作品タイトル不明
ピーシス領動乱 ⑱
かなりレアな光景なのだろうけど、料理人さんたちには別の思いがあるようで、お婆様の反応を、固唾を呑んで見守っている。
エゼリアさんたちやミセラさんたちもハラハラしている様子で見守っている。
そりゃそうか。
本邸の実質的支配者はお婆様なんだから、食材の予算もお婆様が握っている。
お婆様がNOと言えば、どれだけ美味しかろうが予算は付かないのだろう。
エゼリアさんたちも自分の食生活が懸かっている。
私としても、お婆様を巻き込んで厨房への出入りを認めて貰う必要が有る。
面白そうに目を笑わせているのは、お母様ただ一人だ。
お婆様の口の中にコロッケが消え、お婆様の怜悧な目がクワッと見開かれる。
おっと、いけない。
確認しておかないと。
お婆様がコロッケを食べ終わる前に、トンカツが揚げられたバットへと向かう。
「・・・包丁で切って、お肉に火が通っているか確かめて」
「は、はいっ」
年かさの料理人さんがバットからトンカツを取り上げて、まな板の上でド真ん中に包丁を入れる。
ザクッと小気味よい音がして、肉汁が垂れ出す。
お肉の断面は、加熱されて白くなった色に、ほんのりと薄くピンク色掛かったぐらいだ。
このぐらいなら大丈夫。
「・・・うん。ちゃんと火は通ってるね。完全に火を通しきると、お肉が固くなるかもだから、肉汁が残るぐらいを目指して。火が通っていないと、お腹を壊すから、生焼けには注意してね」
医療の進歩に疑義が有る世界で、生焼けのお肉で食中毒なんて自殺行為だからね。
お肉でも魚でも、日本のように衛生観念が古くから醸成されていて生食文化を持っている民族なんて、地球でも激レアだからね?
ローストビーフやステーキの焼き具合をレアにしたりの半生に見える調理法だって、ギリギリの限界ラインを攻める調理技術力が有ってのことだけど、ちゃんと火が通っている。
それ以外では、お野菜ですら加熱調理が基本中の基本で、生卵どころか生野菜サラダでさえ命懸けの国が殆どなんだよ。
大抵の食文化では、肉汁を封じ込める工夫を凝らしながらカッチカチにまで、お肉に火を通す。
「はい。調理を続けても?」
「・・・どんどん、やっちゃって」
「承知しました!」
私のゴーサインで料理人さんたちが猛烈な勢いで作業に取り掛かる。
味見勢がたくさん居るから、需要を上回る供給を果たさないと料理人さんたちの口に入らないからね。
料理人さんが置いた包丁を借りて、トンカツを2センチメートル幅でザクザクと切る。
「フィオレ様。どうぞ」
「・・・ありがと」
レヴィアさんが差し出してくれたお皿にトンカツを盛り付けて、運ぶ。
「・・・お婆様。こちらも、どうぞ」
「これは?」
丸皿にカットしたトンカツ1枚分が盛られているだけだけど、1枚が大きいから、それなりに見栄えがする。
わらじトンカツぐらいの大きさは有るからね。
「・・・イノシシ肉です。今、お婆様が試されたものと同じ調理方法のお料理ですね」
「そう。いただくわね」
ひと切れにフォークを刺して、お婆様が躊躇なく口へ運ぶ。
みんなの注目が集まって、そわそわし始めている。
「―――ッ!!」
サクリと噛みきったお婆様が、再びクワッと刮目する。
もぐもぐと咀嚼しては、嚥下し、次々とフォークで刺されたトンカツが消えて行く。
ああ、美味しいんだな、と、安心できる食べっぷりだ。
「皆様も、どうぞ」
「「「「「―――ッ!!」」」」」
レヴィアさんがカット済みのトンカツを盛り付けたお皿を運んでくると、サササッとエゼリアさんたちが音も無く殺到する。
動きの素早さから判断して、みんな身体強化魔法まで使っていたと思う。
要領の良いエゼリアさんが一番手で、二番手に付けたのはフィジカルのスペックがメッチャ高いアンリカさん。
二人とも、美味しいもののためなら押し合いへし合いも何のそのだよ。
これでも、もうすぐ侯爵夫人になろうって人と、公爵夫人になろうって人たちだからね?
押し合いへし合いには参加していないけど、真っ先に食べる気マンマンなのは、もうすぐ公爵夫人になろうというお母様だし。
今後の社交界を牛耳っていく高貴なご婦人たちとは思えない姿だけど、これが社会の現実というものだ。