軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

201・幽霊さんとの別れ

クラリス様達にメッセンジャーキャットで経過を伝えつつ――俺とオズワルド氏は、幽霊屋敷に隠された薄暗い地下通路を進んでいた。

書斎の机をどかすと床板が外れるようになっており、地下に隠し通路と倉庫があったのだ。

前に少しだけ住んだお貴族様には、ここは見つけられなかったのだろう。

金銀財宝の山! とはいかなかったが、怪しい魔道具とかワイン、鉱石などが置いてあり、一財産ありそうである。

「これ、ご遺族の方とかに渡したほうがいい感じですか……?」

(我は独り身だ。親族も別の街でそれぞれの人生を送ったはずだし、香箱さえ処分してもらえるなら、これらの品々はオズワルド様の好きにしていただいて結構)

猫の問いにはそんな返答が返ってきた。これ、オズワルド氏が主人で、俺がその飼い猫だと勘違いされてる感じか? まぁ良い。

鬼火をかざして先導する幽霊のお爺さんが、扉の前で立ち止まり、我々を振り返る。かおがこわい。目が黒くてぶきみ!

(この向こうだ。封印魔法で扉に鍵をかけてある。部屋に罠などはないが、箱から漏れた瘴気が籠もっているから……常人が浴びると、精神に異常をきたすかもしれん)

「我々なら問題ない。私もルーク殿も、瘴気には多少の耐性がある」

……え? そんなんあるの? 確かに「全属性耐性」か「精神耐性」のどっちかが効果ありそうだけど、今も普通に恐怖感バリバリなんですけど? オズワルド氏の抱っこによってかろうじて耐えてるだけなんですけど? 尻尾とか体に巻き付いてますし?

……ただ、瘴気に触れるのは実際、初めてではない。カブソンさんと一緒に行った迷宮最下層のボス部屋――あそこで感じた不快感というか不穏な空気は、今感じているものと同質である。

ただし濃度は格段に薄く、さすがに「ドアを開けたら室内にクリーチャーが!」みたいな状況ではないと思われる。そんなんだったらフレーメンする。

幽霊さんが扉を開けると、中から濃密な、少し湿ったような重い空気が溢れ出た。こころなしか鬼火の光も届きにくくなった気がする……あくまで気のせいである。

室内は廊下とほぼ同じ幅で、つまり通路に封印用の扉を後からつけただけっぽい。奥行きもそんなになく、せいぜい二歩分である。よく見れば扉も簡素なDIY感のある木製で、もしやこれ生前のカルマレック氏が一人で作った感じ?

そして件の「香箱」は、床に彫り込まれた魔法陣の中央に安置されていた。

御札のような紙でベタベタと包まれているが、なんか、こう……ガス状の黒いものがたゆたっているように見える……ぜったい触りたくない!

オズワルド氏が嘆息した。

「間違いない。 不帰(ふき) の香箱だ。名称が伝わっていない地域では、呪詛の箱だの人食いの箱だの瘴気の箱だの、いろいろな呼ばれ方をしているようだが……カルマレックはよく正式な名を知っていたな?」

(『不帰の香箱』に関する記述は古文書でも知っていたし、箱に名称が書いてあったのでな。なにより、この禍々しい存在感……おそらく内乱の時期に、反乱軍が皇都へ持ち込んだのだろう。しかしなんらかの理由で使用をためらったか、あるいは阻止されたのか、紛失したか――我に連絡してきた古物商は、『反乱軍の隠し砦跡から発掘された』と言っていたが、我にこれを託してすぐに 昏倒(こんとう) し、そのまま亡くなった。瘴気への耐性がなかったのかもしれん。かくいう我も、箱を預かってここに安置した後、ほとんど日をおかずに突然の死を迎えたが……)

「ここから漏れている程度の微量の瘴気で、死に至るとは考えにくいが――元々、心臓などが弱っている高齢者の場合には、 気鬱(きうつ) や体調変化のきっかけになってしまうことはあり得るな。もちろん箱が開いたら周辺一帯で大量の死者が出るから、貴様の手元に渡るまで誰も箱を開けなかったことは、ある意味で奇跡的と言っていい」

同感だが、こちらの世界にはガチめの魔道具とか呪具とかが現実に存在しているので、前世の人々よりはそういうのに対する警戒心も強そうである。「こういう発掘物をうっかり開封して全滅!」なんて事例が、史実の上でも発生しているっぽいし……

あと、この箱に関してはそもそも見た目が激ヤバすぎて、さすがに開ける気にはならないかなぁ、っていう……正直、見ているだけで「うわぁ……」となってしまう。

クラリス様達をお連れしなくて良かったと改めて思うが、あちらは今、お茶をしばきつつお菓子をつまみ、キャッキャと盛り上がっておられる。こっちと空気感違いすぎない? 黒猫魔導部隊まで一緒に飲食してるな?

さて、御札をベタベタと貼られた件の香箱は、床に描かれた魔法陣の上にあるのだが……なんと、石の床と癒着していた。

正しくは「固着」なのだろうが、なんか粘菌的な黒い糸状のモノが周囲にはびこっているため、妙に生き物感がある……

こういった「侵食・融合」は瘴気の特徴の一つらしく、さらに段階が進むと「疑似生命の誕生」……要するに、迷宮のボスみたいな化け物が生まれるそうな。

……ルークさんの曖昧な分析になってしまうが、コレ、「疑似生命の誕生」などという大層なモンではなく、周囲の細菌とか微生物を取り込みつつ、それらをバケモノ化させているのではなかろうか……?

ダンジョンで生まれるバイオラとかチエラなどには、周辺に住む人々の思念や悪夢も影響しているようなので、つまり「思念・悪夢」の類も、瘴気の「餌」になるのかもしれない。

このあたりの仕組みにはまだ謎が多いものの―― 落星熊(メテオベアー) さんのような魔獣も、瘴気を浴び続けると凶暴化していくようだし、「瘴気とは、生き物の精神を凶悪な方向に導き、様々な思念をも取り込んで変質させる何かである」と考えれば整合性はとれそうだ。

その過程で、周囲の土とか岩とか無機物をも栄養として取り込んでいくとすれば――それこそカビが繁殖するように広がってしまうのも納得である。

「完全に箱と床が固着しているな……不帰の香箱は本来、専用の魔道具の金庫で保管する必要があるんだ。しかしそんなもの、もちろん普及はしていないから……流出した箱はだいたいこんな状態になる。で、床から無理に剥がそうとして、箱を壊してしまうと大惨事だ」

動かしちゃいけない系の時限爆弾みたいだな……

周囲にはびこっているのが、脳のないカビとか微生物の類であれば、コピーキャットで変換し無害化できる可能性もあるのだが……「箱部分だけ変換してしまい、中身の瘴気がそのまま暴発」みたいな事態が起きるとやはり大惨事なので、ちょっと試したくない。猫にも慎重さが求められる時代である。

「あれ? でも、遺跡に長いこと放置されてたんですよね? 魔導王国があった時代の遺物なら、たぶん四百年ぐらい前の品で……カルマレックさんがこちらのお屋敷に持ち込んでからは、まだ五十年ぐらいしか経っていないはずです。遺跡では固着してなかったんでしょうか?」

オズワルド氏がにっこりと微笑んだ。こわい。

「ルーク殿、これは例え話なんだが……若い頃は頑丈だった人間でも、年老いるとどうなる?」

「……骨が 脆(もろ) くなったり、臓器や関節が弱ったりしますね……?」

すなわち経年劣化である。

「つまりこうした呪物にも、同じことが起きる。箱の耐久力が限界に近づくと、少しずつ瘴気が漏れ始め、周囲への侵食が起きやすくなり――その侵食がさらに箱の耐久力を削る悪循環が始まる。つまり……こいつはもう爆発寸前だ。今すぐにどうこうという状態ではないが、見たところ、もってあと五年から十年といったところかな」

ほんとに時限式だった……リルフィ様の講義で魔族誕生の経緯をうかがった時にも思ったが、 古(いにしえ) の魔導王国とやら、ほんとにろくなことしねぇな!? 「そりゃ滅ぼされるわ」と猫も納得である。

「えっと、それではこれ、どうします……?」

「箱だけを持ち上げると破損しそうだから、床の石ごと切り取るべきだな。少々、時間はかかるだろうが……」

石床と箱の間は、もはや境目がわからない程に癒着している。「実は香箱の底はもう抜けていて、石床が底面がわりになってました!」みたいな状況も想定すべきだろう。そうなっていても全然おかしくない異物感なのだ……

「あ、石を切るだけでしたら私が! 魔法陣も切っちゃっても大丈夫ですか?」

「問題ない。これはあくまで余人の持ち出しを防ぐ程度の、初歩的な空間魔法だ。そうだな、カルマレック?」

(うむ。弱い物理障壁と警報だけの簡易結界だ。すでに解除した)

「そうですか。では……サバトラ抜刀隊、お願いします!」

「フシャー!」

俺の要請を受けて、青いだんだら模様の羽織と袴を着込んだ剣客系の猫さんが三匹、 颯爽(さっそう) とこの場に現れた。

忍者剣豪の梅猫さんでも良かったのだが、中忍三兄弟には今、馬車の最終防衛ラインを任せてある。あの子らは「 空蝉(うつせみ) の術」でキャットシェルターへの要人退避ができるため、クラリス様達の安全確保に便利。

一応、分身も可能だが……サバトラ抜刀隊にも、たまには出番が必要であろう。

狭い額に肉球エンブレムの鉢金をつけた三匹のサバトラが、ギラリと光る太刀を抜き放つ。

それぞれの愛刀は「 寝子曽猫徹(ねこそねこてつ) 」「 砂場守猫定(すなばのかみねこさだ) 」「 爪一文字野良宗(つめいちもんじのらむね) 」――

いずれ劣らぬ銘刀揃いであるが、そういう細かい設定、もしかして自分達で考えてるの……? 他のことはともかく、コレに関してはルークさん関係ないよ……?

そして一閃。

床は細切れになった。

……いま何回切った? 「一閃」って、「一回だけ刀を振る」っていう意味では……?

もちろん箱とその周辺は無傷。ちゃんと取り出しやすいように周囲の石は切り飛ばされており、これはサバトラ抜刀隊の気遣いであろう。床の下には普通に地面が露出している。

「ありがとう、ルーク殿。見事な手際だ――切り口の一部に肉球柄の模様が入ってるのは、どうやってるんだ、これ……?」

……それ、なんかついちゃうんですよねぇ……雉虎組の工事現場でもたまに見かける。

「さて、カルマレック。貴様はどうする? このまま残っても狂化の末に摩耗し消えていくだけだろうし、 依代(よりしろ) の破壊を望むなら壊してやる。あるいは……まだ何か、未練があるか?」

(気遣いは無用。我の依代はこの屋敷そのものだが、心残りもなくなったことだし、今夜にでも散じて消える。明日の朝には、この幽霊屋敷もただの廃墟になっているだろうよ)

さも当然のようなこの物言いに、オズワルド氏は少々、驚いたようだった。

「 潔(いさぎよ) いことだな。もし貴様が望むなら、死霊術で人形くらいは用意してやってもいいんだが」

(いまさら誰かに仕えるのも面倒でな。 御免被(ごめんこうむ) る。それと猫殿……先程は助かった。貴殿の配下に瘴気を祓ってもらわねば、我もこうして理性を取り戻すことはできなかっただろう。その聖なる力に敬意を表する)

黒猫魔導部隊は聖なる力だった……? え? アレが……? うそでしょ……?

……とりあえず『霊体』相手にも彼らの攻撃が通じると実証できたのは喜ばしいのだが、使用者としては「ほんとにぃ……?」と疑念を禁じ得ない。

俺はオズワルド氏を仰ぎ見た。

「幽霊の瘴気を払うって、普通はできないことなんですか?」

「容易ではないな。高度な神聖魔法や、国宝級の神聖な武器を駆使するか、あるいは瘴気の浄化を可能とする魔道具があれば……しかしそれでも、依代を破壊したほうが安全で確実だ。そもそも霊体は『捕捉』が難しい。通常の斬撃、打撃はすべて無効だから、下手な攻撃ではすぐに逃げられるし、いざとなれば壁や床をもすり抜けてしまう。ルーク殿の部下達がつくる障壁には、霊体を拘束し、逃亡を封じる効果があったのだろう。先程のように猫が幽霊を取り押さえる光景など、私も初めて見た」

俺も初めて見た。(本音)

……先ほど、黒猫魔導部隊は魔力障壁で周囲を塞ぎ、狭めた空間内に火力を集中させたのだろうが――その魔力障壁が、霊体を封じ込めるのにも役立ったということか。

できればお屋敷の天井と屋根も守って欲しかったかな……とか思ってしまうのは今更であろう。さっきのは緊急対応だったみたいだししゃーない。

ともあれ、カルマレックさんは自力で成仏?できるそうなので、我々はこの場を去ることにした。

「こんな呪具を抱えてクラリス殿達の前へ出るわけにはいかんから、私は一度、領地へ戻り、箱の処分をしてくる。明日また、ホテルで合流するとしよう」

「はい! よろしくお願いします!」

廃品回収業者と化したオズワルド氏を、猫はぺこりと一礼してお見送りした。

一匹になってしまったので、ウィンドキャットさんにまたがってさっさと地下室から出る。

宅配魔法で即座に撤退してもいいのだが、戻る前にお屋敷の状況をちょっと見ておきたい。

……ていうか、うちの子達がふっとばした屋根の修理、どうすっかな……

エントランスから見上げる青空がとてもきれい……

無関係の事故ということにして逃げるという悪辣なムーブも有り得るが、カルマレック氏の幽霊がいなくなるなら……この物件、意外と拾い物ではなかろうか?

なにせ古い上にだいぶガタが来ているので、賃貸物件として利用するにはどのみち、大規模なリフォームが必要である。屋根まで吹っ飛んだ今となっては、むしろ取り壊して建て直したほうが安く上がりそうなほどだが――人力ではなく雉虎組ならば、設計図さえ用意すれば一晩で住環境を整えてくれそう。

つまり、「オズワルド氏が幽霊を退治した」ことにしてもらって、修理と改装をこちらで請け負えば……割と好き勝手にできるかもしれない。

小規模な林に囲まれているため人目にはつきにくいし、今は雑草だらけだが、かつて薬草畑だったと思われる菜園用地まであるのだ。

俺はカルマレック氏を振り返った。

「あのー……カルマレックさんが成仏した後、こちらのお屋敷って、我々が改装して使わせていただいても大丈夫ですか? 実は今、手頃な賃貸物件を探しているのです」

(それこそ好きにするがいい。この屋敷は我が特例の許可を得て建てたものだが、学園内の土地家屋は、法的にはすべて学園の所有物だから、そもそも我のものではない。そんな屋敷を、このような形で専有してしまった我に言えることではないが……)

そこはちょっと特殊すぎる事情があったし、まぁしゃーない。

カルマレック氏がまともな遺言状を残すか、あるいは霊となった彼の言葉を聞ける人材が来てくれていれば、もっと簡単に片が……いや、あの香箱は魔族でもないと、そう簡単には処分できないか。

カルマレック氏も対応を検討していた矢先の不慮の突然死だったようだし、俺も黒猫魔導部隊のやらかしがなければ、このままお屋敷をスルーして通り過ぎているところだった。

今日の出会いと別れは、ちょっとした運命のいたずらであろう。

(……貴殿やオズワルド様が来てくれなければ、我は近い将来、未練を遺したまま消滅し、不帰の香箱は自然に壊れるか、あるいはその危険性を知らぬ何者かによって悪意なく壊され、学園と皇都も災禍に見舞われていたであろう……我の憂いを晴らしてもらったこと、改めて感謝する。その礼にはとても足りぬが、ここにあるものは好きにしてもらって構わん)

カルマレック氏がにこりと笑った一瞬――

その黒い 眼窩(がんか) に、生前を思わせる優しい眼差しがふっと戻った。

それは本当に一瞬のことで、彼はそのまま一礼し、猫が見守る前で空気に溶けるようにして消えてしまう。

……たぶん、今はまだここにいるし、消えるのは夜なのだろうが――

俺と彼とは、ここでお別れである。

死後もなお、厄介呪具への対応に尽力したかつての賢人に、改めて深々と一礼し――

ウィンドキャットさんにまたがった俺は、わずかな 寂寞(せきばく) の念を胸に、飼い主達の待つ馬車へ戻ったのであった。