから、多少はそういう腹芸にも免疫があったのは幸いだった。

「……ふふ、相変わらずあの人は変わりませんね」

返ってきた手紙を読み返しながら、一人耽る。

ビデン村を離れてからも、私は定期的に先生へ文を飛ばしていた。主に私の現状を知って欲しいことと、繋がりを保っていたいという個人的な欲求から。

そんな私にも彼は、しっかりと返事を寄越してくれる。浅ましく、そして重たい女だと思われていないか、それだけが若干の気がかりだ。

文面を見る限りそう邪険には扱われていないはずだが、こればかりは本人に聞かないと分からない。聞く度胸も中々ないけれど。

先生の謙遜っぷりは、私が卒業した後も変わっていないようだった。

でも逆に、それでこそ先生だなとも思う。

目を閉じて浮かぶのは、朗らかな微笑みを湛えながら剣を握る先生の姿。

自然と、帯剣した鞘に指が伸びる。

「やっと、認可が下りましたよ、先生」

もう少しだけ、待っていてください。

今、貴方の実力に相応しい舞台を用意しますから。