作品タイトル不明
110・対決! 迷宮の主!
いやぁ、迷宮の 主(ぬし) は強敵でしたね!
……………………………………いやいやいや。
はしょったわけではない。
詳細はこれから語らせていただくが、それはそれとして、まぁ、なんちゅーか……うん。
……理想を言えば、こういう局面では「ルークさん大ピンチ! 仲間との絆! 真なる覚醒! 新たな必殺技! 緊迫の次号へ!」的な、古き良き少年マンガ展開を一週挟むべきなのだが……
猫魔法の猫さんは強かった。使い手である俺が真顔になるぐらい、それはもう本当に強かった……
超越猫さん、ぜったいゲームバランスとかお約束とか様式美とか考えてないよね……? 「緊迫感? 別にいらなくない?」って素で思ってるよね……? そのメンタルは見習いたいけど、貴方たちは一介の猫に何をさせる気でこんな能力をもたせたの……? 世界征服とか……?(震え声)
さて、具体的に何が起きたのかとゆーと……
ダンジョンのボスと戦う、そう決意した俺は、カブソンさんの転移に連れられて、あっさりとボス部屋の前に到着した。
部屋といっても扉などはない。
目の前には石塊に囲まれた物々しい直線的な通路があり、その向こうから、猫でもはっきりわかるほどの濃い瘴気が溢れている。
瘴気というのはちょっと不思議なシロモノである。
特に「臭い」というわけではない。空気を重く感じるが、湿気とも違う。気圧の変化……でもないな。「吸ってもむせない薄い煙」みたいな感じであろうか。
不快感は確かにあるのだが、呼吸がしにくいわけでもなく、悪夢を見ている最中のよーな不安感だけがずっと続く。
慣れているのか、カブソンさんは平気なお顔。
『ああ、そうそう。ルーク様にお伝えしておきます。いわゆる「瘴気から生まれた魔物」と、「瘴気の影響で凶暴化した魔獣」は、まったくの別物です。この違いについてはご存知ですか?』
「なんとなくですけど……瘴気から生まれた魔物は、厳密には生物ではなく、生殖によって増えることはない、という話ですよね? バイオラとかチエラみたいに。で、瘴気で凶暴化した魔獣の場合は、元が普通に生き物なので、元の生態と共通する部分が多いとか」
後者の実例はドラウダ山地の 落星熊(メテオベアー) さんとかであろう。まだ見たことはないが、たぶんそう。
『その通りです。これから向かう先にいる「迷宮の主」は、瘴気の噴出口にあたる部分の土や鉱石が瘴気によって魔物化したものであり、生物ではありません。ただ、その過程で土の中の微生物や小さな虫などを取り込んでおり……その生態の一部を巨大化させて再現したようです。いきなり実物を見ると怯んでしまうかと思いますので、こちらの映像を御覧ください』
表示されたるは立体映像。
「ぴっ」
一目見るなり、ルークさんは怯える小動物と化した。
全身の毛がピンと逆立ち、瞳孔が開いてしまう。
『人間の眼にはよほど 禍々(まがまが) しく映るようで、見ただけで戦闘を諦めて逃げ出す方が多く……そのため、ここまで育ってしまいました。他の地方のダンジョンと比べても、より強烈なインパクトがあるようで……見慣れるとたまにかわいげもあるのですが』
カブソンさんのセンスはおかしいと思う!!!!
ご自身が可愛すぎてそれ以下のモノに対する感覚が麻痺してないか!?
そこに表示されていたのは、巨大な崖と一体化した、世にもおぞましい「何か」であった。
ミミズっぽいうねうねが折り重なって大量に蠢く中に、昆虫の複眼やら人間の目玉やら牙やら節やら繊毛やらカマキリの鎌やら大量の卵やら意味不明の器官やらが不規則に点在し、廃油のよーな光沢を放ちながら拡大したり縮んだり……
こんなもん直に見たくない!
集合体恐怖症の方がガチギレするレベルである。
気持ち悪いものを粗めのミキサーにかけてぶちまけたよーな悪趣味クリーチャーであり、じっと見ているだけでSAN値がゴリゴリ削られる……
「にゃーん……では、見るだけ見たので帰ります……」
くるりと回れ右した俺の首元を、カブソンさんがぱっと掴む。カワウソめ……意外に器用な……!
『これは私の見解ですが、アレは見た目ほど強くはありません。もちろん剣で斬りかかるような戦い方は愚の骨頂ですが、遠隔攻撃でダメージを与えられるはずですし、火力次第ではあっという間に焼却処分が可能です。まぁ……その「火力」が、人間の魔導師ではどうにも足りないのですが……』
「……向こうからの攻撃手段は?」
『大量に生えているミミズのような触手は強酸を伴っており、触れられるだけで危険です。カマキリのような鎌は切れ味こそ鈍いのですが、最大で三十メートルほども伸びますし、質量が質量なので人間程度は軽々とふっ飛ばされますな。もっとも厄介なのは眼球から放たれる高熱の怪光線でして、魔力障壁以外では防ぐことができません。盾で防いだところで、溶かされるか燃えてしまうので……』
開発者の良識を疑うべき案件である。
責任者はドコだ。
「あのー……弱点とか中心核とか狙い目とかは……?」
『特にありません。あれは巨大化したカビの集合体のようなものだとお考えください。幸いなことに、防御力はさほどでもありませんので……巨体ゆえに手間はかかりますが、遠くから火球などを当て続ければ、次第に削れていき、いずれは弱くなるはずです』
ほんとぉ……?
第二段階とか第三段階とか隠してない……?
「……さすがに作戦を考えます。ちょっと、あの……魔法とはいえ、手勢の猫さん達をアレにぶつけるのは( 絵面(えづら) 的に)嫌なので」
『どうぞごゆっくり。ボス前のこの空間は、一応、結界を張って安全地帯にしてあります』
ううむ……とりあえずストーンキャットさんで殴りかかるのは論外である。
やはりハチワレ砲術隊と黒猫魔導部隊で遠隔攻撃を仕掛けるのが良策か? 盾役が必要なら、白猫聖騎士隊も出して……あ、魔力障壁が要るから、黒猫魔導部隊の人員も攻守に振り分けて……
さほど広くない地下空間なので、機動力と火力を両立させたブチ猫航空隊を使いにくいのが残念である。
あとは茶トラ戦車隊も頼れそうなのだが……戦車の装甲テストをこの敵相手にやるのはちょっとやだ。生理的にやだ。
ついでに、やはり地下迷宮だけあって、『猫の旅団』を展開するにはどうにも狭苦しい。ごちゃごちゃしそうである。
……これはむしろ発想を変えて、少数の精鋭で対処すべきでは?
そもそもアーデリア様の時は「制止」が目的であったが、今回は「殲滅」が目的だ。
しかも 的(まと) は巨大で壁面固定、周辺の被害を考慮する必要もない。ある意味、すごく実験向きの状況である。
「あのー、カブソンさん……つかぬことをうかがいますが、この先のボスが巣食っている壁面の向こうって、何かあったりします?」
『いえ、特に何も。主の居場所は迷宮の深奥、最下層の行き止まりですので、あの奥はただの岩盤ですな。下側には瘴気の噴出する穴がありますが、これも目に見えるような穴が開いているわけではなく、ガスのようにどこからともなく噴出してくるのです』
「では、ちょっとくらい壊れてしまっても?」
『問題ありません。地域によっては地下水が溢れ出したり海につながったりという事態も有り得なくはないですが、この古楽の迷宮ではそうした心配もないでしょう』
情報と思案を整理して、俺はようやく結論に至った。
「新しい猫魔法を試してみます――『ハイパーネコ粒子砲』、スタンバイ!」
『ニャァァァァァーーーーン』
ゴゴゴゴゴ、と重低音を伴って地下空間に現れたのは、馬車より大きな、スフィンクスみたいな座り方をした猫さん……いや、猫型の砲台である。
毛並みは白金。生物感はなく、金属製の置物っぽい。メカメカしい。
荷電粒子ではない。メ◯粒子でもない。ネコ粒子である。ぶっちゃけルークさんの魔力を充填して溜めて打ち出すだけの力押しロマン砲である。原理? 知らない。
男の子のロマンを前にして、カブソンさんが眼を細めた。
『これは……ルーク様の神像、でしょうか?』
「いえ、そーいうのとはちょっと違います。エネルギー 充填(じゅうてん) に数分かかりそうなので、しばらくそのままでお待ちください!」
そして五分経過。
だらんと横たわったカブソンさんの背中で、のんびり毛づくろいしながら過ごしていると、猫型砲台が淡く光りはじめた。
「あ、準備できたみたいです! では、カブソンさん。こちらをどうぞ」
俺は猫魔法で作り出した猫目型・猫耳付きサングラスを差し出した。
『……はて? 黒いメガネですかな?』
「対閃光防御です! ……あれ? カブソンさんの今の体ってぬいぐるみでしたっけ? 強い光への対策とかは……」
『光への対策?』
「はい。念のため、眼を守る必要があるのですが、眩しいのって大丈夫ですか?」
『はぁ。特に問題はないかと――この姿は作り物ですし、壊れたら別のものに宿れば良いだけです。私の本来の 依代(よりしろ) は、先程の管理室のほうに置いてありますので、そちらが無事なら何も問題はありません』
そうは言いつつ、せっかくなのでサングラスはかけてくれた。
俺も同様に目元を保護し、猫型砲台の隣に立つ。
そして前足を振り上げ、号令!
「黒猫魔導部隊、魔力障壁展開!」
『ニャッ!』
俺の号令にあわせて現れたのは、魔導師姿の黒猫さん十匹ほど。
彼らは俺とカブソンさんを衝撃から守るのが仕事である。取り越し苦労かもしれぬが、これで万が一、落盤などが起きても大丈夫! ついでに遮音性能も高い。
続いて俺は、猫型砲台の脇腹付近に肉球を添える。
「ハイパーネコ粒子砲、照準良し! 安全装置解除!」
『ニャー』
やや野太い、地響きのような返事を受けて――俺はいよいよ秒読みを開始する。
ぺーぺーぺーぺーぺーぺー。
なんかそれっぽい音。
「……5、4、3、2、1……発射ッ!」
『ミャーーーーーー!』
カッ。
光が満ちた。
猫型砲台の口がガパッと開き、けたたましい鳴き声とともに放たれたのは、一直線に伸びたぶっとい光――!
サングラス越しでもなお、世界が真っ白に転じた。
みょいんみょいんとSFちっくな効果音がしばらく続いた後、閃光がおさまり――
ボス部屋に続く直線通路はけっこうな勢いで拡大され、円形のトンネル状にえぐれていた。
しかし完全な円形ではなく、上のほうに突起のような三角形が二つほど……あれはネコミミ……?
周辺の岩は溶けているようで、なんだかグツグツと沸騰している……熱気が来ていないのは魔力障壁のおかげかな……?
その向こう側には、壁面に繁茂した巨大クリーチャー(瘴気の塊)がいたはずなのだが……
普通にずっと先までトンネルができてるな……?
真っ暗だな……?
……もしかしてシールド工法の代用に使える……?(発想の転換)
発射終了したハイパーネコ粒子砲さんは、『ニャーン』と一声鳴いて雲散霧消した。あ、はい……おつかれさまでした……
……ちょっと想定外の出力であり、カブソンさんと並んで、俺はしばらく呆然自失。
『…………ルーク様。もし失礼でなければ……私の上司として、ダンジョンにご就職なさいませんか?』
「……いえ、私にはリーデルハイン家ペットとしてのお役目がありますので、それはちょっと……」
猫型砲台で無抵抗の被害者(※ボス)を薙ぎ払うだけのお仕事は、微妙に精神を病みそうだし……
……いやあ、迷宮の主は強敵でした……ね!(視線を逸らしながら)
§
「……まあ、アレですよね。見なかったことにしましょう。アレはないです。ちょっと、こう……かわいい猫さんが使うべきファンシーな魔法ではなかったな、と、反省しています……」
『いえ、こちらとしては非常に助かりましたが……ルーク様がそう仰るのであれば、まぁ……はい。あと、迷宮のほうは 主(ぬし) も消えて、さらに 著(いちじる) しい損傷も起きましたので、近日中に再構成いたします。新しいダンジョンに痕跡は残りませんので、ご安心を」
証拠隠滅はぬかりなく済みそうである。ありがたい。
こんな会話をする俺とカブソンさんは、精霊の祭壇へ戻る前に、さきほどの博物館風ダンジョン管理室へと移動していた。
カブソンさんは転移魔法こそ使えぬが、この管理室の機能を通じて、世界各地のダンジョンの任意の場所へと移動できる。これはビーラダー様が整備した転移用のシステムらしい。
任意といっても「どこでも好きな場所へ!」というわけではなく、入り口とボス前、試練の間、精霊の祭壇や宝物部屋など、いわゆる要所に限られるようだが、便利なのは間違いない。
『あと……ルーク様。これはお願いなのですが、たとえばダンジョンの入口などから今の魔法を内部に向けて使うのは、できれば避けていただきたく……』
「大丈夫です。そんな破壊神じみた精神性は持っていません!」
『助かります。一応、内部の強度計算というものもありまして、柱や壁が大きく壊れてしまうと、迷宮をまるごと再構成せざるを得なくなるもので――あ、ボス部屋の前からならば大丈夫かと思いますので、その際はお気軽に』
決して気軽に使っていい猫魔法ではない……アレ、もしも射線を斜め上方向に向けたら、地上の街とかも巻き添えで殲滅しかねないのでは……?(恐怖)
しかし思いついてはいたものの、気軽に試せる場所がなかったので、こうして実地試験に成功したのは幸運であった。
『さて、ルーク様。皆様のところへ戻る前に、報酬のお話をいたしましょう。通常、迷宮の主を討伐すると、当番の下位精霊がそのパーティーの前に財宝を置いていきます。それがいわゆる「ドロップアイテム」ということになりますが、ルーク様は我々からの依頼をこなしてくださいましたので――必要なもの、欲しいものがあれば、いくつか持っていっていただこうと考えております』
欲深いルークさんは考えた。それはもう真剣に考えた。ぶっちゃけ、何かとても大切なことを忘れているような……?
不意に思い浮かんだのは、ソフトクリームを貪るピタちゃん。
「…………あっ! キノコ! 迷宮でとれる、とても美味しい高級キノコがあるとうかがいました! なんでもダンジョンの一隅に群生地があるとか! それをたっぷり採集して帰りたいです!」
『ぶふっ…………し、失礼しました。後ほど、ご案内いたします。それ以外の報酬は、こちらで適当に 見繕(みつくろ) わせていただきますね』
カブソンさんが一瞬、吹き出したような気がしたが、こと食べ物に関してルークさんは妥協せぬ。むしろこんな大切なことを今の今まで忘れていたことに、 内心(ないしん) 忸怩(じくじ) たる思い。ルークさんもヤキが回ったものである……
その後、我々は再び『精霊の祭壇』へと戻り、俺はリルフィ様とクラリス様に抱っこされ、にゃーんと媚びを売った。
「ルークさん、ご無事で……!」
「ルーク、おかえり。迷宮の主はどうだった?」
「クラリス様やリルフィ様にはお見せしたくない感じのブキミな見た目でした! でもひとまず片付きましたので、ご安心ください!」
ヨルダ様も笑顔で問いかけてくる。
「で、ルーク殿、どうやって倒したんだ?」
「……………………がんばりましたッ!」
いろいろと飲み込んで曖昧に応じた俺を、いったい誰が責められようか……カブソンさんも無言で頷いているのだが、四精霊さんの視線がちょっと微妙。
風精霊さんはくすくす笑っているが、 火(ひ) ーちゃんがキラキラで 水(みず) ちゃんがニヤニヤで 地(ち) ーちゃんが引きつり気味である。
……これはどうやら、ぜんぶ見られていたっぽい。
火力大好きの火ーちゃんには特に鋭く刺さったのだろう。
『風ちゃん、風ちゃん! この猫さん楽しいです! 私も観察したいです!』
『……こっわ。猫さんこっわ……魔族みたいに狂乱したら誰も止めらんねーじゃん……今までに来た亜神の中で一番ヤバくね?』
『猫さん、「おーばーきる」って言葉知ってる? 私も好きなの! おそろいだねぇー』
おそろいではない。水ちゃんはヤバい本性をもうちょっと隠して?
風精霊さんはまだ笑ってる。
『ふふっ。ただの山であんなに怖がっていた猫さんがねー。あの時、今の能力に気づいていたら、私の助けなんか要らなかったのにね?』
「いえ! 今の私があるのは、風精霊さんのお導きがあったからです。あの御恩は生涯忘れぬと心に誓っております!」
窮状(きゅうじょう) を救っていただいた御恩は決して忘れてはならぬ。あと何度も言うけど落星熊さんと合流して獣の王効果で人類殲滅ルートに入らなくてよかった。本当によかった……
……まぁ、近いうちにその落星熊さんが棲息するドラウダ山地に入って、新規ダンジョンの攻略をするわけなんですけれども。
ともあれ、今日のところは一段落!
風精霊さんに改めてお礼を言うというミッションは無事に果たされ、迷宮の主まで制圧できた。
その後、精霊さん達に別れを告げた我々は、カブソンさんの案内で無事に大量の迷宮キノコを採集し、ウィル君の転移魔法でつつがなく地上へと戻ったのであった。