軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

202・猫の地鎮祭

幽霊屋敷での一件から、明けて翌日。

我々は皇都ウォルテのホテルで、さわやかな朝を迎えていた。

昨日、途中で疲労のために(嘘)眠ってしまった不動産管理部のカーチスさんは平謝りであったが、リスターナ子爵が「いやいや、ティータイムの間だけでしたから!」とうまくごまかしてくれて、その後もいくつかの内見をした。

直前の猫耳型爆発事故については「いったいなんだったんですかねぇ?」で流した。実際に屋根が吹っ飛んだままだし、他の目撃者もいそうだったので、「なかったこと」にはできないが……本当になんだったんでしょうね(棒)

そしてその後に内見したいくつかの物件に関しては、そんなに悪くない感触ではあったものの……いずれも決め手には欠けた。

具体的には「猫がリラックスして過ごせるかどうか」とか「猫が食事の支度をしていてもバレないか」とか「猫が家庭菜園を耕していても大丈夫か」とか「猫の群れ(不可視)がこっそり周囲の警戒をしやすいか」とか……

……つまり悩んでいるのは主にルークさんである。

そして今朝、箱を処分してきたオズワルド氏も合流し、リスターナ子爵と改めてご相談とあいなった。

「そういえば、昨日の箱は結局、どのように処分を?」

「上空から、活火山の火口、溶岩の中へ落とした。瘴気は微生物を含む『生き物』に作用するから、そうしたものすら生存できない環境であれば、悪さができないまま拡散して溶けやすい。そして地に還って循環し、またダンジョンあたりから噴き出す――瘴気とはそういうものだ」

ゲームやファンタジーの 界隈(かいわい) には、たまに「溶岩の中で生息する魔獣!」みたいなのが出てくるのだが、こちらの世界にそういうのはいないっぽい。よかった。

ルークさんはモンスターとかをハンターしちゃうタイプの猫さんではないので、そういう可能性につながりそうな芽は積極的に潰していきたい。おにくは上手に焼けるけど樽型爆弾とかも決して作らない。そういうのは語尾に「ニャ」をつけている方々にお任せする。

リスターナ子爵が深々と頭を下げる。

「このたびは 災禍(さいか) の芽を摘んでいただき、ありがとうございました。それで、物件のほうですが……昨日見たものの中からは、やはり決めにくいですか」

「えー……そのことなのですが……あの、カルマレック氏のお屋敷を、こちらで修理・改装して使わせていただくことって可能でしょうか?」

クラリス様やリルフィ様達とは昨夜、すでに相談済みである。ご了承もいただいた。

「必要な工事はすべて私がやりますし、資材も調達しますので、必要なのは学園側からの『許可』だけです。昨日、オズワルド様がカーチスさんと話していた時には、『クリーニングやリフォームの許可だけ出すことも可能』っぽい感触だったので、なんとかお願いできないかな、と――」

猫が肉球をあわせてお願いすると、リスターナ子爵はにこやかに頷いてくれた。

「では、そのように交渉いたします。ただ、先方は『幽霊』の件で外交問題化するのを恐れ、渋るかと思われますので……カバーストーリーはどのように?」

「オズワルド様が幽霊を説得し、屋敷の後事を託された――という体裁でお願いします。カルマレック氏は危険な呪具が悪用されるのを恐れて霊現象を引き起こしていたため、オズワルド様がそれの処分を確約し、安心して成仏……あ、成仏ってわかります? 昇天とか浄化みたいな意味合いです。で、そのお礼代わりに、屋敷の使用許可を得たという流れではいかがでしょうか?」

リスターナ子爵が噴き出した。

「……失礼。うまく 辻褄(つじつま) を合わせるものだと、感心してしまいまして……オズワルド様に関しては、『立場上、正体を隠している超一流の魔導師』ということでよろしいですか? 公式に魔族と明かせば、さすがに騒ぎになります」

「それでお願いします! わかる人にはわかるでしょうが、むしろ納得感があるでしょう。あと、カルマレック氏本人から、遺品も好きにしていいとは言われたのですが……法的な問題とかってどうですか?」

こういう国ごとの法整備については、ルークさんにはさっぱりである。リスターナ子爵は少し考えた後で、小さく頷いた。

「カルマレック氏本人から移譲されたのなら、そのまま受け取って良いでしょう。細かく法的なことを言い出すと面倒なことになりますので、学園側にその存在を知らせる必要もありません。そもそも、カルマレック氏の没後五十年も経っていますので……遺族の相続権はとうに消失しています。もしも何か問題が起きた場合、責任は外務省側で肩代わりしますので、ご心配なく」

それってリスターナ子爵の一存で決めていいことなの……? と、一瞬思ったが、これはおそらく『純血の魔族』への対応マニュアルの一環か。

そもそもホルト皇国は、『魔族』に対してかなり気を使っている印象がある。失礼のないように、最大限の 便宜(べんぎ) をはかる――そうした方針が根底にあるのは間違いない。

「ちなみに、氏の遺品というのはどのような?」

オズワルド氏が肩をすくめた。

「美術品などは見当たらなかったな。実験用、あるいは魔道具製作用の一般的な鉱物が少しと、あとはワインや魔道具、呪具の類だ。価値については精査しないとわからんが……がらくたのような保存状態だったし、五十年以上前のものだから、魔道具に関しては骨董品以上の価値はなさそうだ。ワインも状態を見てみなければなんとも言えんが、ざっと見たところ、当時、普通に流通していた市販品ばかりだと思う。一番わからんのは呪具の類だが、呪具の価値というのはあってないようなものだし……まさかブラックマーケットに流すわけにもいかんから、おいおい考えるとしよう」

ここで猫が挙手。

「あのー……ちょっとした疑問なのですが、呪具と魔道具ってどう違うんです?」

リルフィ様の講義でも、「呪具」の話はほとんどでてこなかった。こういうのはたぶん、オズワルド氏が一番詳しい。

「ああ、呪具も広い意味では魔道具の一種だから、混同している国も多い。使い勝手が違うから、我々魔族は明確に区別しているが……通常、多くの魔道具は『使用者の魔力』に反応して動作するように作られている。これに対して呪具は、使用者の魔力を必要とせず、『製作者が込めた魔力』によって動作するんだ。『不帰の香箱』の場合、中身は魔力ではなくて、圧縮された瘴気になるがな。つまり込められた魔力を使い切ったらそれで終わり……だから回数制限があり、だいたいは一回限りの使い捨てになる。ただ、この定義だと魔力回復用の『魔法水』なども呪具扱いになってしまうから……飲用品、食用品はまた別だ。メリットとしては、使用者の能力に左右されず、誰が使っても同じ効果を発揮する。デメリットは、使用者不在でも……たとえば破壊が条件であれば、地震や火事によっても勝手に発動してしまう。あとそういう仕組みだから、宝箱や隠し部屋の罠としても使われやすい」

リスターナ子爵が、オズワルド氏の説明に補足を加えてくれる。

「呪具の研究や製作は、国によっては法的に規制されていることが多いようです。要人の暗殺などにも使えてしまいますし、市中にばらまけばいわゆるテロ行為を起こせてしまいますので、関連する書籍など情報の拡散も規制されています。ただ、宮廷魔導師や国家機関に関しては、『発見された呪具への対応』もしなければいけませんので、研究や収集が認められていまして……カルマレック氏の手元にあった『不帰の香箱』とやらは、呪具の中でもっとも危険なものの一つかと思われますが、他にも何か、小規模な危険物があるかもしれません。回収の際には、どうかご注意ください」

……コレ、遺産っていうか、処分を押し付けられた感があるな……? もしもオズワルド氏がいなかったらむしろ相続放棄すべきでは?

「まぁ、呪具の類は私が対応しよう。ぱっと見たところでは、もう使用期限が過ぎて、魔力が残っていないものが大半だった。新たに魔力を込め直せば使えるものもあるだろうが、大部分は分解して、琥珀などの宝石類だけを再利用するべきだろうな。ルーク殿は改築工事に専念してくれればいい」

「そうさせていただきます……じゃあリスターナ子爵は、ラズール学園側、不動産管理部への事情説明と、改築と賃貸に関する許可申請をお願いします!」

「は。承りました」

リスターナ子爵はやっぱり、身内に引き込んでおいて良かった……ホルト皇国、およびラズール学園側との折衝を、こうしてまとめてお任せできるのはたいへんありがたい。

忙しい猫の代わりに動いてくれるこうした人材は極めて貴重なので、 賄賂(わいろ) として洋菓子の詰め合わせも渡しておく。容器の紙箱はコピーキャットでは出せないので、クロスローズ工房の既製品をそこそこの数、調達してあるのだ。

ペーパーパウチ用紙『シルバーシート』の量産はまだ始まっていないのだが――本社の文房具とかその他の紙製品の調達もだいたいお願いしたせいか、「現時点でもうかなりの上得意様ですね!」と、工房主のクイナさんが嬉しそうだったのは余談である。

話が一段落したところで、リスターナ子爵が声をひそめた。

「しかし、カルマレック氏の幽霊は、その……本当に、もういなくなったのですか? いえ、疑うわけではないのですが、確認はしておいたほうが――」

「それはそうですね。あと地下室に関してもきちんと瘴気を祓っておきたいので……今日のうちに、ちょっとした実験を兼ねた儀式をやってみる予定です。うまくいくかどーかは怪しいのですが、学園まで行くついでに、リスターナ子爵も見学していきます?」

猫の誘いに少し不思議そうなお顔をしつつ、リスターナ子爵は「お邪魔でなければぜひ」と乗ってきた。

別にたいしたことをやるわけではないのだが、こういうのは形式的なお約束である。実はトマティ商会の本社建設時にもやっており、クラリス様やリルフィ様達からは、「意味はよくわかんないけどかわいくてよかった」と、ご好評をいただいた。

「ルーク殿? 儀式とは何をするんだ?」

「『 地鎮祭(じちんさい) 』です。私が以前にいた世界での風習ですね」

基本的には更地での新築時にやる儀式なので、修繕とか改築の時にはやらないのだが……今回は「瘴気」とか「幽霊」とか「不帰の香箱」という特殊事情があったので、気休めとしてお祓い的なことをやっておきたい。

オズワルド氏も首を傾げてしまったが、やはりこちらの世界にはない言葉だったらしい。翻訳にも失敗してそう。

「地精霊を 祀(まつ) る儀式か……? ルーク殿は風精霊からの祝福を得ているし、ホルト皇国は水精霊を信仰する国だぞ?」

また絶妙にズレたなぁ……

「うーん……地精霊様とはあまり関係ないというか……家の新築とか、更地に手をいれる前に、氏神様とか土地神様にご挨拶をする儀式なのですが――たぶんこっちの世界にはあんまりない概念ですねぇ。強いて言えば、その土地の精霊さんにご挨拶をする儀式というか……」

「いや、もういないんじゃないか? カルマレックは昨夜、散じて消えたはずだろう」

……そうなっちゃいますよねぇ。

いや、まぁ、言いたいことはわかるのだ。

「要するに、『まだ残っているかもしれない瘴気を祓う儀式』とでも思ってください。こういうのは気分の問題なのです!」

というわけで、皆様をお連れして早々に廃墟……もとい、カルマレック氏のお屋敷へ。

本日は滞在予定の全員が出席である。

リーデルハイン家の面々とロレンス様はもちろん、メイド(笑)のアイシャさん、魔導師のマリーンさんや護衛のマリーシアさん、引率のペズン伯爵、さらにリスターナ子爵の付き添いで来ていたベルディナさんまで一緒に来てくれた。さっきの会談中はリルフィ様達とお話ししていたのだ。

昨日までの幽霊屋敷は、『不帰の香箱』がなくなったためか妙にスッキリとして……あ、いや、屋根がないからか。風通しもこんなによくなって……(目そらし)

クラリス様やリルフィ様達は、建物を間近で見るのもこれが初めてである。ピタちゃんはウサギ状態で適当な雑草をもしゃもしゃと 食(は) んでおられる。ま、たまにはね? よその土地の雑草も、味見ぐらいはね?

「ルーク、立派なお屋敷だけど……ここをこれから改築するの?」

「はい! 許可を得てからになりますが、その予定です。この広さならそれぞれの個室も用意できますし、何より林の中という閑静な立地が実に理想的なので……人目がない上に、猫魔法での警備もしやすいのがいいですね」

木々の上が猫さん達の遊び場になる光景が今から目に浮かぶ……ブランコとかハンモックとかツリーハウスとか勝手に作りそう。俺もたまに使わせてもらおう。

俺がクラリス様に抱っこされてそんな妄想をしている間にも、雉虎組の職猫さん達がテキパキと小さな祭壇(猫用)を組み立てていく。

その正面に立つのは、 宮司(ぐうじ) さんっぽい装束をまとったブチ猫さんが一匹。

そしてその後ろに、巫女装束を着込んだ白猫さんが三匹。

お祓い棒( 大幣(おおぬさ) )が猫じゃらしなのは仕様として、なかなか神々しい雰囲気である。

サイズはあくまで猫さんなのだが、オーラ的な何かを感じる……てか、うっすら光ってんな? 本体(俺)より威厳ある感じだな?

縄で区切られた立ち見スペースに並びながら、ロレンス様が目を輝かせた。

「あの方達もルーク様の仲間なのですね。どことなく神官のような……お名前は?」

「真ん中のブチ猫さんが『 禰宜猫(ねぎねこ) 』さん、紅い袴を着た白猫さん達が『 巫女猫(みこねこ) 』さんです!」

ちょっとだけ舌を噛みそうなネーミングであるが、これでもし毛色が白でなく三毛だったら三毛巫女猫になってしまい、「 猫禰宜猫三毛巫女猫(ねこねぎねこみけみこねこ) 」という高難度の早口言葉が爆誕してしまうところであった。三回繰り返してください。

こちらの猫さん達の物腰は実に落ち着いており、あんまりわちゃわちゃしていない。

地鎮祭は一般的に、 修祓(しゅばつ) 、 降神(こうしん) 、 献饌(けんせん) 、 祝詞奏上(のりとそうじょう) 、 四方祓(しほうはらい) ……という手順で進んでいく。

これを簡単に言い直すと、「参列者とお供え物を清めるよ!」「土地神様をお迎えするよ!」「神様にお供え物をするよ!」「 祝詞(のりと) を読むよ!」「土地の四方をお祓いするよ!」という流れになる。

しかしながらうちの子達は 神道(しんとう) ではなく 猫道(ねこどう) なので……細部にちょっとだけ違いが。

修祓は、猫じゃらしで参列者の足元を順番にてしてしする。

降神は、俺(※亜神)を引っ張り出して祭壇に座らせる。土地神様がいないからしゃーない。本当に地鎮祭かコレ? 概念的には猫祭とかになってない?

献饌は、ルークさんがコピーキャットで出した餅を食う。今日はきな粉餅にした。うめぇ。しかし自給自足にも程がある。副菜はもちろんトマト様。

そして祝詞であるが、これはにゃーにゃー鳴いているようにしか聞こえない……これではクラリス様達も「意味はよくわかんないけどかわいかった」としか言えぬ……

四方祓は「 切麻教米(きりぬささんまい) 」ともいい、その土地に清めの紙と少量の塩、米を撒く。このあたりは地域によってもちょっと違うらしいが、猫道では紙の代わりに猫の抜け毛を撒く。ええ……?

その後は、青竹や笹を挿した砂山を均す「地鎮の儀」で、いわゆる「鍬入れ」である。たぶん「地鎮祭」と聞いた時に思い浮かぶのはこのシーンであり、神職の方が「えい! えい! えい!」と威勢良く掛け声をかけるのだが……猫道ではもちろん「にゃー。にゃー。にゃー」である。気は抜けるけどしゃーない。お嬢様方が「かわいい!」と喜んでくださっているので、今はそれで良しとしよう……

さらにこの後、本来は玉串のお供え、お供え物の片付けを経て、神様に帰っていただく昇神の儀となるのだが、玉串は省略。お供え物は俺が食った。

神様に帰っていただくのは、俺が祭壇からひょいっと降りることで終了とし、最後に 直会(なおらい) の儀となる。

これは参列者全員でお 神酒(みき) をいただくのだが、今回は未成年が多いし、クラリス様やロレンス様に酒を飲ませるわけにはいかぬので――お神酒の代わりにサイダーと軽食をご用意した。しゅわしゅわー。

禰宜猫さんと巫女猫さん達も一緒に飲み食いしているが、これもう地鎮祭っていうよりちょっとした打ち上げ感あるな?

一連の儀式を終えて、猫が「ふうー」と心地よい一区切り感にひたっていると――

オズワルド氏が、やや青ざめた顔で、ぽつりと変なことを言い出した。

「……ルーク殿……この土地、今の儀式で、『聖域化』されているぞ……?」

……ん? どういう意味?

「空気が軽くなったよーな感覚はありますが……聖域化? なんですかそれ?」

「……亜神の祝福を受けて、その加護が土地に根付いたんだろう。要するに、瘴気を弾く天然の結界が形成されている。その他の効果はまだわからんが……ルーク殿の場合、豊穣とか害虫駆除とか、その手の効果がありそうだ。あと……カルマレック、いるよな?」

オズワルド氏が虚空に視線を向けた。え、なんかいる? あー、そういえば気配があるようなないような……?

聖なる気配が寄り集まって、そこに幽霊さんっぽい人影が現れた。

……あれ? 昨日の夜のうちに散じるって言ってなかった?

(……は。あの……これは、一体……?)

カルマレック氏の姿は、昨日までとは一変していた。

ぼろぼろだった長衣が、禰宜猫さんみたいな白い着物と紫色の袴という和風な装束へと変化し、長い白髪はきれいに束ねられ、眼差しは優しげで背後から後光がさしている――

……控えめに言って、神様では?

たった一晩でえらく徳の高いお爺ちゃんっぽくなったな!? しかもなんで和風!? 禰宜猫さんの影響!?

紫色の袴についた白紋が「猫の肉球柄」な点もちょっと不穏だが、まぁ気にしたら負けである。ルークさん何も見てない。これは俺のせいじゃない(現実逃避)

どうもカルマレック氏の姿は他の皆にも見えたようで、皆、 固唾(かたず) を呑んで見守っている。水ちゃんを見れなかったマリーンさん、マリーシアさん、ベルディナさん達にまで見えているようなので、普通の人にも見えてしまうくらい確かな存在のようである。やっぱり神では?

オズワルド氏が唸るようにして説明を始めた。

「――カルマレックは昨夜、長年の未練を絶ち、眠るように散じて消えた……はずだった。だが、その 残滓(ざんし) というか、魂の 欠片(かけら) のようなものは、まだこの地に残っていたんだろう。で……ルーク殿が今、この地を聖域化させたことで、この地に沈み消え去ろうとしていた奴の魂が浄化、強化、昇華され、亜神の威によって霊格が跳ね上がり、野良の幽霊から土地に根差した下位精霊……いや、これはもう中位か? 中位精霊へと進化した――のだと思う……」

ほえー(語彙喪失)

猫は「にゃーん」と毛繕いを始めたが、偏差値の高い人達がざわめきだした。

リルフィ様がおずおずと問う。

「オズワルド様……あの、聖域化というのは、よくわからないのですが……そういった前例があるのですか……?」

「亜神が起こす奇跡の一つだな。もちろん常人には不可能だし、それを模した結界を作ることは、空間魔法の研究における目標の一つにもなっている。効果の弱いもの、範囲の狭いもの、期間の短いもの……加えて高価な魔道具の設置も必要になるが、そうしたものを擬似的に作り出すことは理論上、可能ではある。だが、この短時間で、結界の要となる魔道具もなしで、屋敷どころか周囲の林ごと聖域化するような真似ができるのは……さすがにルーク殿だけだろう」

……だいぶ冬毛に生え替わってきたが、まだ抜け毛多いな? ルークさんは短毛種だからこの程度で済んでいるが、長毛の方々は大変であろう。(まだ逃避中)

「砂神宮での農地開発でも違和感はあった。あんな痩せた土地にむりやり作った農地が、どうしてその後も機能できているのか……とはいえ、あそこには瘴気がなかったし、私も農業には詳しくないからそういうものかと勝手に思い込んでいたんだが……今日の儀式は、あの農地開発よりも範囲こそ狭いが、やっていることはそれ以上の奇跡だ。規模はさておき、農地ならば人の手でも作り出せるが、聖域となるとそうはいかん――」

アイシャさんが俺を、「まーたこの猫は……」と言いたげに見つめた。

「昔、世界に瘴気が溢れていた時代には、亜神の作り出したわずかな聖域が人類にとって貴重な生存圏だったらしいですね……亜神ビーラダー様は各地にダンジョンを整備することで、世界を擬似的に聖域化しようとしたとも言えます。それは単純に『瘴気の噴出口を整備し、人類に管理を任せる』という形だったわけですが……あの、ルーク様。ちょっと前から気になっていたんですが……もしかして『トマト様』って、ガチの神聖な作物なんじゃないですか? ルーク様はそれを普及させることで、農業的な手法で世界を聖域化しようとしているんじゃ……」

とんでもねぇ勘違いきたな!? いや、トマト様が神聖にして尊いお野菜様であるのは紛れもない事実なのだが、そういう「隠された真の目的!」みたいなものはない!

さすがに逃避行動を切り上げて、俺は肉球をぶんぶんと振る。

「トマト様は栄養たっぷりで荒れ地にも強いスーパーお野菜様ですが、そういうオカルティックな要素はないです! そもそも聖域のなんたるかすら知らぬ私に、そんな野望があるわけないでしょう!」

「……それってつまり、無自覚に聖域を広げちゃう可能性があるってことでは……?」

ぐっ……! 猫は反論に詰まった。

確かにソレは有り得るのだが、あくまで可能性の話である。

オズワルド氏がこの話を手で制してくれた。

「いや、アイシャ。現状、さすがにトマト様の畑すべてが聖域化しているわけではない。そんなことになっていたら、それこそ私ももっと早くに気づいていた」

クラリス様が首を傾げた。

「オズワルド様、聖域かどうかを見極めるのは、魔族の特殊な能力ということでしょうか? 私達には、なんとなく空気のきれいな場所だな、くらいの印象しかないのですが……」

「ああ、聖域の見極めは魔族の目でも難しいが、聖なるものを見極める『クリスタルサイト』、あるいは瘴気を見極める『ダークサイト』の所持者であれば、概ねわかる。先日うかがったトマティ商会の本社も、今にして思えば聖域化していたんだろうな……ルーク殿が住み暮らす拠点だから神気が濃いのだろうと思い込んでいたが、さてはあそこでもこの儀式をやったな?」

俺は小さく頷く。やったけどさぁ……せいぜい気休めというか、記念式典程度のつもりだったし……

なお、それをやらかした 禰宜猫(ねぎねこ) さん達は、ベルディナさんやマリーンさん達の膝上に陣取り、何食わぬ顔でお茶をすすりつつきなこ棒をつまんでおられる。洋菓子系もあるのにわざわざ渋いとこいったな? おひげにきなこついてるよ?

動揺する一行を見回して、カルマレック氏が困ったような思念を寄越した。

(それで、その……我はどうすれば?)

それな。

いや、俺のせいなのは理解したけど聞かれても困る……これは完全にイレギュラーな事態である。

「まぁ……ええと、その……好きにしていただくしかないかな、と……」

(ええ……?)

カルマレック氏が困惑しておられる……永眠するつもりだったのに叩き起こされて復活! という状況では仕方あるまい。

オズワルド氏が眉間を押さえた。

「あー……カルマレック。霊格が上がったのなら、お前はもう、人間の生気やら魔力やらに頼ることなく、自然界の魔力だけで存在できるはずだ。で、おそらく精霊界にも行けるようになっている――私は行ったことがないから人づてに聞いた話になるが、精霊界というのは鏡面のようにこの世界と表裏になっていて、そちらでは精霊達が交流しているそうだ。出入り口は水面、鏡、あるいは本人が『扉』と認識したものなどで、床や地に潜ることで行き来する者もいるらしい。とりあえずそっちに行って、精霊の先達に助言を願え。望んだ結果でないとはいえ、貴様は『神に祝福されし存在』となった。どうしても消えたいというなら、何か策を考えるが……とりあえず、今からわざわざ死に急ぐ理由もあるまい」

オズワルド氏は精霊さんの 界隈(かいわい) にも詳しそうだな……? 年の功か、あるいは精霊の友人とかいるのかもしれない。

そして一連の流れは全般的に猫のせいなわけであるが、にゃーんにゃーんにゃーん(必死に猫のふりをしてやらかしから目を 背(そむ) ける亜神)

しかし一応、謝罪というか、ごめんなさいは必要であろう……

「カルマレックさん、なんかすみません……あの、こちらのお屋敷、神殿か何かに作り変えましょうか? 我々は他の物件を探しますので……」

(い、いや! 屋敷のほうは好きにしていただいて構いませぬ。というか、猫殿……『亜神』だったのか……?)

神様っぽいカルマレック氏がぼーぜんとしておられる……

いかにも神々しい姿に転じてしまった彼と、間抜けヅラで頭を掻いている猫と……果たしてどちらが「亜神」っぽいだろうか――? 人も獣も神も、見た目にはよらないものである……

オズワルド氏が苦笑いとともに、俺の傍へしゃがみこんだ。

「ルーク殿にもそろそろ、『神』としての自覚が必要かもしれんな。どのみちカルマレックは、精霊界でしばらく修行というか、自身の状況と能力に慣れ、精霊としての在り方を学ぶ必要がある。この土地はこのまま我々が借りたほうがいい。というより……こんな『聖域』化した土地を、いきなり他の者に 委(ゆだ) ねるのはちょっとまずい。この聖域の効果がまだよくわからんし、留学期間中に検証した上で、立ち去る時にはカルマレックに後の管理を任せられるよう、どうにか調整するべきだ。極端なことを言うとだな……たとえばこの土地に住んだだけで、ルーク殿の『亜神の加護』の下位にあたるような称号が付与されてしまう可能性も、0ではない……」

それはマズい!

今いる留学組に付与されるだけなら時間の問題と思われるが、無関係の第三者に猫魔法の庇護とか発動したら(周囲が)危ないどころの騒ぎではない。

青ざめて固まる猫さんをそっと抱きかかえ、クラリス様が溜め息を漏らした。

「ルーク、とりあえず、落ち着いてから考えよう? 賃貸物件はここでいいから、改修の許可が下りたら工事をお願い。そこから先のことは、年明け以降、みんなでここに住みながら考えればいいよ。どうせルークのことだから、聖域の効果って言っても『トマト様が元気に育つ』とか『お昼寝するのに快適』とか、あとは……『書類仕事が効率的にできる』とかだと思うし」

……我が主の分析、だいぶいい線いってそうな気がするな……?

いかに亜神とはいえ所詮はルークさんであるからして、他の効果があったとしても、せいぜい「猫に懐かれる」とかであろう。

……それはそれで戦争が起きるレベルの奪い合いになるかもしれぬが、いずれにしても、ここをそのまま放棄するのはよろしくなさそう。

というわけで我々は、留学先の「拠点」をひとまず確保し――あとのことは、「来年の我々」へと、毛玉のよーにぶん投げたのであった。

・本日の教訓

猫がうろ覚えで、適当な儀式の真似事とかやってはいけない。