軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3:前世の記憶

アミィが物心付いた時には孤児院にいた。母と二人であばら屋の一角に住んでいたようだが、アミィが四歳の時、母が風邪を拗らせて呆気なく亡くなり、親戚も不明なため、近隣の住民が孤児院に預けたらしい。残念ながらアミィは母の顔を覚えていなかった。ただ、優しく抱きしめてもらっていた朧げな記憶はある。あれが母だったのだろう。

アミィが住んでいた貧困街は王都中心部の裏通りにあって、近くに教会が運営する孤児施設もあるのにそこには入れられず、アミィは王都の端っこの私設孤児院に放り込まれた。

そこは厳しかった。面倒を見てくれる“先生たち”は、なにかと「お前らが暮らしていけるのはボスのおかげ。早く大きくなって役に立て」と子供たちに言い聞かせていた。幼児にも傷の残らない程度の体罰はあった。

そんな環境では子供が粗野になるのは仕方がない。子供たちの世界は弱肉強食で、弱い者は食事を奪われる。当然搾取対象は小さい子たちになるのだが、余程子供が弱らない限り、大人は見て見ぬ振りをしていた。そこはもう貧困層の縮図だった。

そんな中でアミィは七歳を迎える。そのくらいの年齢になれば、少女たちはリーダーグループの男児に媚びる事を覚え、守ってもらっていた。本能的な処世術である。しかしアミィはそんな彼らを避けて、大抵部屋の隅で大人しく過ごしていた。

「おい、アミィ! おまえ腹減ってるだろ! 俺のものになったらこのパンを食わせてやるぞ」

これ見よがしに手にしたパンをアミィの目の前で振る、リーダー格の男子は十二歳。既に女児を女扱いして、侍らす事を覚えていた。自分に媚びない彼女が気に入らなかったのだろう。

「いらない。余ってるなら小さい子にあげなよ」

アミィは素っ気ない。

「何様なの、あんた! せっかくユーリが声を掛けてくれたのに!」

「ユーリ、アミィは本当に生意気な女なのよ! 躾けてやって!」

煽るのはリーダーのユーリの取り巻きの少女たちだ。

「アミィ、いい子ぶるんじゃねえよ。ひもじいと正直に言え! 跪いて“恵んでください”と言えよ。ほら」

「お断りよ」

「なんだと! 馬鹿にしやがって!!」

キッパリの拒絶に恥をかかされたと思ったユーリは、カッとなってアミィの頬を殴った。本気の殴打でアミィの小さな身体はユーリの想像以上に吹っ飛び、近くの木にぶつかって倒れた。

「あっ、……おまえが悪いんだからな!」

さすがにユーリも動揺したが、謝罪なんかするわけがない。

(痛いなー。こんな体格差のある相手に何するのよ。短気なガキが!)

アミィは背中を撫でながら座り込む。

(でも剣で斬られるのに比べりゃどうって事ないわ。ん? 剣で斬られるって?)

勿論そんな経験はない。

訝しく思った瞬間、訳の分からない映像がアミィの頭の中を雪崩のように襲った。

(なんなの、これは!?)

アミィは蹲ったまま状況の整理を試みる。動かないアミィにユーリが不安になり「お、おい」と声をかけた。アミィは無表情で自分を殴った少年を見上げる。

「ふ、ふん、懲りたか。これからは逆らうんじゃねえぞ」

少女がふらつきもせずに立ち上がったので、安堵したユーリは悪態をつく。

「……どうしてあんたに従わなきゃならないのよ」

ユーリの前で仁王立ちしたアミィが低い声で言い放った。

「小さな少女を暴力で支配しようとするなんて、ただのクズよ、あんたは」

今までと全く違う声色に冷酷な視線。一同がギョッとする。

「あんたはただの乱暴者。頭も悪いし、大人になってもただのチンピラで、使い捨てられるのがオチだわ」

言葉遣いも口調も大人のそれだった。

「な、なんだと!?」

激昂したユーリは再びアミィを殴ろうと飛びかかった。しかしアミィはそれをひょいと躱し、突進してきた彼の足を引っ掛けて転ばせる。

勢い余って地面に手をついたユーリの頭を彼女は蹴り、更に背中を躊躇なく踏みつけた。その上、古びた木靴でぐりぐりと捻る。

「……い、痛い」

少女を怒鳴りつけてやろうとしたのに、声が上手く出なかった。

周囲もあまりにも普段と違う態度のアミィに驚き、口を挟めず呆然と突っ立っている。慣れているような素早い攻撃、身動き出来ない程の威圧感に怖気付く。

「私に暴力を振るうなら、倍以上の反撃を覚悟するのね」

それだけ言うとユーリの背中を痛めつけていた足を退け、アミィは踵を返した。

アミィは思い出したのだ。__自分の前世を。

トパーズ・スクレタオン。傭兵を生業としていた女だ。スクレタオンは姓ではない。小国グローバの山岳地帯“スクレタオン”地方出身の“トパーズ”というだけである。

山羊を飼い、狩りをする民の集落に産まれた。

あまり年の離れていない二人の兄に他に弟と妹がいたため生活は貧しく、六歳の時に行商人に売られた。女児は邪魔だが金になる。両親はトパーズの前にも姉を二人売っており、子供に対する愛情は感じられなかった。妹もそのうち売られたと思う。家族たちとの縁はそれっきりだった。

トパーズを買った行商人は、彼女の身体能力が高く頭も良いと気づき娼館に売らず、傭兵ギルドに売った。そこで小間使いをしながら教育も受け、トパーズは鍛えられた。グローバ王国は他国に傭兵を派遣する事で主な外貨を得ている国だった。

女弓兵、トパーズ・スクレタオン。彼女はその威力と精巧さの手腕で黄金の髪色に因んだ“金の射手”の二つ名で恐れられていた。

そんなトパーズも二十八歳の時に戦死する。奇襲を受けて部隊がやられ自身も怪我をしてしまう。トパーズは接近戦も得意だったのだが、腹部に致命的な大傷を負わされた。それでも最後まで抗い、なんとか敵兵から逃れて木陰に身を潜めた。

……ああ、これは……失血がひどい……。寒い……。苦しい。このまま死ぬんだ……。トパーズは覚悟する。

草木をかき分けて近づいてくる誰かの気配。だが、もう確認するのも億劫だ。

『トパーズ!!』

そこに現れたのは敵の師団長の男だった。

『……ソロ、イ……ド、様……』

今は敵だが以前はこの国に雇われた事がある。目の前の師団長は、当時トパーズが所属する傭兵集団を含む一師団の部隊長だった。赤銅色の髪と琥珀色の瞳の美丈夫で、貴族の次男だか三男だか忘れたが、平民相手にも気さくで陽気な性格であった。トパーズの弓術を評価してくれてもいた。

……ああ。最期に会うのがこの人なのか……。なんて悲痛な顔をしているんだ。

……今は敵兵なのだから情を示しては駄目だろうに。

彼は唇を噛んでトパーズを見下ろして呟いた。

『……さっさとあんたを引き抜いときゃよかった』

『……貴方が、一番、信頼でき、る上司……だった、わ……』

後悔している彼の言葉の響きに対して、最期の返礼をした。本音だった。

彼は一瞬目を見開いた後、口を真一文字に引き締める。あろう事か、座り込んだ彼はトパーズを抱えた。彼の軍服がトパーズの血で染まる。彼の涙がトパーズの頬に落ちた。

『……トパーズ……』

『……貴方に看取られるなんて光栄、だ。……悪くない最期ね……』

私のために泣いてくれてありがとう。死を悼んでくれてありがとう。

そうしてトパーズの意識は途切れた。

グローバ王国には輪廻の思想がある。だからアミィも“生まれ変わった”のだと理解して、前世の人生の記憶をすんなり受け入れた。

(はあー、選りに選ってエルセイロ王国とはね)

トパーズが死を迎えた国だ。なんの因果だろう。しかもまた“女”だとはついていない。前世では『男ならもっと体力があって、もっと活躍できるのに』と性差に不満を持ち続けていた。諜報員の訓練を受け、たまにハニートラップ要員として使われたのも嫌だった。まあそれも、見目いい男は男女関係なく相手をやらされていたから屈辱とは思っていない。

(今世も生まれに恵まれてないなんて、がっかりだけど仕方ないか。……矜持もなく生活のために雇われ兵として、大勢の人間を手に掛けたし。禊の意味もあるのかもね)

ガラリと雰囲気が変わったアミィを、皆は不気味に感じ放置してくれたので、彼女の生活は逆に快適になった。