軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16:辺境伯夫人として

「お土産の魔大熊の肉です。こちらが香草焼きで、こちらがベーコンになります」

満面の笑みのアミィから二つの籠を渡されたオズワルドは、「なかなか珍しいものを貰ったな。子爵領でも奥地の方に住む獲物だ」と応じた。

「浅い場所で魔狼を狩ってたら、血に反応したのか現れましたよ? なんとか矢で出鼻を挫いたら、あとはカイマール様や騎士様たちが倒してくれました」

「森から出そうだったのか!? 魔大熊が!?」

「さあ? 割と入り口近くだったかもですが。繁殖期だからかもしれないとカイマール様はおっしゃってました。定期巡回でも滅多に姿を見ないらしいので、奥地は今年食糧不足なのかもしれないですね」

きょとんとしているアミィは可愛らしい……。いやいや、それはいい!

関係のない事を思ったオズワルドは、頭を振って気持ちを落ち着かせる。

「君は恐れなかったのか? 王都の魔熊の倍はあっただろう!?」

「そうですね。おっきくて迫力ありました。その分、的が大きくて狙いやすかったです。でも硬かったようで矢の刺さり具合が甘かったです」

淡々と分析している妻を奇異な目で見つめるオズワルド。カイマールがついていたとは言え、アレと対峙して平気とは。

オズワルドが初めて魔大熊と出くわした時、動けなかった。尤もまだ五、六歳だったから仕方なかったとは思う。まるで小山のように見えたのだ。そして口から吐く黒い息がなんとも不気味で、父親に『あれを浴びるなよ。身体が腐っちまうぞ』と脅されて泣きそうになった。辺境の教育はスパルタすぎる。湿原森に入るのは十二歳になってからと、自分の代では変えるつもりだ。幼児ではただの恐怖体験になって、今後戦えなくなる可能性がある。

「巨魔猪ってあの熊より大きいんですよね」

「ああ、それに素早い上に頑丈で、しかも凶暴だ」

「味は豚肉に似ているんですかね……」

「“美味しそう”と思ったのなら、残念だが期待外れだ。そもそも外見が似ているからそんな名前をつけられているけど、魔獣は普通の獣の亜種じゃない。似て非なるもの、全くの別種だ」

「そうだったんですか!?」

「普通の熊にあんな角は生えていないだろ?」

「そういやそうですね。じゃあ魔大熊の肉は熊とは違う味なんですね」

アミィは普通の熊肉を食べた事がないので違いが分からなかった。

「巨魔猪は食べられないのですか?」

「ああ、巨魔猪の頑丈さは尋常じゃない。なんと言うか、針みたいな鋭い体毛に覆われていて、肉塊は弾力がありすぎて……形容し難いが、とにかく食せるものじゃないんだ」

「煮ても柔らかくならないんですか」

「煮崩れないから。固くもならない」

先人たちが苦労して倒した巨魔猪を、保存食化を試みるもすぐに断念する。肉は煮ても焼いても噛みきりにくい。年寄りや子供は飲み込めない。“味が不味い”以前の問題であった。

「じゃあこの魔大熊は正解ですね。美味しかったです。ぜひオズワルド様にと、ソロイド子爵夫人からいただきましたのでご賞味ください」

「子爵家は魔獣肉の美味い調理法を確立しているからな。楽しみだ」

夕食に出してもらった土産のベーコンは炙っただけのシンプルなもの。香草焼きはスライスしてオズワルドの好きなオレンジソースがかかっていた。

普通の貴族女性なら肉の正体を知れば食べられないだろう。それを美味しそうに口にしながら、アミィは〈視察〉の報告をオズワルドにする。

「あれは案内がなければ迷いますね。近くの村の子供とか入り込んだりはしないとは聞きましたが」

「あんな不気味な森に立ち入る者はいないと、カイマールおじさんも言っていただろ。自殺志願者でも獣に生きたまま食われるのは嫌だと思う」

近くに民家はないし、騎士団員が巡邏しているので迷い込む方が難しい。

たまに冒険者がやってくる。勝手に入って勝手に死体となって転がっているのを回収するのは、たまたま見つけてしまったソロイド騎士団だ。どこの誰だか不明な者もいて、後処理をする側はたまったものじゃない。

だから今は申請制で、必ず案内役に騎士団員の同行が義務付けられている。

それでもせいぜい湿原森の中腹まで__実際はもっと手前らしいが__ある程度の力量のあるパーティでなければ許可されない。土地勘のない者が深くまで足を踏み入れると迷いやすく、魔獣討伐より森から出られるかどうかの危険の方が高かったりする。サイデルフィア領の湿原森は冒険者たちの腕試しの場ではないのだ。

「……で、取り敢えず満足したか?」

「はい、次は国境の要塞の視察ですね」

前回はお披露目のために顔を出しただけだ。今度は要塞内部を色々見てみたい。傭兵の立場では行けなかった場所に興味ある。アミィは勝手に自分の中でスケジュールを組んでいるが、オズワルドはじっとりとした目で彼女を見つめると「農地や産業地は覚えたか? 視察はそちらが先だよ」と言い含める。

「辺境伯夫人として勉強してもらうのは魔獣や軍事力だけじゃないと言ったはずだ。渡した公図を活かしてくれ。家政も頼むよ」

「はい……」

オズワルドは母を少年の頃に亡くし、成人してすぐに独身で爵位を継いだから、この屋敷には女主人がいなかった。アミィが辺境伯夫人として切り盛りしないといけないのだ。

(……向かないと思うのよねえ)

そうアミィは自覚している。衣食住にこだわりが少ないので生活環境は今のままで満足だ。食料も生活物資も昔から取引先が固定しているので口を出す必要もない気がする。帳簿の確認くらいか。

(あ、使用人の不満なんかを聞いてみるのはありかも)

どうしても思考が貴族ではなく、使用人寄りになってしまう。だが聞き取りを行い、改善の検討だけでも『主人は我々を大事にしてくれる』と考え信頼してくれるものじゃないかと思う。元、雇用人の立場から思えば。

「それより」

オズワルドがこほんと咳払いをする。

「結婚式と披露宴の方が先だよ」

「あ……、そうですね……」

「まさか忘れてたんじゃ」

「覚えてますよ! でも私が出来る事は少なくて」

サイデルフィア領での結婚式と披露宴は代々続く段取りがあるため、家令や侍女長らが主体で動いてくれている。食事ひとつとっても縁起物やら飾り盛りやら決まりがあるらしく、アミィは了承するだけである。

心得のあるサイデルフィア辺境伯家の分家の協力もあって準備は順調だ。招待状はアミィが書いたが、それも決められている文章を綴っただけで、宛名の人物すら大半が分からない。

「そうだな。祖母や母が存命なら違ったんだろうが」

「サイデルフィア家には口承のものも多く、由緒書きや来歴書だけでは私が詳細を覚えられないので、纏め書を記そうと思います」

「ああ、それはいいな。確かにうちは系譜や由来以外には、行事関係は大雑把だから。軍事面は兵法やら武器防具の改良やら詳しい秘伝書があるのになあ」

「さすが軍事の辺境伯家。そこを押さえていれば大丈夫でしょう、……国的には」

オズワルドの祖母も母も外国から来たし、今度は中央貴族の娘。それまで近辺や遠縁から嫁いで来たサイデルフィアに馴染みのあった女性たちとは違う。

サイデルフィアの独自文化やしきたりに納得出来ない事もあっただろう。ここ二代でジェイメルの風習も付け加えられたかもしれない。だがそれは仕方ない。〈文化は生き物〉だとアミィは歴史の講師にそう教わった。

だがアミィは私観を加えず、あるがままの辺境を残していこうと思う。自分の覚え書きのようなものだが、後年の参考にしてもらいたい。