作品タイトル不明
139・レッドワンドの動向調査・出会い編
俺の情報収集における生命線、『じんぶつずかん』は、「直に見た相手」でなければ調べられない。
つながりのある相手から、ちょっとした参考情報を得られることはあるが、たとえば「その人が今、何を考えているのか」とか「この行動はどういう理由だったのか」とか、そういう心理面の情報を詳しく知るには、やはり一度はこの目で相手を見る必要がある。サーチキャットさんや竹猫さんの目では代用できぬのだ。
というわけでやってきました、レッドワンド将国のとある村!
リーデルハイン領の町より小さい、まさに「 寒村(かんそん) 」といった趣であるが、それでもレッドワンドの国内ではけっこうマシなほうである。「廃墟か?」と思ったら人が住んでた、なんて場所が、この国では珍しくない。木材が貴重なようで、煉瓦造り、石造りの家が多いせいもある。
なお、レンガは焼成ではなく日干しタイプ。
断熱性と耐久性には劣るが、レンガを焼くにも燃料が要る。貴族とかならともかく、薪すら貴重っぽいレッドワンドでは高コストになってしまい、一般家屋では使いにくいのだろう。
……こうしてヤバい隣国を見てみると、ネルク王国はイージーモードである……内乱スレスレではあったが、とりあえず飢餓とは無縁だし、人々の生活も安定している。
この世界に来てすぐドラウダ山地に放り出された時は絶望しかけたが、超越猫さんは割と良いところに俺を下ろしてくれたのだろう。水もあったしカブトムシもいたしな……(麻痺)
さて、辿り着いた村は「オルガーノ子爵領」。
このオルガーノ村を含む周辺一帯がトゥリーダ・オルガーノ子爵様の領地らしいのだが、ちょっとひどい有様である。
まず、 旱魃(かんばつ) の影響で畑が荒れている。川に水はなく、井戸はまだかろうじて生きているようだが、今年の収穫は絶望的であろう。
レッドワンド全体がこうなっているわけではないのだが、一番酷かったのが有翼人さん達のいた僻地で、このあたりもまあまあ酷い。
一方、王都のあたりでは平常通りのお天気らしいので、地方の窮状が中央に伝わっていないパターンだと思われる。
どうすっかな……
とりあえず、トゥリーダ子爵様を見ておこう。
ウィンドキャットさんに乗って姿を隠したまま、俺は村の中心部にある一番立派なお屋敷へ向かった。
端の窓から順番に、室内を覗いていくと――
執務室らしき小部屋で、青い長髪の女性が、机に何度も額を打ち付けていた。変わったご趣味をお持ちである。
すかさず『じんぶつずかん』を参照。む。この青髪さんがトゥリーダ子爵様か。
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■ トゥリーダ・オルガーノ(22)人間・メス
体力D 武力C
知力C 魔力C
統率D 精神C
猫力85
■適性■
水属性C 火属性C 風属性C
暗黒C 剣術C
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……うーん? シャムラーグさんの話では、「レッドワンドの士官の中では群を抜いて優秀」という評価だったのだが……微妙だな?
評価はDが普通、Cでまぁまぁという感じなので、周囲と比較すれば平均よりも確実に上なのだが、「群を抜いて」となるとちょっと怪しい。
魔法系の適性が四つもあるのは素晴らしいのだが、魔力以外はほぼオールBのライゼー様とかと比べてしまうと、さすがに見劣りする。
……いや、ステータスだけを見て判断するのは早計である。
この『じんぶつずかん』、非常に役立つのだが、ステータスに関しては「長所」と「短所」の差し引きで最終評価を出しているため、たとえば武力でも「攻撃力がAで防御力がCだった場合、評価としてはBに落ち着く」みたいなことが起きている。
精神面などは特に評価が曖昧で、「優しい」で加点されて「気弱」で減点されて、差し引きでD評価になったりする。
つまりあくまで参考値に過ぎず、これに引っ張られると有為の人材を見過ごす危険性が高いのだ。
……しかしまぁ、そんな彼女のステータスよりも何よりも、すごい気になる点が一つ。
(にゃーん)
ごつんごつんと、机に額を打ち付ける彼女の傍らに――
半透明に透けた黒猫さんがいた。
主の頭の動きに合わせて、その後頭部に乗せた前脚を上下させているが、別に止めようとしているとか心配しているとかではなく、「動くモノになんとなく反応してるだけ」という印象。
俺は『どうぶつずかん』のほうも広げる。さて、あの黒猫?さんは……
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■ ラケル(33)下位精霊・オス
体力― 武力―
知力D 魔力D
統率E 精神C
猫力54
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……猫の精霊だな?
いや、厳密には『猫の精霊』などというものは存在しない。人間の姿をした精霊さんを見て、『人の精霊』などとは言わぬ。
ただ、『◯◯に宿った、猫の姿をした精霊』なら普通に存在するらしいので、おそらくこの子も何かを依代としてここに存在しているのだろう。
細かな話はさておき、その姿は疑う余地もなく、完全に猫さんである。
迷宮の管理人であるカブソンさんはカワウソから精霊化した。つまり、この黒猫さんもきっとそういう系統であろう。
さらにどうぶつずかんを読み進める。
……このラケルさん、どうやらトゥリーダ子爵様の飼い猫だったらしい。
つい一ヶ月前に老衰で亡くなったものの、飼い主――もとい、『血の繋がらない娘』のことが心配すぎて、精霊化して見守っているとのこと。
こちらの世界の猫さんは寿命が三十年前後と、前世の猫さんよりもだいぶ長生きである。このラケルさんはトゥリーダさんが生まれた瞬間から成人するまで、ずっとその子守をしてきた立派なお方なのだ。
……つまり幽霊では?
ネルク王国を含む文化圏では、「人に取り憑く 類(たぐい) の霊的存在」を、「精霊」ではなく「幽霊」として定義している。
精霊は、物や場所に棲み着く霊的存在。
幽霊は、人にとり憑いて祟りをなす霊的存在。
……という解釈なのだが、俺が見た所、この二つは本質的には同じもののよーな気がする。「人にとり憑く下位精霊」のことを「幽霊」と呼んでいるだけなのでは……? と。あるいは土地に縛られた「地縛霊」を「精霊」扱いしてる?
実際、風の精霊さんなどの上位精霊は神様に近い存在だから別として、下位精霊はみんな「肉体が死んだ後」に精霊化しているのだ。
たとえばさきほども例に出したカブソンさんは、亜神ビーラダー様のペットのカワウソだった。
その部下のアラヤさんは、かつて人間の冒険者だったが、迷宮で死亡し、現在はカワウソのぬいぐるみを依代として迷宮で働いている。
それから、リーデルハイン領の泉にお住まいの、泉の精霊ステラちゃん。
彼女は「トラムケルナ大森林で暮らしていたエルフ」だったのだが、旅の途中にあの泉で亡くなり、そのまま泉の精霊(※地縛霊)となってしまった子なのである。
いつぞや、宮廷魔導師のルーシャン様にこの疑問をぶつけたら、「私も同意見ですな」と、あっさり頷かれてしまった。
「実際に他国では、場所につく下位精霊のことを『地縛霊』などと呼び、幽霊の一種として扱っている例もあります。とうの精霊の方々は、こうした人間側の分類などには無頓着ですし……そもそも解釈と分類の問題ですから、『だからどうした』と言われてしまえばそれまでなのです。人間側がどう呼び方を定義したところで、その本質が変化するわけでもありません」
そもそも精霊と意思疎通できる人間がごく少数であり、大多数にとっては、「よくわからん」でスルーするしかない話なのだろう。
もちろん死者が皆、精霊化するわけではないが、「すごく珍しい事例」というわけでもない。話してみても「うらめしやー」みたいな感じではないので、ぜんぜん怖くもない。
というわけで、黒猫の姿をした幽霊? ラケルさんに『獣の王』の効果で話しかけてみた。
(こんにちはー)
(にゃ?)
半透明の黒猫さんが周囲を見回したが、今のルークさんは姿を隠している。こちらの姿は見えぬであろう。
(どうも。私、ルークと申しまして、キジトラ柄の猫です。そちらからは見えないかと思いますが、今、窓の近くにおりまして――貴方のお姿が見えたもので、何をしているのかなー、と、お声がけをさせていただきました)
(あー、こりゃあどうも、ご丁寧に。あっしはラケルと申しやす。しがねぇ黒猫でござんす。そちらさんは、えー……王様の気配がしますな?)
おじいちゃんっぽいお声である。
(恥ずかしながら、成り行きで『獣の王』という称号を持っていまして……)
(ほう、そいつぁ珍しい。あっしはつい先日、死んだばかりでやすが、生前も王様なんて方にゃあ、ついぞお会いしませんでしたな。で、その王様がどういったご用件で?)
(そちらのトゥリーダ子爵様に会いに来たのですが……なんか取り込み中ですかね?)
(ああー……気立てのいい子なんですが、ちぃとばかし打たれ弱くて……今回はちと、厳しいかもしれませんな)
他人事のように言って、あくびを一つ。
トゥリーダ子爵、何か悩み事があるらしい。
ちょうど今、その悩み事に付け入ろうと、 悪辣(あくらつ) な猫さんが迫りつつあるのだが――
もしかして思っていた以上にピンチなのでは……? じんぶつずかんの近況欄に「以前に作った毒薬をー」みたいな記述が出てきてるんですけど? 俺がココへ来るまでに、もうそんなに事態悪化してんの?
これはいかん。しばらく様子を見たかったが、予定を早めて接触することにした。
「にゃーん」
窓の外から声をかける。この子の猫力は85、反応せずにはいられまい。
「……えっ……ラケル……!?」
びっくりした様子のトゥリーダ子爵が、亡くなった愛猫の名を呟く。
しかし残念、本物のラケルさんは今、貴方の髪の毛をガシガシと噛んで遊んでおられる。幽霊だから噛めてないけど。
窓に駆け寄ってきたトゥリーダ子爵。
俺はウィンドキャットさんから飛び降りてステルスを解除し、窓の下に座り込む。第一印象は大事である。
「にゃーーーーん」
「……あっ……ラケルなわけないか……でも……きれいな毛並み……」
トゥリーダ子爵は窓から周囲をちらちらと確認し、なんとそのまま窓から外へ飛び降りた。一階とはいえ、なかなかのお転婆ぶりである。
「ああああ……まいったなあ……猫……猫かぁ……」
「にゃーん」
間近で見ると、なかなかきれいな子である。髪は海に近い濃いめの青色で、顔立ちは凛としているのだが、今の目つきはちょっと気弱げな雰囲気だ。着ている服は女性用の軍服で、ドレスとかではない。「子爵家当主」ということで、華美さよりも質実剛健感を重視しているのかもしれぬ。
しかし「まいったなぁ」とはどういう意味だ? かわいい猫さんが庭先へ遊びに来たというのに、ひどい言い草では?
「……逃げないな、この子……ええー……ちょっとは警戒してよ……そんなんじゃ食べられちゃうよ……?」
…………………………えっ?
トゥリーダ子爵は俺を抱えあげると、まるで隠すようにぎゅっと胸元に抱え込んだ。
「……に、逃げないでね? 逃げなければ、後でちゃんと遠くに逃してあげるから……いま、村にいると危ないから……」
そして俺の体を、窓から室内へといれる。
机の上にいたラケルさんが、室内に着地した俺を見下ろし、ぺこりと頭を下げた。
(や、こいつはどうも。なんですな……この地域は今年、日照りだそうで、不作のせいで家畜もどんどん死んでまして――食い物がないってんで、野良猫なんかは、村人に捕まったら食われちまいそうでしてな)
(……にゃーん……)
じゃ、じゃくにくきょうしょく……
食文化の違い云々ではなく、もうやむにやまれぬ極限状態が近づいている、という話であろう……やべぇな……倉庫にこっそり小麦とかヒヨコ豆とか置いていくか……? いかに敵国とはいえ、目の前の飢餓はちょっと放置したくない。手の届かぬ土地まではどうにもならぬが、これから「味方に引き入れよう」としている人の領地くらいはどうにかすべきだろう。
まぁ、それも今後の交渉次第である。
じんぶつずかんを見たところ、シャムラーグさんからの情報通り、この子爵様は悪い人ではない。
……ただ、シャムラーグさんから聞いていた話と印象がだいぶ違う。
今朝のシャムラーグさん曰く。
『トゥリーダ子爵はフロウガ将爵の部下で、まだ若い娘さんですが……公明正大な理論派で、部下を大事にするまともな将官です。歯に 衣(きぬ) 着せない物言いのせいで上層部からは 疎(うと) まれてますが、俺らみたいな使い捨ての下っ端もちゃんと人間扱いしてくれますし、理不尽な命令には反論もしてくれます。ただ、まぁ……多勢に無勢なんで、子爵なんて立場じゃひっくり返しようがないんですが』
立ち回りが下手な馬鹿、なんて評価もあったようだが、シャムラーグさんの目から見ると芯の通った武官だったらしい。
が、今、執務室でルークさんを抱っこしているトゥリーダ子爵は、すっかり意気消沈してお疲れ気味である。猫を撫でる手付きにも覇気がない。
部屋にノックの音がした。
すかさずトゥリーダ子爵が、俺を机の引き出しに仕舞う。閉じ込められた!? あ、空気が通るくらいの隙間はある。
「失礼いたします、ご当主。今、こちらから物音がしたと、使用人から報告がありまして――」
「ああ、なんでもない。手を滑らせて、本を落としてしまったの」
凛とした涼しげな声――
つまりこの子はあれか。人前では無理をして 矜持(きょうじ) を保ってしまうタイプか。
執事っぽい人は、そのまま入室せずに部屋の前から去っていく。
安堵の吐息を漏らし、トゥリーダ子爵は俺をテーブルの上に座らせた。
「……賢いな、この子。鳴かないほうがいいってわかってたみたいに……」
「はぁ。一応、空気を読みました」
ちんもく。
トゥリーダ子爵は席を立ち、窓の向こうに顔を出して周囲を見回し、隣室の扉を開けて人がいないと確認してから、廊下につながる扉の鍵を閉めた。
そして椅子に戻り、座り込んで天井を仰ぐ。
「……疲れてるのかな、やっぱり……これが幻聴……」
「あ、疲れている時は甘いものが良いですよ。ご用意しましょう」
俺はストレージの中で、皿に載せた備蓄の藁を素早く「ワッフル」に錬成し、そのままこちら側へと取り出した。
トッピングはブルーベリーソースとメイプルシロップ。
生地にもメイプルシロップを練り込んであるため、非常に香りが良い。もう匂いだけで甘みを感じてしまう香ばしさである。
あと木製のフォークとナイフもご用意。
こちらは有翼人さん達が、ドラウダ山地の木材で作ってくれた食器である。
山地の雑木林には、ウリン材のようなえらく硬い木がそこそこ点在しており、これをスプーンやフォーク、ナイフやお箸などに加工しているのだが、手触りに温かみがあってとても馴染みが良い。金属と違ってカチャカチャいわない点も気に入っている。
「こちら、さくさくワッフルのブルーベリーソースがけでございます。追加のメイプルシロップもありますので、こちらはお好みで」
トゥリーダ子爵は、あんぐりと口を開け――
それからしばらくの間、無言で俺を見つめ続けていた。