作品タイトル不明
4:伯爵家に入る
アミィに前世の人格が覚醒してしばらく経った頃、彼女の元に一人の女性が現れた。
「あなた、アミィと言うのね」
面会を求めてきたのは明らかに貴族女性。遠巻きに彼女を眺めていた孤児院の子供達は、着飾って美しいその女性に見惚れていた。けれど前世で各国の貴族を見てきたアミィからすれば平凡な婦人だ。
(冷たい目をしているわ。厄介事の匂いがする)
気が滅入る。
「アミィ、この方がおまえを引き取りたいそうだ。驚くがいい。中央貴族のブロールン伯爵家の奥方様だ」
さすがにアミィは戸惑う。院長の機嫌がすこぶるいいので、それなりの金で自分は売られたのだ。尤もその金が孤児たちの生活改善につながる事はない。
「小汚くて見窄らしいわね」
伯爵夫人は眉を顰めている。この様子ではもしアミィが愛想笑いをしたところで、夫人の評価は変わらないだろう。なんせその瞳には敵意がこもっている。アミィは不思議だった。痩せっぽちで汚いと小娘を嫌悪するならともかく、憎々しげに観察される意味がわからない。
「でも、見てください。顔立ちはいいですよ。お買い得です」
院長はぐいっとアミィの顎を持ち上げ、夫人に彼女の顔がよく見えるようにした。
「……確かに旦那様によく似ているわ」
貴族女性がぼそりと呟いた独り言はアミィにだけ聞こえた。アミィは状況を察する。ああ、多分自分の父親は……。
アミィは他の子供達に別れを告げる間もなく、そのまま伯爵家の馬車に押し込まれる。尤も別れを惜しむ友人はいないからどうでも良かった。
薄汚い子供と同乗するのが不服な夫人は、ずっと蔑んだ目でアミィを見てくる。そんなに嫌悪するなら並走する護衛騎士の馬に乗せればいいのに。だが人目につくのは嫌なのだろう。
立派な屋敷に着くと、彼女は使用人に「この娘を見られるくらいに仕上げなさい」と指示して去っていった。
今世の記憶では初めての風呂に入れられる。母と住んでいた頃の記憶はないが貧乏だったので、湯浴みは赤子の時くらいだっただろう。
孤児院ではもっぱら川での行水に、寒ければ身体を濡布で拭いていた。子供達は大事にはされないものの、最低限の育児はされていた。しかしそれは無事に成長させるための意味でしかなかった。
無表情でアミィを小綺麗にしていくメイドたち。アミィも無言で従順に従う。相手の出方を見るまで動かないに限る。
簡素なワンピースドレスに身を包み、連れて行かれたのは書斎のようだった。
そこには伯爵夫人と、アミィと歳の変わらないような可愛い少女がいた。二人ともよく似た冷めた目をしている。そして一人の綺麗な男性。男性はアミィを一瞥すると驚愕し顔色が悪くなった。
「ジョゼット、……その子は……」
「貴方の愛人だったメイサの娘です。手を切った時に 孕(みごも) っていたのですわ。彼女は貧しさの中病気で死んで、この子は孤児院にいたのです」
「貧しい? 十分な手切れ金は渡したはずだ」
「予定のなかった出産のどさくさの中、家に泥棒が入ったみたいですよ」
「……そんな……」
「流民の踊り子が定住して出産子育てをする環境など、治安が悪いに所に決まっています」
アミィは伯爵を凝視する。黒髪に深い碧色の瞳の優男だ。その上、母親の面影がどうだったのか分からないくらい顔立ちも自分と似ている。
「偶然メイサがスラム街に住んでいた事を知って驚きましたよ。おまけに女児を産んで育てていたなんて。黒髪で青い目の娘。時期的にも旦那様の子供に間違いありませんでした。メイサが死んでからどこにいたと思います? 孤児の扱いがよくない私設の孤児院ですよ。気の毒で買い取ってきましたわ」
ちっとも気の毒とは思っていない口調で伯爵夫人は薄く笑う。伯爵は庶子がいるなんて想定外だったのだろう。青白い顔であちこちに目を泳がせていた。
「……すまない。ジョゼット」
「リーゼロッテと同い年の娘ですものねえ」
夫人の隣でぎゅっと自分のドレスを握っているのがリーゼロッテだ。幼い少女をこの場に参加させる必要があったのだろうか。
「名はなんと言う?」
初めて伯爵に声を掛けられた。
「アミィと申します」
軽く頭を下げる。
「そうか」とだけ呟いた伯爵は自身の妻を見て、「救い出してくれたのか」とふざけた事を言う。
彼はとてもおめでたい頭をお持ちのようだ。ジョゼット夫人の顔色を読めないのか。これほど嫌悪に塗れているのに。
「この娘は使用人として買ったのですわ」
伯爵はとてもショックを受けたようだが、愛人の子を歓迎する奥方はまずいないだろう。しかも子供の年齢を考えるに妻が妊娠中の浮気だ。最低だと心の中でアミィは父親に悪態をついた。
「……あの、奥様」
おそるおそるといった風情でアミィは夫人に声を掛ける。父親は当てにならない。
「なに勝手に喋ってんの!」
リーゼロッテが叫んだ。アミィより伯爵の方がびっくりして身を縮こませる。余程肩身が狭いのだろう。
「ロッテ、いいわ。……おまえ、何が不満なの? あの孤児院で過ごすよりはいい生活ができるんじゃないかしら」
「恐れながら、私と伯爵様は似すぎています。私があの孤児院からこちらに貰われたのも記録に残っています。使用人として雇用するなら他者との接触を断つのも難しいでしょう」
初めて小娘が言葉を発した。訳が分からないまま住処から連れ出されて、怯えているのかと思っていたが違うようだ。妙に大人びていて言葉使いもしっかりしているアミィに伯爵夫人は眉をひそめる。
「……あの孤児院の経営者は悪名高い闇ギルドのボス、マルッセ・シーランズです。なぜ私が縁もないはずの伯爵家に買われたのかきっと調べます。庶子だと判明したら脅しにかかりますよ。世間にバラされたくなければ金を積めとね」
「シーランズ……あの裏社会の……。それは本当か」
夫人は“シーランズ”の名に反応しなかったけれど、伯爵は狼狽える。考えもしなかった娘の登場に闇ギルドの関与。
「使用人として嫌がらせするために娘を引き取ったのか。余計な事を……」
知らないふりをしておけばよかったんだと、伯爵は関わってしまった妻を詰る。
「私の妊娠中に浮気をした挙句、ロッテと数ヶ月しか歳の変わらない娘がいたなんて知った私の悲しみや苦しみはどうでもいいのね!」
論点がずれている。夫人に比べて夫の方は現実が見えていた。アミィが情報収集したマルッセという男は、貴族や騎士団の弱味も握るような悪党だ。伯爵はアミィの言葉に信憑性があると判断したのである。
「申し訳ありません、奥様。私が望んで生を受けたのではありませんが、苦しませる事をお詫び申し上げます」
アミィが交渉するのは夫人の方だ。アミィの存在に狼狽えているだけの父親に縋るのは得策ではない。これはここで生きていくための戦略である。
「世間に伯爵様の落とし胤と噂される前に私を認めてください。伯爵様の庶子を使用人として扱ってるなんて知られるより、慈悲深く寛容な女性だと感心されるでしょう。勿論正式な家族の一員に加えて欲しいとは思いません。でも“女”である私はそれなりに政略結婚とかの駒として使えるのではないでしょうか」
感情で動いている夫人に駆け引きを持ちかけるのだ。
ジョゼットは、これがあの孤児院で育った娘なのかと動揺する。落ち着いているだけならまだしも、語彙の豊富さに綺麗な言葉使い。自分の年相応の娘が幼く感じるほど利口な子供だ。だが前世の記憶持ちのアミィと比べられたらリーゼロッテが気の毒というものである。
「おお、それもそうだな。せっかくの娘だ。将来役に立ってもらう方がいい」
一番いい落とし所だと伯爵はほっとしている。そんな夫を睨んだジョゼットはその打算が腹立たしいが、家長がそう決定したなら仕方がない。
「……分かりました。この子を受け入れますが本邸には住まわせません。アメリア様の分館に住んでもらいます。よろしいですね。旦那様」