軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

145・フロウガ・トライトンの失策

『砂神宮が、魔族、オズワルド・シ・バルジオによって制圧された』

この一報を反乱軍のフロウガ将爵が知ったのは、ネルク王国への侵攻予定を二日後に控え、作戦の最終方針を諸将に周知したその日のことだった。

現在は国境からほど近い砦を拠点とし、ここまで行軍してきた兵達を休ませている。

まだ到着していない後続の兵もいるが、彼らの主な役割は略奪した糧食の輸送、及び侵攻軍の撤退支援であり、侵攻のための兵自体はもう揃っていた。

フロウガ・トライトンは齢四十三。魔導師としての優秀さを買われてトライトン将爵家に養子入りし、当主の座を継いでから十四年――

気力も体力も、さすがに若い頃ほど充実してはいないが、まだ老け込むような年でもない。さらには細身で長身なため、年よりも若くは見られる。

しかし、この報告は彼のまばらな白髪を大きく増やす結果につながりそうだった。

即座に 傘下(さんか) の将達を集め、軍議が開かれた。

まずは参謀格のドレッド・ゴウル子爵が進行をうながす。

「先に情報の信憑性を問いたい。どこからもたらされた情報だ?」

「は。まず、砂神宮から周辺領への使者が出たようです。その知らせを受け取った各領地から、こちらにも連絡が来まして――」

国土の大半が山岳地帯となるレッドワンドでは、情報の伝達にも複数の手段を併用している。

一般的な早馬に加え、崖地をショートカットできる有翼人や、橋のない場所での矢文など、地形にあわせた中継地も設置されている。

伝書鳩に関しては、他国では採用している例もあるのだが――鳩が野生の鳥に狩られやすく、またそのまま野生化しやすいなど解決できない諸問題もあり、レッドワンドの国内では廃れてしまった。

狼煙(のろし) については「敵襲」などの急報には使えるものの、事態の推移などの詳細までは伝えにくい。煙の色や間隔などで伝達内容を調整するにしても限度がある。こうした手段は、「事前に想定されている事態」には対処できても、「不測の事態」には弱いのだ。

結果、正確な情報の伝達には、どうしても数日~数週間単位のずれが生まれる。

今回はやけに早いが、これは反乱軍決起と進軍のために、いつもより周辺情報の把握を密におこなっていたためで、平時であればさらに数日は報告が遅れたはずだった。

「届いたのは砂神宮からの救援要請か? もう間に合わんとは思うが……」

「いえ。砂神宮は即座に降伏したようです。声明は魔族、オズワルドからの発で、国王軍と我々の双方に、宣戦布告を……その……文面としては、『そんなに戦いたいのなら私が遊んでやる』という表記ではありましたが……」

別の将が、石の卓を拳で叩いた。

「舐めおって! 魔族がどうして我が国の内乱に絡んでくるのだ! いや、その魔族を怒らせたのはケルノス国王だろう! ならば魔族も我らに味方し、ともに国王を打ち倒せば良いではないか!」

……馬鹿がいる、と、フロウガは思ったが、訂正しよう。ここには馬鹿しかいない。もちろん、自分も含めての話である。

そもそも魔族は「無実の友人を捕らえたレッドワンド」に対して怒りを表明したが、国王はそれでもなお「主犯ではないとして見逃された」のだ。

魔族の逆鱗に触れたのは、おそらく「キルシュ・ラッカ」という外国人の捕縛――

間諜のシャムラーグを死地に向かわせるための人質だったようだが、一連の 謀(はかりごと) は、「ドレッド・ゴウル子爵」が自身の権限において進めていた。

主犯はドレッド子爵であり、また許可を出した上官である自分、フロウガ・トライトン将爵である。

トップという意味ではその上に国王がいるものの、こんな 些事(さじ) に王が関わるはずもなく、彼にとっては降って湧いた災難であっただろう。

……あの時点で魔族が王を殺しておいてくれたら、フロウガにとってはとても都合が良かった。

身内でもこれらの事情を知っている者は多くないし、明かす気もない。フロウガがこれを認めてしまえば、決起した大義名分が一つ消えてしまう。

さすがにドレッド子爵はばつが悪いのか、難しい顔をして押し黙っていたが――魔族がわざわざ介入してきたとなると、フロウガも頭が痛い。

魔族の友人だったと思しき学者、キルシュ・ラッカは、既に魔族が保護したと聞いている。その行方はわからないが、それはどうでもいい。わざわざ火種に触る気はない。

彼がいた有翼人の集落も、少し前に集団で失踪したと報告を受けた。

キルシュを助けなかったことで魔族の怒りを受けた……というわけではないらしく、死体どころか日用品の類もきれいさっぱり消え失せており、他所へ逃げたものと推測できる。

これも座視するしかない。魔族を敵に回せば国が滅ぶ。

身内の中には、「魔族」の真価を知らず、おとぎ話のように捉えている者もいるが――フロウガは、魔族にまつわる「伝説」のほとんどが事実だと確信しているし、その魔法の威力を疑うつもりはなかった。

かつて、トライトン家当主の座を継ぐ前――

フロウガは見聞を広める目的で、身分を隠し、敵国であるネルク王国を一年ほど巡り歩いたことがある。

その旅路の途中で、彼は同様に身分を隠し旅をしていた『魔族』と出会った。

互いに身の上などは明かさなかったが、佇まいがもはや常人ではなかった。

そして道中で魔獣に襲われた際。

フロウガと、同行していた若い剣士が魔獣を食い止めようとしたところで、その魔族がふらりと前へ歩み出た。

足取りは軽く、無防備に――

優しげにそっとかざした手から「魔法」が放たれた後、魔獣の姿はもうそこになかった。

あれはもはや、人がとうてい及ばぬ領域にいる生き物である。

特に 交誼(こうぎ) を結べたわけでもないが、その記憶は鮮烈に焼き付いていた。

(魔族が出てきたら――我々も終わりか)

まるで他人事のように、そう思う。

反乱軍として決起までしておいて――と、余人からは呆れられるだろうが、フロウガにとって今回の反乱は本意ではないし、さして決意が必要な事態でもなかった。

彼は必要に迫られて、仕方なく行動を起こしただけである。

国王一派など自派閥よりもなお酷い 烏合(うごう) の衆だし、むしろネルク王国の拳闘兵部隊のほうがよほど恐ろしい。

金属製の武器と防具を装備したレッドワンドの兵に、篭手と革鎧の軽装で突撃するという正気の沙汰とも思えない部隊だが、これがおそろしく強い。体内魔力を込めた一撃は、金属鎧の上からでも衝撃となって内部へ響くし、頭でも殴られれば普通に首が折れる。

また、ネルク王国の兵は連携もとれており、たとえば後衛が風魔法で矢の勢いを殺しつつ、味方の背中を押したりもする。

動きは当然、拳闘兵のほうが速いし、夜襲などをかけられるともはや防ぎようがない。

それだけの不利があってなお――ネルク王国への侵攻は、既定路線だった。

「今度こそ勝つ」などと考えているのは現実を知らぬ馬鹿貴族だけで、国王もフロウガも「勝てる」などとは端から考えていない。

王が立てていた侵攻計画には、『フロウガに侵攻を命じて失敗させることで、フロウガ将爵派閥の国への影響力を削ぐ』という政治的な目的があった。

最初から「失敗させる」ことが目的だとわかっていても、王命ゆえにフロウガは逆らえない。また、逆らって正論を説けば、自派閥からも「腰抜け」呼ばわりされ、自身の権力基盤が揺らいでしまう。

ならばどうするか。

――無理な侵攻を、「成功」させるしかない。

ここ数年、彼はそのための策謀を巡らせてきた。

まずは「ネルク王国で王位を巡る内乱」を起こさせ、敵兵力を損耗させつつどちらかに水面下で協力し、協力の見返りにネルク王国東側の穀倉地帯を確保する――あわよくば王都まで制圧し、国ごと乗っ取る。そんなプランを進めた。

フロウガがこのプランを立てる前、それこそトライトン将爵家先代の時代から、レッドワンドの諜報部はネルク王国に浸透しつつ、「王家」に不和の種をまいてきた。

間諜として潜入させた平民のメイドが前王に気に入られてそのまま第二妃になった時は、あまりに有り得ない幸運に諜報部ですら困惑した。「逆に利用されて、誤情報を流されるのでは」とまで警戒したが、第二妃リーゼは国王を操って浪費癖を植えつけ、あちらの国庫を枯渇させるという大偉業まで成し遂げた。

レッドワンドの諜報部にとっても想定外すぎる成果だったが、第二王子のリオレットを味方に引き込む前に、この第二妃リーゼは正妃ラライナの調略によって暗殺された。

敵国の間諜と気づいてのことか、あるいは正妃としての策謀か、さもなくば女の嫉妬か……理由は定かでないが、しかし当初は「メイドとして務め、王家の内部情報を得る」だけの役割しかなかったことを思えば、第二妃リーゼの才覚ともたらした成果には恐ろしいものがある。

しかもその息子が、今やネルク王国の「国王」となった。

出生の秘密をバラして混乱の種をまきたいところだが、あいにくと第二妃リーゼは正真正銘、ネルク王国生まれ、王都育ちの平民であり、アルバイト感覚で情報の流出役を引き受けただけだった。

彼女とレッドワンドを結びつける具体的な証拠は何もなく、この時ばかりは諜報部も「何か証拠を確保しておくべきだった」と後悔したものである。

しかしそれでも、王家における「不和の種」は確実にまいた。

正妃ラライナは第二王子リオレットを毛嫌いしていたし、春先には皇太子の死亡という不慮の事故を経て、いよいよ「王位争いによる内乱」を期待できる状況にまで持っていったのだ。

さらには仕入れ業者の荷を入れ替えることで、病床にあった国王、ハルフールの食事に、彼の好物だという「桜草」によく似た薬草を混入させた。

これは毒草ではない。強壮の薬効がある薬草である。

――ただ、身体が弱っている者に対しては、こうした薬草もちょっとした毒になることがある。

もちろん確実性はないし、その草が国王の口に入るかどうかも定かではなかった。仮に入ったところで、常人にはむしろ滋養強壮の元になる。

そしてハルフール王は実際に亡くなったが、この薬草が効いたせいなのかどうかも、誰にもわからない。

謀略や工作は、「確実性」を重視すべき――そう論ずる者もいる。

だが、フロウガの考えは違う。

謀略や工作こそ、「可能性」に 委(ゆだ) ねるべきなのだ。

可能性に頼った不確実な謀略は、不確実であるがゆえに、相手側にとってはとても防ぎにくい。

場合によっては、「それが謀略なのか否か」という判断すらできなくなる。相手に謀略だとすら気づかれない謀略――それがフロウガの目指すところだった。

また、不確実性を最初から織り込み、「失敗」を前提とした安全策をとれるため、いざ失敗した時のダメージも少ない。ただの徒労で済む。

新国王リオレットの暗殺についてはドレッド子爵の好きにさせたが、あれも命令違反を犯した罪人を有効活用しただけのことで、死罪にするよりは意味があると黙認した。

……結果としてその一件が、フロウガ将爵にとって最大の誤算につながった。

(あの有翼人の……妹の夫が、魔族の友人だったなどと……誰が予測できる? そんな馬鹿げた偶然に、こんな形で追い詰められるとは――)

益体(やくたい) もない議論を続ける部下達を、冷めた目で眺めつつ――フロウガ将爵は、なおも策謀を巡らせた。

身を隠して潜伏する、他国に逃げる、自身の死を偽装する――そうした 窮余(きゅうよ) の策はいくつか思いつくが、効果的とは言えない。可能性に委ねるまでもなく「失敗する」のが目に見えている。

しかも今回は自分の命がかかっているため、ただの徒労では済まない。

なまじ派閥の長などになってしまうと、最終的な責任がすべてかかってくる。 瑣末(さまつ) 事ならば部下に押し付けられるだけの権力を持っているが、重大事からは逃げられない。

どうやら、手詰まりが近い――

そう見通しをつけつつも、彼はこの場での体面を保った。

「……さて。そろそろ結論を出そうか。魔族、オズワルドは砂神宮を占拠し、国王軍と我々の双方に宣戦布告をよこした。しかし少々、おかしな点もある。まず第一に、わざわざ砂神宮をおさえたこと。第二に、現時点で私や国王がまだ強襲を受けていないこと――魔族の戦い方は、拠点など作らず、単身での強襲から殲滅が基本だ。彼らにはそれを可能とするだけの力がある。国王軍と我々、どちらを先に襲うにせよ、頭上に飛んできて一撃かませば済む。我々は反撃などできないから、一方的に蹂躙されるだろう。しかしなぜ、そうせずに、わざわざ拠点を作ったのか――?」

「現時点では、我々に対する警告にとどめている……ということでしょうか?」

ドレッド子爵が、くぐもった声で合いの手をいれる。

フロウガは頷いた。

「声明にも『遊んでやる』とあった。今はまだ本気ではない。我々をからかって遊んでいるだけ――もちろん、我々にとっては命懸けの遊びだ。遊びのルールすらよくわからんし、勝利条件の提示もなく、そもそもこちらに勝ち目はないが――先方にとっては、あくまで『遊び』なのだろう。幼子が蟻の巣に水を流し込むような意味での『遊び』だな」

会議の席に、絶望的な空気が漂った。

一方で、フロウガは詐欺師のような微笑を浮かべる。

「……そう、先方にとっては、あくまで『遊び』だ。飽きるまで遊ばせる、というのは少々難しいが……もしも『楽しませる』ことができれば、こちらに引き込める可能性がないわけでもない」

……さもなくば、「魔族の軍門にくだる」という手段もある。

詐術としてこんな会話をしながら、フロウガ自身はこの案にまったく期待を持っていない。

オズワルドがもしも「国王」に対して怒っているならば、国王はもう死んでいるか、あるいは現時点でこちらに味方しているだろう。

そしてキルシュとやらに理不尽な真似をしたドレッドやフロウガに対して怒っているならば、きっと彼は国王軍に加勢している。

そのどちらも蹴られたということは、つまり彼は「双方」を潰したいのだ。

潰せるだけの戦力があるのに砂神宮の占拠を優先した理由は解せないが、「せいぜい絶望しろ」ということかもしれない。

――事態の裏で糸を引いている『猫』のことなど知るよしもなく、フロウガは誤解に誤解を重ねた。

「どのみち、兵糧は足りん。様子見をするだけの時間的な猶予もない。諸君はこのまま、ネルク王国の穀倉地帯へ入り、食料の収奪を開始しろ。その後、ネルク王国の兵が来る前に撤退して、王都ブラッドストーンへ進軍開始だ。その間に私は、護衛の兵のみを連れて『オズワルド』氏のいる砂神宮へ出向き、彼の真意を探ってくる」

副官役の伯爵が語気を強めた。

「フロウガ将爵が自ら!? 危険ですぞ! わざわざ首を差し出すようなものです!」

「それでも、他の者には任せられん。座して死を待つよりはましだし、守勢に回ったら一方的に蹂躙される」

――部下達を見捨てて、一人でこっそり逃げるという手段も一応はある。しかしそんな真似をすれば、それこそ魔族は「遊び」感覚で、フロウガを狩りの獲物と見定めるだろう。

「おそらく私が出向けば、どんな形であれ、会うことはできる。そう判断した理由が、さきほど述べた第二の疑問点ともつながる。『どうして魔族は、現時点で私や国王を強襲していないのか』……気に食わぬという理由で適当に始末すればいいはずなのに、彼はそうしなかった。我々を泳がせることに、あるいは何か利点があるのか――そこに活路を見出したい」

いざ目の前に出向けばあっさり殺されるかもしれないが、現時点ではオズワルドの「真意」が読めない。

彼はどうして、砂神宮の制圧を優先したのか。

彼はどうして、国王や自分への襲撃を後回しにしているのか。

彼の真意は一体、どこにあるのか――

レッドワンドの内乱への介入など、むしろその「真意」をごまかすための口実なのではないかとさえ思う。

ドレッド・ゴウル子爵が唸った。

「いや、しかし……大将が本隊から離れるなど有り得ませんぞ。砂神宮までの道中で襲われる危険もあります。ネルク王国と砂神宮の位置関係は、我が国の西と東――あまりに離れておりますし、まずは侵攻と略奪に力を注ぐべきでは……」

「正論だが、国境付近の穀倉地帯を荒らすだけなら、さして戦略も必要ない。私がいてもいなくても、できることは変わらんだろう。だが――『魔族』への対応は、使者などには任せられん。私か王か、どちらかが直接交渉せねば、レッドワンドの体制は完全に崩壊する。『砂神宮』をおさえられたというのは、つまりそういうことだ」

鉱物資源はレッドワンドの国力の要である。わけても砂神宮は、『枯渇しない』という意味でもっとも重要な産出地であり、これをとられたら国が立ち行かない。

魔族はその急所を真っ先におさえた。

このままでは、フロウガが国王を退け、政権を得たとしても国を維持できない。

また国王の側も、フロウガ達反乱軍を鎮圧したところで、その先の国政に行き詰まる。

つまり――砂神宮をとられている限り、この内乱においてどちらが勝とうと、その後で『オズワルド』との交渉が避けられない。

国王はこの事実に気づいたとしても、立場上、動くに動けない。

フロウガもドレッド子爵の言う通り、本来は動けない立場のはずだが――そもそも手詰まりの彼は、危険を承知で機先を制する必要がある。

たとえ勝算がなくとも、動かなければ破滅しかない。

歩兵も馬車も連れず、二十名程度の騎馬だけで移動すれば、砂神宮までは数日で着く。

補給は道中の村や町で頼る羽目になるが、反乱軍に関する情報はまだ錯綜しているはずで、身分を隠し使者のふりをしていればそうそう捕まることもない。

魔族を操る『黒幕』の存在には、とうとう思い至らぬまま――フロウガ将爵は軍議を切り上げ、早々に旅支度を始めた。

§

その頃、砂神宮にて――

猫のルークは、町から募った有志の農夫達とともに、さわやかな労働の汗を流していた。主に肉球付近から。

……たまに額や顔付近に冷や汗等が見えるのはおそらく気のせいであり、基本的に猫の毛並みは常にサラサラである。

共に働く労働者の中には、代官のダムジー・サイトウも野良着姿で加わっていた。

「トマト様には水をあげすぎないようにしてください! こちらのトマト様は煮込み料理に適した品種でして、比較的、乾いた地域での栽培を前提としています。さらにこの実を天日で乾燥させればドライトマト様となり、長期の保存すら可能なのです!」

レッドワンドでは馴染みのない作物について、周囲に意気揚々と説明しながら――野良着姿の猫は子供用の 剪定鋏(せんていばさみ) を手に、ダムジーの足元へぽてぽてと歩み寄った。

「ダムジーさん、疲れちゃいましたか? 一休みします?」

ダムジーは苦悩した。

疑問はちゃんと口にしろ、とは言われた。しかしこれは、果たして聞くべきことなのかどうか……いや、やはり聞くべきだろう。

「……いえ。あの……ルーク様……? 差し出がましいようですが、反乱軍への対処とかは、その……よろしいのでしょうか……?」

猫はカッと目を見開き、爪を振り上げた。ちゃんと爪切りをしているらしく、あまり鋭くはない。でも怖い。目つきが怖い。何かに取り憑かれた目をしている。

「反乱軍などどうとでもなります! まずは農地の整備が最優先! トマト様の育て方をこちらの皆様にマスターしていただき、これから来る捕虜達にもしっかり、確実に正しい知識を広めてもらわねばなりません! ダムジーさんも責任感を持って、自らの使命を心得てください!」

「は、はいっ……」

猫に叱られて、ダムジーは頷かされてしまう。魔族のオズワルドと違って、この猫は友好的かつ温厚なおとなしい性格だと思っていたが――

農作業が始まると、徐々に本性が見えてきた。

手際よくトマト様の収穫を進めながら、猫は号令を飛ばす。

「農業は国の基礎! 復唱!」

「の、農業は、国の基礎……」

「作を肥やすな、土を肥やせ!」

「作を肥やすな、土を……」

「トマト様のある里に胃病なし!」

「トマト様のある里に……」

「トマト様の御威光をあまねく世界へ!」

「ト、トマト様の御威光をあまねく……」

何か……何かが、決定的にズレている気がする――

猫は農夫達に混ざって、何の違和感もなく普通に農作業に従事し続けている。聞けば彼は、「トマト様の栽培技術指導員」という名誉ある役職に就いているらしい。

農夫達も最初こそ『神獣からの指示』に戸惑っていたが、この猫は実に人心掌握に長けており、あっという間に馴染んでしまった。

この異常事態について、他に相談できる相手もいないまま――ダムジーは黙々と、『農業研修』という名の収穫作業に追われ続けるのだった。