軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15:トパーズとソロイド隊長

(グローバ王国の弓兵……)

カイマールが本質を突いてきた。

アミィの弓術はトパーズのものだ。魂に刻まれた過去の技術は身体にも及ぶ。ただ肉体の出来上がり具合が当時と違う。だからカイマールの目には“似ている”と映るのだろう。

グローバ王国の弓兵で彼と接点があった者はそんなに多くない。剣士を主戦力に育てていたグローバの傭兵ギルドの中でも少数である。

トパーズの場合、見目の良さで諜報員の任務も兼ねていたので、他者より戦士としての訓練期間が短かった。だから剣技は最小限だけ習い、適性のある弓兵として育てられた。

弓兵はトリッキーな側面もあり、正面からではなく陰からの攻撃を得意とする。カイマールが言った弓騎兵は、見通しのいい広い地形で真価を発揮し、それも鎧を纏った敵ではなく馬を標的にするのだ。カイマールは自馬を大事にしていたので抵抗があったのかもしれない。

グローバ王国弓兵の特性は連射の技術にある。矢をつがえた時、弦を持つ手に三本の矢を持ち、次々に放てるようにしている。だがアミィはまだ正確さを期すには一本しか準備できない。その不完全さでもカイマールにはグローバ弓兵のように見えたのだ。

__なんとも言えない感情だ。懐かしいのか、嬉しいのか。

黙り込んでしまったアミィにカイマールが焦る。

「兵士に例えてすまない……。あの国の弓兵は技術があるんでつい思い出しただけなんだ」

「謝罪の必要はありません。熟練の兵士に似ているのなら喜ばしいです」

アミィはカイマールに微笑んだ。彼はほっとして「それならいいんだが……」と答えた。

「なんだかな……すごく懐かしい人物を彷彿とさせてな。彼女が矢をつがえる時、グリップを握り直すみたいな一瞬指を広げる癖があった。その仕草がそっくりだった」

(彼女、か……。部下だったグローバの女弓兵って、トパーズしかいないじゃない……)

無意識の癖があったとは気付かなかった。

「女性だったんですね」

白々しく会話を続ける。

「ああ、傭兵で俺の指揮下にいた。弓を放つ姿は美しく、素早い連射は正確で重宝した」

(凄いなと褒めてくれていたけど、まさかそんなに称賛されるとは。隊長の役に立って良かった)

「傭兵なら、その方とはその戦争だけの関係だったんですね」

トパーズに関して重ねて尋ねる意地の悪さをアミィは自覚するが、この話の流れでなければ今後聞く機会はないと思った。

案の定、カイマールは苦しそうな顔をした。

「次に会った時は敵兵でな……。まだ三十にもなっていなかったはずだが、戦死した」

「戦場で遭ったんですね」

「フン・タルマルク軍が国境を越えてきたから迎え撃った。あっちの戦力が上だと判断して正攻法で来たわけだが」

傭兵がまず先陣を切るため、トパーズたちが攻め込んだ。特攻後直ぐに左右に敵兵が待機している事に気が付く。しかし『突っ込めー!』の命令に従うしかなく撤退は許されなかった。

「あれは指揮官が悪い。地形の利を活かして潜伏している可能性も考えず、こちらの戦力を見誤った」

あの指揮官は権力で捩じ込まれたどこかのお偉いさんの息子だとかで、軍隊を理解していない愚か者だった。副指揮官の真っ当な進言も『俺に指図するな!』と喚き散らすような、上司としては最悪なお坊ちゃんだった。

功績を上げる事ばかり考えていた割りに、作戦も何も頭にない。目に見える戦力しか分からない。数で上回れば押し切れると考えていた馬鹿である。

敵兵に挟まれたと知った途端、自分は逃げて時間稼ぎに傭兵団を切り捨てた。囮にされたと知っていても逃げられない。拷問で情報を吐くかもしれないという理由で降伏は契約上出来なかった。

「撤退命令があれば傭兵団も逃げ切れたはずだ。少なくとも全滅は避けられた」

そうだ。仲間が次々に倒れていった。多勢に無勢ではどうしようもない。

「かつて部下として扱った顔を敵の中に見れば辛かった。そんな中、金色の長い髪が目に入る。あの弓兵だ。よろよろと樹々の中に消えてゆく彼女の後を急いで追ったけど、混戦中で直ぐには見つけられなかった。……見つけた時にはもう虫の息で……」

カイマールが自分の両手を見つめる。

「俺の腕の中で死んだ。悔やんだよ。傭兵ギルドから引き抜く事を考えていた優秀な女性を犬死にさせてしまったんだ……俺の部下なら死なせなかった! 引退して結婚もできたかもしれない……」

(隊長……、本気で考えてくれていたんですね)

「その……死体は……」

すごく聞きづらいが知りたい。カイマールはじろりとアミィを見てから目を伏せた。

「亡くなったアカシアの木の近くに、獣に荒らされないように深く埋めた。」

(え!? 埋めてもらえたの!?)

敵兵を埋葬する余裕はなかったように思ったのだが。

「天涯孤独だから受け取る者がいないと笑っていたのを思い出してな、認識票は俺が持ち帰った」

「えっ!」

まさか、まさかである。仰天しているアミィをカイマールは不思議そうに見る。

「俺だけでもあいつを覚えておきたくてな」

厳密にはトパーズの故郷には身内がいる。だが売られる時“今後一切の関わりを断つ”証書に、読み書きできない父親が血判を押した。何度目かなので僅かな躊躇すらなく、母親は金を貰って笑顔だった。だからもう彼らとは関係ない。

傭兵ギルド自体がトパーズの家族だ。しかし認識証が送られても融解されて鉄屑に戻るだけで、死亡手続きをして終了である。

「……そのタグはどこにあるのですか?」

この感情をどう言い表せばいいのか。涙が出そうになるのを必死で 堪(こら) える。

「ここだ」

壁際のチェストに向かったカイマールは、一番上の引き出しを開けた。中には、いくつもの認識票が綺麗に並べられてあるガラスケースがあった。

「形見として渡す親しい者がいなかった部下たちだ」

エルセイロ軍の真鍮製の楕円形の綺麗な認識票が並ぶ中、無骨で粗悪な鉄製の長方形の認識票が端に一つ。

“トパーズ・スクレタオン、グローバ王国傭兵ギルド所属”

グローバ王国語で刻印されている認識票を食い入るようにアミィは見つめた。懐かしい__まさか残っているとは思わなかった。

「どのタグも、裏には死亡年月日を彫っている」

「見送った全員を覚えているのですか?」

「当然だ」

「……彼女は……ひっそりと朽ちるだけの傭兵にとって、とても幸運でしたね」

短い期間だけ預かった他国の兵士まで気に掛けて……。

感情移入しすぎているようなアミィの態度に違和感を抱いたカイマールだが、女弓兵に同情しているんだな、と自身を納得させた。エルセイロ軍では衛生兵を除く女性兵士は数少ない。一線で命を落とした同性の弓兵が哀れなのだろう。

「グローバ国に戦死した兵士の認識票を送る時、連合軍が囮に使った状況を書いておいたんだが、ギルドが激怒してな、二度とフン・タルマルクには派遣しないと通達したそうだ。雇用条件は知らねえがフン・タルマルクは違反していたんだろうな。違約金を請求したらしい」

「それは……良かったです……」

グローバの傭兵一人を育てるにも金が掛かる。その大事な人材を囮に使うのは、さすがに禁じていたのだろう。

(やっぱり尊敬できる方だった。ソロイド隊長と同じ地に住めて嬉しい!)

一傭兵の死を悼んで泣いてくれて、埋葬してくれて、認識票を手元に置いて記憶してくれている。穏やかな気持ちで逝けたトパーズの最期は、やっぱり幸せだったのだ。

(エルセイロ王国に生まれたのは何の因果かと思ったけど。ちゃんと 縁(えにし) があったんだわ! ここ、サイデルフィアで彼に恩返しをするためよ)

決意を新たにしたアミィは、ソロイド夫妻に見送られながら辺境伯邸へと戻るのだった。