軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生態系の覇者 ⑧

「ほう!」

頭のすぐ上からお母様の弾んだ声が聞こえる。

安定性重視で6本の「足」で私とお母様の体を支えて早朝の空へと持ち上げる。

頭上の枝葉を避けてナーガ川の直上へ抜けると空が開ける。

「足」を伸ばしていくと左右に見える森の樹高を超えて、視界が360度見渡せるようになる。

遮るものの無い空へとぐんぐん高度を上げて、100メートル以上は上がったかな。

私たちを見上げているみんなの姿が眼下に遠く離れていって、豆粒よりも小さくなっていく。

ここまで高度が上がると、お母様の目の色のような深緑色の海を空から眺めているみたいな景色だ。

「空から見る森の景色とは、こういうものなのだな!」

大河の至近だからか普段の森の中よりも湿度が高いようで、少しだけ空気が冷たい。

気圧が下がったことも体感気温が下がった原因の一つだろうね。

それでも、温暖な王国の気候では息が白くなることは無いし、背中がお母様と密着していてポカポカと暖かい。

人の温もりがこれほど心地良いものだと私に教えてくれたのはルナリアとお母様だ。

それまでの私は人を怖れ、人に触れられることを嫌っていた。

人間の在り方として以前と今の私のどちらが正しいかなんて比較するまでもない。

「・・・上流へ向かえば良いの?」

「おう。親父殿の地図に合致する地形を探す。遡上してくれ」

「・・・分かった」

上空から見下ろすナーガ川の流れをトレースして、上流へと移動を開始する。

目的地である渡河地点まで推定15キロメートル。

体感速度、時速60キロメートルで移動すれば、1秒間に17メートル近く進む。

1分間で1キロメートル。

15キロメートルの距離も往復30分間だ。

時速60キロメートルの風は目を開けて居られないほどではないけど、長い髪がバタバタと靡く程度には強い風だ。

「こうして見ると、魔の森とは―――、世界とは、これほど広いものなのかと実感するな!」

乗客をしているお母様の声は、もうウッキウキだよ。

前世で自動車や電車の速度で慣れている私はもちろんのこと、馬の短距離全速力の襲歩に慣れているお母様も、この程度の速度では驚いたりしない。

視界が広く開けていると体感速度は実際よりも遅く感じるものだしね。

遠くまで見渡せる景色を見て考える。

これはお母様の手助けをする良い機会かな。

「・・・そうだね。お母様。地平線を見てみて」

「地平線がどうした?」

ご機嫌なお母様に前方を指し示す。

「・・・まあるく反ってるでしょ?」

「何だ? 急に」

お母様も私も、「凄い景色だよね! キャハッ!」なんて性格はしていない。

そして私は、王都で“蒼焔”を見て以来、お母様が“白焔”の改良に挑み始めたことを知っている。

「・・・せっかくだから、“白焔”を強力にする方法を説明しようかなって」

「ふむ。続けてくれ」

瞬時に地平線と“白焔”に関連が有るのだと理解してくれたお母様は、素直に聞く姿勢になった。

“蒼焔”の実物を見た以上、お母様なら“蒼焔”に辿り着くかも知れない。

でも、無駄な回り道を試行錯誤とは言わないと私は思うから、夜道に明かりを灯すように方法論を示す。

魔石使用法やアクティブソナーのときと同じ。

タネ明かしされたものを訓練して自分の技術にすることこそが試行錯誤だよ。

なぜ、このタイミングでタネ明かしをするのか?

側近も周囲にいなくて、こっちの世界にない概念を話すのに最適だからだよ。

「・・・私たちが暮らしている大陸―――、地面ってね。球形なんだよ」

「球形・・・。太陽や月のようにか?」

目の前にイメージしやすい見本が有れば理解しやすいとは考えたけど、世界屈指の知識人であるお母様の理解は早い。

「・・・その、ほんの一部が見えると、あの地平線のように丸く反って見えるんだよ」

「大地とは、それほど大きなものなのだな」

お母様に知って欲しいのは、ハリウッド映画が表現しようと血道を上げたスケール感。

紙束に描いたパラパラ漫画で感じ取って貰えないかと考えたけど、このスケール感は目で見て肌で感じないと現実感を得るのが難しいと思ってたんだよ。

「・・・その大きな球形の大地が空に見える星。そして、太陽はこの惑星よりも、もっともっと大きい。子ネズミとバンダースナッチのボスぐらいの違いが有るんだよ」

「それが針穴のように小さく見えるということは、それだけ遠くに有るということだな?」

凄いなお母様は。

便利な魔法技術の存在で物理法則や自然科学が立ち後れた世界で生まれ育ったのに、遠近感の概念を誤解なく理解してる。

「・・・うん。大きなものはとんでもなく重くて、この惑星の大きさでも、存在が大きくて重たいものは他のものを引き付ける。その引き付ける力を“重力”って言うんだよ。大きくなればなるほど重力も大きくなって、土も水も空気も人間も、何もかもを引き付ける」

「だから私たちは、この星の上に立っていられるのだな」

この思考の柔軟さ。

新しい概念もすんなりと受け入れる寛容さ。

そして理解力。

お母様の凄いところはここだよね。

「・・・そうして星の中心へと引き寄せられていくと、とんでもない重さが掛かった中心は火が点いて燃え始める」

「地面が燃えるのか?」

「・・・空気だって燃えるよ。とんでもなく強い力で瓶の中の空気をギュウッと圧縮していくと、空気も瓶の中で燃え始める」

概念は重力から断熱圧縮へ。

聞かれれば答えるけど、「そういうものだ」と断熱圧縮の説明は省く。

「大きいものは重力が大きく、重力が大きくなると燃える。太陽はこの星よりももっと大きいといっていたヤツか。太陽は燃えているんだな」

「・・・そういうこと。夜空に見える星もみんな燃えてるんだよ。それが夜空の小さな点に見えるということは、それだけ遠くに有るってことになる」

お母様が地平線へと視線を戻した気配を背中に感じる。