軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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立ち寄った店で食べたスイーツたちはとても美味しく、ささくれ立ったアレクシアの気持ちを優しく宥めてくれる。あれもこれもと追加して、ふわふわとテンションも上がったところで、本来の目的地だった湖に移動した。

馬車から降りた途端、強い日差しが降り注いでくる。眩しさに目を眇めると、マリッサがさっと日傘を差し掛けてくれた。

じり、と肌を焼くような日差しが遮られ、アレクシアは一息つく。

小さな日陰ではあるが、眩しさは幾分か軽減された。

「自分で持つわ」

アレクシアはマリッサから日傘を受け取る。ゆっくりと歩みを進めながら、改めて緑の多い辺りをぐるりと見回した。

「案外、人が少ないのね」

「そうですね」

遠目にぽつりぽつりと人がいるのがわかる程度で、とても静かだ。観光地? と首を傾げたくなる。けれど喧騒から逃れた、自然豊かな場所は悪くなかった。

湖の上を渡って吹く風が、涼やかで心地好い。夏の日差しを受けてきらきらと輝く水面は、少しだけ目に眩しいが美しかった。

船にも乗れると聞いているが、どうしようかアレクシアは迷っている。前世では乗り物のうち、どうしても船とは相容れなかった。何をしても、どうやっても、絶対に酔うのだ。

あの具合の悪さが思い出されて、躊躇が生まれる。

(でも、せっかくだし)

くるり、と手に持っていた日傘をアレクシアは回す。

身体が違うのだから今世は大丈夫だろうという希望的観測で、マリッサへと声をかけようとしたところ、近づく人の気配を感じた。

「ロシェット嬢」

聞き覚えのある声に思わず顔をしかめそうになったけれど、幼い頃より鍛えた表情筋が頑張ってくれる。普段と変わらぬ淑女の仮面をつけて、アレクシアは軽く首を傾げた。

「よく、ここにいるのがわかりましたね」

ここにも現れるか、とげんなりする。行き先は、家の者にしか伝えていない。

それもかなりざっくりとしたものだ。

「すまない、少しだけ反則技を使った」

(権力とか、権力だね)

舌打ちしたくなるが、さすがに皇族相手にそんな不敬はできない。

なんとなくアレクシアが猫を被っているのは察しているようだが、取り繕っておくに限る。別にバレたところでまったく問題ないのだけれど。

「そこまでして、私に何かご用ですか?」

「ああ、とても重要なことだ」

向けられる笑顔に、面倒事の予感がひしひしとする。逃げていいかな、と再度げんなりしたところで、不意に、セルジュがアレクシアの前に跪いた。

(え、何してんのこの人)

驚きに、動きが固まる。ぱちり、とアレクシアは瞳を瞬いた。

「……殿下? 何をなさって」

夏の強い日差しを受けて、美しい金の髪がきらきらと輝く。幼い頃よりずっと見てきた色に似ていて、誰かを思い出せる。アレクシアを見上げる瞳も、美しい金色をしていた。

文句なしに、セルジュの顔面偏差値が高い。

思いがけない態度にぎょっとしているこんな時にもつい見惚れてしまい、アレクシアはくそうと心の中で悪態をつく。

(顔がいいのが悪い)

責任転嫁していると、手を取られる。軽く引かれたせいでのぞき込むような姿勢になり、目が合った。

「今しかないと思った。どうか、私と結婚してほしい」

「……はあ?」

瞬時に、この人何してんの、から、この人何言ってんの、に変わる。そのせいで、少しばかり令嬢らしからぬ、低い声が出てしまったけれど仕方がない。今更だ。

「ダメ、だろうか?」

いたずらっ子のように笑って見せても、残念ながら顔面以外には全くときめかない。なんでこうなったと、アレクシアは天を仰ぎたくなった。

(あーもう面倒くさい)

嘆いてすぐに、アレクシアは我に返る。現実逃避している場合ではない。

観光地として有名な場所にしては人がいないと思ったが、セルジュがこの状況を目論んでいたのならば人払いをしているとみて間違いない。けれど絶対はなく、うっかりこんなところを見られたら大変なことになる。軽く深呼吸して、アレクシアは唇を開いた。

緩く笑むと、つられるようにセルジュの表情も緩む。

「ええ、お断りします」

すぐには理解できなかったようで、ひと呼吸分くらい置いてセルジュの表情がこわばる。手を掴む力が緩んだのを感じ、アレクシアはさっと手を引き逃がした。

何故そんなに驚くのかわからない。今までのセルジュに対する態度で察するところがなかったというのなら、あまりにも鈍感だ。皇太子という身分を振りかざせば、アレクシアの意思など関係なく思い通りにことが運ぶと思っていたのだとしたら傲慢だ。

為政者となる資質があるのか、甚だ疑問といえる。支持などしたくなかった。

「考える余地もなく、お断り案件です」

笑顔で、アレクシアは念を押す。

わずかでも可能性があるなどと、都合良く解釈されては困る。断固拒否の姿勢は大切だ。

「……なぜだ」

絞り出すような声だった。

断られるなど、想像していなかったのかもしれない。これだから顔面偏差値が高い上に、権力を持った男は厄介だ。

「なぜ? それはこちらの台詞ですわ。なぜ、私が喜んでその話を受けると思われるのですか?」

権力があるからなどと脅しとも取れることを言うのなら、皇家が聖剣を無くしたことリークしようとアレクシアは決めた。理不尽に振りかざす権力など、失墜してしまえばいい。

「君は、高貴な身分の女性になるのが夢だったのだろう? 私と結婚すれば将来の皇后だ」

はあ? と、アレクシアは眉をひそめる。誰かに、そんな鼻で笑いそうな将来の夢を語った覚えはない。

「……誰がそんなことを」

察しはついている。けれど思い込みで冤罪をかけてはいけないと、限りなく黒に近いと思いつつアレクシアは念のために確認した。

「フィリップが言っていた」

(やっぱりおまえか!!)

アレクシアは表情を繕いながら、心の中では盛大に叫ぶ。帰ったら覚えてろよと、脳内イメージでフィリップをボコボコにした。

「……とりあえず、お立ちになっては?」

端から見れば、結構間抜けな状況だ。

乙女がときめくシチュエーションで格好良くプロポーズをしたはずが、アレクシアがバッサリと断ったせいで、セルジュは無駄に跪いている。距離を取って立っている護衛の騎士たちは真面目な顔をしてはいるが、その心情はきっと複雑だ。

(なんかごめん?)

喜ばしい場面に立ち会えるはずが、居たたまれない状況に遭遇する羽目になったことにアレクシアは少しばかり同情する。この後が、間違いなく気まずい。フィリップの口車に乗せられたセルジュは自業自得だ。

「フィリップが殿下に何を吹聴したかは知りませんが、しっかりと裏を取ってから行動すべきでしたわね」

権力に靡くチョロい女だと、ずっと思われていたのだとしたら不快だ。とても不本意だ。あんなにも『アナタに興味などありませんよ』とアレクシアは主張していたのに、先入観を持っている男には伝わらなかったということだ。

「だが、私の申し出はスペンサー家にとってもいいものでは? 家に相談もなしに断るものではないだろう。迷惑がかかるとは思わないのか?」

「あら、この国の筆頭公爵家の家族構成も知らないのは、皇太子としてはいささか勉強不足ではありませんか? 私はスペンサー家の娘ではありませんわ」

「知っている。だが、血縁ではある」

「まあ! 知っているのにわざわざスペンサー家の名を出すのですか? 血縁であっても、私の婚姻の決定権はありませんわよ」

「……我が国の方が大国だ」

「それがどうかしまして?」

緩い笑みを浮かべ、アレクシアは軽く首を傾げる。内心ではかなりイラつき、ムカついていた。