作品タイトル不明
精霊信仰 ⑫
「おはようございます。フィオレ様」
「・・・おはよう。みんな、早くからゴメンね」
「何を仰いますか。フィオレ様にご一緒いただけて、皆、安心しております」
まだ空も白み始めていない早朝なのに、眠気も感じさせず、ワナ猟に携わっている猟師さんたちが朗らかに笑う。
参入したタイミングに若干の誤差は有っても、みんなワナ猟を広めた初期の頃から猟を続けている人たちで、採掘場で回収したシカの搬出も請け負ってくれている顔見知りの人たちだ。
未だに私は誰一人として名前を覚えていないんだけどね。
眠気を感じさせないのはお母様たちも同じ。
まあね。睡眠時間なんてものは大人になって年齢を経れば自然に減―――、!?
「誰が」とも、「何が」とも、口に出したわけでもないのに、お美しくてピッチピチなお姉様方の視線が私に集中した気がする。
いけない。
年れ―――、ゲフンゲフン!
余計なことを口走らないように、お口にチャックを心掛けよう。
絶対に、だ。
き、昨日、ピ-シス家本邸からレティアの領主館へジアンさんを伴って帰ったら、領軍の人たちからメイドさんたちに至るまで、もの凄く驚かれて、もの凄く喜ばれたんだよね。
あっという間に人集りが出来てジアンさんが取り囲まれていた様子から見ても、どれほど期待されていた人だったのかを再認識させられた。
早速、領主執務室に連れ込まれて報告したところ、ハインズ様もお爺様もセリーナ様もハロルド様も、それはもう大喜びで、晩餐前に浴室で丸洗いされた私たちが食堂へ行くと、すでに酒盛りが始まっていた。
晩餐後も大人たちはティールームへ移動して、遅くまでお酒を飲みながら語らい合っていたらしい。
私たちはと言えば、バンダースナッチの出没状況を把握したいのと、しばらく離れていた森の様子を見ておきたいのとで、早朝から採掘場へ行くつもりで、さっさと寝ることにしたんだけど、朝、出発しようかと表へ出たら、猟師さんたちが領主館の前の大通りに集結していた。
猟師さんたちの言い方だと、猟師さんたちの要請に応じて、バンダースナッチ対策に私たちが、というか、「私が」出動する体裁になってるのかも。
何台も連なる獲物回収用の荷馬車のそこかしこに“光”の術式を浮かべて、森へ持っていく狩猟道具を最終チェックしている猟師さんたちの姿を眺めていると、領主館のメイドさんたちと何やら打ち合わせていたミセラさんたちが戻って来た。
「・・・これ、ミセラさんたちが手配したの?」
「ハロルド様だと聞いておりますが」
「・・・あ。そうなんだ」
視線一つで何のことかを察してくれたミセラさんたちの目が、猟師さんたちへと向く。
状況を把握している猟師さんたちが、早速、付き合ってくれると思っていなかった私としては、すごく捗る。
私の状況把握だけでなく、今日中にある程度の数はワナの設置まで終わらせられるかも。
何かの指示を出すまでも無い、この手回しの良さは、実にハロルド様らしい。
「フィオレ様とフレイア様とシェリア様は、罠設置作業から外して置くように指示されていたようですね」
「・・・ああ、なるほど?」
採掘場のシカ増殖の考察と魔獣の生態の議論を始めるだろうから、私たち三人は戦力外になるとハロルド様は読んだわけか。
ルナリアやピーシーズが居れば、最低限のワナ設置作業の指示は出来ると判断したんだな。
西部国境戦線に居たときからお母様が採掘場のシカに興味津々で、出荷の後も学術的探究心から「長くなる」だろうと。
私としては、少し状況が落ち着いた今だからこそ、別で片付けておきたいことも有るんだけどね。
ハロルド様の見解は正しいと思うけど、シカ増殖の謎について、今日、私は議論に参加する予定は無いよ。
私自身がバンダースナッチの出没状況に興味が有るし、優先順位も防衛態勢構築の方が高い。
魔獣に採掘場を荒らされるわけには行かないし、何らかの被害が出ると諸々の計画が停滞する恐れがある。
ただでさえ、"魔の森”に対する恐れと安全性に対する懸念が付きまとうのだから、最優先課題の一つだ。
シカの増殖については、それはそれで楽しそうだし興味深いけど、ジアンさんの強化にも取り組む必要が有って、優先順位としては繰り下がっちゃったしね。
そのジアンさんは、と言えば、鬼気迫る感じで左手の魔石と睨めっこしている。
まさかとは思うけど・・・。
「・・・もしかして、寝てない?」
「問題ありません。戦場では、一日二日、睡眠を取れないことなど珍しくもありません」
徹夜で魔石と睨めっこしていたことを、容疑者は平然と自白した。
「・・・集中力が必要なんだから、睡眠はちゃんと取らなきゃダメだよ?」
「その通りですね。以後、留意いたします」
留意? もっともらしい顔で言ってるけど、さては、成功するまで徹夜する気だな。