作品タイトル不明
131・猫と新たな特産品
ハズキさんのバイオリン独奏が終わり、優雅な余韻が残る中――
俺はぺちぺちと肉球を叩き合わせ、心からの拍手をした。
「とてもお上手でした! 今のはなんという曲ですか?」
「題名はないんです。祖父が練習用に作った曲で……私の祖父は料理人でしたが、趣味で音楽をやっていました。祖父が作った曲を、たくさんの人達の前で演奏するのが私の夢なんです」
ハズキさんはお爺ちゃんっ子であったか。前世で祖父母に育ててもらったルークさんとしては親近感ある。
クラリス様やロレンス様達も、感心したように拍手を重ねた。
「先月、オルケストでの演奏会を見たのですが、その演奏者達と比べても、 遜色(そんしょく) のない演奏だったように感じます。これならすぐにでも舞台に立てますね」
「あはは……恐縮です。まずは審査会からなんですが、魔道具の楽器がないと、その審査会すら出られないので――これでやっと、スタートラインに立てそうです」
念願の演奏家デビューか……ハズキさんに限ったことではなさそうだが、オルケストにおける「聖教会の神官」とは、「神に仕える」のが目的ではなく、「音楽活動」そのものを目的としている節がある。
ここは亜神なんてものが実在する世界であるからして、神の教えを捏造すると組織ごとえらい目に遭う。
その意味で説法や教義を中心とした布教はしにくかったはずだが、この問題をすり抜けるアイディアが、いわゆる「芸能」による布教だったのだろう。
神話と芸能はそもそも関係が深い。
日本でも「 天岩戸(あまのいわと) 」に籠もったアマテラス様を引き出したきっかけはアメノウズメの踊りであったし、これにちなんで神々に奉納するための「 神楽(かぐら) 」も生まれた。
オルケストの聖教会でやってるアイドルコンサート……もとい演奏会は、神々への奉納ではなく信徒へのアピールとか、お布施獲得業務の一環であるが、由来をさかのぼれば亜神が関係していてもおかしくない。
……とゆーか、亜神かどーかはさておき、十中八九、同郷の何者かのやらかしであろうとは推測している。こっちの世界の人達、みんなかおがいいもの……アイドルプロデュースとかしたくなるのもわかる……
ともあれ「捏造説法したら亜神様も怒るだろーけど、歌って踊る分にはおめこぼししてもらえそう」という流れで無事に定着した文化だと思われる。
立場としては亜神であるルークさんも、ハズキさんの演奏を聴いて心が洗われた。芸術は偉大である。音楽とは神に通じる言語なのだ。
改めて「トマト様を称える歌」(販促ソング)の必要性を痛感しつつ、我々は引き続き、調査隊の動向を見守り始めた。
「……耳に残るフレーズ……キャッチーなメロディー……商品名のリピートによる洗脳、もしくはサブリミナル……」
「……ルーク? なんか変なこと考えてない?」
「滅相もございません! トマト様の名誉に反することは、決して!」
「トマト様の話は全然してないよ?」
クラリス様に我が身の潔白を訴えていると、中継映像に変化が起きた。
『何かいるぞ!』
画面の向こうで、フォーグラスさんが緊張した声とともに抜剣する。
我々もびくりと反応し、お茶菓子をつまむ手を止め、画面を凝視。
その直後、「パチッ」と、乾いた木を打ち鳴らすような音が聞こえた
――樹木の皮で構成された通路。
その先にいたのは、小さな卓を挟んで向かい合う、二匹の獣。
だんだら模様の羽織と袴を着込み、額にハチマキを巻いた、サバトラ柄の……
『……ね、猫……なのか……?』
『…………………………にゃーん』
びくりとしてフォーグラスさん達に顔を向けた後、二匹の猫は目を見開いたまま一声鳴き――間にあった将棋盤ごと、その場からかき消えた。
――ルークさんはそっと映像から視線を逸らす。そこにはリルフィ様のキラキラしたお顔。
「あっ……! 今の、サバトラ抜刀隊の方々ですよね……? 確か、迷宮内の警備を担当されている――」
……はい。サボって将棋指してましたね……
い、いや、たぶん仕事はしてくれている。姿を隠し忘れていただけだろう。
猫魔法の猫さん達は割と性格に個性があり、サバトラ抜刀隊の方々はちょっと遊び心が過ぎる感はある。
仕事はちゃんとこなしてくれるものの、片手間に後方で花札をやっていたり、余人に見えないのをいいことにチャンバラごっこを始めたり……たまにそのまま見えちゃったり。
画面の向こうでは、ヨルダ様やブルトさん達がいろいろ察して視線を逸らしていたが、一方でフォーグラスさんは興奮してしまっている。
焦るヨルダ様達が言い訳を思いつく前に――彼は子供みたいなワクワク顔で声を張った。
「消えた……!? おい、ヨルダ!? 見たか!? 今の猫のような獣は……まさか聖獣か!? 『有翼人の集落で信仰されている猫』というのは、今の獣だな!?」
……………………キルシュ先生、有翼人の皆様、グッジョブ!!!!
猫信仰を禁止せず継続させておいたおかげで、からくもこの窮地(?)に言い訳が立った!
この隙を逃すヨルダ様ではない。
「そっ……! そうかもしれんな! 俺も初めて見て驚いたぞ!」
「わ、我々も、先行調査では遭遇しませんでした! いやぁ、すごいものを見ましたね!」
すかさず乗っかるブルトさん。ククク……わざとらしいがまぁ良い。(えらそう)
……今回ばかりは完全にルークさんの落ち度であり、フォーグラスさんが 明後日(あさって) の方向に勘の良い人で助かった。
安堵する俺の頭上で、ロレンス様が唸る。
「……なるほど。調査隊にあえて『猫』らしき神聖な存在を印象づけることで、有翼人の里の信仰に裏付けを与えるとは――さすがはルーク様です。その深慮遠謀、とても余人の及ぶところではありません」
チガウノ……イマノハタダノヤラカシナノ……
ロレンス様のお膝で必死に毛づくろいをする俺を、クラリス様が横から抱えあげ、なだめるよーに撫で回してくれた。
「もう、ルークったら……ロレンス様、今のは、ルークの仲間の猫さんが少し油断してしまっただけです。ルークは頭のいい猫ですが、たまには失敗もしますし、過度の信頼はプレッシャーになってしまうタイプなので……なるべく、気安く接していただけると嬉しいです」
さすがは我が飼い主、ペットのことをよく理解しておられる。
ロレンス様は少し虚を突かれたよーな感じだったが、間をおいて頷く。
「わかりました。あの、では、今のは……本当に、わざとではなく?」
「はい……姿を隠して待機してもらっていたのですが、ちょっと待ち時間が長かったので――退屈しのぎにゲームを始めてしまったみたいです。やらかしました」
素直に失態を認め、俺は前脚で頬を擦る。
おつきの騎士であるマリーシアさんが、不思議そうに首を傾げた。
「それはもしや、調査隊より先回りして、魔物を排除していたということですか……? それはさすがに過保護なのでは……魔物の強さや危険の有無を確認するのも調査隊の役目ですし、いささか本末転倒というか――」
む。これは言葉足らずであった。
「あ、今の子達は、周囲の魔物には手出ししていません。何分にもまだ調査が終わっていない迷宮ですし、想定外の強さの魔物が出てきた時や、万一の事故に備えて、念のために待機させておいただけです。ほら、ちょうど魔物と遭遇しましたよ」
窓に映った中継映像では、調査隊が樹木型の魔物とエンカウントしていた。今度は猫さんではない。ガチの魔物である。
ロレンス様達が息を飲む。
その一方で、猫と飼い主達は呑気なものである。この敵はこの迷宮において珍しい魔物ではない。
……ところで、小学校の学芸会で「木」の役をやった経験がある方はおられるだろうか?
創作物の中ではたまに見かけるものの、現代社会においてはなかなか存在しないレア配役らしいが、出てきた魔物とゆーのは要するにアレである。
違うのは、根の部分がわさわさと虫の脚のように動くことと、顔がなくて枝が鞭のように伸びて襲ってくることと、あと――
『 火球(ファイアボール) !』
めっちゃよく燃える。
魔導師のシィズさんが飛ばしたテニスボール大の火球が、木のおばけに直撃。
するとたちまち枝葉が燃えはじめ、魔物はしおしおと縮んで消し炭へ変わっていく。まるで火に魔力を吸い取られていくかのような、見事な縮みっぷりである。木というよりペラペラの紙に近い燃え方だ。
『えっ……よ、弱いな……?』
唖然と呟くフォーグラスさんに、ヨルダ様が肩をすくめて応じた。
『ああ。おそろしく火に弱いが、接近戦で戦うと意外に厄介なんだ。枝を伸ばして鞭のように使ってくるんだが、けっこう威力がある。当たりどころが悪いと骨にヒビくらいは入りそうだし、顔や眼に入ったらおそらく致命打だな。要するに、見た目よりは強いんだが……見ての通り、とにかく火に弱すぎる。迷宮に入る冒険者には、なるべく火矢を持たせたほうがいい。ランタンや 松明(たいまつ) 、火炎瓶を投げつけるだけでも倒せるぞ』
『対策がはっきりしているのはいいが……この迷宮内でそれは危なくないか? 壁や床に燃え移ったら大火事だろう?』
禁樹の迷宮は、壁や床が樹皮のような見た目の素材でできている。いかにも燃えそうな雰囲気ではあるのだが……
『いや、壁や床には燃え移らない。見た目は樹皮のように見えるが、おそらく性質的には石に近いんだと思う。逆に燃やせるようなら、入り口から火をつけるだけで中を掃討できたんだが――』
『お前、恐ろしいことを考えるな……それはビーラダー様に失礼すぎるだろう。神罰ものだぞ』
人類にダンジョンという「資源」をもたらしてくれた亜神ビーラダー様の名は、けっこう世に知られている。宗教的な重みはあんまりなさそうだが、感謝の対象である。
ついでに、ヨルダ様が口にした「火炎瓶」であるが……中身はもちろんガソリンではない。普通の食用油とか潤滑油とか灯油とか。
ここで言う灯油も前世のような石油精製物ではなく、旧来の意味である「灯火用の油」であるため、中身は獣脂とか紅花油とか菜種油とか、地域によって変わる。用途による分類であり、決まった定義も特にない。
一応、魔法的、もしくは薬品的な処理を油に施すことで、火に対する反応性を高めており、そのレベルに応じて値段も変わる。夜営の焚き付けに便利な安物から、爆発物レベルの凶悪な高級品までいろいろだ。
そして重くて危なくて携帯性もイマイチなため、商品として存在はするが人気はあんまり――
この迷宮内では一部の魔物相手に特効なので、いっそ有翼人の集落で販売を検討してもいいかもしれない。
やがて消し炭となった魔物の中に、きらりと光るものが。
狩人のウェスティさんが即座に反応する。
『お。こいつは……! 出ましたぜ、ヨルダ様。ドロップアイテムです』
『こりゃ 幸先(さいさき) がいい。仕留めてくれたシィズには悪いが、当初の予定通り、今回の拾得物は調査隊の持ち帰りだ。すまんな』
『いえ、それは契約ですから当然です。フォーグラス様、こちらをどうぞ』
拾ったウェスティさんからシィズさんを経由して、フォーグラスさんへと『それ』が渡る。
『ありがとう。これは……おい、まさか…… 琥珀(こはく) か!?』
この『禁樹の迷宮』における特産品――
多くの魔物がそこそこの確率でドロップするこの品は、まさに「琥珀色」の美しい琥珀であった。
今回、拾ったのは親指の爪ほどのサイズ。
磨かれてはおらず形もいびつだが、この世界での琥珀は宝飾品になるだけでなく、魔道具の素材としても 重用(ちょうよう) されている。
この産出品を知った時、アイシャさんの眼が¥になっていた。
『こいつはすごい! 報告書にはなかったな?』
『俺達が最初に琥珀を拾ったのは、第一次報告書を送った後だったんだよ。もちろん、すべての魔物が落とすわけじゃない。体感では一割以下だと思うが、まだ討伐数が少ないからなんとも言えん。一体目で出てきたのはかなり運がいいぞ』
勢いづく調査隊を微笑ましく見守りながら、我々はお茶をすする。
ロレンス様が楽しそうに笑顔をこぼした。
「琥珀ですか。これはリーデルハイン領に貴重な特産品ができましたね。琥珀の原価が下がれば魔道具の職人達も喜ぶでしょうし、素材が豊富になれば研究にも使いやすくなって、革新的なアイディアが形になりやすくなります」
「はい! そのあたりは嬉しいですね。取得した冒険者の財産になるので、領地の収入的にはあんまり関係なかったりもしますが……これを目当てに冒険者が集まるのは歓迎したいです」
クラリス様が俺の耳元で囁く。
「さすがに直営の買取所くらいは作るって、お父様が言ってたよ? 売ってくれるかどうかは冒険者次第だけど、そこでの取引量が増えればうちは儲けやすいから、意外に影響はあるかも」
仲買かー。
確かに、即現金化できる店を現地に作れるのは領主の強みである。領主の店や馬車であれば、盗賊なんかも気軽には襲えぬであろう。
メイドのサーシャさんも皆様のお茶を淹れながら、俺に追加の情報をくださる。
「琥珀の取引は、軍閥よりも魔導閥の領分だそうで……本来なら少し揉めてもおかしくない状況なのですが、今回はルーシャン様やアイシャ様がうまくとりなしてくださる予定だと、旦那様が恐縮していました。これもルーク様の影響力ですね」
否定はできぬが、「俺の」というより「猫の」影響力であろう……ルーシャン様のお猫様に対する信仰心は、俺がトマト様に捧げる忠誠心と近いものがある。やべぇ人である。
そのやべぇ人と近めの猫力を持ちながら、信仰心ではなく博愛の心でもって俺に接してくださる女神リルフィ様が、清楚にほほえみながらノートを広げた。
「琥珀もすごいですが……数多くの希少な薬草が採れる点も、この迷宮の強みですね。調合や研究に関わる魔導師にとっては、まさに宝の山です……」
ルークさんはまだこちらの植物にさほど詳しくないのだが、これにはルーシャン様達もびっくりしていた。
他国からの輸入頼りだった素材などもあるらしく、「リーデルハイン領に王立魔導研究所の支所を建てられないか」と、早くも検討を始めたらしい。
これはライゼー様的には全然OKなのだが、派閥間の政治的な都合もあり、現在はまだ根回しの段階である。
春先までは「特産品がないのが悩み」などと言っていたものだが、トマト様を始めとする各種の作物に加え、迷宮由来の琥珀に薬草と、一気に充実してしまった。
さらには国内唯一の有翼人の集落があり、彼らが作る工芸品なども、いずれはお土産の候補になりそうである。
この地が発展すれば、商機とともに人口も増える。
そして人が増えれば、トマト様の消費量も増える。
王都への輸出計画は来年以降、予定通りに進めるが、それはそれとしてリーデルハイン領でも信徒……もとい顧客が増えるのはたいへん喜ばしい。しかも冒険者や商人がその主体となれば、他地域への口コミ効果まで期待できる。
ククク……ロレンス様、真の深慮遠謀とはこういうものなのです。
すべてはトマト様のために! 迷宮の琥珀よ、トマト様繁栄の 礎(いしずえ) となり肥料となるが良い……!
そんな感じに悪い顔で嗤っていると、ロレンス様とクラリス様が我が頭上で会話を始めた。
「……ルーク様は考え事をする時、明らかに顔つきが変わるのがかわいらしいですね。猫なのに、『考え中』とはっきりわかります」
「……でも、この顔の時は大抵、トマト様のことしか考えてないです」
我が主……やはり天才か……?
お二人から適度にモフられながら、俺はゴロゴロニャーニャーと身をよじる。
その間にも、調査隊は順調に魔物と遭遇し、迷宮内を 闊歩(かっぽ) していくのであった。