作品タイトル不明
精霊姫 ⑩
「・・・し、死んでないよね!?」
「ええっ!?」
思わず声に出た私の本音に答えたのは娘さんの方だった。
「お父さん!? お父さん!?」
「・・・ちょっ!! ウソでしょ!?」
娘さんが父親の体に取り付いて、私も慌てて男性の首筋に指先を添える。
んん? 脈拍は・・・有るね?
せ、セーフかな?
呼吸もちゃんとしてる。
念のため、お腹に巻かれた包帯というか、サラシの端っこに手を掛けてグイッと隙間を覗き込む。
大きな傷痕は残ってるけど、ベロリと剥がれかけた 瘡蓋(かさぶた) の下に真新しい皮膚で傷口が塞がっているのが見えた。
傷口が有った辺りから新たに血や細胞液が流れ出してくる様子もない。
ヨシ!! たぶんセーフだ!!
どうやら根性で耐えていた気力が尽きて、気を失っただけっぽい。
あ~もう。冷や汗がドバッと出たよ。
娘さんが男性の体を揺すっているけど、気絶したばかりだからか目を覚ます様子はない。
なんかヒゲで男性の顔半分がモッサモサになってるけど、この人、こんなに髭モジャの顔してたっけ?
よく覚えてないし、まあ良いや。
少なくとも、直ちに命の存続に関わるような危機的状況は脱したはずだ。
やり遂げたという実感が私の中でムクムクと湧き上がってくる。
「・・・ッシャオラァ―――ッ!!」
膝立ちになって拳を突き上げる。
思わずガッツポーズが出た。
良かった!! 本当に良かった!!
マジでビビったよ!!
意地でも命を繋ぐつもりだったけど、力及ばずでポックリ―――、いや。ガックリ逝かれたら私も色々とダメージを食らうところだった!!
この人も、よくぞ耐え抜いてくれたよ!!
「「「「「うおおおおおおおおお―――ッ!!」」」」」
「・・・ひえっ!?」
不意に平衡感覚がおかしくなるような大声が周りから降り注いで身が竦む。
な、なになに!?
耳を塞いで視線を上げれば井戸の底状態だった。
長辺の直径4メートルぐらいの楕円形に周囲を背の高い大人たちに取り囲まれていて、ピーシーズとミセラさんたちが楕円形の空間の内側で人垣が迫るのを押し留めている。
私を背中に庇うようにドーンと仁王立ちになっているルナリアの背中が目の前に有る。
私が無防備に治療している間、みんなが壁を作っていてくれたのか。
「下がりなさい!!」
「鎮まりなさい!!」
群衆を鎮静化させようとピーシーズやミセラさんたちが声を張り上げているけど、どう見ても圧倒的に我が軍の不利だ。
この時点になって、私一人で群衆の中に突入してきた危険性を自覚した。
年若い女性ばかりの11人に対して数百の群衆では、どうしても物量で負ける。
これはいよいよ“蒼焔”かなあ、と諦めの心境になっていたら、頭の芯に突き刺さるような高い怒声が響き渡った。
「いい加減にしなさい!!」
「・・・ぴっ!」
あまりの声の大きさに頭がクラッとしたよ。
ちょっとだけ耳の奥がキーンと鳴ってる。
今の声、エターナさんだよね?
さすがに驚いたのか、熱狂していた群衆がシーンと静まり返っている。
おお、すごい! 一喝しただけで熱狂する群衆を鎮静化するなんて、やるじゃん!
私の位置からは背中しか見えていないけど、エターナさんの背中から陽炎のように怒気が立ち上っているように幻視する。
ぐるりと睨み据えて群衆を威嚇しまくったらしいエターナさんが、クルッと身を翻して男性の傍に片膝を突いた。
何が驚いたって、エターナさんに続いて楕円形の人垣の最前列にいる人たちがエターナさんに倣うように跪いて、干潮で遠浅の砂浜から潮が引いていく様子の早回し映像のように、ザアッと群衆が跪いていくんだよ。
引き潮みたい、って私の方がドン引きだよ!!
「・・・な、なにこれ!?」
井戸の底から見上げるようだった群衆の全てが、こちらに向かって頭を下げていて、群衆を押し留める防壁を形成していたピーシーズとミセラさんたちの隙間から見える周囲の景色は、群衆の向こう側にある慰霊碑や城壁まで見通せるようになっていた。
そんな群衆の様子など一顧だにせず、男性の顔をじっと覗き込んでいたエターナさんが首を傾げる。