軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

254・猫も褒められるとデレる

「それでは、アロケイルの留学生にはこちらで対応しておきます。夕方にでももう一度、こちらへおいでいただければ、良いご報告ができるかと」

「ウン。ヨロシク」

片言とまでは言えぬが、妙に抑揚のない声で呟き、ヘンリエッタ嬢は転移魔法で何処かへ去った。

「隠れて盗聴!」みたいな可能性も警戒し、じんぶつずかんをちょっと確認したが……うむ。自室の寝台で、枕に顔を埋めてバタバタしているようである。堕ちたな……(後方腕組み同類面)

ともあれ、廊下側から室内の様子をこっそりうかがっていた猫さんは、「ふぃー」と冷や汗を拭い、部屋の扉をカリカリした。すぐに開いて、リルフィ様が俺を抱えあげてくれる。

「スイール様、お疲れ様でした! ずいぶんあっさりと言いくるめ……説得できたみたいですね?」

「……もう少し肚の読み合いがあるかと思ってたんだけど、たぶんリルフィのおかげかな……」

やや苦笑い気味のスイール様を見て、リルフィ様がきょとんとしておられる。リルフィ様の可憐さは前世持ちにぶっ刺さるのだが、実例が猫とスイール様だけだし、スイール様からは「魔導師としてのかわいい後輩」扱いなので……ヘンリエッタ嬢にぶっ刺さったのはちょっと意外であった。

……クロード様? 彼はサーシャさん一筋なので――そもそも近めの親戚だし、ほぼ姉弟のような感覚である。

「あとルークさんも、メッセージありがと。だいぶ参考になった」

「いえいえ。お役に立てたなら何よりです!」

俺は今回、『じんぶつずかん』経由で判明した情報のいくつかを、スイール様にこっそり届けていた。要するに「こいつ転生者っスよ! 同郷です!」という密告である。

ちなみにヘンリエッタ嬢のステータスはこんな感じ。

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■ヘンリエッタ・レ・ラスタール(267歳) 魔族・メス

体力A 武力A

知力A 魔力S

統率C 精神B

猫力79

■適性■

神聖S 火属性A 水属性A 地属性B 風属性B

物理耐性A 魔族補正A 扇術A 弓術B 拳闘術B

操魔術A 空間B 服飾A 転生特典A

■特殊能力■

・身体変化 ・クリスタルサイト

・マルチロックレーザー ・魔装百閃

■称号■

・純血の魔族ラスタール

・落日の偏光

・万化の狐

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……ちょくちょく中二感のあるワードが混ざっていて、ルークさんも仲間意識からニコニコしてしまうのだが、まぁでも一番気になるのは適性のアレですよね……アレ。転生特典A。

クロード様やスイール様とは違い、何故か「主人公補正」は持っていない。その代わりに転生特典のランクが「A」なので、ここで俺は主人公補正と転生特典の違いに関して、一つの仮説を立てた。

すなわち、「転生特典」とは「生まれてくる際の環境・種族・体質的な強化要素」で、もう一方の「主人公補正」のほうは「主人公みたいな、運命的な流れとか人の縁とか試練などを引き寄せる運勢的バフ」なのではないか――という推論である。

たとえばクロード様は、今でこそ「リーデルハイン子爵家の嫡男」というお立場だが、生まれた時は「単なる一商人の息子」だった。

かわいい幼馴染の婚約者がいて、妹は亜神をペットにしていて、ギブルスネーク退治などという珍しいイベントまでこなし、遂には異国に留学するという波乱万丈ぶりであるが……出生そのものは意外とフツーなのだ。

そして化け物じみた弓の腕こそあるが、筋力面などは別に突出していないし、魔法なども使えない。

そんな彼は主人公補正がB、転生特典がC。運命には愛されていそうだが、肉体強度や出自は割と普通なのである。

一方のスイール様は、魔力方面に生まれつきの天賦の才を持ち、見た目は幼女ながらおそらく肉体的な寿命が長めで、適性も数多い。つまり身体面でかなり優遇されており、コレが「転生特典B」の影響なのではないかと推測した。

そしてヘンリエッタ嬢は、この世界で最上級の存在たる『純血の魔族』として生まれ、ほぼ不老長寿の体を持つ身――これがすなわち「転生特典A」の効果なのではなかろうか? 生まれついての勝ち組といえる。

しかし主人公補正はないので運命力は人並みぐらい?

というわけで、転生特典C~Aまでの実例が目の前に揃ったことで、こんな推論を立ててみたのだが……なにせ実例が少なすぎるし、ただの疑似相関かもしれず、現時点では断言できない。

ついでながら、猫は別ルートなのでどっちも持っていないのだが……代わりに称号「奇跡の導き手」がある。スイール様いわく、「たぶんそっちのほうが上位の性能」「むしろ効果が大きすぎて、ルークさんが完全に振り回されるレベル」とのことである。心当たりしかない。

「で、ルークさんはヘンリエッタ様に、自己紹介するの?」

そこなんですよね……すごく悩ましい……

スイール様は他人事だと思ってニヤニヤしているが、ヘンリエッタ嬢は我々と同じ「転生者」である。転生者=仲間という思い込みは危険だが、少なくとも同郷ではあるし、前世由来の食料支援……すなわちスイーツ攻めは喜ばれるであろう。

……問題は、彼女が『魔王の腹心』であること。

転生者としての仲間意識やスイーツの魔力よりも魔王への忠義が勝った場合、俺のことをバラされてしまう懸念がある。

その逆に、俺と魔王様の友好関係構築に役立ってくれそうな期待もある。

あとそもそも……「本人が俺の存在にうっすら気づいていそう」という大問題もある……!

身バレこそしていないものの、「やべぇ感じの猫っぽい何かが、オズワルド氏と仲良くしてるな?」ぐらいのことは把握されている。

旱魃(かんばつ) でヤバいことになっていたレッドトマトへの、大規模食料支援――アレは「トゥリーダ様のお手伝い!」と割り切り、開き直って徹底的にやってしまったが、なにせ出所不明であるからして……精査されると「この物資、どっから来た!?」と疑われるのは当然なのだ。

このリスクを甘受した上での行動だったため後悔はしていないが、俺がご挨拶しない限り、ヘンリエッタ嬢は以降も調査を続け、いずれ真実に辿り着くだろう。代替わりしない限り、ほぼ不死の存在である純血の魔族を相手に、俺が隠れ続けるのは無理がある。猫さんはかくれんぼが得意な生き物だが、俺は幼女ソレッタちゃん(※猫探知)にも勝てぬ……

そもそもトマト様のバロメソースが市場へ出回れば、「この商会、転生者絡みだ!?」と前世持ちには気づかれるので、遅かれ早かれバレそう。

以上の点を考慮し、俺も覚悟を固めた。

「ヘンリエッタ様の調査から逃げ続けるのは大変そうですし、魔王様にその経過報告をされてしまうのも不都合ですので……ちゃんとご挨拶した上で、口止めをお願いしてみようと思います。オズワルド様かウィルヘルム様にも来ていただいたほうがいいでしょうか?」

「必要ないよ。あえて呼ぶならクロードかな」

……そっスね。やっぱそっちですよね……

クロード様が「転生者」だと知らぬリルフィ様は、きょとんとされている。

「クロード様を? それは……ネルク王国からの留学生代表として、ということでしょうか?」

この疑問には、スイール様が淡々とそれっぽい嘘を返す。

「あの子、人を和ませるっていうか、いかにも『無害!』な雰囲気あるでしょ? 口が上手いわけじゃないけど、基本的に冷静だし、会話が詰まった時に場を回してくれる気遣いもできるから……あとオズワルド様とも仲いいし、魔族との交渉事なら、いてくれると安心感あるよね」

同郷ですしね!

というわけで授業中のクロード様には、「放課後、新設の魔導研究所に来てね!」とメッセージを飛ばしておく。

ちょっと悩むのはリルフィ様。

前世持ちではないが、ヘンリエッタ嬢に対しては明らかに特効っぽいんですよね……リルフィ様が部屋に入った直後、彼女は明らかにポンコツと化した。

ヘンリエッタ嬢は元コスプレイヤーさんらしいのだが、前世の嗜好も「おかおのいいひとだいすき!」という感じだったようで、何かしらの 癖(へき) にぶっ刺さったものと思われる。俺もリルフィ様を初めて見た時はそんな感じになったので気持ちはわかる。

で、特効は特効なのだが……もはや会話が成り立つか不安になるレベルの特効なので、今日のところは別行動のほうがいいかもしれぬ。真面目な交渉をするのに「ミ゛ッ」とか「アッハイ」で反応されても困る……

スイール様も同じことを考えたようで、

「ヘンリエッタ様への対応は、私とルークさんとクロードでやろうかな。リルフィはその間に、クラリス様達への説明をよろしく。あと、例の三人組の意思確認もすぐにお願い」

「はい。承りました……こちらの応接室を使って良いのですか……?」

「うん。他の作業員達への指示はこっちでやっておくね。そのついでにあの三人組もここへ呼んでくるから、ちょっと待ってて」

そういえばまだ引越作業中であった。

魔族の来客中に周囲でドタバタさせるわけにもいかなかったので、少し早めの休憩時間にしていたのだ。

そしてヘンリエッタ様と話していた間にも、外には新たな荷馬車が着いており、降ろされた荷物が搬入先の指示待ち中である。

別室で待機していた日雇いの学生さん達に作業再開の指示を出し、スイール様が陣頭指揮へと戻る。

やや間をおいて、応接室にはアロケイルの三人組……ナイブズ君、トラッドリー君、イグナス君達がやってきた。

「……し、失礼します……」

いったい何事かと不審がるナイブズ君を先頭に、やや険しい表情のトラッドリー君が続き――最後に入室したイグナス君が、「……か、かわいい……」と 不埒(ふらち) な声を漏らした。

あ゛? テメエ、まさかうちのリルフィ様に言い寄る気じゃ……(ドスの利いた心の声)

…………ん? いや、違うな? コレ、視線がこっちに向いて……?

「……え、めっちゃかわいい……こ、この猫、魔導研究所で飼ってらっしゃるんですか? えっ、すごいかわいい……毛並みめっちゃきれいだし……目もキラキラしてるし……!」

……むしろイグナス君のほうが、目をキラキラさせて俺を見ていた。

……………………えっ? 俺???

かわいいって、私めのことですか、もしかして!?

……ま、まぁ、ルークさんは猫である。猫はかわいい。よってルークさんもかわいい。QED。証明終了である。

そういやイグナス君、猫力84で割と高めだったな……この三人組はみんな80オーバーなので、他のお二人も微笑ましげに俺を見ている。ナイブズ君は「あ、直売所にいた子だ」と気づいてそう。

女子高生どもから「かわいー!」と褒めそやされるのには割と慣れたのだが、遂に男子大学生からも「かわいー!」と言われる立場になってしまったか……ククク……我が魔性がおそろしい――

ペットを褒められたリルフィ様もご満悦である。

「こちらのルークさんは、私の 従姉妹(いとこ) の飼い猫でして……今は授業中なので、こちらで預かっているんです。とても賢くて、優しい猫さんです……」

「へえー。いや、本当にいい毛並みですねぇ」

「それに目つきがとても優しい。飼い主からもさぞ大切にされているのでしょう」

「ほんとかわいいなぁ……お、握手してくれる! うわぁ、かわいい……」

照れるぅー。

……イグナス君は割と気合い入った目つきなので、もっとヤンキーっぽい立ち位置かと思ったのだが、そうでもねぇな? 猫相手には割とデレッデレだな?

三人組と順番に握手した後、照れ隠しに毛繕いをしていると、リルフィ様からの事情説明が始まった。

ついさっき、魔族のヘンリエッタ様が来たこと。

アロケイルからの留学生を引き渡すように要求されたこと。

ただし、もしも「王族」であることを伏せ、将来的にも帰国せずに名を変えて暮らすなら、命だけは見逃してもいいと提案されたこと――

これらの説明を聞くうちに、三人の表情は緊張から戸惑い、安堵、困惑と目まぐるしく変化していった。

「見逃してもらえる!」ということで、手放しで喜んでもいい状況のはずだが……戦士っぽいイグナス君だけはやや顔色が悪く、王族ナイブズ君と魔導師トラッドリー君がこれを気遣っている。

「……イグナス、そういうことらしい。魔族から名指しされている以上、ナイブズはもうアロケイルには戻れない。下手に関われば、こいつだけでなく、こいつを旗印にした勢力そのものが魔族から潰される。こいつを王にするのはもう諦めろ」

トラッドリー君の指摘に――イグナス君は悲痛な顔で頷きを返した。

「……ああ……ああ、理解できた……リルフィ様、伝言をありがとうございます。俺は普通に国へ戻るつもりだったので……ナイブズ達を巻き込まずに済みました。それで、あの……もし可能でしたら一つだけ、改めて確認させて欲しいんですが――」

「……はい。なんでしょう……?」

「戻ったらまずいのは、ナイブズだけですよね? たとえば、俺が一人で帰国する分には……魔族は関わってこないってことですよね?」

「……はい。王族としての帰国は容認できないものの、護衛のお二人の動きについては関知しないと、そのようにうかがっております。イグナス様は、お一人でのご帰国をお望みですか……?」

「……はい。向こうに母と妹がいます。父は、まぁ……妾腹の俺にとってはほとんど他人も同然ですし、平民としての暮らしにも耐えられないと思いますから、今更どうでもいいんですが……母と妹に関しては、ほうっておけません。帰りの旅費も、俺一人分ならすぐに貯まるかと思いますので――」

トラッドリー君がめっちゃ深々と溜息を吐いた。

「……二人分だ、イグナス。ナイブズの安全さえ確保できれば、少しくらいは付き合ってやる。一人じゃ夜番もできないし、道中、俺の魔法なしじゃ不便すぎるだろう。火起こしすら難儀するぞ」

言い回しこそぶっきらぼうだが、そこには友人としての確かな情があった。

俺もつい、前世の友人達を思い出してしまう――もしも向こうで出会っていたら、この三人組とも仲良くなれただろーな――などと、ふと思う。

イグナス君はトラッドリー君の提案に驚き、すぐさま首を横に振った。

「いや、俺の都合で帰るんだから、お前は残れよ。ナイブズの護衛だろうが」

トラッドリー君はイグナス君の肩を軽く小突いた。

「学園にいれば安全だと確約されたなら、もうナイブズの護衛は要らん。それに母君と妹殿を保護したら……彼女らを連れて、お前にもこっちへまた戻ってもらう。そのための同行だ。うまくいけば一年前後で学園に戻れるだろう」

続いてナイブズ君も頷く。

「……それがいいな。俺が移動すると火種にしかならないから、二人に任せるよ。いずれにしても、まずは旅費を貯めないといけない」

旅をしながら路銀を稼ぐ――という手段もなくはないのだが、これは移動した先で「仕事」がないと詰む。ラズール学園は「ちゃんと稼げる上に、学生なら日々の食生活もなんとかなる」という環境なので、ここで稼いでから移動しようという彼らの目論見は正しい。

そう。正しい……のだが……

俺は『じんぶつずかん』をチラ見し、イグナス君の「母君」と「妹さん」の情報を確認した。

………………今すぐどうこうって話ではなさそうだが、治安悪化の影響が読めぬ。助けるならたぶん早めに動いたほうが良い。体裁上は「オズワルド様の慈悲」ということにするか? ちょっと考えよう。

アロケイルの三人組は、リルフィ様からの説明にそれぞれ礼を述べ、再び引越し作業へと戻っていった。「ちゃんと働いてはやく旅費を稼ごう!」という思考にシフトしたようである。

応接室に残された俺は、リルフィ様に「にゃーん」と擦り寄った。

「……ルークさん……イグナス様の、ご家族の件ですが……」

「はい! 学内猫さんからの依頼は『ナイブズ様を元気づけて』という内容でしたが……ご友人二人が旅立ってしまうと寂しいでしょうし、私なら半日とかからずに連れてこられると思いますので、近いうちに対応するつもりです!」

どう対応するかは現地に行ってからもうちょい考える。

リルフィ様がたおやかに微笑んだ。尊……

「……学内猫さんからの依頼……という理由だけでなく、ルークさんは『家族』を大切にする人を見捨てないですよね……ルークさん自身も、私達家族を大事にしてくださいますし――」

うむ……飼い主の家庭円満に資するはペットの誉れ。リルフィ様にそう感じていただけたのなら、俺のペット道は間違っていなかった……

ところでピタちゃんには以前、「ルークさまがそうおっしゃるならそうなのでしょう……ルークさまのなかでは」などと意味深な物言いをされたが、あの子はそういうネットミームをどこで習ってくるのか? まさか素?

……たぶん転生者が持ち込んだ表現が、「ツンデレ」とか「ツッコミ」みたいな単語と同様、古文書や古典に残っているのだと思われるが……その上でピタちゃんが知っている理由を推測すると、大森林に住むエルフの中にも転生者が混ざっている可能性を疑わざるを得ない。

魔族ヘンリエッタ嬢の登場によって、「人間以外の種族の中にも転生者がいそうだな?」と改めて認識できた。ピタちゃんもだいぶご高齢なので、該当人物は故人という可能性もあるが、しかし想定はしておくべきであろう。

さて、とりあえずアロケイル組から「ナイブズ君本人は帰国しない」との 言質(げんち) をとれたので、あとはヘンリエッタ嬢が再び来るのを待つばかりである。

リルフィ様も荷解きと整理に戻り、やがて引越作業の終わった夕方。

皇立魔導研究所・ラズール学園支部には、再び「純血の魔族」が訪れたのだった。

§

純血の魔族、ヘンリエッタ・レ・ラスタールは、夕刻に再びラズール学園を訪れた。

朝のリルフィとの対面では思いがけず醜態をさらしたが、ヘンリエッタとて長く生き、そして多くの戦いを重ねてきた歴戦の魔族(笑)である。

自邸に戻って一旦冷静になり、しばらく枕に顔を埋めてじたばたした挙げ句、「そういや私、ちゃんと自己紹介すらしてなくない?」と気づき、しばらく放心状態に陥ったりもしたが……

とにかく、今朝は不意打ちだった。ちゃんと精神状態を整え、理性を鎧として本気で演技をすれば、外面を取り繕う自信はある。レイヤーをやっていた頃にも「写真うつりはちゃんとしてるよね」とよく言われた。言動? それは別にどうでもよくない?(よくはない)

……ともあれ、ヘンリエッタにも多少は年の功というものがある。

純血の魔族は肉体が老いないせいか、精神面の成熟も遅いというか、「実年齢相応の精神年齢」になりにくいのだが……そうはいっても、二百年以上も生きていれば魔族としてのムーブは問題ない。

前世も含めればそろそろ三百歳、人間でいえば三十歳程度の落ち着きはあるものと自負している。たぶん。

さて、威厳を保ったヘンリエッタが魔導研究所へ向かうと、そこには宮廷魔導師のスイール・スイーズがすでに待機していた。

彼女は正面玄関にある二段ほどの低い石段に腰掛け、ヘソ天で身をよじるキジトラ柄の猫と戯れている。

「にゃーーーーん。うにゃああーーーー」

猫は無防備に腹を見せ、ぐねぐねと身をよじっている。

スイールはその腹毛を、モフモフと撫で回している。

えらく人に慣れているようで、腹をモフられても逃げることなく、にゃーんにゃーんとその場で悶え続ける。野性とか警戒心というものを持ち合わせていない。

ヘンリエッタもまあまあ猫好きなので「あ、いいなぁ」と内心で思ったが、まさか純血の魔族が出先でにゃんにゃんするわけにもいかない。

玄関先に現れたヘンリエッタに気づき、スイールが顔を上げた。例の顔のいい内弟子は……どうやら不在らしい。残念八割、安堵二割ぐらいの複雑な心持ちである。

「あ、ヘンリエッタ様。お待ちしていました」

顔をあげつつも、スイールは手を止めない。猫は蠢いている。

ヘンリエッタも鷹揚に対応した。

「ああ。早速だが、留学生の確認はとれたか?」

「はい、そこは問題なく。それより、ヘンリエッタ様もぜひこちらを。この猫、すごく人懐っこい上に毛並みが抜群なのです」

……………………まぁ? こうも勧められたら? 仕方ない。

猫は嫌いではないし? モフモフは淑女のたしなみである。

あくまで社交辞令として? 今後の人間関係構築のために? スイールから勧められたから仕方なく? ほんのちょっとだけこのウェーブに乗っかってみるのが、大人の作法というものであろう。なんか疑問符多いな?

威厳を損なわぬよう、玄関先にしゃがみ込み――なるべく無表情で、玄関ポーチに寝転がった猫へと手を伸ばす。

モッフ。

短毛種なので手触りそのものは「するっ」というか「ぐねっ」とした印象もあるのだが、毛並みがびっくりするほど滑らかで、触り心地が素晴らしい。適度な(※やや過剰な)皮下脂肪がクッションになっている感もあり、そこらの猫よりも骨のゴツゴツ感が薄い。

そしてぬくい。ぬくいのに適度な通気性も確保されていて、ふわふわである。猫は肉球付近でしか汗をかかないため、基本的にはいつもふわふわサラサラなのだ。こいつは特に極上である。毎日丁寧にブラッシングされていないとこうはならない。

「……ふわぁ」

思わず声が漏れたのはヘンリエッタのせいではない。人も魔族もモフモフには抗えぬ。

……その瞬間、眼下の猫が「……勝った!」と言わんばかりに邪悪な眼差しを底光りさせたことに、いたいけな純血の魔族はまったく気づかなかった。