軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111・猫とお茶漬け

ウィル君の転移魔法で地上へ戻った我々は、侵入時と同様に出入り口での手続きを済ませ、久々にお外へ出た。

タイムカードとかは押さなくて良いらしい。あったらあったで「えー」って言うけど、なければないでなんか物足りないな……?

それにしても、外の空気はおいしい……

領都の中心部から迷宮までは一応、馬車を使う程度の距離はあるので、このあたりは普通に耕作地であり、人家も人も少ない。や、街中でも車の排気ガスとかがあるわけではなし、空気はまぁまぁきれいなのだが…… 竈(かまど) を使った煮炊きの煙、荷を引く牛馬のフンなど、臭いの元がそこそこある。衣食住の利便性さえ確保できれば、やはり田舎のほうが環境は良い。街ではトマト様の耕作地確保すらままならぬ。

さて、迷宮の外はもう夜であった。

「真夜中、ですね」

「ですねぇ……」

苦笑するロレンス様に、俺もへらっと応じる。

夜空にはでっかいでっかい、茹で卵みたいに表面のつるんとしたヤバい雰囲気のお月様。

その月のおかげで、夜でも普通に明るい。

迷宮内にいると時間の感覚が狂いがちだが、突入したのが今日の午前だったから――経過時間はちょうど半日、といったところか?

当初の予定よりだいぶ早い帰還となったが、これはウィンドキャットさんの迷宮移動力が想定以上だったのと、精霊の祭壇や迷宮のボス戦ではカブソンさんに転移させてもらったおかげである。アレでだいぶ時短できた。

そしてケーナインズを救出したのが夕方あたりで、迷宮のボスさんがぺーぺーぺーされたのがその数時間後――ということで、現在は真夜中。

クラリス様やロレンス様は本来、もうお休みの時間なのだが……

「ゴタゴタしていて、晩ごはんも遅くなってしまいました。今夜はこれから軽めに食事して、このままキャットシェルターで眠り、明日の午前中は一緒に遊んで、解散は午後にいたしましょう!」

俺の提案に、ロレンス様が嬉しそうに頷く。

外泊とかそうそうできるお立場ではない。思えば王都からこちらの領都への移動時もとても楽しそうであった。

そんなロレンス様を、護衛のマリーシアさんが姉みたいな眼で見ていたのもまた感慨深い。

それはそれとして、無事にダンジョンを出たことはリオレット陛下、ライゼー様、ルーシャン様にメッセンジャーキャットでご連絡。きっと心配されていることであろう。

さて、人目につかないところからキャットシェルターへ戻って、今夜の晩御飯。

手元に大量のキノコはあるのだが、コレについてはこれから最善の調理法を学ばなければならぬ。今夜はさすがに使えない。

黒トリュフみたいな見た目なのだが、匂いはさほどキツくなく、ちょっとバニラに似た爽やかさがある。トリュフに似てはいるが、近縁の別種という感じ。

幸い、採取後もけっこう日持ちはするらしいので、ストレージに突っ込んでおく。ライゼー様へのお土産にもちょうどよい。

肝心の晩御飯のメニューであるが、キャットシェルター待機組は、常備してあるお茶とかお茶菓子とか果物の類をつまんでいたため、実はさほどお腹が空いていない。

餓えているのは外にいたルークさん、アイシャさん、ヨルダ様だけである。が、やはり夜も遅くなってしまったので、あまり大食すべき時間帯ではない。

そして今回、一番働いた(と思う)ルークさんとしては……

「………………お茶漬けたべたい」

そう。今は。無性に。お茶漬けが。食べたい……

疲れて帰った夜、サラリとかっこんで小腹を落ち着かせスパッと眠る上で、これほど適したメニューもないのではあるまいか。

クラリス様達には、コピーキャット飯を通じて「ごはんもの」こそ何度も召し上がっていただいているのだが……それらはオムライスとかチャーハンとかピラフとかカレーとかであり、お茶漬けはまだご提供したことがない。

「あのー。実はですね。私、今、無性に食べたいものがありまして……でも、皆様のお口に合うかどうかとなると全然自信がないので、皆様にはいつものよーなメニューをご提供して、私だけ別のものをいただこうかと思っているのですが……」

俺が恐る恐るそんなご提案をすると、リルフィ様が不思議そうに首を傾げた。

「それは……人には食べられないもの、ということですか……?」

「いえ、そういうわけではないです。故郷の味というか、私のいた場所ではみんな普通に食べてました」

クラリス様が微笑む。

「だったら、実物を見てから決めてもいい? 気になる」

「それもそうですね。ではさっそく!」

俺は愛用のお茶碗(※本来はスープ用)に、ストレージキャットさんから渡してもらった細切れの藁束をいれる。

そしてコピーキャット発動!

錬成手順は「麦の藁束→稲の藁束→ごはん→お茶漬け」となるが、日々の鍛錬(※食いしん坊)によってこれはもう一瞬である。

そうして出来上がった、ほこほこの湯気を伴う「お茶漬け」。

輝くような白米、かぐわしい 出汁(だし) と刻み 海苔(のり) 、白胡麻、食感のアクセントになるあられに加えて、旨味の利いた「鯛」の切り身――

そう、海の旨味が凝縮された「鯛出汁茶漬け」である。

薄い切り身は香ばしく焼いてあるため、生魚が苦手なクラリス様達でも安心な出来栄え。

ごはんに刺し身を載せたもののほうがメジャーな気もするし、どっちも食べたことはあるのだが、やはりこちらの方々に生魚をお出しするのはちょっと気が引ける。

今回のコレは別に高級料亭の味とかではないが、地元の飲み屋の人気メニューであり、酒をあまり呑まぬ俺はこーいうのばっかり食べていた。

興味深そうに見つめる皆様。

ネルク王国では米を栽培していないが、ごはんものは今までに何度も提供してきており、その意味での抵抗はない。

ヨルダ様が納得顔で顎を撫でた。

「ルーク殿がよく出してくれる『米』を使った……スープに近いものか? いい香りだ。海を思い出す」

「はい。具の魚や海苔はもちろん、出汁にも魚や昆布を使っていますので、海の恵みがたっぷりです!」

「なるほどなぁ。昔、南方で食べた干し魚のスープに匂いが似ていると思ったんだ」

ヨルダ様、懐かしそう。

隊商の護衛をやっていた頃、諸方を巡り歩いていたヨルダ様は、こちらの世界のいろんな食べ物をご存知である。もちろん庶民メシに限られるが、海苔も最初からご存知であった。

前世では「西洋の方々は生海苔を消化できない、焼海苔なら大丈夫」みたいな話を聞いたことがあるのだが、とりあえずヨルダ様いわく「ネルク王国も南側には海があるし、普通に食うぞ?」とのことである。海藻には抵抗なさげ。

リーデルハイン領あたりまで来ると距離の関係で海苔などは高級品になってしまうし、そもそも交易路からも外れているから回ってこないようだが――あと、運搬も「まずは塩が優先」ということなのだろう。物流のリソースは有限なのである。

それはそれとして鯛茶漬け。

見た目と香りからは「なんかおいしそう」という感想を持っていただけたようで、結局、皆様にご提供する流れになった。

さすがにお箸では食べにくいので、スプーンもつける。

「あ、これ、おいしい……」

「するりと入って……優しい味わいですね」

クラリス様とリルフィ様にはお気に召していただけた!

ピタちゃんもウサギのお手々で器用にスプーンを往復させている。

最近、あんまり人間形態になってないな……? やっぱりこっちのほうが楽なのだろうか。

まぁ、ウサギ形態だといろんな人から撫でてもらえるし、人間形態だとスキンシップは控えめにならざるを得ないので、本人的にはウサギのほうが気楽に過ごせるのであろう。俺も猫になったからわかる。毛皮の優位性すごい。

そしてロレンス様とマリーシアさん。食べる手付きは上品だが、お目々はキラキラである。

「ルーク様、これは素晴らしいですね。酸味も辛味も苦味もなく、本来ならぼやけた味になりそうな料理なのに――ほのかな甘みと、何より凝縮された旨味と香りが群を抜いています。塩加減も実に巧妙です」

「これって煮込み料理ではないんですよね? くどさとか 灰汁(あく) も全然ないですし、複雑な味わいなのに雑味がないというか……決して味が薄いわけではないのに、どこか爽やかにすら感じます」

「そうですね。煮込みではなく、ご飯の上に出汁をかけているだけなので、調理法としては……パンにスープをかけるような感覚でしょうか?」

ちょっと違うかもしれんが、主食に汁物を注ぐ、という意味では近いはずである。とにかく煮込み料理ではない。

一方、ヨルダ様は食べ始めると困惑の様子を見せた。

「……いや、ルーク殿、これやたらと旨いぞ……? 南方で食った魚のスープは、匂いはこんな感じなんだが、もっと雑な味というか、ここまで旨味が強くなかった。魚か? 魚が違うのか? すごいな、この差は……」

鯛つよい。しかし理由はそれだけではなく、昆布の出汁のとり方とか、その他の調味料の影響であろう。

あとネルク王国の食文化から推測するに、ヨルダ様が食べたという魚のスープはおそらく醤油ベースか。あれはあれで美味しいのだが、醤油味が濃くなりがちであるし、砂糖がないこの世界では「ガチで醤油だけの味付け」みたいなことになっていそう。

あともちろん「米」の影響も大きい。鯛と米の相性に疑う余地はない。

「ルーク様、おかわりお願いします!」

「……失礼、私もよろしいですか?」

「あ、僕もお願いします……」

アイシャさんとサーシャさん、ウィル君はさっさと食い終わり、二杯目をご所望。やはり足りなかったか……

アイシャさんと比べてサーシャさんとウィル君にはまだ遠慮が見られるが、原価はほぼ0に等しいのでどんどん召し上がっていただきたい。藁束も場所によっては無料ではないはずだが、農耕中心のリーデルハイン領では焼却処分するほど余っている。

あとウィル君は、改まった物言いの時は一人称が「私」なのだが、素に戻ると「僕」になる。この猫カフェではリラックスできているようで何よりである。今回は転移魔法係としてご足労いただき、たいへん助かった。

……ついでにもうちょっとお願いしたいこともあるので、ウィル君のスケジュールは押さえておきたい。

あまりに便利すぎる転移魔法を、いいかげん俺もしっかり学びたいのである。

ウィンドキャットさんの移動能力は極めて優秀だが、緊急時の脱出方法は複数確保してしかるべき。特に迷宮なんぞという地下空間ではコレが命綱だ。

その後、足りない人には焼き鳥などもご提供し、デザートに柚子シャーベットを食べたところで、今宵のディナーはおひらき。

順次お風呂に入って、歯を磨いて寝る流れである。気分はお泊り会であるが、そうなるとヨルダ様が引率の先生だな……

なんだかんだで疲れてしまったルークさんは、一足先におやすみタイム。

実際、本日は昼寝もできなかったので、もうクタクタである……

猫カフェ内に簡単な仕切りを設けてそれぞれの寝台をご用意した後、俺はキャットタワーの穴蔵へ引っ込んで丸くなった。

おやしゅみなしゃい……

――翌朝、ルークさんがトマト様の夢から目覚めると、そこは何故かリルフィ様の寝台の枕元であった。

まぁそういうこともある。(いつもの)