軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

268・王都本店、プレオープン!

ペルーラ公爵家、四女のセルニア様は、だいぶつよつよの陽キャであった。

御年八歳。

我が主たるクラリス様や、先日保護したアロケイルのカティアちゃんよりは年下で、有翼人のソレッタちゃんと近い世代である。四人揃ったらすげぇわちゃわちゃしそうだな⋯⋯などと一瞬思ったが、まぁそんな機会はなかなかあるまい。

このセルニア様は天真爛漫、元気いっぱい、物怖じしない積極性を備えており、まるで太陽を擬人化したかのごとき眩しさであったが⋯⋯

しかしわがままとか傍若無人系ではなく、

「お忙しいでしょうから邪魔はいたしませんわ! お店が開店したら買いに行かせていただきますね!」

と、ちゃんと気遣いもできる良い子であった。すなわち覚醒後の悪役令嬢(※もはや悪役ではないアレ)である。

⋯⋯でも開店初日に公爵家のご令嬢をお迎えするのは、何かあったら逆に怖いので!

お客が少なければいいけれど、もしも混雑していたら警備の困難度も含めてえらいことになるので!

お付きのメイドさんとナナセさんが相談した上で、「⋯⋯もしよろしければ、正式な開店前に店舗見学にいらっしゃいませんか?」と申し出て、プレオープンへの招待状をお渡しした。

これは約一週間後、ルーシャン様が関係者や知り合いを招いて、店舗見学会と試験販売を行う開店準備イベントである。店員さん達の最終試験も兼ねている。

貴族は使用人に買いに行かせるのが普通なので、招待の対象外なのだが⋯⋯セルニア様は持ち前の積極性で、いろんなところに行ってみたい子のようだ。昨年の士官学校の学祭も、母君やメイドさん達と一緒にだいぶ満喫していたようである。

プレオープン招待状と猫地蔵キーホルダー(非売品)を貰ってニコニコしていたこちらのセルニア様であるが、ふとナナセさんをじっと見あげ⋯⋯わずかに首を傾げた。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯あなた、見覚えがありますわ!」

記憶力いいな!? 人違いとか勘違いの可能性もありつつ、それを恐れず真正面から指摘してきた。

「去年の秋、士官学校の学祭で接客してくれたメイドですわね? リーデルハイン子爵家のクロード様といっしょに、弓の試技にも参加していらした方ですわ!」

⋯⋯まぁ、ナナセさんはかわいいというか、けっこう凛々しいから実際目立つのだが⋯⋯今日は制服でもメイド服でもないので、よく気づいたものだ。

ナナセさんがたちまち恐縮して一礼する。

「お、恐れ入ります。ご記憶のとおりです。王立士官学校を卒業後、今年からトマティ商会へ就職いたしまして⋯⋯ナナセ・シンザキと申します」

「そう、ナナセ様! シンザキ商会のお嬢さんでしたわね!」

指摘した後⋯⋯セルニア様は「はて?」と首を傾げてしまわれた。

「バロメソースの生産と販売には、シンザキ商会も関わっておられますの???」

⋯⋯世間一般の幼女が持つ疑問ではない。この子もやはり「貴族」のご令嬢だ。

「いえ、そういうわけではありません。シンザキ商会では、跡継ぎや、業務上の特殊な理由がある場合を除いて、基本的には他所の商会へ就職するのが慣例でして――」

セルニア様が頷く。

「存じておりますわ! でも、そうした場合でも取引先や親族など、ある程度は関係のある商会へ就職する例が多いとも聞いております!」

⋯⋯公爵家にそんな内情を把握されているシンザキ商会すげぇと言うべきか、八歳にしてそんな事情に通じているセルニア様すげぇというべきか⋯⋯両方だな。

ナナセさんもさすがにちょっとびっくりした様子。

「驚きました。お詳しいのですね⋯⋯ただ今回に関しては、本当に実家とは無関係なのです。昨年、知人から『トマト様のバロメソース』の試供品をいただきまして、その美味しさに感動し、情報を集めていたところ⋯⋯ちょうどよく商人ギルドに求人情報が出ていたので、飛びついた次第でして。私が就職したことで、シンザキ商会との今後の取引が生まれる可能性はあるのですが、起業の時点では一切関わっておりません」

セルニア様が更に目をキラキラさせた。ここまでキラキラな子も珍しい⋯⋯

「バロメソース! あれは本当に素晴らしい食べ物ですわ! ナナセさんも、あの美味しさに心惹かれたのですね!」

⋯⋯ククク⋯⋯ククククク⋯⋯!

トマト様が王都の、しかも高貴なお子様の心をガッチリとつかんだ実例を目撃し、ルークさんは思わずニヨニヨしてしまった。この子はなかなか見どころがある! きっと生のトマト様も喜んでくれるタイプのお子様である。実はけっこう好き嫌い激しいからね、生トマト様⋯⋯

こっそり大喜びしている俺の気配を察したか、ナナセさんも愛想良く応じる。

「はい。当商会では今後もトマト様の加工品を開発していく予定ですので、ぜひご 贔屓(ひいき) に」

「もちろんですわ!」

元気に手を振るセルニア様に見送られ、我々は公爵邸を去る。

門番の方々が我々を見送る眼差しも、心なしか微笑ましげ。セルニア様、たぶん家臣団から大人気である⋯⋯公爵家の末娘ということで、皆から愛されているのだろう。

馬車の中で、猫はナナセさんの膝上に陣取り思案した。

「⋯⋯突発的な事故こそありましたが、とりあえずは切り抜けましたね。ナナセさん、ブラジオスさん、お疲れ様でした!」

ナナセさんは社長のブラッシングをしている。業務命令ではない。これは社員に対する福利厚生の一環である。猫のブラッシングは精神の安定に役立つ。

「ええ、うまくいってなによりでした。ただ⋯⋯想定していたよりも、トマティ商会を『脅威』としてとらえられていましたね。まさかうちが、魔族による属国化の 橋頭堡(きょうとうほ) として警戒されていたなんて⋯⋯」

「私も驚きました。そういう実例って、よくあるんですかね?」

俺が問うとナナセさんは首を傾げたが、ブラジオスさんが小声で応じる。

「属国化、というほど露骨ではありませんが、西側にはあります。ご存知の通り、魔族はいわゆる『統治』をしないのですが⋯⋯防衛力に乏しい小国が、魔族に上納金を納めることで防衛力の補強を狙ったり、あるいは中規模国家でも、魔族による襲撃の自制を懇願するためにみかじめ料を払っておく、という流れです。あまり信用がおけるものではありませんが、これを納めていない国が優先的に略奪対象となりやすいので⋯⋯一定の効果はあるとされています。また国単位ではなく、領主単位でこれをやっている者もそこそこいるでしょう」

昭和のヤクザみてぇなことやってんな⋯⋯?

しかしオズワルド氏やヘンリエッタ嬢の話を聞いていると、「人間側も割とこっちを利用してくるしな⋯⋯」とか、「悪辣さで言ったら、私らよりやべぇのが多いよ⋯⋯」とのことだったので⋯⋯当事者にしかわからぬ苦労やしがらみなどもあるのだろう。「求めてないのに送りつけられるみかじめ料」などもありそうである。

⋯⋯まぁ、魔族に媚びを売りたくなる気持ちは正直わかる⋯⋯

たとえば現在、ブラジオスさんの故国であるアロケイル王国は、内乱の真っ最中なのだが⋯⋯オズワルド氏の正弦教団と縁のあった、とある官僚貴族の一家がホルト皇国へ亡命している。俺は面識がないが、例のアロケイル三人組、ナイブズ君達の面倒を見ると決めた際に、ファルケさんからもらった調査報告書に記載があった。

彼らはメイドさんも含む総勢十四名らしいが、このように「いざという時の転移魔法による助力」だけでも、金銭に代えられない価値があるのだ。

その後も我々は、数日間にわたって王都のお貴族様への挨拶まわりを続けた。

新入社員にしてこんな業務を任されたナナセさんを、疑ったり恐れたり警戒したり褒めそやしたり侮ったり、それはもういろんなお貴族様やその関係者がいたが⋯⋯侮った連中に関しては、今後も相応の対応をさせていただく!

とはいえ大多数は想定以上に友好的で、特に昨年、バロメソースの試供品を入手していた方々からは「開店を待ってた!」と歓迎された。

セルニア様みたいな「バロメソースだいすき!」というお子様も多かったし、トマト様の魅力はやはり万民に伝わるのだ⋯⋯トマト様は世の光である。トマト様を求めよ。さすれば与えられん。

また軍閥のお貴族様には、オズワルド氏が国境でトマト様を賞賛したエピソードがだいたい伝わっており、「これが、あの噂の⋯⋯!?」と喜んでもらえた。

あとはナナセさんの精神的疲労が溜まったあたりで臨時の有休をとらせたり、ブラジオスさんと猫とで王都グルメの食べ歩きをしたりもした。

またその間にも、俺にはクラリス様のペットとしての業務や、商会の社長、農地の管理者としての業務もあったので⋯⋯ホルト皇国やリーデルハイン領、メテオラ、レッドトマトを行ったり来たりしたが、幸いにも突発的なおもしろイベントなどは特に起きず、せいぜい猫さん達の野球チームがWBC(ワーキング・ベースボール・キャッツ=働く野球猫さん達)なる謎の新組織を立ち上げ、勝手にリーグ戦を始めたぐらいである。

⋯⋯大丈夫? 何かに引っかかってない? 略称のかぶりぐらいなら平気? ⋯⋯アルファベットって二十六文字しかないし、ある程度はかぶりやすいのでしゃーない。

深く考えるのをやめて、猫は日々、業務に 邁進(まいしん) する。

そして遂に、「トマティ商会・王都本店」プレオープンの日がやってきた!

店の呼称には少し迷ったのだが⋯⋯結局、王都にオープンする店は「トマティ商会・本店」となった。一方で、「本社」はリーデルハイン領にある。

本店・本社という単語には、前世だと法律的にちょっとだけややこしい定義があった。

たとえば「本店」は法律用語で「本社」はビジネス用語だとか、登記上の「本店」は1箇所だけだけど、単なる呼称としての「本社」なら「東京本社」「大阪本社」みたいに複数あったりもするとか⋯⋯

登記上の「本店」所在地とはまた別に、一番大きな販売店を「本店」と呼称する、なんて例もあったようである。

ネルク王国の場合、「本店」「本社」という単語の定義が前世ほど厳格ではない。

まず「法的に登記した場所」がその商会の本拠地になるという点は変わらない。うちの場合、これはリーデルハイン領であるが、ここを「本店」と呼ぶか、「本社」と呼ぶかについては経営者に委ねられる。

一般的には、商品の販売機能があれば「本店」、事務的、書類的な作業が主であれば「本社」とすることが多いようだが、戦時の物資集積地や、隊商の拠点から発展したような商会の場合には、あえて「本陣」などと呼称する例もあるそうな。

で、トマティ商会の場合、登記上の本拠地はリーデルハイン領にある「本社」とし、王都に出す第一号店を「王都本店」と呼ぶことにした。

王都側を、本社に対する「支社・支店」としても良いのだが⋯⋯これはまぁ、世間の慣例にそった形である。

そもそもだいたいの商会は、「王都に出す店」を「本店」と呼ぶ。これは「王都に本店がある」という事実そのものが、商会としての一種のステータス、お約束になっているためである。

というわけで「トマティ商会・王都本店」が誕生し、いよいよプレオープン!

今日ばかりは俺も店のマスゴッドキャラクターとして店内にこっそり居座る⋯⋯妙な濁音がついたな? 誤字か?

早朝、お店に出向いた我々を、宮廷魔導師ルーシャン様とアイシャさんが直々に出迎えてくれた。

俺は山吹色のお菓子(モナカとかきなこ棒とか)やトマト様の差し入れでいつも顔をあわせているが、ナナセさんは二ヶ月ぶり、ブラジオスさんは初めてのご挨拶である。

「お初にお目にかかります。アロケイルにて、社長⋯⋯いえ、ルーク様に拾っていただきました、元文官のブラジオス・オルディールと申します」

「ようこそネルク王国へ。私はルーク様の 下僕(しもべ) の一人、ルーシャン・ワーズワースと申します。お話はルーク様からうかがっておりますよ」

ルーシャン様はニコニコと応じたが、自己紹介の時点でもう強めの思想性が滲んでくるのはどうなんですかね⋯⋯?

この方は下僕どころか、俺と出会う前から「猫の守護者」なる称号まで得ていたガチ勢である。猫力が極めて重要な意味を持つ(かもしれない)この世界において、彼は一つの到達点におられる⋯⋯

一方、ナナセさんとアイシャさんは昔からの知り合いなので、対応も慣れたもの。

「ナナセ、元気にやってる? いろんな貴族から噂で聞いてるよー、『トマティ商会がシンザキ商会の秘蔵っ子を挨拶に寄越した』って」

「⋯⋯秘蔵っ子⋯⋯? 士官学校を卒業したてのただの小娘ですよ⋯⋯?」

ナナセさんが苦笑いでやさぐれておられる⋯⋯今回、彼女は数多の神経戦を乗り越え、無事に社命を果たしてくれた! ボーナスは期待していただきたい。とりあえずメイプルシロップがいいスかね?

⋯⋯いや、いきなり現物支給はどうなのかと俺も思うのだが、アレ、現時点では値段もつけられない非売品なので⋯⋯今年は試験生産だけのつもりだったのに、まさかの大豊作でもうどうしたらいいか⋯⋯

下手に売り出すとトマト様のインパクトを完全に食ってしまうので、今は時機を待っているところである。

ナナセさんはちょっとだけ溜息。

「⋯⋯わかっていたことではあるんですけど、やっぱり『シンザキ商会の娘』として見られるんですよね。いずれは『トマティ商会のナナセ・シンザキ』として見てもらえるように、これから頑張らないと!」

そんな具合に気合を入れ直すナナセさんを微笑ましく、そして頼もしく見守りつつ、猫はルーシャン様に抱えられて店内へ。

こちらのお店、内部の設計、改装はルーシャン様に一任し、猫さんには頼らずちゃんと人間の手で工事をしてもらった。リーデルハイン領では猫が好き勝手しているが、王都は人の目が多すぎて⋯⋯あまり派手な工事はできないのだ。

店内はファンシー路線で、壁紙がトマト様だったり、肉球や猫っぽいデザインが随所にあったりと、女性客や子供も入りやすい明るい雰囲気。

今はまだ「トマト様のバロメソース・黒帽子ソース」と「有翼人さん達が彫った落星熊と猫」しか商品がないため、売り場はシンプルである。ケーキ屋さんみたいなカウンターを設け、ここで店員に「バロメソース3つ!」みたいな感じで注文し、そのまま会計するという流れ。

その上で、併設された「カフェ」が最大のポイントだ。店内の大半はこのカフェスペースである。

ここではトマト様やバロメソースを使った料理を実際に提供しつつ、レシピを記したチラシも配布する。

品目は「スパゲッティ・バロメソース」「トマト様のピザ」「トマト様のホットドッグ」「トマト様味のオコノミー」「トマト様とべーコン・レタスのサンドイッチ」「鶏肉と季節野菜のトマト様煮」など。

うちの社員食堂でも好評な品々を、まあまあのお値段で食べられるようにする。

カフェなので紅茶や麦茶などの飲み物もある。トマト様ジュースはややクセがあるので、トマト様がちゃんと普及してからラインナップに追加する予定だ。

ゆくゆくは米を使ったオムライスなどもレパートリーに加わるかもしれぬが、ここで「ご家庭でも作れるトマト様料理」の提案をすることで、トマト様&バロメソースの普及を促進しようという戦略である。

先日からアイシャさんに依頼しておいたのは、ここで働く孤児院出身の子達の「店員教育」で⋯⋯特に接客よりも「調理」部分の比重がとても大きかった。

いっそのこと俺がそのまま指導しても良かったのだが、アイシャさんから「おおごとになりますので⋯⋯」「ていうかこれ以上、ご自身の仕事を増やすのはどうかと思います!」とやんわり断られてしまった。

猫さんの調理指導とか、孤児院の子達にはウケると思うのだが⋯⋯しかし身バレの問題があるのは事実なので、お言葉に甘えておいた。ついでにルークさんの芸人根性はもうちょっとしっかりめに封印しておいたほうが良いのかもしれぬ。

店員さん達が出勤してくる前に、我々はルーシャン様に店内を案内してもらった。

設計図は事前に確認済みだし、合間に何度か様子見もしたので、俺はもう仕様を把握している。ナナセさんも設計図だけは知っているので、完全に初見なのはブラジオスさんだけか。

そのブラジオスさんは、カフェの通常より高めな天井を見上げ、ちょっと不思議そうなお顔。

そこには、子供も出入りできない程の小さな扉と、壁際、 梁(はり) の上に設置された手すり付きの小空間がある。

「天井に近い壁際に⋯⋯小さな、箱型のバルコニーのようなものがありますね? 向こう側のスタッフルームとつながる扉もついているようですが、あれはもしや⋯⋯」

そこに気づくとは⋯⋯やはり猫好きか。

ルーシャン様が満足気に頷く。

「ええ。神棚です」

「神棚」

ブラジオスさんが戸惑う。俺も戸惑う。いや、あそこは俺のお昼寝スペースだったはずでは⋯⋯? あ、つまり神棚か⋯⋯そうか。

「つまり、ルーク様が店内を観察するための⋯⋯まぁ、猫様用のベッドですな。寝返りをうっても落下しないよう、寝床部分を深めの箱型にして、落下防止の手すりもつけました。手すりの隙間から店内の様子を見守れる仕様です」

「ああ、なるほど。そういった目的の⋯⋯」

「ええ。底面をガラス張りにして、ルーク様のお姿を下から見られるようにするという案もあったのですが⋯⋯それはお恥ずかしいとのことで、断念しました」

ルーシャン様、残念そう⋯⋯でも許可しない(断固)

猫の寝姿を下から覗きたいという人類の野望には理解を示したい。しかしながらクラリス様とリルフィ様のご要望であればともかく、不特定多数に我が贅肉のモフみを披露するとなると、少々ハードルが⋯⋯高い⋯⋯

ブラジオスさんは感心したように神棚?を見上げ、次いでルーシャン様に抱っこされた俺を見た。

「社長はこちらの店にも、頻繁に来られるご予定ですか?」

「いえ。開店してしばらくは、なるべく様子を見に来るつもりですが⋯⋯軌道に乗ったら、抜き打ちで来るだけになりそうです。そもそも従業員の大半は私の存在を知りませんので、基本的には隠れて見守る感じになりますかね」

「そうなると⋯⋯あちらの神棚も、空き時間が多いのですね。いっそ普段は猫地蔵様の像を飾っておきましょうか?」

うむ。悪くない。店内に飾る招き猫みたいなものであろう。「いつもは木像の猫が寝ているけど、たまに本物の猫(俺)がいる」という感じで、リピーターへのサプライズ感も演出できそうである。

「そうですね。そういう遊び心は大事だと思います!」

俺のお返事に、ルーシャン様がニコニコと微笑む。

「そうそう、ルーク様。遊び心といえば、こちらの店内には、いたるところに猫様やトマト様の彫刻を隠しておりまして⋯⋯たとえばテーブルの裏、柱の下部、窓枠などですね」

アイシャさんがそっと視線を逸らした。

「⋯⋯ちなみに、ぜんぶお師匠様のお手製です。すごい気合いれて作業してましたよ⋯⋯」

ルーシャン様は⋯⋯だいぶお忙しかったはずなのだが? ⋯⋯い、いや、そういう趣味の作業時間もストレス解消などには大事である!

⋯⋯まぁ、ルーシャン様は基本的にストレスとは無縁の 信仰生活(ねこもふり) をしていそうだが、それはそれで。

ともあれ、店舗兼カフェの内装は上々。

店内で流す洗脳ソング⋯⋯宣伝ソングの収録も無事に終わっている。

今日はまだ本格的な開店前であり、一般客が音に誘われ迷い込んでしまうと困るので流せないが⋯⋯こちらも良い出来栄えだ。

みんなで完成したお店を見学しながらキャッキャウフフしていると、やがて従業員の方々がやってきた。

アイシャさんと同じ孤児院の出身者達、計十名⋯⋯男女比は三対七で女性が多めだが、これは男性は「力仕事」や「職人」系の仕事に就くことが多く、接客業に集まるのはそもそも女性が多め、という就職環境の事情による。武器屋などでは男性店員が多くなるため、業種による差もけっこうある。

また今回は「現時点で求職中の人」や「まだ就職先が決まっていなかった人」を中心に声がけをしたため、総じて若い。下は十四才で上は二十五歳である。

俺は普通の猫さんのふりをして、皆を見回した。

⋯⋯うむ。猫力の平均値が高い⋯⋯(圧)

アイシャさんがそういう人材を選抜したのもあろうが、そもそも孤児院の子らは「ルーシャン様が運営する猫の保護施設」でのバイト経験を有しており、そこで猫様に対する正しいお世話の仕方を仕込まれる。いわば猫飼いのエリート達である。ルーシャン様とも当然、知り合いだし、(猫飼いの)弟子といっても過言ではない。

皆、 歴戦の強者(ねこだいすき) の顔をしている⋯⋯心強いけど思想と嗜好の偏りが気になる⋯⋯

ナナセさんやブラジオスさんのような本社人材と会うのは初めてなので、ここでしっかりご挨拶!

特にブラジオスさんは、数週間~数カ月後には、この子らと一緒にここで働くであろうことも伝えておく。

次にやってきたのは、スターリット・ホルムズ男爵。

こちらは軍閥に属する、王都住まいの官僚系お貴族様である。

昨年秋、ライゼー様に「もしよければ、自分にもトマト様の布教をお手伝いさせて欲しい」(※意訳)と申し出てきた、なかなか見どころのある若手貴族だ。

そんなことを言ってくるだけあって、ライゼー様を田舎の子爵と侮るような連中とは一味も二味も違い、礼節もわきまえた好人物。

年はまだ二十代半ば。既婚者ではあるが、お子さんも小さい。

彼は名目上、この店の「店長」となる。

接客のためにそのまま店先へ立つことはないが、貴族向け・大口契約用の窓口であり、他店舗からの嫌がらせ等を防ぐ防壁も務めてくれる。

そして先日までの挨拶回りに同行しなかったのは、「彼はトマティ商会の社員ではない」から。

ちょっとややこしいのだが、彼の本業はあくまで「軍閥の官僚」である。で、お貴族様はそうした本業の他に、「名義貸し」とか「ケツ持ち」系の副収入を得ても良いことになっており⋯⋯人間関係とか派閥の都合とかいろいろあるので、「好きなように!」というわけにはいかぬが、親族や友人の商会で名ばかり店長とか対外折衝役を請け負うことは珍しくない。

うちはアイシャさんにも社外取締役をお願いしているが、アレも似たようなモノだ。彼女はまだ爵位を持っていないものの、宮廷魔導師の任を引き継げば子爵、そのまま年数を重ねれば伯爵様になる予定という、かなり優秀な後ろ盾である。

なお、お給料はスイーツ⋯⋯本人にとっては何よりの報酬であろうが、元が薪なので微妙に罪悪感あるな⋯⋯?

そんなアイシャさんが「わざわざ出るまでもない」レベルで、なおかつ「一般店員にはちょっと荷が重い」タイプの相手に対応してくれるのが、こちらのスターリット男爵なのだ。

⋯⋯こちらのお給料はスイーツではなく、ちゃんと普通に出る。そんな高額ではないが、副業として考えると悪くないはずだ。バロメソースが大ヒットすればボーナスも期待して良い。

「皆さん、いよいよプレオープンですね。今日はよろしく! 練習通り、元気にいきましょう」

スターリット男爵がにこやかに挨拶し、従業員の皆さんも「はい!」と歯切れの良いお返事。店員教育は万全のようで、猫も腕組みをしてうんうんと頷く。左右にいたアイシャさんとナナセさんがそっと俺の腕を解き、顎を撫でることで頷きを隠してくれた。ごめん。まじごめん。

⋯⋯開店準備が進む中、人が増えて喋れない状況になってきたので、俺は神棚に陣取り、上から店内を見下ろすことにした。

店には今日のために用意した大量のバロメソースと黒帽子ソース⋯⋯

倉庫側にもたんまりと在庫がある。厨房の準備も万端だ。

今日の販売分の製品輸送はキャットデリバリーでちょっぴりズルしたが、これはメイプルシロップへの対応で工場の本格稼働が数日遅れたためである。

明日以降の入荷分はすでにリーデルハイン領を発っており、今は旅路の途中だ。輸送部隊はカエデさん率いるシノ・ビの面々。

彼女らは将来的に「琥珀」や「メイプルシロップ」といった高級品の輸送を担当するのだが、今回は旅路に慣れてもらう予行練習も兼ねている。盗賊に対する護衛戦力としては過剰なレベルで申し分ない。

輸送人員は今後も拡充予定だが、これはバロメソースの生産力・販売数によって増減させる必要があるので、まぁぼちぼち⋯⋯

ともあれ、いよいよトマト様の覇道(※商品としての販売)が始まるかと思うと感慨深い!

やがて店の前に馬車が停まった。オープンには少し早いが、許容範囲であろう。時計が前世ほど正確ではない上に普及率も微妙なので、そこらへんは曖昧である。「客が来たらオープン」みたいなお店も割と多い。

「ここがトマティ商会ですのね! かわいらしいお店ですわ!」

聞き覚えのある声が響き⋯⋯車窓から顔を覗かせたのは、とある公爵家ご令嬢。

アイシャさんが「おおぅ⋯⋯」みたいな顔でのけぞり、ルーシャン様も「えっ」と動揺した。スターリット男爵は面識がないようで「?」顔である。

そういえば⋯⋯彼女に招待状を渡したのは突発イベントだったから、ルーシャン様にもまだ話してなかったな⋯⋯?

さらにお嬢様は今回、俺の知り合いも同行させていた。

彼は馬車の扉を開けて、お嬢様の手をとり、優雅に下車をサポートする。

「セルニア様、足元にお気をつけて。お手をどうぞ」

「ありがとうございます、ランドール様!」

男装の美少女⋯⋯ではない。

ふわっとした金髪。すらっとした肢体。カチッとした軍人の礼服。しゃらんっとしたご尊顔⋯⋯

どこからどう見ても「れべるたかいちょうびしょうじょ」なのだが、男性である。少なくとも性格は男前だと思う。

⋯⋯そう。セルニア様の同行者は、うちのクロード様と士官学校で同室だった、ラドラ伯爵家の嫡子――猫が知る限り、この世界でもっともレベルの高い男の娘、「ラン様」こと、ランドール・ラドラ様であった。

そういえば、お知り合いでしたね⋯⋯?