軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

その日の夕食後のデザートにも、アレクシアの指示で作られた野菜のスイーツが二種提供される。盛り付けを華やかにすれば、普段の食後のデザートと変わりなかった。

――今日は、私のリクエストのケーキです。

――ぜひ、なんのケーキか当ててくださいね。

趣向を楽しんでくれた二人は、口に運んでは悩み、口に運んでは悩みを繰り返し、答えを外す。わからないが味はとてもいいと絶賛してくれて、よし、とアレクシアは心の中で拳を握った。

――お父様と、お兄様の健康を考えて、野菜をスイーツにしました。

種明かしをすれば驚き、その着想の良さを褒め、アレクシアを絶賛する。愛が重く、すぐに行き過ぎる二人は、このアイディアを生かし、野菜を使ったスイーツの店を出そうと言い出した。

あっという間に話が進みそうになるのを、我に返ったアレクシアは止める。ちょっといいなと思ったせいで、うっかり話に乗りそうになったところが怖い。

けれど、今は駄目だ。

目立つことをしてはいけない。婚約者候補から外れてからでないと、事業が成功した時に、国王の認識が手放したら駄目な嫁候補になる可能性があった。

それを二人に指摘すると、すぐに修正案が出る。出店の準備はしておいて、実際に動くのは候補辞退の承認を国王に得てからということになった。

結局店は出すのね、と呆れながらも、わくわくするもの確かだ。

大きな仕事になる。事業を立ち上げるのは簡単ではないが、公爵家では難しいことではない。どこまでアレクシアが関われるかはわからないが、やりがいを感じた。

更に、婚約者候補から早く外れたくなる。足踏みしているだけの状態はひどくもどかしいが、できることをしていくことにした。

(試作品と試食ね)

頼んでおいたお食事系マフィンも、さすが公爵家のパティシエ、見事な仕上がりになっている。それも貴族令嬢が食べやすいように、通常サイズの他、一口サイズも用意してあるのだから素晴らしいの一言だ。

通常サイズにかじりつきたい欲もあるので、自分用にそれもいくつか学園に持って行く。ただ試食してもらうにしても、ジェイニーとアリアーナ以外、相変わらずアレクシアに友だちはいない。

他の者には、遠巻きにされている。今まで周りにいた取り巻きの令嬢たちも、アレクシアがジェフリーのところに行かなくなった途端、少し距離ができた。

ジェイニー曰く、高位貴族の令息たちに見初められるのを期待して、アレクシアの後をついて回っていたらしい。なるほど、と納得する。ジェフリーの周りには、高位貴族の令息たちが多く居た。

(高校生と言われる年齢で、婚活とか大変よね)

完全に、アレクシアに取っては他人事だ。

「アレクシア様、これ、美味しいですわね」

「ええ、すごく美味しいです!」

「でも、何が入っているかはわかりませんわ」

首を傾げるジェイニーに、ふふ、とアレクシアは笑う。

見た目も色も女性が好みそうな美しさがあるけれど、食材に関しては、あまり冒険はしていない。実は、と種を明かす前に、ひょっこりとステファノが顔を出した。

なんでここに、と思わずにはいられない。

天気がいいので食堂ではなく、二人を誘い、中庭のガーデンテーブルのところで昼食を取っていた。

「なんか、うまそうなの食べてるんだな」

「おいしいわよ?」

マフィンを狙っているとわかるが、アレクシアは知らない振りをする。できれば関わり合いになりたくない。お菓子を与えるなど、餌付けするようなものだ。

「そー言うときは、食べる? とか訊くもんじゃないのかよ」

「なぜ私が?」

仲良くもない貴方に? と呆れたが、ふとステファノの利用価値に気付く。今のところ敵対していないし、脳筋なので単純だ。欲しい物をあげれば、素直に感謝が返ってくる。正義感が強いので、罪のねつ造系に関わることはないと信じることにした。

「……と、言いたいところだけれど、差し上げても構いませんわよ」

「やった」

ぱあっと、ステファノは表情を明るくする。なかなか新鮮な反応だ。

直接的に、アレクシアに何かをねだる者は少ない。本当に餌付けしているみたいだと、マフィンの入ったバスケットを差し出した。

「大きい物があるので、そちらをどうぞ」

本当は、私がこっそり食べるつもりで持ってきた物だけど! と、アレクシアは心の中でマフィンとの別れを惜しむ。

「ありがとな!」

あっさりと手を伸ばしただけでなく、ステファノはすぐにがぶりとかじりつく。見事なくらいの警戒心のなさに、アレクシアは呆れた。

「うまっ」

社交辞令ではない反応だ。

ふふ、と楽しげにアレクシアは笑う。

「食べたわね」

「へ?」

「実はそのマフィンには、ある物が入っているのよ」

「な、毒か!? 毒でも入ってたのか!? じゃなきゃ呪いとか?」

アレクシアに対しての、認識が窺える。

それなのによく食べたな? と、感心した。

「そんなわけないでしょう」

「なんだよ、脅かすなって」

「貴方も高位貴族の一員なのだから、簡単に人から食べ物をもらって、警戒心なく食べない方がいいわよ」

つい苦言を呈すと、ステファノは瞳を瞬き、にかっと笑う。

「そうだな、今度から気をつけるわ」

「ええ、その方がよろしくてよ。相手をその気にさせる薬とかが入っている可能性だってあるのだ、し……」

ふっと、ある光景がアレクシアの脳裏をよぎる。小さな画面越し、ヒロインの用意したお菓子を渡し食べてもらう、好感度がアップするイベントだ。

意図せず、イベント発生を阻止してしまったような気がする。瞬間的に焦って、すぐにまあいいかと思い直した。

好意があれば、喜んで食べるはずだ。ヒロインは、警戒対象にはなり得ない。

「んなこと言ってもさ、ロシェット嬢は俺のことなんて眼中にないだろ」

「まあ、よく知っているわね」

「ひでぇな、一応否定くらいしろよ」

口元に笑みを浮かべ、アレクシアは聞き流す。

どうせステファノも、本気で言っていない。

「少し変わった物が入っているのは本当よ」

「もう騙されないからな」

「本当よ。それ、野菜が入っているの」

は、と息を吐くような声を、ステファノは洩らす。

視線を落とし、手に持ったままのマフィンをまじまじと見つめた。

「嘘だろ? 俺、野菜苦手なのに、これすげぇうまいんだけど」

真偽を図るように、ステファノはジェイニーとアリアーナに視線を向ける。先ほどから二人とも、一口サイズのマフィンをいくつか食べていた。

「わたくしたちも、驚いていたところですわ」

「ええ、試食にマフィンをいただいていたところに、ガラッシ様がいらしたのですわ」

ジェイニーとアリアーナが認めたことで、ステファノも納得する。失礼な奴だ。

「これで野菜が取れるならいいな。毎日持ってきているのか?」

「毎日は持ってこないわよ」

たかる気満々か! と、アレクシアは心の中で突っ込む。

顔を合わせる機会だけは多かったけれど、言葉を交わすことはそうなかった。

そう考えると、本当によくアレクシアにマフィンをねだったものだ。

「公爵家のパティシエが作ってんだろ? ロシェット家の騎士団に入れば、食べれんの?」

「ガラッシ様では、父の意向が強い我が家の騎士は無理ですわ。王室の騎士団、近衛騎士がよろしいかと」

将来有望な騎士を、我が家に迎えるなど王家に恨まれる。すべて丸ごと取り込むために、やはりアレクシアと王家の婚姻を、などと言われたら最悪だ。パワーバランスが崩れることをしてはいけない。

「結構本気なんだけど。サヴェリオ公爵閣下に、教えを受けてみたいんだよ、俺」

「父は文官ですが? ガラッシ様のお父上こそ、現役の騎士団長ではありませんか。他家の、それも文官に教えを受けたいなど、泣かれますわよ」

「押しつけられた地位だと、酒に酔うたび嘆いているな」

「まあ! 実力で就いた地位でしょうに、謙虚なのですね」

おほほ、とアレクシアは笑っておく。

原因私です、なんて言えるわけがない。仕方なく、歩み寄ることにした。

「また野菜を使ったスイーツを持参することもあるかと思いますが、ガラッシ様も召し上がりますか?」

「いいのか!」

「ええ、ただ私と噂になっても知りませんわよ?」

「俺とロシェット嬢で? ないな」

「まあ、そうね」

ジェフリーに取り入るため、側近候補に賄賂を渡していると噂される程度だ。

謀りに向かない脳筋とはいえ貴族、ステファノもそのことに気付く。アレクシアには、メリットがまったくなかった。

「対価は?」

しっかりと尋ねてくるところは、動物的な勘なのかもしれない。

善良、善意、アレクシアには似合わない言葉たちだ。

「そうねぇ、私の下僕になる?」

「相変わらずひっでぇな」

「わかっていると思うけど、冗談よ」

ヒロインの恋人候補を下僕扱いすれば、破滅する可能性がぐんと上がる。少しだけ本気だったのは、アレクシアだけの秘密だ。

「で? 本当は何が望みだ?」

「そうねぇ、私の味方になれとは言わないから、敵対はしないで。中立の立場でいてくれたらいいわ」

「そんなのでいいのか?」

「ええ、お菓子の対価ですもの。このくらいでいかが?」

「俺には悪くない条件だよな。わかった、それで」

「では、決まりですね。とりあえず、こちらもどうぞ」

「いいのか? ありがとな!」

残りの通常サイズをすべて渡すと、ステファノが喜ぶ。

「いつでも声かけてくれよ! 楽しみにしてるな」

マフィンを両手に持ち、機嫌良く背を向け数歩歩いたところで、なぜか振り向く。いい笑顔だ。

「殿下、今日は生徒会室だって」

後はもう振り返らず立ち去る背に、アレクシアは苦い顔になる。まったくもって、いらない情報だ。