作品タイトル不明
176・留学前の下準備
ロレンス様の「ホルト皇国留学」に関する有識者達の打ち合わせは、とても順調に進んだ。
同行予定の家庭教師、ペズン伯爵と、外交官であるリスターナ子爵――
このお二人を味方に引き込み、情報共有できたことはたいへん喜ばしい。
ルークさんとしては、彼らの政治力……もっといえば「情報の発信力・操作力」にも期待している。
彼らは「強い権力で情報統制できる!」みたいなつよつよ人材ではないのだが、たとえばペズン伯爵であれば、「ネルク王国への報告書提出」「ホルト皇国での他貴族との対話」などにおいて充分に調整役をこなせるし、外交官のリスターナ子爵に関しては言わずもがなだ。
おやつにご提供したカステラと芋ようかん、番茶もたいへん気に入っていただけた。
自己紹介、状況のご説明、これからして欲しいこと、留学に関する手続きや、公式にどう発表するかなどの、諸々の御相談……
そうした雑事について、決定済みの部分と要検討の部分を整理し、お話が一段落したところで、リスターナ子爵が俺にこんな質問を向けてきた。
「現地でロレンス様やクラリス様が授業を受けている間、ルーク様はどうされるのですか?」
「気になる講義とかは、姿を隠してたまに覗いたりするかもしれませんが……基本的には、こっちでトマティ商会の仕事をしていると思います。来年はトマト様、及びバロメソースの交易・販売を開始しますので、忙しくなりそうです!」
飼い主を学校に預けてパートに出る猫……これぞ次代の働き方改革である。あんまり普及しなさそうだな?
とはいえ、生産はリーデルハイン領でこれから雇う人達にやってもらう予定だし、輸送するのは専門の輸送業者とゆーか、リーデルハイン領に出入りしている商人達で、その先の販売活動をするのは王都で雇う販売員……
まず生産については、領内の町だけでなく、メテオラの有翼人さん達の中からも希望者を募る予定だ。
移動が大変なので町のほうで生活してもらう流れになるだろうが、十人か二十人か……家族と離れ離れにはしたくないので、家族単位か、もしくは町で結婚相手を探したい単身者などを募集しようかと思っている。
なお、シャムラーグさんはこの頭数に入っていない。
トマト様を信奉する我が友、シャムラーグさんは、現在、レッドトマト商国でトゥリーダ様の補佐を続けているのだ。
これはルークさんから「すみませんが、トゥリーダ様がたいへんそうなので、しばらく助けてあげてください……」とお願いしたためである。
ご本人的にも「トゥリーダ様をこんな事態に巻き込んだ手前、手助けしてあげたい」という思いはあるようで、すんなり決まった。向こうにもトマト様畑はあるし、我が同志として栽培に勤しんでくれている。
それから王都側での販売員については、共同経営者であるルーシャン様とアイシャさんにお任せしている。専門店を用意し、店員にはアイシャさんがいた孤児院の出身者達を積極的に採用する予定だ。
店舗責任者とゆーかまとめ役としては、先日、販売への協力を申し出てくれた軍閥のスターリット男爵を据える。男爵が店舗責任者だと、いわゆる他店からの嫌がらせとかへの盾になってくれる。
……まぁ、ルーシャン様が絡んでいるお店という時点で、手を出すアホはいないはずなのだが、防壁は二重三重のほうが心強い。
とはいえこのスターリット男爵も軍でのお仕事を持つ身であり、こちらはあくまで副業扱いになるので、過度の期待は禁物である。
あと、猫さんが看板猫として店頭に立ち、「やすいよ、やすいよー!」とねじり鉢巻で呼び込みをするという光景にも検討の余地はあるのだが――コレは一発ネタとして俺がやりたいだけであって、その後の影響とかも考えるとちょっと……
というわけで、来年は働く仲間が増える分、ルークさん自身は、そこまで忙しくはならないかもしれぬ。トラブルが起きたら対応するが、少なくともメテオラへ移住した有翼人さん達の生活支援とか、レッドワンドの飢餓への緊急対応みたいな徹夜仕事は、そうそうない……はずである。ちょっと自信ない。
「初めてのことばかりなので、実際にはいろいろ飛び回ることになるだろーなぁとは思っています。しかし、何事も経験です。多少の失敗はあって当然ですし、むしろそうした失敗の中にこそ、重要な学びがあるものと考えております。もちろん、安全対策や人命に関わる失敗となると困りますので、そのあたりは特に気をつけるつもりです!」
前向きに抱負を語る猫を見て、リスターナ子爵とペズン伯爵は何故か困惑顔であった。
俺はぐにゃりと首をかしげる。
「あれ? 何か気になる部分とかありました?」
「……いえ、その……外交官のたしなみとして、神学も少しは学んだつもりだったのですが……私は神々のことを何も知らなかったのだなと、改めて思いまして……」
「……同じく、私も税務を通じて、世のことをほとんど知ったような気になっておりましたが……とんだ間抜けでした。世は知らぬことばかりと思い知った次第です」
わかる。前世の俺も近隣のスイーツとかグルメ情報とかにはそこそこ詳しかったが、最新のデートスポットとかトレーディングカードの相場とかスレンダーマンの正体とか、さっぱりわからないことのほうがむしろ多かったもの……
人間、ただなんとなく生きているだけでも、「いろんなことを知っている」よーな気になってしまいがちだが、それらはあくまで五感を通じて「自分が触れた範囲」の知識でしかない。
また、たとえば本などの活字から得られる文字情報はかなり効率的なものの、それでさえ「読む」ための時間が必要になるし、世界を見渡せば個人では読みきれない速度であらゆる文章が生産され続けている。
世の情報すべてに接することなど、一人の人間には到底不可能であり、どう頑張ったところで「知らない 界隈(かいわい) 」のほうが多いのだ。
そしてだからこそ、「集合知」という概念が意味を持つ。
俺がリスターナ子爵やペズン伯爵を含む世の賢人達に期待しているのも、まさにそこである。彼らを味方に引き込み助言を得ることで、猫さんはより悪辣に、より狡猾に、より抜け目なく立ち回れるようになるはずなのだ!
……いうても元が元なので限界はある。自分でもあんまり期待はしていない。とりあえず合法的な節税手段とかはこっそり教えてもらお……
神(猫)が税金に思いを巡らせているとはつゆ知らず、ペズン伯爵はロレンス様と話し始めた。
「ところでロレンス様は、ホルト皇国で何を学ぶおつもりですかな? 史学、政治学、魔学、数学、統計学、薬学、軍学、工学……そうしたこちらにもある学問に加えて、あちらには調理学や心理学、農学といった、少し変わった講義もあるようです。まず様々な学問に触れてみて、それから本格的に学ぶものを検討すれば良いかとは思いますが、今の時点で、特に興味がある分野はございますか?」
「そうですね……知らない学問にもぜひ触れてみたいですが、まず政治学と、それから統計学には興味があります。あと農学については、おそらくルーク様が気になるのでは?」
「気になりますね!」
ネルク王国にも農業関係の書物くらいはあるのだが、「農業を教える学校」とかはない。農民はそもそも学校になど通わず、家業の手伝いを通じて経験と知識を継承していく。
――実はトマト様の耕作地拡大に関してはこれもネックであり……というのも、新規の作物に関する正確な情報が、僻地にまで伝わりにくいのだ。
マニュアル化したところで「文字が読めない」という人達までいるので、これについてもいずれ対策を考える必要がある。とはいえまぁ、いま気にするべき話ではない。
「あと気になるといえば……ホルト皇国に対しては、レッドトマト商国から外交を通じてトマト様が伝わる予定なのです。そのトマト様に対して、あちらの農学関係者がどう反応するか、そこもたいへん興味深いですね。おそらく大絶賛間違いなしとは思いますが、万が一にもトマト様に無礼があらば、私も黙ってはいられないので……」
にょっきりと爪を伸ばして笑顔をふりまくと、リスターナ子爵が青ざめ、クラリス様が我が喉元を撫で始めた。
「ルーク、そういう過度の期待はしちゃだめだよ? 初めて目にするお野菜なんて、みんな最初は戸惑うだろうし、調理法だって知られてないんだから。そこは長い目で見てあげないと」
「クラリスさま……はい! 肝に銘じます!」
クラリス様に忠実な飼い猫の姿を見て、お二方がまたびみょーなお顔になる……
――なお、これは余談であるが、後日、リスターナ子爵がホルト皇国へ提出した外交報告書には、トマト様に関する素晴らしい熱量を備えた名文が添えられていたらしい。
『栄養価、生産性、加工性、食味、さらには将来性……あらゆる面から考慮して、まさに野菜の王ともいうべき奇跡の野菜であり、このトマト様の普及が将来の国力を左右しかねないものと推測する。特にトマト様を活用したソースの汎用性は素晴らしく、ピザやパンなどとの相性も良い上に、煮込み料理においては無類の旨味を発揮する。これは食文化の革命であり、もしも生産に乗り遅れれば、我が国は食文化において他国の 後塵(こうじん) を拝する結果となりかねない。ただし連作には不向きなため、他の作物との輪作に関する研究を早急に進める必要があり、これには最優先で予算を 割(さ) く価値があるものと進言する』――
……外交官を味方につけると、こういうことまでしてくれるのだ……よかった……(満面の笑み)
§
外交官のリスターナ子爵、家庭教師のペズン伯爵とは、今後もロレンス様・クラリス様の留学案件で連絡を取り合うことを約束した。
そしてペズン伯爵、ロレンス様とはいったん別れ、我々は再び王都へ! ……もちろんリスターナ子爵も王都住まいなので、まさかここに置いていくわけにはいかぬ。
さて、こちらはこちらで、他にも検討すべき議題が複数ある。
さしあたって四つ。
・留学時期の確定。年明けが入学時期らしいので、それに間に合わせるか、中途転入にするか、もしくはさらに一年待つか。ロレンス様からのご要望は特になく、一任していただいた。
・ホルト皇国への移動手段。転移(宅配)魔法に頼るのは確定だが、公的にはどう誤魔化すか。これはウィル君のお知恵も借りたい。
・同行する御学友の選定。今回は警護も兼ねるので、ロレンス様と同年代よりは少し年上のほうが望ましい。ついでに俺の知り合いだとなお良い。
・ライゼー様の説得(※クラリス様の勝ち確)
並べてはみたが、難題は特にない。御学友以外はテキトーに処理してもよかろう。実は御学友にもあてはある。
また、以前のリーデルハイン家であれば費用面の問題があったのだが、これも飼い猫がどっかで拾ってきた琥珀を売れば良いのでほぼ解決。
「……ふと思ったんですが、琥珀ってたぶん、ネルク王国で売るよりホルト皇国で売ったほうが高値でさばけますよね?」
頭蓋骨サイズはちょっと市場に出したらマズそうな感じなので、とりあえず拳大のヤツからいこうかな……
リスターナ子爵が頷いた。
「そうですね。ホルト皇国では、物価そのものがこちらよりも高めです。貨幣の交換レートの問題もありますので、高値で売れる貴金属の類は、向こうで貨幣に換えたほうがよろしいでしょう。ものが琥珀であれば、信頼できる店もご紹介できます」
「それは助かります! いやー、やっぱり現地に詳しい方がいると心強いですねぇ」
現地での生活面、常識面でも、この方には頼る部分が多そうである。場合によってはキルシュ先生についてきてもらおうかとも考えていたのだが、あの方はいまや医師として、また地属性の魔導師としてリーデルハイン領とメテオラに欠かせぬ人材であり、あまり長く連れ回すわけにもいかない。生まれたばかりのルシーナちゃんもかわいい盛りだし、育児休暇も必要なので……その分、こちらのリスターナ子爵にはたいへん期待をしている。
その後、ウィル君とも再合流し、執務室の陛下にもお目通りをして、リスターナ子爵が味方になってくれたことを御本人もまじえてご報告。
国王陛下と『純血の魔族・アーデリア』様を前にして、リスターナ子爵は再びガッチガチに緊張してしまったが――陛下の腕に抱きついて人前で平然とイチャつくアーデリア様を見ているうちに(……これただのバカップルだな……?)と完全にご納得いただけたようで、だんだん苦笑いになってきた。
すなわち『魔族による属国化』だのなんだのは完全に 杞憂(きゆう) であり、「ぞっこく? ぞっこんの間違いでは?」ぐらいの勘違いぶりであった。
そんなリスターナ子爵ともここで別れ、我々が宿へ戻ると――
そこでは、苦悶に満ちたライゼー様や、ニヤニヤ笑うヨルダ様達がお待ちかねであった。
「……ウェルテルから話を聞いた。ええと、クラリス……『留学したい』というのは、本気なのか……?」
ライゼー様は頭ごなしに否定するような真似はもちろんせずに、「おそるおそる」といった口ぶりで確認を求めてきた。だいぶ困惑されている……
クラリス様が静かに頷くと、さらに難しいお顔に転じ、俺をちらちら。
……ライゼー様もまた賢いお方である。「ぜったい勝てない」と早期に理解し、撤退戦に移りながらペットに援軍を求めたいのだろうが……
「……ルークは……それでいいのか……?」
「良いも悪いも、飼い主のご意向にペットが反対するわけがありません。あと、どのみち私が送迎を担当しますので、安全面は問題ないかと」
「いや、そうではなく……ほら、君も忙しいだろう? クラリスが留学するとなると、手間が増えそうだから、その分、君の負担も増えるんじゃないかと――」
……なんと懸念は俺の労働環境に関してであった。
猫は前足をかかげ、ハハハと鷹揚に笑う。
「授業中までつきっきりになるわけでもありませんし、むしろクラリス様が学校へ行かれている間は、安心して商会側のお仕事に集中できるはずです。もちろん飼い主といられる時間が減るのは寂しいのですが、今までも、割と、その……普通に、農作業とかしていましたので……」
猫はそっと視線を逸らす。
……実はあんまりペットらしい業務ができていなかったことに、改めて思い至る……
本来、「親が仕事で忙しい間、かわりに子供と遊んであげる」のが、ペットのあるべき姿であろうが……何故そのペットが率先して労働に従事しているのか。
ライゼー様の後ろで、ヨルダ様が笑っていた。
「ライゼー、諦めろ。今回の件は、むしろ渡りに船だろう? 娘が心配なのはわかるし、ルーク殿やロレンス様が一緒でなければ俺も反対にまわったが……そもそも一瞬で往復できるんだから、下手したら国内より安全だ。せいぜい見聞を広めてもらって、将来のリーデルハイン領の発展にも貢献してもらおうや」
「……う、うん……」
……そっかぁ。ライゼー様が少しくらいゴネても、ヨルダ様とウェルテル様が説得側に回ってくれれば、こんな感じに通っちゃうのかぁ……
あとまぁ、これはリスターナ子爵の読みも当たったのだろう。クラリス様の前で直接の言及はなかったが、ヨルダ様の『渡りに船』発言は、つまり「婚姻」関係のお誘いを体よく断わるための口実作り、という意図である。
ライゼー様が深々と嘆息。
「……あー。それと、実は……ウェルテルから馬車の中で相談を聞いた時、その場にクロードもいてな……『どうしてもクラリスが心配なら、自分も士官学校を一時休学、もしくは中退して、一緒にホルト皇国へ留学してもいい』との提案があった……」
………………いやそれ、「留学してもいい」じゃなくて、むしろ「させてください」っていう懇願だよね……? クロード様、そんなに逃げたかったの……?
つい先日、「来年はダンジョン発見とトマト様の影響で、やべぇハニートラップとかクソ面倒くさい面会要望とかが増えると思うから気をつけてね!」と、脅したばかりである。
……実は俺が想定していた「少し年上で、警護役もできる御学友のあて」というのが、まさにクロード様のことだったのだが――こちらからご提案するまでもなく、本人から先手を打ってくるとは予想外であった。
そして、ライゼー様からのお言葉にはさらに続きがある。
「……で、婚約も成立したことだし、『サーシャも一度くらいは学校へ通わせたほうがいいんじゃないか』とウェルテルが言い出してな。子爵家の嫁なら別にただのメイドでいいんだが、伯爵家夫人となると、今のうちにそれくらいの箔をつけておいた方がいいかもしれないと……『ホルト皇国への留学』なら、もちろん箔としては充分だ。ロレンス様の随行者の選定には難儀しそうだったし、父親としてはいろいろ心配なんだが、貴族としては正直、悪い案ではないと思っている……」
サーシャさんも!?
クロード様は棚ぼたで大喜びと思われるが、「同級生でメイドで婚約者の武闘派クール系幼馴染」って、もはやギャルゲでもめったに見ないレベルで属性多いな……?
この場合、随行者がリーデルハイン家で固められてしまうわけだが……ロレンス様はある意味、今はまだ火種のように諸侯から思われているので、表立った反対意見は出にくいと思われる。
ちなみに反対すると「じゃあそっちからも随行者出して♪」となり、留学費用がどかんとのしかかるので……適齢期の子女がいて、財政的に余裕があって、なおかつ『他国への留学』という危険要素を飲み込める人でないと、まともに反対すらできない。
正妃閥から「それでもあえて!」と動く人はいるかもしれんが、ロレンス様が丁重にお断りしそう。
……とはいえ本当に「随行者が、軍閥のリーデルハイン家(+お目付け役のペズン伯爵と、騎士のマリーシアさん)のみ」だと、外聞が微妙なので……ルークさん的にはあと二、三人、お誘いしたいと思っている。
その候補が――
「クロード様が来てくださるのは心強いですね! あと、クラリス様とロレンス様の留学をご許可いただけるなら、ついでに魔導閥の人材も誘ってみてはどうかと考えています。具体的には、ルーシャン様のお弟子のマリーン・グレイプニルさんがよろしいのではと……まず御本人の意向を確認しないといけませんが、相談だけはしてみたいです」
アイシャさんは王立魔導研究所のエースであり次の宮廷魔導師(予定)なので、他国へ長期間、出向くのはちょっと難しいだろう。本人は行きたがるだろうが、許可がおりない気がする。
その同僚であるマリーンさんは、魔導閥の幹部候補生だ。ルーシャン様のお弟子なので、差し入れなどを通じて俺とも顔見知りであり、俺の正体もすでにご存知である。
春先の侯爵邸での夜会にも出席していたため、リルフィ様ともすでにお友達。
ついでに、俺が愛用している惰眠三神器(※ルークさん命名。分類としては別に「神器」ではない)、「睡魔の帽子・午睡の外套・祓いの肉球」を、猫用サイズに改修してくれたのも彼女とその同僚さん達。お世話になってます!
ライゼー様が思案げな顔に転じた。
「ふむ。理由を聞いても?」
「今後のロレンス様には、将来の治世を支えてくれる忠実な家臣が必要です。その意味で魔導閥との関係強化は有益ですし、マリーンさんのご実家であるグレイプニル子爵家は一応、正妃の派閥の一員なので、派閥間のバランスをとるというポーズも示せます。魔導閥からは、あともう一人か二人ぐらい、同行者を募っても良いかもしれませんね」
通常であれば「ホルト皇国への留学」は一大事であるが、今回に限っては「移動が宅配魔法」「入学試験は外交官の推薦状で免除」「現地での滞在費も琥珀で賄える」とゆー、メチャクチャな好条件が揃っている。さらに猫さんが両方の土地を行き来するため連絡は密にとれるし、国境を越えて日々のお仕事をこっそり割り振ることさえ可能だ。
ライゼー様が納得顔で頷いた。
「グレイプニル子爵家のご令嬢か……そういえば春の夜会で会ったな。わかった。その件については、ルークからルーシャン様に相談しておいてくれ。クロード、サーシャ、クラリス、ロレンス様、ペズン伯爵――これにおそらく、ロレンス様の護衛のマリーシア嬢も同行するだろう。さらに魔導閥からの留学生が一人か二人加われば、合計で七~八人――随行者としては充分だし、この人数なら、向こうで少し大きめの一軒家を借りて暮らすのも良さそうだ。一軒家ならルークも人目を気にせずくつろげるし、猫魔法でも警護しやすいだろう?」
実にいい感じの計画である! なんか俺まで楽しみになってきた。
「そうですね! 物件探しはリスターナ子爵にも相談してみます」
「いやはや、楽しそうでうらやましい限りだ。俺らにはそういう青春っぽい時期がなかったから……なぁ、ライゼー?」
ヨルダ様が肩をすくめつつ同意を求めると、ライゼー様は皮肉っぽく頬を歪めた。
「本当にそう思うか? 行った先でやることは結局、椅子に座っての勉学だぞ。あの頃のお前が、それに耐えられるとは思えんが」
「おっと……そりゃそうだ。サーシャもちと不安だな……」
サーシャさん、 地頭(じあたま) は良いので、勉強も苦手ではないと思うのだが――それ以前に、家事とか鍛錬とかで体を動かしていないと落ち着かない働き者タイプではあるかもしれない。
ロレンス様のご要望からはじまった留学案件は、こうして周囲を順調に巻き込みつつ、着々と話が進み――
気づけば、我々の王都での滞在予定期間も、残すところあと数日にまで迫っていた。