軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

155・猫のお説教

……自殺しそうな人間に気づいた時、そのまま放置できる人は決して多くあるまい。

「めんどくさっ……関わらんとこ……」

などと判断できるのは冷静になった後の話で、たとえば今にも橋から飛び降りようとしている人を見かけたら、とっさに「いやいや、ちょい待ち!」と声をかけてしまう人が大半であろうと思われる。

……つまり何が言いたいかというと、「俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!」という自己弁護なのだが、まぁ、助けてしまったからにはそのまま放置もできず――

「……まぁ、アレですよ。なんちゅーか、ほら……何もあんなところで、わざわざ魔法使って死ななくても……てゆーか、今死なれるとぶっちゃけ迷惑なんですよね……」

役場の応接室をお借りして、俺は湯呑からずずっとお茶をすすりつつ、フロウガ将爵を上目遣いに睨んだ。

椅子に座ったフロウガ将爵は、キャットケージ(個人用)に囲まれたまま戸惑っている。檻の上では猫さんが寝ている。

その隣にはオズワルド氏が座り、俺の後ろにはパスカルさんが座っている。ルークさんはテーブルの上である。香箱ッ。

他の方々には、それぞれのお仕事へ戻っていただいた。

ちょっと曲者揃いの話し合いとなってしまったが……まぁ、みんな忙しいし、明日も朝が早いし……

「はぁ……しかし、あの……迷惑とは? 今の状況下では、敵の指揮官など、もはやいても邪魔なだけでしょう」

フロウガ将爵はまだ戸惑っている。

……猫がわけのわからぬ魔法を使ったり、魔族のオズワルド氏と仲良さそうだったり、砂神宮の役人達とすっかり馴染んでいるこの状況は、ちょっといろいろ想定外だったのだろう。

言葉遣いもなんか丁寧だが、これは俺のことを『神獣』だと勘違いしているせい。この世界の序列において、魔族や神獣は人間より格上である。

神獣のピタちゃんとかキャットシェルターでずっと寝ながらおやつを貪っているが、あれぞまさに王者の風格……ピタゴラス様、ご所望のソフトクリームでございます……みたいな感じで猫が 給餌(きゅうじ) ……もとい給仕をしている。

あれ? 亜神の従者……? 従者ってなんだっけ……?

……まぁ、ピタちゃんはアレで良い。あのマイペースぶりには俺もペットとして学ぶべきところが多い。残念ながら、得た学びを生かす機会はないのだが……

お茶菓子代わりのナッツをポリポリかじりつつ、猫は深々と溜息を吐いた。

さて、この人をどーしたもんか……わざとらしく呼吸する間に、つい助けてしまったことへの言い訳を考える。

「……えーとですねぇ……いくら目撃者がそこそこ多いとはいえ、投降してきた敵の大将がその夜のうちに自殺となれば、状況を見ていない人達からは『暗殺』とか『処刑』を疑われます。それでなくても重要な捕虜に死なれるとか、こちらにとってはただの不祥事ですし…… 潔(いさぎよ) いのは結構ですが、投降した以上はもう少し、こちらにも配慮していただかないと……」

「……も、申し訳ありません……?」

猫にネチネチと配慮系のお説教をされて、ますます戸惑い続けるフロウガ将爵……きもちはわかる。俺も苦し紛れとはいえ、なんでこんなこと言ってるのか、自分でもよくわからぬ……

他方、オズワルド氏はこらえきれずに、ニヤニヤと嗤っていた。

「ルーク殿、体裁を整えるのはそれくらいでいい。この男を死なせたくなくなったんだろう? 貴殿はどうやら、道に迷った子供を見かけると、手を出さずにはいられない性分のようだ」

「……にゃーん」

……フロウガ将爵はもう完全におっさんであり、もちろん子供などではない。が、魔族のオズワルド氏から見たら、宮廷魔導師ルーシャン様でさえ「子供」みたいな感覚かもしれぬ。

そしてぶっちゃけた話をすれば、別に助けたいわけでもないのだが……裁判を経た上での処刑だったら、「まぁしゃーない」で放置したと思うのだが、あの自殺は突発的だったがゆえに反応してしまった。こちとら生後数ヶ月のかわいい猫さんである。動くものには反応してしまうのだ……(言い訳)

パスカルさんが、じっとフロウガ将爵を見つめる。

「この機会に、尋問も済ませてしまいましょうか。私の調査でも、貴方についてはよくわからない部分がありました。部下達の統制がとれているようでとれていない、部下に利用されているのかとも疑いましたが、それにしては忠誠を得られている――」

「……いや、さっき気づいたが、君には見覚えがあるな……? 確か、ホルト皇国の……」

「昨年も商談でお目にかかりましたな。商人のパスカルです。商談のために砂神宮まで来ていたところ、この事態に遭遇しまして……人手が足りないとのことで、今は縁あって、こちらで事務作業の手伝いなどをしております。話を戻しますが、捕らえた将官達は皆、貴方の指示に従っただけとは言いつつ、贈収賄など個々の事例に突っ込むと、言葉を濁したり言い訳を始めるという有様で――貴方は部下達の不法を見逃していたようですが、それは派閥形成のためでしょうか? それとも、目的のためには手段を選ばない、というような事情で?」

そんなん……利権を確保して、お互いうまいことやろーや、みたいな流れではないの……?

フロウガ将爵が薄笑いを見せた。やべぇ顔。

「……真っ先に気にするのがそこか? それならもう、気づいているだろう。わざわざ答え合わせが必要かね?」

「……恐ろしい方ですな。いや、酷い方だ。部下を手駒以下のゴミと思っていなければ、とてもできない芸当です」

パスカルさんが呆れたように嘆息したが、猫にはわけがわからぬ。何? なんの話?

「えーと? どういうことです?」

猫さんが問うと、パスカルさんはほんの一瞬、言葉に迷ったが、すぐに声をひそめて教えてくれた。

「自分自身は不法行為を回避しつつ、部下達には自由を与え、それぞれの裁量で不正をしやすいように仕向け――水面下では、その証拠を集めていたのでしょう。たとえば将来、フロウガ将爵がレッドワンドの王になった時。それらの証拠を使って、邪魔な部下、不要な部下を粛清したり、あるいは脅迫の材料にするという目的です。そのためにわざと統制をゆるくし、指示に関係ない部分では、少々の悪影響は無視して好き勝手にやらせていた……と」

にゃーん……

……どちらも策謀家だけに、納得感はあるのだが……なんで今のやりとりだけで、そこまで通じ合えるの……? 猫は 畏怖(いふ) した。

オズワルド氏がくっくっと笑う。

「よく理解できた。トゥリーダを反乱軍に誘わなかったのは、それも理由の一つだな? あのお嬢ちゃんは真っ当すぎる。不法行為でさえ、誰かのためのやむを得ない 措置(そち) で美談になる代物だろうし、握れる弱みがないタイプか……なるほど、お前とは相性が悪かろうな」

「……はい。反乱軍の決起ともなれば、兵達を扇動して離反される可能性も考えました。ああいう手合いは覚悟を決めるまでには時間がかかるものの、道を悟ればもう止まらない。そこに存在するだけで自然に人望を集めてしまう厄介な人材です。魔族の介入が主因とはいえ……実際、その通りになりましたな」

トゥリーダ様はアレか……自己評価は低いのだが、部下からは神聖視され、上司からは危険視され……割と主人公気質だな? 飼い猫からは塩対応であったが、これなら良い王に……ゲフンゲフン。あ、今のオフレコで。

改めて、パスカルさんが感情のない視線を将爵に据える。

「貴方は『王』になるつもりだった。それは理解しました。単純に権力がほしかった、ということでよろしいですか?」

「ああ、過不足なくその通りだ。そして失敗した」

俺はカシューナッツを貪る。この塩気がたまらぬ。

「……言っちゃなんですけど、こんな国の王様になって何がしたかったんです? 割と終わってる国だと思いますし、フロウガさんは頭のいい人っぽいので、とっとと他の国に移動すれば、そっちで成功できたと思うんですけど」

煽りではない。

この国の貴族の大半は「俺には魔力がある! やったぜ貴族確定だ!」ぐらいの感覚で貴族になっているため、他国に行こうなどとは夢にも思わぬだろうが――

こちらのフロウガ将爵の場合、知恵があり、知識があり、他国の情勢も知っている。

むしろ「こんなアホみたいな国に俺の才覚を埋もれさせてどーする!」とか考えそうなものだ。

王になるとゆー目標を掲げていたようだし、さっきも「王になったらやりたいことがあった」みたいなことは言っていたが……

フロウガ将爵は、猫からの問いに力なく嗤った。これは自嘲であろう。

「何がしたかったかと問われましても……神獣たる貴方様には、人ごときの悪足掻きなど、 些末(さまつ) なものにしか思えぬでしょう。王になれば軍を自在に動かし、法に干渉し、より多くの人間を操ることができます。逆に言えば――私が王にならぬ限り、レッドワンドは何も変わらぬままで朽ちていくものと、 自惚(うぬぼ) れておりました」

フロウガ将爵は俺のことを「魔族の友人の神獣」と勘違いしておられるが、これは好都合なので黙っとこ。

「もうちょっと具体的にお願いします。軍を動かしてネルク王国を侵略したかったんですか? 法に干渉して独裁政権を作りたかったんですか? 多くの人間を操って、その先で何をしたかったんですか?」

俺の突っ込んだ問いに、フロウガ将爵はちょっとびっくりした顔へ転じた。

「神獣様に語れるほどの言葉は、持ち合わせておりませんが……ネルク王国への侵攻は、この国の貴族の多くが切望してやまぬ悲願でした。私はその感情を利用し、血気盛んな者達を自分の派閥へ……つまり、人集めの方便として利用していました。私自身は、侵略は『勝てる』と見極めたタイミングで行うつもりでしたが……同時に、『私の代では無理だろう』とも思っていたのです。ところが、ネルク王国側が想定以上に乱れ、こちらはこちらで飢饉などが発生し――」

言いたいことはわかる。

前陛下の第二妃、つまりリオレット陛下の母君は、実はレッドワンドの間者であった。

間者として潜り込ませたメイドが第二妃に取り立てられるという、予想だにせぬまさかの大ファインプレー……さらに彼女が国庫に穴を空けるという奮闘ぶりを見せたことで、「あ、いけるかも!」という判断に変わったのだろう。

一方、ケルノスとかいうレッドワンドの国王は、「フロウガ将爵閥の兵をすり潰す」目的で、失敗が前提になる侵攻を命じようとしていた。

そこに飢饉と、魔族の介入、自らの失脚の危機などが重なり――彼は「開戦のタイミング」を選べなくなり、なし崩し的に侵攻へ至った。

「そもそも国境付近の小競り合い程度ならいざしらず、制圧となればこちらの兵力も足りません。何より……レッドワンドの軍制は 歪(いびつ) すぎて弱い。もしも私が王になったら、そこにも手を加えるつもりでした」

神獣と魔族の前で、フロウガ将爵はびっくりするほど素直であった。

……というか、一度は死のうとしたあたりで、いろいろ吹っ切れてしまったのだろう。俺が変な魔法でそれを止めたため、一時的に無気力状態なのかもしれない。ちょうどいいので、もっと突っ込んだことも聞いてみる。

「軍に手を加えるというと? 徴兵を強化するとかですか?」

「いえ、それ以前の問題です。ご存知のように我が国は、『魔導師』でなければ貴族にはなれません。つまり、指揮官もほとんどすべてが『魔導師』になってしまい……軍の上層部には、いわゆる『武勇』や『知略』に優れた将がほとんどいません。どんなに身体的な武力が高かろうと、出世の上限は小隊長どまりで、男爵にすらなれないのです。するとどうなるか――腕に覚えのある者は、他国へ流出します」

あっ。

納得の流れである……レッドワンドの兵が弱いとゆーのは、つまりそーいう……

「強者の不在とは、すなわち指導者の不在でもあります。兵も士官もまともに育ちません。国外への逃亡はもちろん重罪ですが、そうはいっても防げるものではなく――魔導師だけを優遇した結果、それ以外の有為な人材は流出する一方でした。こうした状況を変えるためには、武官を貴族に……あるいは貴族でなくとも、何らかの形で出世させる新たな法整備が必要です。ただしそれは、今いる『魔導師』の権益を削ることにもなる。反発を抑えるためには、人を操る必要もあるでしょう。この国の課題はあまりに数多く、魔導師至上主義は強固で、抵抗勢力も相応に多い。それこそ王にでもならぬ限り、何も変えられません」

猫は肉球を口元に添えた。

……今のトゥリーダ様になら、その変革が可能、ということである。

より具体的には、「大量の物資」と「魔族という戦力」、さらに「水面下で暗躍する猫」が揃った結果、「新しい国」が成立し、今までの仕組みを一新できる可能性を得た。

ここから先は賛同者を取り込み、敵対者に対応していくわけだが……もはや勝敗は決しており、「いつ勝ち馬に乗るか」という状況になりつつある。

レッドワンドの貴族には、「代々続く名家としての誇り」みたいなものもないので、いざ 趨勢(すうせい) が固まれば見切りも早い。

「……自分がいなくなっても、トゥリーダ様がそれをやってくれる。だから安心してあの場で死のうとした――ということですか?」

「そこまで殊勝な性格ではありません。私がこの国を立て直そうとした動機も、愛国心やら郷土愛ではなく、思うがままに権勢をふるいたいという私の欲のためです。その上で、私は負けた。オズワルド様との交渉前に反乱軍は瓦解し、再起の芽もないと見極めがつき、とうとう諦めた――それだけの話です。そして、最期に一目……あの年若く未熟な子爵が、どんな顔をしてこれからの大業に臨むのか、それを見ておきたいという好奇心に駆られ、投降しました」

……にゃーん。

今のはなんか、わざと露悪的な言い回しをしていたような気がしないでもないが……

出発点は本当に権勢欲だったのかもしれぬが、どこかのタイミングで、「この国をなんとかしたい」という思いも実際に出てきたのではなかろうか。

彼がいま口にした『魔導師至上主義』への批判は、レッドトマト商国の考えともそこそこ近い。

目に見えて明らかな問題点であっても、そこに利権を得ている者がいると、なかなか是正されないもの……今回はそこに「魔族」「飢饉」「新国家」という複数の外的要因が加わったため、一気に状況が動いた。

「んー……フロウガ将爵って、トゥリーダ様に敵意とかはないんですか?」

俺が問うと、将爵は困ったような顔をした。

「さて、敵意……力なきままに理想を説いても無駄と、侮っていたのは事実です。それでいて目下の者達からは慕われていましたので、いずれ裏切られるかと警戒もしておりましたが……敵視するほどの大物とは思っていなかった、というのが本音です。人を見る目がなく、お恥ずかしい限りです」

……いやまぁ、確かにトゥリーダ様、「大物っぽさ」はないんですよ……英雄とか奸雄とかでもないし、オズワルド氏の演技指導で立ち居振る舞いはちょっとイイ感じになってきたが、なにせまだお若い。

二十二歳、世が世なら女子大生くらいであり、街角で買い食いしながらきゃーきゃー騒いでいても違和感のないお年頃である。

……就活とか新社会人で疲労困憊……? まぁ、そういう事例もある……最近のトゥリーダ様はこっちのほうが近い。衣食住は足りているが、睡眠時間が足りていない。おしごとたのしいよね(棒読み)

オズワルド氏が、ふと首を傾げた。

「あれの真価は、己の無力を知りつつ、それでも頼られると職責を果たしてしまう責任感にあると思うが……ところで、フロウガ。お前は私と交渉するべく、前線を離れ、少数の護衛のみでこの砂神宮へ来た。正直にいえば、その決断力は私にとって想定外でな。てっきり、反乱軍で取り巻きに囲まれたまま、何もできずに負けると思っていた。お前は蛮勇とは無縁に思えるが、我々との交渉に勝算があったのか?」

「勝算はありませんでしたが……事態がどう動いたところで、『魔族』への対処こそが最重要であり、避けては通れぬものと判断しました。接触するなら早ければ早いほど良いとも――それでも遅すぎたようですが」

「先程も言った通り、動いたこと自体が驚きだがね。で、どう交渉する気だった?」

「魔族に小細工は通用しません。しかし、話し合うことは可能です。目的をうかがい、妥協点を探る――その上で私の首をご所望であれば、それもやむなしと」

覚悟キマりすぎである。こわい。

にやりと笑ったオズワルド氏が、お茶菓子の豆大福にかぶりつき、わずかな塩気によって引き立てられた極上の甘みに舌鼓を打った。

……わかります? それ 老舗(しにせ) のおいしいヤツなんスよ。あ、パスカルさんもどうぞ?

「……ルーク殿、後で土産を頼む……もとい、フロウガ。お前の『魔族』に対する認識は正しい。ただ少々、 正しすぎる(・・・・・) 。ネルク王国の貴族は、王都と国境で魔族の戦闘力を直に見た。砂神宮の者達も……まぁ、ちょっとした誤解はあるかもしれんが同様だ。しかしお前は、魔族のいる戦場に立ち会った経験はなかろう? その恐怖を体験したことがない身で、どうしてそこまで思い切れた? 噂話や書物の情報に流される性格とも思えん」

フロウガ将爵が、遠い過去を思い出すように目を細めた。

「今から、二十年ほども昔の話ですが――私は出自を隠し、冒険者のふりをして、ネルク王国を旅したことがあります。その旅で同行した方が、おそらくは『魔族』でした。人では到底、太刀打ちできぬほどに強大な魔獣を、ただの一撃で葬り去ったあの魔法――あれを見て、私は人と魔族の格の違いを思い知ったのです。そしてその時に……自らの『小ささ』を知りました」

将爵が嗤う。

「私は何もできない無力な人間です。しかし、そんな私に力を貸してくれる仲間を集めようにも、レッドワンドには有為の人材などほとんどおらず――私と同じ程度の無能どもを、無能なりにどうにか使いこなせるようにと工夫し、必死に策を巡らせ、這いずるようにここまで派閥をまとめてきたのです。この無駄な日々を、どうかお笑いください」

自嘲するフロウガ将爵とは真逆に、オズワルド氏は妙に真剣な顔つきへ転じた。

「……ほう。二十年前……旅の途中で、魔族と会った? その者はどのような姿だったかね?」

フロウガ将爵が、姿勢を正して座りなおす。

「整った顔立ちの、愛嬌のある青年でした。見た目は、ごく普通の……人当たりが良く、丁寧で、よく笑う方だったと記憶していますが、口調は妙に老成していて……違和感はありましたな。髪色は黒で、額に逆三角形の小さな 刺青(いれずみ) がありました。あるいは、顔料などで模様を描いただけかもしれませんが……確かお名前は、偽名かとも思いますが、『ダンケルガ』と」

オズワルド氏が固まった。

目を見開き、じっと将爵を見つめる。その不可解な変化に、俺もパスカルさんも、もちろんフロウガ将爵本人も戸惑い、何も言えない。

ダンケルガ……うーん? 聞き覚えがあるような、ないような、やっぱりあるような……?

「魔族なら、きっとオズワルド様のお知り合いですよね?」

俺が問うと、オズワルド氏はなんとも言えないビミョーな顔で口ごもった。

「……知り合いといえば、まぁ知り合いなんだが……魔族ではない。しかし、最大火力こそ我々に及ばないが、魔法の技術と知識に関しては魔族以上の存在ともいえる。勘違いされても仕方あるまい」

「えっ……魔族じゃない? まさか普通の人間ってことですか? それとも神獣?」

ピタちゃんもそうだが、一部の神獣は人間の姿に化けられる。が、俺には何故かできない。何か……何か見えない力で、「そもそも猫って完全体なんだから、そこから変化する必要なくないですか?」と制限されている気がする……(超越者権限)

「いや、ダンケルガは人間ではなく、神獣でもない。フロウガが会ったのも、世間を 見聞(けんぶん) するための端末……ただの『 傀儡(くぐつ) 』だろう。額の逆三角形は、彼が遠隔操作する傀儡につける目印だ。『賢樹ダンケルガ』……その正体は『自我を持つ神樹』、樹齢は千年以上と聞いている。ウィルヘルム殿の師匠だ」

…………思い出した!

ハズキさんにあげたバイオリン。『古楽の迷宮』でカブソンさんからもらった逸品であったが、アレが確か『賢樹ダンケルガの枝』から作った最高級品、という触れ込みであった。

「枝でバイオリンなんか作れる?」と疑問だったのだが、樹齢千年オーバーか……これもしかして世界樹的な巨木では?

「その意思を持った大木が、ウィル君のお師匠様とは……オズワルド様とも親しいんです?」

「顔見知りではあるが、奴はコルトーナ家の領地と近い場所に生えていて、あの家の者達と特に親しい。また魔王の友人でもあるから、多くの魔族にとって不可侵の存在だ」

やべぇ木もあったものである。好奇心からちょっと見てみたいが、魔王様につながる案件となると、俺の存在が先方にバレるのはちょっと怖いか?

「しかし、魔族に助けられた過去は誤解だったにせよ、ダンケルガに救われ、さらに名まで告げられた人間となると……こっちで処断するのはまずいかもしれんぞ」

オズワルド氏の懸念に、フロウガ将爵が即座に首を横に振った。

「いえ、先方は私のことなど憶えていないでしょう。隊商に混ざって旅をしていて、たまたま魔獣に襲われただけです。その隊商にいた護衛とは懇意にしていたようなので……彼を助ける目的だったのだろうと推測できます。私はあくまで、『その他大勢の傍観者』の中の一人でした」

垂らされた蜘蛛の糸をあっさりと手放すあたり、やっぱり覚悟キマりすぎである……

「仮にそうだとしても、後から発覚するとまずい。ルーク殿、この男、しばらくこちらで預からせてくれ。ダンケルガに問い合わせて、何もなければこちらへ返す」

正直、「どう扱ったらいいかな……」と困っていたので、否やはない。面倒事は毛糸玉のように投げてしまえの精神である。

……なんならそのまま持って行ってくれると、「オズワルド氏の要請に応じて引き渡した」という体裁が整い、こっちで処刑とか幽閉とかする手間が省ける。その場合、後世では「罰として魔族の奴隷になった」みたいな解釈になる感じ?

「いいですよ! トゥリーダ様にはこっちから伝えておきます。フロウガ将爵も、結論はしばらくは保留でいいですね? こちらにも手続きとか思案とか、いろいろあるのです。ただでさえ大量の捕虜を抱えているので、勝手な行動は謹んでください!」

「しょ、承知しました……」

猫さんに叱られて軽挙妄動を慎む人類……やはりじんるいはおろか。猫によって管理されなければならぬ――(危険思想)

その後、オズワルド氏にフロウガ将爵を預け、お土産の豆大福を十個ばかりご用意し、転移魔法で撤収していただいた。

ルークさんにはまだ明日の支援に向けたお仕事がある。てゆーか今もリルフィ様がキャットシェルターで作業中なので、はやく戻らねば……!

その時、応接室の扉にノックの音が響いた。

「……あのー……お話、終わりました……?」

ちょっと遅れて応接室に現れたのは、我らの 旗頭(はたがしら) 、トゥリーダ様であった。