軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

154・猫の油断

各地への本日予定分の支援を終えた、その日の夜。

御者役を手伝ってくれた有翼人の皆様には、お土産のスイートポテトを持たせ、いったんメテオラにお帰りいただいた。明日もよろしくお願いします!

そしてケーナインズの皆様には、支援先の領主様からの反応やトゥリーダ様への伝言を報告書形式でまとめる作業があり、これから役場で残業である。ごめんね……晩ごはんとお夜食はちゃんと用意するからね……

また、クラリス様とウェルテル様にはリーデルハイン邸に戻ってお休みいただいたのだが、リルフィ様は俺の残業を手伝ってくれることに。

明日以降の支援予定の整理に加え、カトラート子爵家の領地を物資中継地点として使えることになったので、支援レベルの段階を予定より早く「緊急」から「継続」に落とせそうなのだ。

具体的にどーなるかというと、「猫は砂神宮で物資を作り、それらの輸送は人類に任せる」という、猫の労働環境の劇的改善が見込める。

近隣のアスワーン伯爵家からも、近いうちに馬車と馬をお借りできそうだし――今後は国内の諸侯に、カトラート子爵家の領地まで物資を取りに来てもらうという流れを作れそう。あるいは期間限定の輸出拠点にしてもいいな。

ヨシ! これで俺もトマト様の畑仕事に戻れる! ヒャッハー!

……………………ルークさんは、猫としての怠け心とか図太さとか睡眠欲とか、そういった大事な何かを失っている気がする……最初から実装されていなかった可能性も微レ存。

そんな感じで現在、俺は猫カフェにて、リルフィ様とキャッキャウフフしながら地図をチェックし、使者役の選定、書状内容のチェック、注意事項その他の確認作業を進めている。

「……こちらのロータスハート伯爵家には、トゥリーダ様と魔導学校で同期だったご友人が、養女として……というより、次期当主として入っているそうです……現当主向けの書状に加えて、ご友人向けの私信も一通、追加されていますね……」

「ほほう? 伯爵家に行かれたということは、魔導師としてもかなり優秀な方なんでしょうねぇ」

「火属性に適性があったそうで……あと、とても社交的で明るい方だとうかがいました……」

「……もしや火属性って、そういう陽キャが多くなるんですかね……? 火の上位精霊様とか、アーデリア様とか……」

「適性と性格には、ちょっとした相関関係が出やすいという説もありますね……ただ例外も多く、信憑性は占い程度だそうですが……」

そんな和やかな会話をしながら、使者役を務めるケーナインズへの注意事項メモをまとめていく。

「あっ……ルークさん、インクが跳ねて毛に……」

「おっと、ありがとうございます!」

リルフィ様がくすりと微笑み、俺の腕を丁寧に拭いてくださる。

……あれ? この残業、割と楽しいぞ……? むしろ役得では? 行ったことないけどキャバクラとかって割とこんな感じ?(ぜったいちがう)

(にゃーん)

その時、外部から通信が入った。即座に窓の映像がオンに切り替わる。

そこに映し出されたのは、竹猫さんからの中継映像――現在は砂神宮の役場におり、「なにかあったら呼んでね!」とお願いしておいたのだ。

カメラの前にいるのは、細身の中年男性。

身につけた銀色の金属鎧は、全身を覆うタイプではなく、旅にも適した軽装のモノだが……一見して高級感がある。

黒髪には白髪も混ざっているが、姿勢も良くてまだ若々しい。

この人物には俺も見覚えがある。

反乱軍の陣地を偵察した際にチェックした、敵の指揮官――彼はオズワルド氏と話し合いをするために、本隊から離れ、少数の護衛のみを引き連れて砂神宮へやってきた。

護衛の騎士達は無抵抗のまま衛兵に捕まったようで、彼自身もすでに剣などは持っていない。

砂神宮の衛兵達に囲まれて歩くその表情は、妙に気が抜けたような穏やかさで――

『じんぶつずかん』を読むまでもなく、彼が「反乱軍」の潰走をすでに知っているのだと理解できた。

「フロウガ・トライトン将爵……ですね」

敵将の名を呟いて、俺はリルフィ様のお膝からそろりと立ち上がる。

国境側からのルートで情報が届くのは、もうちょっと先になるだろうが……こっちには転移魔法を使えるオズワルド氏がいる。砂神宮周辺の各地にはもう情報が流れており、道中でそれに触れたのだろう。

「ルークさん、介入されるのですか……?」

「いえ、見るだけです。カメラ映像越しでも良いのですが、ちょっと気になるので、一旦外へ出ます」

「……でしたら、私も行きます……トゥリーダ様が少し心配なので……」

お膝からは降りたものの、再び抱っこされてしまった。楽。

リルフィ様は、なんだかんだでトゥリーダ様と仲良くなった。猫好き同士、魔導師同士の共鳴もあるし、猫と魔族になんやかんやと翻弄されがちなトゥリーダ様に、若干「きのどく……」という思いもあるのだろう。

トゥリーダ様のほうも、温和で物静かなリルフィ様とは気が合うようで、おやつの席ではよく笑い話程度の愚痴をこぼされていた。お年もまぁまぁ近い。

猫カフェから外へ出ながら、リルフィ様が耳元で呟く。

「……私は、あのフロウガ将爵という人を初めて見たのですが……聞いていた話よりは、穏やかそうな見た目ですね……?」

「……以前に見かけた時とは、ちょっと顔つきが変わりました。たぶん、反乱軍が瓦解したことをもう知っていて、いろいろ覚悟を固めてここへ来たのかな、と」

……フロウガ将爵と会って話をする気はないのだが、やはり 顛末(てんまつ) くらいはこの目で見届けたい。

彼はネルク王国に数多くの謀略を仕掛けた憎むべき敵だが……もしも一匹の猫がいなければ、その謀略も成功し、今頃、ネルク王国側で勝利の美酒とか飲んでいたかもしれぬ。

つまり見方によっては、猫によって人生を狂わされた哀れな人でもある。

戦争で他人の人生を狂わせようとした結果なのでそれも因果応報なのだが、亜神やら魔族やらやべぇのが関わってきたのが運の尽きであろう。

そんなフロウガ将爵のじんぶつずかん情報が以下である。

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■ フロウガ・トライトン(43)人間・オス

体力C 武力C

知力B 魔力B

統率A 精神B

猫力50

■適性■

火属性B 地属性C 暗黒B

謀略B 政治B 話術B 剣術C

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遂に出たか、統率A……初では?

ただこの人の場合、悪いほうに作用してそうだなぁ……

なまじ統率力があったせいで、国王と伍する派閥を形成してしまい、さらに謀略方面にその才を発揮したせいで、どっかの猫に「フシャー!」とやられてしまった。

せっかくの才も、使い方を誤ればろくなことにならぬ。

猫力は50……まぁ、「ふつう」というレベルである。いちばんはんだんにこまるやつ。

砂神宮の役場は、夜にもかかわらずざわついていた。

「あ、ルーク様! ちょうどいいところへ……!」

ダムジーさんが慌てて駆け寄ってくる。

「フロウガ将爵が投降してきたんですね?」

「はい。衛兵達の前で、自ら武装解除を――夜ではありますが、オズワルド様とトゥリーダ様、パスカル様がこれから会います。ウィルヘルム様も、従者のふりをして警護につかれると――」

オズワルド氏は残業ではない。パスカルさんと何やら悪巧み……でもなく、正弦教団絡みのお話をしていたはずである。

トゥリーダ様は普通にお手紙を書いたりのデスクワーク残業だな……だいぶ手慣れてきた。

砂神宮に滞在している「貴族」は彼女だけ(※捕虜除く)なので、書状関係の差出人としていいように使われている。さいきん、たまにめがしんでる……

そして魔族のウィル君については、ここ数日、シャムラーグさんと一緒に、トゥリーダ様の書類仕事のお手伝い+ボディガードの役割をこなしてもらっている。

猫さんもつけているが、今のトゥリーダ様に万が一のことが起きては困るのだ。

また転移魔法を駆使すればネルク王国側のリオレット陛下とも即座に連絡をとれるため、将来の交易を想定した疑問点や確認点について、直接的にやり取りしやすいという強みもある。めっちゃ助かってる。

……トゥリーダ様も、かつての上司との立場が逆転した上での再会となれば、さすがに平常心ではいられぬはずだ。パスカルさんとオズワルド氏、さらにウィル君とシャムラーグさんまでいてくれるのは心強い。

そして我々は、役場の前の広場で、連行されてきたフロウガ将爵を出迎える形となった。

奇しくもここは、トゥリーダ様が砂神宮に着いた時、オズワルド氏と学芸会を繰り広げた例の場所である。

そしてあの時は台本があったのだが、今回はない。

魔道具の照明器具に照らされ、役場の職員達が居並ぶ中に、俺とリルフィ様も自然に混ざる。その姿を見つけたトゥリーダ様が一瞬、安心したように表情を緩めた。

が、それは本当に一瞬のことで、すぐに真顔でかつての上官と向かい合う。

両者の距離は五メートルほど。

会話をするには少し遠いが、双方の足が自然とそこで止まる。

「……久しぶりだな、トゥリーダ子爵。このような形で会うことになるとは、まるで想定していなかった」

「私もです。次は地獄でお会いするものと思っていました」

「貴殿の行き先は地獄ではなかろうよ。そして私は、地獄の存在すら信じていない。死ねば何もなくなるだけだ」

そうかな……そうかも……?

俺とか転生者仲間のクロード様とか、例外もたまにいるようだが、大多数は虚無に呑まれるだけっぽいと超越猫さんも言っていた。あの猫らの言葉もまぁ、話半分に聞いておくべきだとは思うが、今はそんなことはどうでも良い。

「反乱軍は潰走したようですが、残党と合流する道もあったはずです。なぜ投降を?」

「合流してどうなる? 我々が動いたのは、ネルク王国から物資を略奪するためだ。それに失敗した上、この砂神宮から各地への支援が進んでいるとなれば、もはや侵攻の理由すら失った。将も兵も、多くは飢えて仕方なく集まっただけだ。それに、私に忠実な主戦派はもうこちらで捕虜になっているとも聞いた。この状況で私一人が足掻いたところで、何の意味もなかろう」

「……そこまでわかっているなら、なおのこと、一人で逃亡するという手段もあったのではありませんか?」

「いいや。それこそ、何の意味もない」

淡々と応じるフロウガ将爵。その口元には微笑すら浮いている。

それは諦観か、自嘲か……慈愛とか強がりでないのは確かだが、ヤケっぱちという感じでもない。なんか、こう……脱力感……? 気が抜けた感じ?

そしてフロウガ将爵は、着用していた胸当てなどの防具類をその場に捨て、肩と首をほぐすようにぐるりと回した。

「私はケルノス国王を退け、この国の王になるつもりだった。王になった上で、やるべきことがあった――しかし、私は負けた。それでこの話は終わりだ。トゥリーダ子爵、あとは貴殿に任せる。私はここで退場するが、貴殿は、まぁ……不器用なところはあるし、少々、理想に偏りすぎているとも思うが、魔族の支援があればどうとでもなるだろう」

彼はそこで、ちらりとオズワルド氏を見た。そこに恨みがましい気配など微塵もなく――そのことがかえって、ルークさんの尻尾をぴーんとさせる。

「最後に一つだけ、野暮を承知で言わせてもらおう。貴殿は少々、人に甘すぎる。それは美徳であると同時に、王としては欠点にもなり得る。せめて腹心には、貴殿に対しても厳しい態度で事にあたれる者を 重用(ちょうよう) するといい。では――」

話している言葉の途中で、フロウガ将爵は穏やかな顔つきのまま、いかにも自然に自らの胸へ片手をあて……

……あれ?

この人って、火属性の魔導師だから――武装解除して、手元に武器なんかなくても……

「……さらばだ」

「猫魔法ッ! キャットケェーージッ!」

『フギャーー!』

俺が肉球を振り上げて叫ぶのとほぼ同時に、フロウガ将爵の周囲は猫顔の魔法陣を伴う金色の鉄格子によって塞がれ――

彼が胸に添えた片手からは、「ぽひゅん」と開封二日目の炭酸水じみた気の抜けた音が漏れた。

……間一髪ッ!

あっっっっっっぶねぇぇぇぇっ!

自殺しようとしてた! このひと、普通に自爆する気満々だった! 火球かなんかで自分の心臓吹っ飛ばすつもりだった!

この状況でうっかり『じんぶつずかん』のチェックを怠っていた俺もだいぶアホだが、とりあえずあの悟りきった顔つきから「……おや?」と気づけたのは 僥倖(ぎょうこう) であった……

今、フロウガ将爵の周囲を覆った檻(天板に猫さん)は、魔法反射・魔法吸収に続く第三の檻、「魔法封じ」のキャットケージである。

反射でオズワルド氏をズタボロにしてしまい、吸収でアーデリア様に破壊された経験を踏まえ、「なんとかならんもんか」と対魔族用に練習しておいた新魔法だ。

成功したのはけっこう前なのだが、こんなタイミングで使う機会が来ようとは……

魔法が不発に終わったフロウガ将爵は、びっくりした顔で固まっている。

そしてその他大勢は、びっくりした顔でこっちを見ている。

……とはいえまぁ、役場の人達は、俺が立って歩いて喋って農作業をする神獣系の怪しい猫さんだと知っているため、メインで驚いているのは一部の衛兵さんとか、将爵の連れてきた捕縛済みの騎士達ぐらいなのだが、キャットケージは……檻の上で、でかい猫さんが寝ているので……まぁ、目立つ魔法ではある。

が、そんな視線を奮然と跳ね返し、ルークさんはリルフィ様の腕から飛び降りて、すたすたと檻のほうへ歩み寄った。

「フロウガ将爵、そういう退場の仕方は容認できません! 貴方にはまだ、やるべきことが残っているはずです!」

……特に根拠もなく、勢いだけでそう宣言し――「つい反射的に止めちゃったけど、ここからどうしようかな……」などとノープランで思案する残念系猫さんとは俺のことである。

………………そ、 外面(そとづら) だけは、かろうじて取り繕った……!