軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299・休み方がわからない社畜猫

クラリス様達が学校へ行った後、休暇中の俺はリルフィ様、スイール様と一緒に、お二人の職場である魔導研究所ラズール学園支部へ向かった。

現在、ここには俺の正体を知らぬ普通の職員さんも詰めており、俺が二足歩行でぽてぽて歩くわけにはいかぬ。「どうも! おつかれさまです!」とか挨拶するわけにもいかぬ。ちゃんと猫らしく「にゃーん」していなければならない。

「ルークさん、職場見学っていっても⋯⋯別におもしろいことはやってないよ? 研究って、基本は地味な試行錯誤の蓄積だし」

などとスイール様は仰ったが、猫的には「あのリルフィ様が、スイール様の内弟子という立場で、外の環境で働いていらっしゃる」という状況そのものに感涙を禁じ得ない。

珍しい白衣姿のリルフィ様は、いくつかの試験管へ何かの薬品を注入したり、カビか何かが培養されているシャーレを観察し、ノートに記録をつけておられる。

その姿はまさに研究者のそれ。

やっていることは新薬の開発か? 基本的にはスイール様主導の研究であり、リルフィ様はそのお手伝いをしているわけだが⋯⋯カビ? スイール様、もしかして『ペニシリン』とか作ろうとしてます???

こちらの職場では、お薬、魔道具、基礎の研究に加えて、魔導師としての勉強や修練など、いろんなことを並行してやっている。一つの研究だけに常時 邁進(まいしん) しているわけではないので、何を目的に何をやっているのかは、部外者の俺にはよくわからぬ。

カビの研究は薬学だけでなく、生物学とか基礎研究にも関わってくるし、あるいは『水属性魔法との相性』とかを調べているのかもしれない。スイール様が転生者だから「もしやペニシリン!?」と俺が思っただけであり、実際のところは後で確認しないと何もわからぬ。

それにしても、りるふぃさま⋯⋯こんなに前向きになられて⋯⋯

リルフィ様の引っ込み思案な性格は、幼い頃にペトラ熱で家族を一度に喪い、その期間の隔離生活による拘禁反応を経た上でのもの――

一人では変化のきっかけも掴めず、悲しみからも立ち直れぬまま、以前は日々を惰性のようにやり過ごしていたようだが⋯⋯俺というペットを飼ったことで生活に張り合いが出て、今はこんなにも成長なされた!

やはりペットの飼育は精神の安定と成長に寄与するのだ。

「子供が生まれたら犬を飼え」は至言である。「⋯⋯この猫、性格は犬みたいだしな⋯⋯」とか、思っても口にしてはいけない。猫の性格だって千差万別である。

リルフィ様は元々、人見知りは激しかったものの、人当たりは決して悪くないので、今は他の職員さん達との関係も良好なようだ。

そもそも『数年で帰国する他国の貴族』ということで出世競争の相手にはならぬし、スイール様の弟子として働くのも帰国までの期間のみ、と最初から周知されている。さらにネルク王国からの留学組は魔族とも縁がある(※公表はされていないが、スイール様の部下クラスなら知っている)わけだし、敵対するメリットがまったくない。

スイール様も自分のところで雇う人材は性格重視で採用しているようで、変なのは見当たらぬ。

ほくほく顔でリルフィ様の働きぶりを見守る猫(香箱座り)だったが、そこへ廊下から複数の足音が――

やってきたのはここの職員さん達である。スイール様の直属の部下だ。

「失礼しま⋯⋯わあ、かわいい! ふっとい!」

「あれっ? 学内猫? え、どっかから迷い込みました?」

「あの、スイール様、この猫は?」

リルフィ様よりほんの少し年上の若い女性職員さん。(スイール様の後輩)

その子と同年代の若い男性職員さん。(スイール様の後輩)

二人の上司にあたる、三十代半ばのお姉様系職員さん。(スイール様の先輩)

以上の三名は俺とは初対面ながら、俺のほうからは姿を隠した状態でチェック済である。特に裏のない普通の研究職系魔導師さん達で、スイール様とも気心が知れている。

「ああ、大丈夫。留学生達の飼い猫なんだけど、カティアとも友達だから連れてきた。たまにしか会えないから、撫でるなら今だよ」

「触っていいんですか? おー⋯⋯おおお⋯⋯思ったより沈む!?」

俺のふくよかな背に、男性職員のややゴツい指がモフッと埋まる。よきにはからえ。

女性職員さんは「かわいい! かわいい!」と連呼しながら喉をぐにぐに。ちょっと 年嵩(としかさ) の落ち着いたお姉様な職員さんはおしりをトントン。

⋯⋯一斉に構われるとさすがに鬱陶しいな? 普通の猫さんであれば逃げ出す局面だろうが、俺のサービス精神はこの程度では揺るがぬ。握手にも応じるし尻尾ビンタもやぶさかではない。

「おお。されるがまま⋯⋯」

「顔立ちは穏やかなのに、なんか貫禄がありますねえ」

「留学生の方々の飼い猫ということは、ネルク王国の猫ですか?」

「そう。向こうでもちょっと特殊っていうか、珍しい個体らしいんだけど、すごく大事にされてる」

俺をモフる数々の手に、少し遠慮が混ざった。「お貴族様に飼われている特別で高貴なお猫様だ!」と察したのだろう。どうも、高貴です。特技は腹踊りです。好きなものはトマト様です。でも昨日の晩ごはんはレバニラ定食でした。

職場の同僚達からモフられてもおとなしい俺を、リルフィ様は微笑ましげに見守っている。こんなにもおとなしい猫ちゃんは、飼い主としても誇らしいはずである。

喉撫でを切り上げた女性職員Aさんが、白衣のポケットから何らかの石を取り出した。

「あ、リルフィ。頼まれてたやつ持ってきたよ!」

「ありがとうございます、ルフラ先輩。助かります」

なんですかソレ? 黒っぽくてやや光沢がある。琥珀とか宝石の類には見えぬが、もしかして特殊な鉱物だろうか?

しかし扱いが割とぞんざいなので、高価な品ではなさそう。

俺がスンスンと鼻を近づけようとしたら、すかさず手を遠ざけられてしまった。

「あ、猫ちゃんはダメだよー。これは肥料にできる鉱物でね? 食べ物じゃないから」

なんだ、食べ物じゃないのか⋯⋯(猫的反応)

興味を失った俺は、そのまま猫っぽくしゃなりしゃなりと(第三者視点・ぽてぽてと)テーブルの上を歩き、リルフィ様のお傍へ歩み寄った。

飼い主に懐いてこそペット!

先日の夜会で、弟子(※自称)のマフさんから俺も学んだ。いや、俺も『人類のあしらい方』を教える側であったが、マフさんの猫ムーブはすでに完成された境地にあった。

ラライナ様を嫉妬させることなく、それでいて周囲にも愛想をふりまいて「うちの子はこんなにかわいい!」と、飼い主の自尊心をも満たす⋯⋯彼女は自然体でそれを為す驚異の猫さんである。世が世ならようつべとかで百万再生クラスのアイドルになっていたであろう。あざとい。だがそれがいい。

そんなわけでマフさんを見習い、俺もリルフィ様へ露骨に甘える。ペットの義務である。スイール様の眼差しがなまぬるいけど気にしない。

「あー、やっぱり飼い主が一番なんだねぇ。私らが触った時は『しょうがねぇなぁ』って感じだったのに、リルフィが抱っこしたらすっかりとろけちゃって」

⋯⋯えっ。さっきも自分では割と愛想良くしたつもりなのだが???

女性職員Aさんがくすくす笑いながら、リルフィ様に抱っこされた俺と握手。とりあえず猫であることは疑われていない。どうも、猫です。特技は猫のふりです。好きなものはスイーツです。今朝はフルーツヨーグルトを食べてきました。本当に猫か?

リルフィ様が受け取った黒い石を眺めつつ、スイール様が猫談義から話を切り変えた。

「それ、昨日言ってたやつ? 北部の『豊穣の石』っていう⋯⋯」

女性職員Aさんが頷く。

「ええ、故郷から持ってきたやつの欠片です。砕いて畑に撒くと、実りが良くなるらしいんですけど⋯⋯撒きすぎるとダメなんで、加減が難しいみたいで。むしろ撒かないほうがいいんじゃないか、っていう懐疑派の人もいます。ただ、昔から活用しているものなので、里を出る人はお守り代わりにもたされるんですよ。『食うのに困ったら、これを砕いてほんの少しだけ畑に撒け』って」

「へぇ。肥料に使える鉱物か⋯⋯マグネサイトやリンじゃなさそうだし⋯⋯まさか亜鉛じゃないよね?」

⋯⋯亜鉛はなぁ。「亜鉛肥料」は大事なのだが、これはあくまで化学的な処理を経たもの。

亜鉛鉱石そのものには鉛やカドミウムも含まれていることが多いので、仮に鉱物のまま砕いて撒いたりすると、土壌の重金属汚染につながる。これでは豊穣どころか危険である。さすがにそんな使い方で『豊穣の石』なんて呼ばれることはなかろう。

女性職員Aさんは困ったように首を傾げる。

「具体的に何なのかは、私にもわからないです。要するに珍しくもない山の石なので、みんな当たり前に使っていて⋯⋯ただ、少なくとも亜鉛鉱石じゃないのは確かですよ。『じゃあなんなんだ?』って言われると困るんですが」

「⋯⋯まさか本格的に未知の鉱物なのかな⋯⋯試料まだある? 地質学の先生にも回して見てもらおう」

「はい。部屋にあるのはポシェット一袋分くらいですけど、実家に頼めば送ってもらえるはずです。あと、私にはそっち方面の知り合いがいないので⋯⋯スイール様から渡していただけると助かります」

スイール様が苦笑した。

「そこで丸投げはダメだよ、ルフラ。ちゃんと紹介するし、こういうのはルフラの功績にしないと。どこでどう新発見につながるかわかんないし、地質学の先生との御縁をつなぐ絶好の口実になるから」

⋯⋯やっぱ指導者としてしっかりしてるな、スイール様⋯⋯

この国では滅茶苦茶な功績をあげている人なのだが、譲れる功績は他人に譲った上でそういう状態らしいので、かなり人望も厚い。

上司のお姉様職員さんが首を傾げた。

「リルフィはそれを何に使うの? カビの培養とは関係ないのよね?」

「一応、培養にも試してはみるつもりですが⋯⋯主には肥料用ですね。トマト様の粉末肥料開発に試してみたくて⋯⋯」

男性職員さんも頷く。

「ああ、だから『豊穣の石』か。ルフラ、明日でいいから、俺にも一かけら回してくれ。魔道具開発でも何か用途がないか試してみたい」

「言っておくけど、魔力との反応性は良くないよ? 抵抗媒体としては使えるかもだけど⋯⋯あ、じゃあまたね、リルフィ。スイール様も、明日また試料を持ってきますので、よろしくお願いします」

女性職員さんはそんな話をしつつ、また自分の研究室へ戻っていった。他のお二人もそれぞれスイール様への業務報告を済ませ、別の部屋へ戻る。

リルフィ様も作業に戻ったこのタイミングで、俺はこっそりスイール様だけに小声で問いかけた。

「あのー、スイール様⋯⋯もしかして、ペニシリン⋯⋯?」

「バレたか⋯⋯目標の一つではあるけど、ホルト皇国では人体実験ができないから、実現性はちょっと厳しいかな。でも、いざという時のために基礎と推論は固めておこうと思って」

なるほど⋯⋯しかし、俺は周囲を見回して違和感を覚える。

「⋯⋯それにしては動物実験とかをやってる形跡がないんですが、もしかして⋯⋯?」

「ご明察。マウス実験も基本的にはダメなんだよね。細菌とかウィルスの扱い自体に不安があって⋯⋯いろいろザルすぎて、研究施設が感染元になりそうっていうか⋯⋯ちょっと文明レベルがまだ足りない感じかな。だから研究資料とヒントだけ作っておいて、完成は後世に託す予定」

理解した。ガラスこそ広く普及しているが、ビニールとかプラスチック、防護服とかはなさそうだし、今はまだ足りないものが多すぎるのだろう。

スイール様も微生物の専門家というわけではないので、いろいろ手探りなのだと思われる。

もう一つ、気になることができた。

「⋯⋯あのー。もしかして、うちのペーパーパウチに使っている『シルバーシート』って、研究者的にはかなり⋯⋯?」

「⋯⋯正直、『すごいもの作ったな』って思ってる。紫外線への耐久性がいまいちらしいけど、アレで防護服とか手袋とか作れたら、だいぶおもしろいことにはなりそうだよね」

そんなことを言いつつ、スイール様は俺の背を撫でた。

「でもね、それ以前にルークさんは、ただでさえオーバーワーク気味だから。できることがたくさんあるからって、全部に手を付けていたら体がもたないし、クラリス様達だって寂しがるでしょ? あんまり仕事増やしちゃダメだよ?」

⋯⋯スイール様って理想の上司では? 俺も社長として、彼女からは学ぶべきことが多そうである⋯⋯

それからしばらくして。

廊下にかつん、かつんと、やや甲高い足音が響いた。同時に挨拶の声も。

「あっ。ヘンリエッタ様、おはようございます!」

「うん。おはよう」

職員さんに澄まして応じる声は、例の狐耳巫女魔族様のものである。外国の要人なのにもはや顔パスである。どんだけ通い詰めてるんですかね⋯⋯?

人前ではクールキャラを気取っているが、彼女の本性はコスプレ好きのリルフィ様限界オタクなので、魔族といえど俺にとってはだいぶ気安い。転生仲間なので価値観のベースも割と近い。

スイール様、ヘンリエッタ嬢、クロード様、そして俺。

この四名は、「前世が日本人で、しかもそこそこ近い世代」である。ここでいう「近い」とは数歳程度の年の差ではなく、昭和後期~平成~令和初期の数十年単位での括りだが⋯⋯ヘンリエッタ嬢がコスプレしている狐耳ゲームキャラをみんな知っていたわけで、まぁ近いと言って差し支えあるまい。

それでいてヘンリエッタ嬢は二百六十七歳というお年なので、『二つの世界の間では時間の流れがちょっとおかしい』、もしくは『転生時に、みんな別世界の遠い未来(もしくは過去)へ送られているのでは』という仮説が成り立つ。

ひらたんこと亜神ビーラダー様もおそらく近い世代である。

シンザキ商会を立ち上げた初代のシンザキ氏もきっとそう。

あとはすでに故人だが、カーゼル王国の英雄キリシマ氏とサクリシアを建国した山賊王シュトレイン氏も、伝承によれば転移者や転生者の類だったっぽい。

シンザキさんやキリシマ氏は名前が日本人風だから、途中で改名したのでない限り、おそらく元は「転移者」だったのだろう。レッドワンドに根付いている「サイトウ」姓の人もたぶんそんな感じ。

一方、クロード様、スイール様、ヘンリエッタ嬢の三人はこちらで生まれ育った前世持ちの「転生者」なので、名前もこちら風だ。シュトレイン氏もたぶんこっち系だと思われる。

あとは俺のように、前世の名前で転生しつつ、すてきな飼い主に巡り合って新たなお名前(ルーク)をいただいたケースもあるやもしれぬが⋯⋯これはちょっと特殊な例か。でもひらたんは平田→ビーラダーと、こっちの響き風に改名した形跡がある。

保護したカワウソに「カブソン」(かぶそ=年経たカワウソの妖怪)なんて名付けたあたり、もう間違いなく日本人である。出身地は北陸地方かもしれぬ。犬に「わんこ」、猫に「にゃんこ」とか名付けちゃうタイプである。

さて、研究室に顔出ししたヘンリエッタ嬢は、机で香箱座りする俺を見て「あ」と珍しいものを見たような顔に転じた。

「あれ? ルークさん来てたんだ? 珍しいね。本店と会社のほうは一段落したの?」

「はぁ。ちょっと働きすぎて、社員の皆様から『有給休暇をとれ』と指示されまして⋯⋯あれ? 有給⋯⋯?」

⋯⋯よく考えたら、俺は社長なのだが⋯⋯そういえば「社長」に有給ってあったっけ? 確か役員は労働者ではなく、雇用契約でもなくて委任契約だから⋯⋯おや?

ちょっとおめめをぐるぐるさせていると、俺の思考を察したのか、スイール様がごくごく軽めの触れる程度のデコピンをいれてきた。

「ルークさん、言っておくけど、『社長に有給休暇がない』のは、自分の都合でいつ休んでも構わない立場だからだよ? 『休みがない』んじゃなくて、『休みを決められる』立場なの。そこはちゃんと理解して、社員のお手本になるようにちゃんと休もうね? トマティ商会をブラックにしたくないでしょ?」

「⋯⋯はっ! そうですね! スイール様のおっしゃるとおりです!」

俺はまた、危うく「⋯⋯社長ならこっそり働いてもバレへんか⋯⋯?」とか考えそうになっていた。俺はしばらくお休みである。せっかく社員を信じ、任せてきたのだ。

すぐに連絡がつくようにメッセンジャーキャットさんには待機してもらっているが、休暇は休暇。呼ばれない限りはちゃんと休まねばならない。

納得したヘンリエッタ嬢が俺の喉へ細指を伸ばす。ゴロゴロゴロ。くるしゅうない。

「ふーん、お休みなんだ? それでリルフィの職場見学?」

「そうですね。クラリス様達は授業中ですし⋯⋯」

ヘンリエッタ嬢がニヤリと笑った。これが悪い顔か。お手本にしたい。

「わかる。わかるよー、ルークさん。急に『休み!』って言われても、何したらいいかわかんないんでしょ? 思いつくのはせいぜい昼寝とか釣りとか⋯⋯」

⋯⋯うむ。彼女も転生仲間、言いたいことよくはわかる。

ゲームもない! ネットもない! サブスクなんかあるわけねぇ!

スマホというかタブレットっぽいものとして『魔光鏡』はあるが、娯楽性が皆無である。あるのは地図アプリ、計算アプリ、鑑定アプリに照明アプリ、あとはせいぜい簡易メモとか⋯⋯

この世界で暇つぶしになる趣味となると、それこそ絵画とか音楽とか読書とか執筆とか料理とか実験とか⋯⋯あとはボードゲーム系か。

スイーツ巡りや露店巡りにしても、猫の体ではいろいろ限界がある。ピタちゃん人間形態に背負ってもらえば多少は動けるが、そうまでして食べたいものも特には⋯⋯

そんなわけで、今の俺は「休日」をいまいち持て余していると認めざるを得ない。

昼寝したり釣りをしたり、というのも決して悪くはないのだが、「せっかくの休日!」と思ってしまうと、もうちょいなんかねぇかな⋯⋯って⋯⋯

ヘンリエッタ嬢は訳知り顔で何度も頷きながら、リルフィ様にそっと耳打ちした。猫の聴力をもってしても何を言ったかは聞き取れぬが、しかしリルフィ様ははっと目を見開き、大きく頷く。何? 何の相談です?

「⋯⋯あの、ルークさん。ちょっとお時間をいただいてもよろしいですか⋯⋯?」

そもそも持て余してるぐらいなのでもちろん構わぬが、これは⋯⋯これは、もしかして⋯⋯! 散歩(デート) のお誘い!?

数分後。

俺は何故かタキシード(猫用)を着ていた。

「わぁ⋯⋯! ルークさん、素敵です⋯⋯!」

リルフィ様が喜んでおられる。それは良い。

スイール様は「あはは⋯⋯」と苦笑い。まぁ良い。

ヘンリエッタ嬢はキメ顔で満足げである。そう、この猫衣装は彼女のお手製⋯⋯!

「じゃ、次はコレね! 探偵風のトレンチコートと鹿撃ち帽! あとは会社員っぽい背広とネクタイ、運動部みたいなジャージ、ゆったりとしたカジュアルシャツとか、スニーカー風の履物とか⋯⋯あとこれも自信作なんだよね、ドラゴンの着ぐるみ!」

⋯⋯⋯⋯⋯⋯コスプレ魔族、ヘンリエッタ・レ・ラスタール。

彼女の趣味は裁縫、衣装作りである。

リルフィ様を喜ばせるべく⋯⋯あるいはその警戒心を解くためにヘンリエッタ嬢が弄した策は、「 飼い猫(ペット) の衣装作り」であった⋯⋯

つまり今、俺は着せ替え人形にされつつある!

「これはクラリス様にも後でお見せしないと⋯⋯! あっ、ルークさん、こちらもよくお似合いです! 少しアンニュイな横顔とあいまって、まるで物語の挿絵みたいな⋯⋯」

「にゃーん⋯⋯きょ、恐縮です⋯⋯」

リルフィ様がとても楽しそうなので、猫も水を差すような真似はできぬ⋯⋯しかし⋯⋯しかし先程からお着替えも手伝っていただいているので、めっちゃ小っ恥ずかしい⋯⋯! いつも裸で暮らしているはずなのに、なぜか服を脱がされるたびにそこはかとない謎の背徳感が!?

⋯⋯それはそれとして、衣装の出来は良い。

猫がドン引きするぐらいデザインも仕立てもしっかりしている。さすがは魔族、使っている布も上質だし、もはやオートクチュールと言って良いレベルだ。ヘンリエッタ嬢は魔道具の高級ミシンとか持ってそう。

放課後、帰宅したクラリス様、ロレンス様達の前でも猫は改めてファッションショーをする羽目になり、元レイヤーのヘンリエッタ嬢からも、衣装が映えるポーズや画角に関する指導を受けた。なかなか奥が深い。しかし気ままが売りの猫ちゃんには不要な知識では⋯⋯? あ、でもマフさんなら普通にマスターしそうだな⋯⋯

猫の休暇はそんな感じにのんびりと過ぎていき、数日後――

クラリス様達は、いよいよ「初めての夏休み」を迎えたのだった。